50:しょんぼりな翔子の日
今回から、翔子編です。
小学社。言わずと知れた日本でも有数の総合出版社である。
その東京にある本社ビル。少女向け雑誌の編集部に設えられた応接セットに、翔子の姿があった。
対面に腰かける男性の編集者が手元の原稿をめくって目を通す。
それをジッと翔子は見詰めていた。
3か月かかって、ようやく完成させた漫画だった。
苦心の作品だ。
なのに、編集者は流し読むように読んでゆく。
ドキドキしていた。
他人に漫画を読んでもらうのは初めてだったのだ。
やがて。
「拝読させてもらいました」
編集者は言うと、翔子に作品を読んだ感想を聞かせたのだった。
凛はボールをキャッチした。
監督が言うところの『独特な脚運び』でボールの勢いをうまく殺して、足元に転がす。
「ナイスパス!」
言いながらも、既に凛は相手ゴールに目を向けていた。
ドリブルをする。
達也にリフティングのコツを習ってからというもの、明らかに凛のドリブルはうまくなっていた。
ボールへのタッチが向上しているのだ。
しょっちゅう、それこそ部屋の中でも暇さえあればサッカーボールを転がしていた成果だろう。もっとも、母親のむつみにバレて特大の雷を落とされたけども…。
ディフェンダーが迫る。
2人!
1人を凛は素早い左右へのフェイントでかわした。
続いて2人目を上半身のフェイントで体幹がぶれたところを股抜きだ。
テンテンとボールが転がる。
キーパーが飛び出してきた。
ナイス判断! 心のなかで称賛しつつ、凛は滑り込みながらの〔※地面が芝なのだ〕スライディング・シュートをした。
けど、残念。
シュートは同じく滑り込んでいたキーパーの胸にキャッチされてしまった。
「そんな簡単に〔ゴールは〕割らせねぇよ!」
「次はもらうかんな!」
チームを2つに分けての紅白戦だった。
「あ~ん、残念!」
息子や娘の活躍を見ようと集まった父母の観覧席から、純菜の声がする。
凛はチラとそっちを見た。
純菜はその顔が隠れてしまうほど大きくてゴツイ、本格的なカメラを構えていた。
翔子が前に『写ルンです』を使っていたが、それに影響されて写真を撮りまくっているうちに
「すっかり嵌まってしまいまして」
ということらしい。
カメラの値段を訊いたところ「ふふふ」と笑ってはぐらかされたから、相当なのだろう。
父親の正彦が「えええ?」とドン引きしていたぐらいなのだ。
今もパシャパシャとフィルムを気にする素振りもなく純菜は写真を撮っているはずだ。
そんな純菜の横には。
翔子がいた。
けど、元気がない。
ここのところ、ずっとしょぼくれているのだ。
そんな翔姉えを少しでも元気にしたくて凛は気を吐いているのだけど
「ちぇ」
翔子は心ここにあらずな感じで、空ばかりを見ているのだった。
そして帰り道である。
翔子は打って変わって饒舌だった。
「凛! よくやった! 1ゴール3アシストとか、さすがあたしの後を継ぎし者よの!」
褒めながら、凛の坊ちゃん刈りな頭をワシャワシャと撫で繰り回す。
翔子は、凛と純菜に心配をかけていることを理解していた。
だけど、ふとした瞬間に編集者の言葉を思い出してしまうのだ。
『画力は、まぁまぁだね。けれど、絵の見せ方とか構図をもっと勉強しないとダメだね。ストーリーは何処かで読んだ物真似の域を出てないね』
総じて。
『もっと頑張って』
ショックだった。
3か月間を侵食も忘れて頑張って描き上げた原稿だったのだ。
凛と純菜はそれとなく、翔子が元気のない理由を察していた。
小学社に漫画を見せに行くと、事前に聞いていたからだ。
それが戻ってみれば、こうして落ち込んでいるのだから、察せられて当然だろう。
帰りのチンチン電車がホームに入って来る。
凛たちは降車する人のためにドアの正面から脇にずれた。
若い女の人が降りてくる。
大きなリュックを背負っている。大きすぎて、女の人が潰されるんじゃないかと心配になるほどだ。しかも、見た目からして頑丈そうで重そうな大ぶりのキャリーバッグを引きずっていた。
「きゃ!」
案の定、女の人がホームと電車とのあいだでつまづいた。
「あぶない!」
咄嗟に動けたのは凛だった。
女の人の胸元にもぐりこんで、下から支えたのだ。
とはいえ、そこまでだ。
「重い~」
女の人だけならヘッチャラだったろうけど、やっぱりリュックが異様に重かった
「潰れちゃうよ~」
遅れて、翔子と純菜が
「大丈夫ですか」
と女の人を助け起こす。
お客様の無事を確認した電車は、チンチン、と警笛の音をさせて出発して行った。
女の人は
「ありがとう」
と言ってから
「わぁ!」
横転したキャリーバッグを見て大声をあげた。
やばい、やばい、と繰り返しながら、リュックをおろして、しゃがみ込んでからキャリーバッグを開いた。
中は、純菜が首から下げているようなカメラと、幾種類ものレンズだ。
女の人が大慌てにレンズをチェックする。
「よかった~」
どれも問題なかった。ホッと安堵の息をもらす。
そんな彼女に
「もしかして、プロのカメラマンなんですか?」
目をキラキラさせて純菜が訊いた。
「プロっていうか、まだ修行中だけどね」
苦笑しながら顔を上げた女の人は
「ひへ?」
と間の抜けた声をだした。
「な、ななななな! そのカメラは!」
「祖父から譲ってもらったんです」
「す、凄い豪気なお爺ちゃんね」
女の人が絶句する。
それからキャリーバッグを閉めなおした彼女は「よっこら正一」とリュックを担いで「おっとと」とふらついた。
またしても凛が支える。
そうでなければ、ホームから転がり落ちていたかもしれない。
凛も、翔子も、純菜も、顔を見合わせた。
この人、危なっかしくない?
荷物を持ってあげたほうが良くない?
アイコンタクトである。
「重いようですし、手伝いましょうか?」
翔子が代表するように言った。
「でも…」
「また転んじゃうかも知れませんよ?」
女の人は、ちょっと考えてから。
「お願いできる?」
と頼んだのだった。
明日ですが、別の作品に投稿したいのでTSリンの投稿はないと思います。
よろしくお願いします!




