37:TVHで陽子さんと知り合った日
読んでくださって、ありがとうございます!
不定期投稿です!
遊園地事件から1ヵ月ほど。
凛はリンとして平日休日の区別なく、仕事をこなした。遊園地では散々に達也をヤキモキさせてしまったから、その罪滅ぼしみたいな感じだ。
本当は、友達とサッカーもテレビゲームもしたいし、宿題は仕事から帰って眠気と戦いながらで大変だけど、それでも頑張っていた。
とはいえ。
リンの活動は、他の事務所からしたら異様ではあった。
なんせ活動地域が限定的なのだ。東京、神奈川ぐらいのオファーしか受け付けないのである。
これには理由がある。凛が遠出できないのだ。10歳なのである、遠出して遅く帰りでもしたら、叱られちゃうのだ。
加えて、リンは平日の午前中の出演が駄目だった。いいや、午前中どころか午後3時30分からしかOKがでないし、出られても午後6時までは絶対に帰宅しないといけないと言い張るのである。たったの3時間! 移動も合わせたら、実質拘束できるのは2時間しかない!
これが一般的なアイドルなら、まずあり得ない。
むろん、凛が学校に行っているからの条件である。午後3時30分から縛りは、授業の5時限目が終わるのが2時50分で、それから帰りの会やらで、どうしたって遅くなってしまうのだ。
因みに。土曜日が休日じゃない頃は、6時限目の授業はあんまりなかったみたい。なんせ土曜日に余計に勉強してるからね。
こんなリンとは違って、普通のアイドルは仕事優先で学校も休めちゃうし、だから平日午前中の仕事だってできちゃう。
ここが決定的に違っていた。
達也は『門限の厳しい家なんだろうな』と納得していたが、まさか両親の了解を取っていないのだとは思ってもいなかったのだ。
縛りプレイなリンだから、仕事は思ったよりも多くならなかった。
本当は、この何十倍も…いいや何十倍どころか何百倍ちかくもオファーが来ているのだ。
ザ・テンの影響である。
けれども、リンの条件に当てはまるものを落としてしまうから、ボチボチの量に落ち着いているだけだった。
達也としたら、嬉しいのやら、悲しいのやら、こもごもである。
こうして地道に活動をしていたリンだが、その成果は徐々に出始めていた。
出演するステージのどれもが大盛況で、名前が売れると同時に、業界でのリンの需要が上がっていたのだ。
つまり、だ。リンを見たがっている人がドンドカと増えていたのである。
こうなると、5大芸能事務所の邪魔も意味をなさなくなりつつあった。
リン需要があれば、それに応えて、視聴率が欲しくなるのがテレビ局というものなのだ。
とはいえ、いまだキー局といわれる大手は動けなかった。
だから抜け駆けをしたのは、5大芸能事務所としがらみのほとんどない地方のテレビ局だった。凛の住んでいる街のテレビ局だったのである。
「テレビの出演が決まったぞ!」
受話器の向こうから、達也の意気込んだ声がした。
「TVHのニュースで、リンの特集を組むことになったんだ。その特集で放送するインタビューを日曜日に撮影することになった」
縛りプレイのせいで、どうしたって難しい仕事は日曜日になりがちなのだ。
達也はリンが大喜びをするだろうと思っていたのだが。
「TVH、てなに?」
質問をぶつけられて、肩透かしだ。
でも、それがリンらしいとも思う。
「テレビ光ヶ丘のことだよ。ローカルなのは申し訳ないけれど、ここからが初めの一歩だ」
そうなのだ! ローカルだろうとテレビにでてしまえば、後は堰が切れたようにオファーが殺到するだろう。
これが意気込まずにいられようか!
すると
「よかったね、達也さん」
そんな労いをリンに言われてしまった。
苦笑してしまう。
こんなところも、やっぱり、リンらしいと思う。
「前みたいに遅刻するなよ」
「わかってるよ。んじゃあね」
凛は電話を切った。
唇に塗った口紅をティッシュで拭う。
前回は、このティッシュを適当に捨ててしまったせいで大変なことになった。ので、今度はポケットにナイナイしておく。学校で捨てるのだ。
「いよいよテレビか。今までの頑張りが実ったな」
タックが凛の肩で腕組をして、ウンウンとうなずく。
「頑張ったのはボクじゃなくて、達也さんだよ」
「何を言ってるんですの? あーただって頑張ってたじゃありませんか」
チックが凛の頭のうえにのぼって言う。
「そうだぜ、君のことをいっとう近くで見ていたおれが…」
「あたくし達、ですわよ」
「だな。おれ達が言うんだ。もっと自信を持てよ」
「自信ねぇ?」
正直、凛はあっちこっち引っぱりまわされたようにしか感じてないのだ。
無我夢中だったともいえる。
歌をうたっても、サッカーとは違って、頑張った成果を技術として自覚できない。
だから凛は首をひねるのだった。
というわけで、日曜日になった。
凛に翔子に純菜の3人組は、TVHの門をくぐった。純菜のおかげで顔パスである。
「いや~、純菜さまさまだわ。いよ、大統領!」
「ほッほほほ、もっと煽ててください」
茶番をする親友同士であった。
みなまで言う必要もないだろうけど。リンがTVHで撮影をすると情報を掴んだ純菜が、翔子を誘って来ているのである。凛は、まぁオマケだ。
ここで、ふと読者様は考えないだろうか?
凛は、ここのところ放課後も休日も友達と遊んでない。これでは、ハブられないだろうか? と。
しかし、それは早計というもの。
リンあるところ、翔子と純菜あり。翔子と純菜が足を運ぶのなら、ついでに凛もついて行く。
ということで、中学生のお姉さんを2人もはべらせている凛は、クラスメイトから一目置かれているのである。
そう! 達也と同じような道をまっしぐら状態なのだ!
凛本人はのほほんとして周囲の眼差しの微妙な変化に気づいていないが、実は大ピンチなのであった。
このままでは似非プレイボーイになってしまう。
というような話は置いておこう。
3人はリンが来るまで、局内の見学をした。
あっちへうろちょろ、こっちへうろちょろ。
3人組の子供に、忙しく働く大人たちが奇異の目を向けるけど、わざわざ何かを言う人はいない。
テレビ局なんてところは、おかしなことやおかしな人が集まる奇天烈な場所なので、奇異の目は向けても、口に出して『何をしてる?』なんて尋ねる人は皆無なのである。
仕事の邪魔さえしなければ、どうでもいいのだ。
翔子は歩きながら『写ルンです』で写真を撮っている。
漫画の資料にするつもりだった。
写ルンです、とは。使い捨てのカメラのことだけど知ってる? 現在も売ってて、ナウでヤングな若者なんかは買ってるらしいけど、いちおう説明しとくね。
デジカメなんて無い時代、写真はフィルムに記録してたんだけど、カメラはなかなかに高級品だったんだ。けれど、この写ルンですは価格が安かった。使い捨てではあったけど、1000円ぐらいで買えたもんだから、いっきに普及して、それまでカメラに興味のなかった女性までが写ルンですを買ったぐらいだった。
…んだってさ。1000円って意外と高いけど、当時の人はお構いなしに使いまくってたみたい。2曲しかはいってない音楽CDも1000円ぐらいで売ってたらしいし、今の人が100円ショップで品物を購入する感覚だったのかもね。
さて、そぞろ歩いていた3人はとあるスタジオで面白いものを見つけた。
TVHのマスコットキャラクターである三頭身の擬人化したハムスター『ハムハム』が踊っていたのだ。
大袈裟な手ぶり足ぶりで、愛嬌満点で踊っている。
「あははは、タックとチックの親戚がいる」
凛は大笑いしてしまった。もちろん。撮影中じゃないことを承知しているからこそだ。
聞いた2匹のハムスターがフードから顔を出してキーキーと喚く。めっちゃ抗議する。
「ねぇねぇ、凛。知ってる? あの中って人が入ってるのよ?」
そんなことをニヤニヤしながら翔子が言った。
「ちょ! そんなこと言ったらだめじゃないですか」
純菜が制するけれど、わざと言っているのがバレバレだ。
「知ってるに決まってるじゃん!」
からかわれる側に一転して、ムッとする凛である。
それにしてもハムハムは良く動いていた。
「大したもんね」
「ですわね」
翔子と純菜が感心してしまうほどだ。
やがてひと通り踊ったのか、ハムハムが頭部の着ぐるみを脱いだ。
「女の人だ」
凛はビックリした。てっきり男の人が入っていると思っていたのだ。それぐらい運動量が凄かった。
汗びっしょりな女の人は、まだ若そうだ。20歳前後だろう。
女の人が、凛たちを見る。
ニッコリと笑った。
その笑顔に釣られるみたいに、3人は足を進めた。
「こんにちは」
お姉さんが挨拶をしてくれたので、凛たちも「こんにちは」と挨拶を返す。
「あなた達はテレビ局の見学?」
「そんな感じです」
純菜が答える。
「テレビ局って面白いでしょ? いろんな人がいて、いろんな仕事をしてて」
うん、と凛はおおきく頷いた。
お姉さんの笑顔が深まる。子供が好きなのだろう。
お姉さんは着ぐるみの腕の部分を外して「ちょっとゴメンね」と置いてあったポカリスエットの水筒を手にしてゴクゴクと飲んだ。
カランコロンと音がする。家で凍らせてきたのだろう。でも溶け切ってないみたいだった。
「生き返るわぁ」
お姉さんはひと息つくと
「わたしは陽子っていうの。よろしくね」
自己紹介をしてくれたのだった。
アニメでいえば5話ぐらいかな?
昔は紙パックのゲータレードが売っていて、運動部の人はそれを凍らせて休日の部活の時に持って来ていたそうです。それで『カチカチに凍らせると部活中でも溶けてなくて、ほとんど味のしない溶けた部分をすすっていた』って話を親戚から教えてもらったことがあります。
今回の話を書いていて、ふと思い出しました。




