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34:リンの所属先が決まった日

「俺は……正直、リンにロクな仕事を与えられない。アポロ・プロは芸能事務所とは名ばかりで、所属タレントの1人どころか、まっとうな社員は俺ぐらいしかいないような会社だから」


話しを聞いて、若いスカウトが鼻で笑う。

泣き落としだと思ったのだ。


「給料だって、子供の小遣い程度が関の山で」


なんせアポロ・プロには資金がない。仕事をしても、直ぐに手元にお金が入るわけじゃないから、どうしたって給料は僅かにならざるを得ない。さらに、ようやく仕事の報酬がはいったとしても、次の仕事をスケジュールに組み込むためには、様々な人々に付け届けをする必要がある。要するに『いい仕事が欲しいなら、それなりの誠意』を現物として偉い人に送らないといけないのだ。そんなだから、しばらくは自転車操業をしなくてはならないアポロ・プロに、給料なんて支払う余裕はほとんどないのだった。


「講師を雇う金もないから、レッスンだって受けさせてやれない」


そもそも、講師を雇おうにも伝手がない。


言ってしまうと、達也は名ばかりの業界人で社長で、素人なのだ。


プレゼンなのに、ちっともプレゼンをしてない。

ぶっちゃけた達也の内情に、スカウトたちが呆れた目を向ける。


そんな視線を受け止めながら「だけど」と達也は言った。


「だけど。もしもリンがうちに来てくれたら。俺は、日本中を笑顔にしてみせると約束する!」


なんだその口説き文句は…。5人のスカウトは鼻で笑った。

リンにとって誰を笑顔にしようが誰が笑顔になろうが、なんのメリットでもない。

そう思ったのだ。


達也が着席する。


「リンさん、考える時間が必要ですか?」


若葉が隣りに座るリンに尋ねる。


「ううん、もう決まったよ」


リンの言葉に、スカウトマンたちが緊張する。

リンがれたのなら、スカウトした自分の評価は確実に上がる。もちろん、給料だって跳ね上がる。


「ボクは、アポロ・プロにはいるよ」


な! 5大芸能事務所のスカウトも、若葉も、達也も驚いた。


「理由を訊いても?」


「だって、日本中を笑顔にするんでしょ? ボクも日本中を笑顔にしたいんだ」


「いやいや、そんなことで」


スカウトの1人が表情を引きつらせながら言う。


だが、そんなことでリンは良かったのだ。


「だって、お給料は別に要らないし」


リンは母親のむつみから月に1000円ものお小遣いをもらっている。

それで十分ではないけど、満足しているのだ。


「レッスンとか受ける時間もあんましないし」


宿題にサッカーにテレビゲーム。レッスンなんてしている余裕はない。10歳児童は忙しいのだ。


「寮は、ぜったいに無理だし」


そんなリンの話を聞かされて、黙っていられないとスカウトたちが口々に言う。


「アポロ・プロのような弱小では、リンさんを売り出そうにも力が足りませんよ」


「頑張れば平気だよ、ねぇ」


と達也に同意を求めるリンである。


「あ、ああ」


いまだ動揺している達也は生返事をするけど、リンはそれで満足ニッコリコだ。


「う、うちなら映画だって」


「映画は見るのは好きだけど、るのはちょっと」


学芸会のときの桃太郎で、失敗した凛なのだ。たったひとこと『そうなんです、桃太郎さん』を『そうなんです、小池さん』と役をやっていた子の名前を口にしてしまったのだ。


そんなだから、映画なんて、とてもとても、って感じだ。


一蹴されたスカウトたちが肩を落とす。


まさかのダークホースであった。

これが5大芸能事務所の何処かなら言い訳が立った。しかし、選りによってアポロ・プロである。上司から叱責ものだ。


「では、これで決まりですね」


若葉は解散を告げた。


まさかまさかの決着に、内心では大喜びである。


5人のスカウトが肩を落として部屋を出て行く。


「じゃ、またね達也さん」


最後にリンも出て行った。


その後を、若葉の隠密が付いて行く。5人のスカウトのうちの誰かが強引な手にでないとも限らないために、途中までガードするよう若葉に指示されているのだ。


残った達也はといえば、まだ呆然としていた。


「マジか…」


呟く。


「マジか」


自分に確認するみたいに言う。


「マジか!」


達也は席を立つと、その場で「やった! やった! やったった!」と小躍りした。


クスクスと笑い声が聞こえる。


ハッとして達也は笑い声のした方を向いた。


「なかなか珍しいものを見せていただきましたわ」


若葉が居残っていた。


いちばん見られたくない相手に浮かれている様子を笑われて、達也は真っ赤だ。


「踊りたくなる気持ちも分かりますわ」


若葉は立ち上がると


「とはいえ。これからが正念場ですわよ」


「分かってるさ。死ぬ気で頑張ってみせる」


「日本中を笑顔にするんですものね」


クスクスと笑って、若葉も会議室を後にした。


達也は表情を引き締めた。


そうだ、浮かれてる余裕なんてないのだ。


「約束は守ってみせる!」


手の平に握り拳を叩きつけたのだった。


で。


バタンと会議室のドアを閉めた若葉は、その場で「くふふふ」と笑った。


「レアなとこ見ちゃった」


達也が素で喜んでいるのなんてレア中のレアだ。


もっとも、それがリンのおかげだというのは嫉妬しないでもないけれど…。


それでも


「イイもの見ちゃった」


若葉はスキップするのだった。

ま、皆さんの予想を裏切らない決着ということで。

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