41:頑張った成果の日
短いです。
ごめんなさい。
リンはインタビューを受けていた。
相手はTVHの名物アナウンサーだ。女性である。元々がアナウンサーではなく落語家志望だった人で、それだけにお喋りが軽妙で、入社して3年目にもかかわらず番組を任されているほどの人気者だ。
「では、自薦でオーディションに?」
アナウンサーが訊く。
「はい」
リンが答える。
その裏表の感じられない美少女の様子に、竹田アナウンサーは好感を持った。
なんか、甥っ子を相手にしてるみたいだわ。
なんて感想を抱く。
「リンさん、美人ですもんね?」
ちょっと意地悪をしてみる。
さて、なんて答えるかな?
そんなことないですよ? これだったら竹田は、無難すぎて面白みがない娘だと判断を下す。
そうですか? 謙遜しつつも肯定する。こっちだったら、腹黒といった評価になるだろう。
果たしてリンは
「美人、ねぇ?」
悩ましそうに小首を傾げた。
予想外の反応である。
「みんなはそう言うけど、ボクは自分のことを美人だなんて思えないんだよね」
取り繕った嘘……じゃなさそうだ。
心底からそう思ってそうだった。
これが芝居だとしても、それはそれで竹田はリンの評価をあげただろう。
リンは続ける。
「ボクなんかよりさ、竹田さんのがよっぽど可愛いと思うけど?」
一瞬、当てつけかとも思った。
けれど、リンは真っ直ぐに竹田を見ていた。
本心からだ、と分かる。
分かってしまえば、竹田は柄にもなくうろたえた。
竹田アナウンサー。美人といわれることは耳に慣れていても、可愛いなどといわれたのは初めてだったのだ。
リン……いいや、凛は天然で『難攻不落』と陰で囁かれている竹田アナウンサーを落としかかっているのだった。
さすがは神宮寺達也の正しき後継者である!
この時点で竹田アナウンサーは6割がた、リンになびいてしまっていた。
チョロイ!
そんなだから、もう意地の悪い質問はしなかった。
ほんとうに甥っ子にたいするみたいな自然な態度で遣り取りをした。
時には2人して冗談を言い合ってケラケラと笑ってしまうほどである。
この竹田アナウンサーの素の様子が、後日、彼女の人気に拍車をかけることになる。
竹田アナウンサーはトークこそ軽妙ではあっても、どこか壁を視聴者に感じさせていたのだ。その壁こそが落語家を志望しておきながら諦めなければならなかった最大の理由なのだが、リンとの遣り取りで、竹田アナウンサーは自らの殻を破ってしまったのである。
「最後に、リンに見てもらいたいものがあるの」
さん、付けは何時の間にやらなくなっていた。
「なに?」
リンがわくわくと身を乗り出す。
すっかり気を許している。
「お願いします!」
竹田アナウンサーが言うと、スタッフがキャスターつきのモニターを運んできた。
VTRの再生が始まる。
「やっほー! リン、あたしのこと憶えてっか?」
映ったのは原宿ホコテンで出会った北条由紀だった。
他にも、迷子の捜索で協力してくれたお兄さんやお姉さんが次々と映る。
それだけじゃない。オーディションのときにリンが声をかけて励ました女の子たちも次々に映っていた。
彼女たちは言う。
「アイドルはやっぱり無理だって思って、芸能事務所入りは断っちゃったけど。リンの優しさは忘れないから!」
そして、VTRに出演した人たちは決まって最後にこう言った。
「応援してるよ!」
と。
VTRが終わる。
「愛されてるね、リン」
リンは答えられなかった。
感動してしまったのだ。
「泣いてんのかぁ?」
竹田アナウンサーがからかうみたいに言う。
「泣いてなんかない!」
リンはグイっと手の甲で目元を拭った。
そんな男の子みたいな乱暴な仕草に竹田アナウンサーは笑うと
「頑張ったんだね、リン」
そう言ってくれた。
「頑張った?」
「だって、そうでなきゃ、こんなに応援してくれないでしょ?」
そうか…。
リンはようやく得心した。自分が、頑張ったんだと。
タックもチックも「頑張った」とは言ってくれていたけど。
その実感がVTRを見たことでようやく感じられた。
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この後。
放送された番組内で、リンのファンクラブの発足が発表される。
すると放送直後からTVHやアポロ・プロに問い合わせが殺到。
純菜がファンクラブの運営を引き受けていたことで事なきを得たが、ひと晩のうちにファンクラブの加入人数が1万人を超えるという快挙を達成する。
この事実をもって、5大芸能事務所は更にリンへの警戒を深めるのだった。
あれ? 達也の出番が……。
これで区切り。
次回からは6月ということで『遠足』になる予定です。




