54:カメラマンを梢に頼んだ日
篠原平太。
41歳。
若かりし頃は鹿野天全と才能を競い合った男である。
しかしようやく花開き始めた25歳で、突如として華々しい表舞台から消えてしまう。
「なんで?」
達也が学生時代の人脈をつかって調べたことを聞いて、リンが質問をする。
天全に追い出された次の日。アポロプロの事務所だった。
リンに達也に翔子と純菜が集まって、今後のことを相談していた。
「詳しいことは分からないけど。噂では、奥さんが亡くなって、男手で娘さんを育てなくてはならなくなったらしいから、それで忙しくない仕事を選ぶようになったんじゃないかな?」
「梢さんのために、夢を絶ったのね」
その点だけは翔子も感心できる。
けど、と梢に怒鳴り散らす姿を思い出す。そのせいで、梢さんに厳しくあたるのは間違っているとも思う。
「今の腕前のほうはどうなんですか?」
純菜が確認をする。
「業界では、まぁまぁという評価らしい」
「その割には名前を聞きませんけど?」
「業界での評判がすべてカメラマンとしての腕前じゃないってことだよ」
「どういうことですか?」
翔子が訊く。
「つまり、だ。篠原平太氏は、そこそこの腕前でありながら、その割にギャラが安い。そのうえ、撮影がはやいからタレントの拘束時間が短くて済む。撮った写真がどうこうよりも、他のメリットがあるのさ」
「そう聞くと、不安になりますね」
「とはいえ、是非もありません。報酬にすこし色を付けて、乗ってくれるのを期待しましょう」
達也と純菜と翔子がまとめようとするけど
「あのね、違うよ」
リンが待ったをかけた。
3人が『?』とリンを見る。
「ボクが写真を撮って欲しいのはお父さんのほうじゃなくて、梢さんのほうだよ」
リンは確かに『篠原梢』の名前を昨日、言ったはずだった。
けれど、3人ともまさかプロでもない見習いに写真を撮って欲しいとリンが言い出すとは思ってなかったのだ。
翔子と純菜は聞き間違えかな? と思い。達也も『篠原』で友達に聞き込みをしても出てくる名前が『平太』だったので、やっぱり聞き間違いかな? と思ってしまったのだった。
ちなみに。バブル当時はインターネットなんてものがないので、当然だけどググルなんてことはできない。だから調べ物は他人に訊いたり、図書館で本を読んだりなのだ。
「梢? やっぱり梢と言ってたのか」達也は言うと
「だけど、梢なんていう名前のカメラマンは誰の口からもでなかったな」
「梢さんは、まだプロじゃないと思うので」
「どういうことだい、純菜ちゃん」
「ちょっと前に、わたしたち、篠原さん親子に会ってるんです。そのとき、梢さんはお父さんの手伝いみたいなことをしていたので」
「なるほどね、会ってたからこそ、リンの口から篠原氏…というか梢さんの名前が出てきたわけか」
「でも、なんで梢さんなんですか、リンさん?」
翔子に尋ねられて、リンは梢に会った晩のことを思いだしていた。
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お風呂に入っている時だった。
「ははは~ん」
「ふふふ~ん」
湯船に浮かべた洗面器に薄くお湯をはったハムスター風呂に浸かって、タックとチックはご機嫌だった。
「そういえばさ、チック。今日会った、あの梢とかいう娘、どうよ?」
「あらあら、タックも気づいてましたのね」
「そっりゃー気付くだろ? おれだってドリームワールドの住人だぜ?」
体を牛乳石鹸で洗っていた凛は手を止めて
「なんの話してるの?」
と2匹のお話に首を突っ込んだ。
牛乳石鹸である。
バブル当時はまだまだ固形石鹸が全盛で、1990年の後半になって、ようやく液体ソープが半々になるまで追い上げるのだ。
「おれたちさ、ドリームワールドの住人は人間の夢が叶う瞬間がだいたい分かるのさ」
「正確に言いますと、夢にむかって努力したその溜め込んだものが光って見えるんですけどね」
「そうそう。で、おれとチックの目によれば、だ」
「あの梢とかいう人間は充分に光り輝いていたと話していたんですわ」
「てことは? もう夢が叶うの?」
シャワーで泡を洗い流しながら凛が訊く。
「あとは切っ掛け待ちだな」
「はち切れそうな風船みたいな感じですもの。バーン! て大きく弾けますわよ」
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な~んてことを咄嗟に思い出したのだ。
だから梢だったのだ。
けれど、まさか2匹のハムスターが予見したから、なんて言えるはずもない。
「勘?」
と誤魔化したのだった。
とはいえリン本人からの申し出だ。
「取り合えず、訊いてみるだけ、訊いてみるか」
達也はリンに言葉では表せない何かを感じていた。オーディションの時も、最近では火事のときも。
そんなリンの勘とやらに任せてみる気になったのだ。
梢との連絡は直ぐに取れた。
父親である平太の連絡先は調べてあったので、直ぐだった。
「で? 梢に写真を撮らせたいんだって?」
電話をするなり、会いたいと言われて、平太の事務所だ。
リンと達也は当然としても、何故だか翔子と純菜も同席している。
2人の少女はすっかり今回の仕事に自分たちが関わっていると思い込んでいるのだ。ほとんど遊び感覚である。
達也としては注意したいところだけど、純菜にファンクラブの運営を押し付けている手前、強く言えないのだ。
「ダメでしょうか?」
平太は、4人のことをじっとりと見た。
社長を名乗っている如何にも世間に揉まれてなさそうな若造。
リン、とか言ったか。テレビや雑誌で目にしたことはあるが。この娘っ子を、あの天全がね。
ふ、と笑ってしまう。
加えて、2人の子供だ。
「ごっこ遊びか?」
言われてしまっても仕方ないので、達也が怒ることはない。
「ギャラは支払いますので」
スルーして交渉をする。
「と、こちらさんは言ってるが? お前はどーすんだ?」
平太は隣りに座る梢を向いた。
「え?」
と梢が目を丸くする。
「なーに驚いてやがる。お前への依頼だろうがよ、お前が決めな」
「わたしは…」
梢は、畏まっているリンのことを見た。
撮ってみたいと思った。
この女の子のことを撮ってみたいと、そう思った。
「やらせてください!」
梢は目に強い意志をみなぎらせて、そう言ったのだ。
次回で写真編は終わると思います。




