45:1日消防署長の日
短くて、ごめんね。
達也は頑張った。
リンに好い仕事をもらってこようと、リンが喜ぶような仕事をとろうと。
頑張って頑張って、いろいろ頑張って、遂に!
「1日消防署長をやることになったぞ!」
「ホント!」
「ホントだ!」
「「 Yeah! 」」
達也とリンはテンション高めでハイタッチを交わした。
予想通りにリンは大喜びだ。
男心をくすぐる消防車がズラリとそろった消防署の、しかも1日署長である。
これで喜ばないはずがない。
頑張った甲斐があったなぁ。
無邪気に喜ぶリンの様子に、達也としては大満足だ。
ぶっちゃけてしまうと、光ヶ浜消防署の偉い人がリンのファンだったから許可されたのだ。
加えて、今が6月というのも大きかった。
1日消防署長というのは、たいがいが空気の乾燥して火事が多くなる冬場が多い。その時期だったのなら、他の芸能事務所を押しのけてまで仕事をもらえはしなかったろう。
それでも達也が頑張ったのは確かなのだ。
「ありがとう、達也さん! ボク、頑張るよ!」
リンは満面の笑みで張り切るのだった。
はてさて。
そうこうするうちに当日である。
「よろしくお願いします!」
消防局の制服を着込んだリンは、元気よく消防署のみなさんに挨拶をした。
「「「「「 こちらこそ、よろしくお願いします 」」」」」
みなさんが挨拶を返してくる。
パシャパシャとカメラのシャッターを切るのは達也だ。
あとでファンクラブの会報に載せるのだ。
ほとんど突発的な1日消防署長なので、一般の人との触れ合いトークショーみたいなものはない。
これが冬場なら、大々的に人を集めたのだろうけど、今回はリンのファン会報を通して消防署員の働きを知ってもらおうという草の根的なものなのだ。
挨拶が終わったら、署長さんから表彰状みたいな委嘱状を受け取る。
これで晴れて1日署長である!
といっても本当の消防署長みたいにアレコレ指示できるはずもない。
リンは、あくまでも一般人なのだ。
だから、仕事といえば。
署長さんに見てもらいながら、当たり障りのない書類にサインをしたり。
通信指令システムを見学してから、実際にヘッドセットを装着して応答の真似事をしたり。
はしご車やポンプ車、化学車や指揮車といった各種消防車を見学して、それぞれの役割を教わったり。
その際に驚いたことには、救急車が病院ではなくて消防署に置いてあることに驚いたり。
あと、驚いたことをもうひとつ追加。消防署に滑り棒がなかったのだ! なんでも怪我人が続出したことから滑り棒は廃止されてしまったらしい。
と、これで終わりである。
「え~、もうおしまい?」
心底から残念に思ってしまうリンだ。
それほどにリンは今回の仕事を楽しんでいた。
なんせ中身は小学校5年生の男子なのだ。
ず~と興奮仕切りだったのである。とくに通信指令システムなんて日曜日の特撮ヒーローの秘密基地みたいでカッコよかったし、消防車両では実際に運転席にのせてもらえたり、消防ホースを持たせてもらえたりで、始終ニッコニコだったぐらいなのだ。
要するに、書類にサインしている時以外はご機嫌だったのだ。
こうなると署員のみなさんもリンに対して好印象である。
消防署員なんて仕事は、世間では就きたくない仕事のうちのひとつなのだ。
ただでさえ公務員ということで馬鹿にされているのに、その上、3K……ツライ、キツイ、キケン、と言われて世間では嫌われてさえいる自分たちの仕事に、愛らしい女の子がちっとも嫌がった素振りを見せないのだ。
これで悪い感情をもてるはずもない。
残念がるリンに
「なら、俺らの訓練を見るかい?」
胸板パンパンな若い男の人が言った。
「いいの!?」
「もちろん。なぁ、みんな」
と賛同を求めれば「いいとも!」とお昼のバラエティー番組の名前が全員から返ってきた。
リンは達也を振り返った。
「いい?」
「仕方ない」
達也が肩を竦める。
それにしても白いスーツの達也は消防署でも浮いている。いいや、1周回って、逆にオブジェみたいで背景に溶け込んでいる気がしないでもない。
リンたちは外へ出た。
消防署の屋上から垂れたロープを伝っての壁の上り下りを披露してくれることになったのだ。
消防署のみなさんがハーネスというロープをひっかける安全帯を装着している間、リンは手持無沙汰でいたのだけど
「あれ?」
遠くに見知った顔を見つけて駆け寄った。
「静香っち、久しぶりじゃん」
それはオーディションで知り合った伊佐静香だった。
あ! 翔子が出てない!




