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35:遊園地の日

会議があってから3日。


友達とサッカーをして帰宅した凛のポケットで『ペレレ♪ペレレ♪』と電子音が鳴った。


「ひゃ!」


驚いて、ジュースのはいったコップを落としそうになってしまう凛である。


「あっぶな」


ポケットから玩具おもちゃみたいなソレを取り出す。


ポケベルだ。


ポケベルの説明…必要? だったら簡単に。携帯電話が広まる前、連絡ツールとして活用されていたのがポケットベル、通称ポケベルなんだ。大きさはポケットベルというぐらいだから、ポケットに楽々はいる名刺サイズ。小さいよね? だから、通話は不可。受信専用のアイテムで、メッセージを表示させることができたんだって。

因みに初期型のポケベルは数字しか液晶画面に表示できなかったみたいで『0833』なら『おやすみ』。『999』なら『サンキュー』、『500731』なら『ごめんなさい』みたいに、若い…特に女子高生なんかは暗号みたいにして遣り取りを工夫してたらしいよ。


このポケベルは「連絡が取れないと困るから」と会議をした日にブルーム学園の門前で純菜から渡された物だ。


白黒の液晶には『49106』とある。


「え~と、これって何だっけ?」


悩む凛と


「謎だぜ」


覗き込んでいたタックもムムムと解読に唸っている。


すると


「至急TEL、という意味ですわよ」


チックが名探偵のように言った。


「さっすがチック!」


「乙女のたしなみですわ」


チックがフフンと鼻を高くする。


でも、と凛は思うのだ。そうなると、達也さんも乙女なのかなぁと。


このポケベルの番号を知っているのは純菜と達也しかいない。

純菜は仕事用のポケベルにみだりにメッセージを送るはずもないから、とうぜん達也からということになる。


まぁ、達也はプレイボーイを演じなければならなかったので、こうしたポケベルの暗号も色々と知っているのだ。

リンを女子高生だと思っているからこその、49106という暗号を使ったのである。


「じゃあ、電話しますか」


凛はソファから立ち上がった。


変身しようというのだ。


けど


「おっと、チックにばかり言い恰好はさせねぇぜ」


タックが待ったをかけた。


「電話するたびに変身するのも面倒だろ。だから裏技教えてやるよ。魔法の口紅を唇に塗りな。そしたら、変身したあとのリンの声になるからよ」


ほほう。


物は試しと、リンは魔法の口紅を取り出した。


口紅を塗るのは、抵抗がないとは言えない。

とはいえ、変身して女のリンになっているのだから、今更といえば今更なのだ。


リンは口紅を使った。


「あ、あ~。どう? 声は変わってる?」


2匹のハムスターに確認する。


「OK」


「変わってますわよ」


とのことなので、凛は達也に電話をした。


因みに干原家はいまだに黒電話である。

ダイアルをジーコジーコ回すのだ。


「もしもし、神宮寺さんのお宅でしょうか?」


「お! リンか!」


電話にでたのは達也本人だった。


「そうだよ、はやく電話してってメッセージにあったから」


「そうなんだよ、はやく伝えたくってさ。仕事が決まったんだよ! 次の日曜日に、遊園地で歌をうたってもらうぞ!」


とまで言ってから、達也のトーンが落ちた。


「すまんな、もっと大掛かりな仕事を取れたらよかったんだが…」


アポロ・プロは……いいや、リンは5大芸能事務所を敵に回したのだった。

徹底的に、リンを業界から、特にテレビから干したのである。

これはリンを警戒しているからこその対応だった。それだけリンを怖がっているのだ。


だから達也も苦労していた。この3日間はほとんど寝ずに、各方面に仕事を寄越してほしいと懇請していたぐらいなのだ。


それがつい数時間前。


遊園地の方から仕事のオファーが来たのだ。


それで達也は喜んだ。

喜んで、リンにメッセージを送ってしまったのだ。


実はこの仕事。裏で若葉が動いていた。余りにもアポロ・プロが四面楚歌なので、見るに見兼ねて、裏から手を回したのだ。


「なに言ってんのさ? いいじゃん、遊園地!」


凛は、はしゃいだ声で言った。


「いいか?」


「いいよ! すんごい楽しみ!」


聞いて、達也は苦笑した。


「おいおい、遊びに行くわけじゃないんだからな」


「そっか。でも、ちょっとぐらいならいいでしょ?」


「ちょっとぐらいならな」


それから達也に現地での集合時間を聞いて、凛は受話器を置いた。


「やったな!」


「ようやくですわね!」


タックとチックが凛以上にウキウキとはしゃいでいる。


リンはソファに座りなおすと、ティッシュで口紅をぬぐった。


そして何時も通りに過ごすのだが…。


この口紅のついたティッシュをむつみが見つけてしまって、後で大変な騒動になるのだが、それは別のお話。






当日になった。お昼過ぎである。


「行くわよ、凛」


「行きましょ、凛くん」


翔子に純菜、両手に花の凛だ。


どうしてこうなったのか?


ファン2号の強力な情報網により『遊園地でリンさんが歌う』ことを知らされたファン1号が、ついでだから凛も連れて行ってあげる、ということになったのだ。


「おじさん、おばさん、行ってきまーす」


「行ってらっしゃい」


凛だけなら不安でも、2人のお姉さんがついていたら安心である。


3人は笑顔で見送られた。


翔子はリンに会えるかもしれないとニコニコ。

純菜は凛くんにベッタリでニコニコ。

凛も、翔姉えとお出かけでニコニコ。

むつみと正彦はデートでニコニコ。


みんながニコニコだ。


電車でガタンゴトン、行くこと40分。

遊園地の名前のついた駅につく。


「リンさんが歌うのは夜の7時からだっけ?」


「そのはずですわ」


翔子の確認に、純菜が答える。


「でもさ、おかしくない? 夜の7時からとか。人を集めるなら、午前中から歌わなきゃ意味ないと思うんだけど? それにリンさんが歌うって、ぜんぜん宣伝してないし」


「それは」


純菜が答えようとした時だった。


3人の横を、男の人達が通り過ぎた。


「今日は見逃せねーよな」


「ああ、こんなイベントやるなんて最高だぜ」


聞いた翔子が『うんうん』と得心したみたいにうなずく。


「リンさん目当ての人もいるみたいね」


「あれは、違うと思うの…」


もにょもにょと純菜が言うけど、翔子にも凛にも聞こえない。


歩くにつれて、人の出が多くなってきた。


「さすがリンさん! 出番まで6時間ぐらいあるのに、もうこんなに人が来てる」


そんなことを言う翔子に


「違うみたいだよ」凛がチラシを差し出した。

「そこで、お姉さんが配ってたんだけど」


受け取った翔子の眉がググイと吊り上がる。


「なによこれ!」


チラシには『ムーン・ミュージック 新人アイドル・ショウ』と銘打ってある。

午前10時から午後18時にかけて、ムーン・ミュージックに所属するニューフェイスを遊園地でお披露目しつつ歌や演劇を観てもらおうというのだ。


しかも、だ。


ニューフェイスのお披露目が終わったら、更なる目玉があった。


ムーン・ミュージックが獲得した新人の中でも期待の新星『藤堂美也子』が新曲をはじめて衆目に披露するのだ。加えて、それはテレビの歌番組でLIVE中継される。


その放映時刻は19時。


「リンさんの出番と同じ時間じゃないの」


「嫌がらせ、なんでしょうね…」


「なによそれ…! ひどい! 凛もそう思うでしょ?」


翔子に同意を求められて、でも凛はケロリとして言った。


「別にいいじゃん、翔姉えも純ちゃんもリンの歌を聴きに来たんでしょ? 気にすることないと思うけど」


凛はちっともムーン・ミュージックのことを気にしてないのだった。

だって、人気が欲しいわけではないのだから。


凛は歌って、人を笑顔にできればそれでいいのだ。


凛の言葉を聞いて、翔子も純菜も気が抜けてしまった。


「それもそうね」


「凛くんッたら流石ですわ」


3人は人ごみに紛れて、遊園地へと入るのだった。

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