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46:静香が寮にはいった日

あの運命の日。

静香は思いがけずにプラチナ・エンターテイメントのスカウトの目に留まった。


家族は大喜びだ。


因みに釧路からいっしょに東京へ来てくれたのは、パパとママ、おおにいちゃん、それに祖母のババちゃまである。もうひとりの兄、ちいにいちゃんは、学校と18歳になるお婆さん猫のミャー先生の世話があるので、泣く泣く実家に残っている。


スカウトからの条件。

それは東京で寮暮らしをすることだった。


「寮か…」


そうと聞いてパパは一転して眉をひそめた。


ひとり娘と別れがたかったのだ。


それでも娘の夢と掴んだ幸運を思えば、最終的には送り出すことに賛成した。


ここで静香本人である。


彼女はスカウトとの交渉中でも蚊帳の外に置かれていた。


静香は自己主張がヘタッピなのだ。

兄が2人もいたので、どうしても1歩退がってしまう癖がついてしまっていた。


だから彼女の本心をいえば。


「東京なんて行きたくない! 寮暮らしなんて無理!」


だった。


寂しんぼの静香は、家族と離れたくなかったのだ。


「学校はどうしたら?」


「芸能に融通の利く学校がありますので、ソコに入りなおしていただきます」


ママとスカウトの人が言う。


学校は。言ってはなんだけど、静香はどうでもよかった。

たしかに猛勉強をしてはいった学校だったけれど、選んだ理由は家に近かったからだし、まだ友達もいなかったからだ。


「では、そういうことでお願いします」


気付けばスカウトとの交渉は終わっていた。


静香は慌てて家族と同じように頭を下げたのだ。


そうして。

静香はプラチナ・エンターテイメントの用意してくれた寮で暮らすべく東京へと来たのだ。


「ふわぁ」


釧路空港から羽田空港へ。右往左往しながらも、静香はそこから1人でどうにかこうにかタクシーを捕まえることができた。


1人なのは理由がある。家族はまたしても総出で東京まで一緒に出てこようとしたのだ。けれど学校や仕事があるわけだし、飛行機代だってかかる。だから、静香が逆にお願いしてまで家族を押しとどめて、1人で遣って来たのだった。


「ふわぁ」


静香は車窓から眺める景色に、圧倒された。


釧路だって都会である。

でも、東京は増して都会だった。異常なほどに人間と車が多い。


そうしてタクシーから降り立った静香は


「ふわぁ」


やっぱり、その建物にも驚いてしまった。


7階建ての『寮』は、まるっきりホテルみたいなのだ。


「すみません、ココはプラチナ・エンターテイメントの寮で間違いありませんでしょうか?」


寮のエントランスにはべっている女性に尋ねる。


「そうですよ。あなたは、新寮生しんりょうせいですか?」


「はい」


応えて、静香は女性にプラチナ・エンターテイメントからもらった所属証明書を渡した。


「伊佐静香さん、ですね」


女性はトランシーバーで誰かと連絡をした。それから静香に笑いかける。


「今、人を呼びましたから。わたくしはここで警備員をしているので。持ち場を離れるわけにはいかないのです」


「警備員さんなんですか?」


またしても驚かされる静香である。


だって、警備員さんは警備員さんに見えないのだ。まるっきりホテルマンみたいな華麗な制服を着ているのだ。

それでホテルみたいだと思い込んでしまったぐらいなのである。


「みなさん、驚かれますね。ですが、プラチナ・エンターテイメントの方針として、警備員にも美しさを、ということらしいですよ?」


そういえば。と静香は相手を見た。

綺麗な人だった。なんか如何にも洗練されている。


「まぁまぁまぁ、よ~こそ!」


エントランスの回転ドアから40代ぐらいの女性がでてきた。


あれ? と思わず見詰めてしまう。

特徴的な顔立ちに見覚えがあるのだ。


「ど~したの?」


女性がおっとりと訊く。


「ごめんなさい、何処かで…会ったような気がして」


ふふふ、と女性が含み笑う。


「むか~しにテレビに出てたからかしら?」


そうだ! 静香は思い出した。

女性を見たのはテレビのドラマでだった。再放送をしていたドラマは20年ぐらい前の古い代物だったけれど、パパとママが言うには「当時は凄い人気だったんだよ」ということらしい。題名は『お時間ですよ』で、たしかに面白かった。

そのなかで出演していた


「浜子さん!」


思わず役名を口にしてしまってから、ハッ! として両手で口元をおおう。


女性はニッと笑った。


「おっさ~ん、お時間ですよ!」


浜子さんが、ドラマで定番だったセリフを言った。


「すごい! ほんものだ!」


「ええ、ほんものよ。でも、今はココで寮母さんみたいなことをしてるの。本名は悠木ゆうき千年ちとせ、よろしくね」


「伊佐静香です、よろしくお願いします!」


静香は千年に従って、寮の案内を受けた。

荷物が手提げかばんひとつ分なので、部屋まで行くついで、だ。


ちなみに荷物は宅急便ですでに送ってある。


「1階には食堂と警備員の詰め所があるわ」


食堂はとても広かった。厨房のほうでは、おばちゃんが大勢働いている。


「この食堂ではね、寮生に対して綿密に栄養管理された食事が提供されるわ」


千年は教えてくれた。寮生は徹底的に体重を管理されて、1日に朝晩2回の体重測定が義務付けられているほどなのだ。


「もちろん、間食や外食は禁止ね」


もっとも、と千年は続ける。


「そんなこと律儀に守ってるような真面目ちゃんはいないけど」


寮にいるのは20歳までの育ちざかりの女の子ばかりなのだ。朝昼晩とカロリー制限された野菜ばかりの素っ気ない食事で満足できるはずもない。


「お次は警備員さんの詰め所だけど。不審者に対するために常に3人が詰めてるわ」


それから2階へ移動した。


「2階は各種レッスンスタジオよ」


歌唱にダンスに演技にアクション。ピアノにギター、はてはマナー教室まである。


「寮生が多いから事前に予約が必要だけど、ぜいたくだわよね」


でも、近すぎて逆に不評でもあるらしかった。拘束されている、と感じてしまうのだ。ただし、そう感じてしまうようなは、レッスンスタジオが近場にあることに魅力を感じられないほどにヤル気を失っているような人たちだ。そういった長居するだけのタレントは、たいていが近いうちに辞めるか、もしくは辞めさせられた。


「そして、ココが」


と3階の一室に静香は案内された。


「あなたの部屋」


新人は3階から始まるのだ。それで仕事が増えて知名度があがるに従って上の階へと移動する。

そういうシステムだった。


「2人部屋だけど、仲良くしてね」


コンコン、と千年が部屋のドアをノックした。


ガチャリ、とドアが開けられる。


「なんスか?」


出てきたは静香よりも年上とおぼしい、女の子だった。


「新しいルームメイトさんよ」


「は~ん?」


女の子が胡乱うろん気に静香を見る。


ちょっと怖そうな子だな。

それがルームメイトへの第一印象だった。


そして、それは的中するのだ。

予想外に続いちゃいました。

おかげで翔子どころか凛さえも登場しない…。

次回も静香の回です。

果たして静香に何が起こるのか!


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