33:5大芸能事務所のプレゼンの日
「ごめんなさい!」
純菜が用意してくれた会議室にはいるなり、リンは集まったみなさんに謝った。
「ご迷惑をおかけしました」
深々と頭を垂れる。
中身が10歳だろうと謝るときは謝る。
いいや、むしろ10歳だからこそ謝れたのかも知れない。人は、年齢を重ねれば重ねるほどにプライドが積み重なって、素直に謝れなくなるのだから。
リンの誠実は、集まった面々に伝わった。
「気にすることないよ」
面子のなかで年長の日宝芸能の代表スカウトがニッコリと言う。
実際のところ、集まった人達で謝られるような損害を被っているのは達也だけなのである。
会議室にいるのはリンを除いて7人。
プラチナ・エンターテイメント、松梅芸能、日宝芸能、ムーン・ミュージック、コシプロのスカウトマンがそれぞれ1人ずつ。それにアポロ・プロの神宮寺達也と、純菜の代わりとして同席している若葉の、以上で7人である。
各社のスカウトマンにしてみたら、リンが雲隠れをしてくれたおかげでもって、このような席を開けたようなものだし、若葉は、ただ単に12歳の純菜では力不足なので代わりというだけだ。
リンに謝られるようなことはされてないのである。
もっとも。そんなことは口に出さない。
リンが申し訳なく思っているのなら、それはそれで好都合というものなのだから。
日宝芸能スカウトの言葉で、リンが安堵の顔をする。
これに当の日宝芸能を除いた各社のスカウトは苦虫だ。
だって、リンの好感度を日宝芸能がいちはやく稼いだということなのだから。
負けてはいられないと、各社がリンに向けて口を開こうとした…
「では時間もないことですし、さっそくですが各社に所属するにあたっての待遇や条件を提示していただきましょう」
…のを制して、若葉が言った。
これには誰も逆らえない。
なんせ若葉は岬の人間なのだ。
トップアイドルなのだ。
リンが若葉の隣の席につく。
初めにプレゼンを許されたのはムーン・ミュージックだ。これは事前にクジを引いて決めたのだ。
「我が社に所属していただいた暁には、社をあげてリンさんをプッシュさせていただきます!」
若手の育成に失敗したムーン・ミュージックは落ち目である。だからこそ、起死回生の一手としてリンを欲しがっていた。
だが、いくら落ち目といえども、ムーン・ミュージックは5大芸能事務所のうちのひとつだ。そんな大手がぽっと出の新人に総力を注ぐと言っているのである。破格であろう。
「給与ですが、これは我が社の決まりとして3年目までは固定給となっております。とはいえ、大卒並みの金額は支払いますし、衣装や生活費といったもろもろはコチラが負担いたしますので、それほど悪いことでもないかと」
彼の言うとおりに、業界では固定給というのが少なくない。しかも新人の給料なんてものは雀の涙というのが普通なのだ。大手のムーン・ミュージックであろうと、5万円ももらえれば御の字で、しかもソコに生活費や衣装代やらは含まれない。だから、新人はバイトをしながら頑張るのだ。
顔が売れれば売れただけお金がもらえる歩合制などというのは、ひと握りのタレントだけの特権のようなものなのである。
「他に、多くのレッスンをこなしていただくためにも、寮生活となることを承知していただきたい。むろん、レッスン代も寮の部屋代も、我が社がもちます!」
ムーン・ミュージックのスカウトは自信満々だ。
寮の部屋代はともかく、レッスン代まで所属事務所が負担するなんてことは滅多にない。
それだけ、リンに目をかけているという証左だった。
だが。肝心のリンはといえば、あまり芳しい反応がない。
それはそうだ。寮生活だなんて、無理なのだから。
正体ばれちゃうし!
というわけで、ムーン・ミュージックのスカウトは手応えの感じられないまま着席した。
続いては、松梅芸能である。
「松梅芸能では、リンさんをマドンナ役に据えた映画の制作を進めております!」
おお! プラチナ・エンターテイメントもムーン・ミュージックもコシプロも、さすがに映画はテリトリーの範囲に無い。その提示に、唸り声が出てしまう。
苦い顔をしているのは日宝芸能だけだ。
そんな日宝芸能のスカウトをチラリと見遣ってから、松梅芸能のスカウトは続ける。
「松梅芸能の誇るお笑いタレント、フィーバーズと共演していただこうと思っておるのです」
フィーバーズは土曜日の夜9時からの『9時だぞ! 全員、集まれ!』というバラエティ番組で平均視聴率40%いう数値を叩き出している5人組だ。
当然、人気がある。特に子供への人気は圧倒的だ。
興味を示したリンの様子に、松梅芸能は内心でほくそ笑む。
「もちろん、映画は手始めです。他にも色々と話し合っている最中です。さて、給与ですが、ウチは最初から歩合制でいこうと考えております」
新人からの歩合制は、だがメリットばかりではない。
それだけ働かせると宣告しているようなものなのだから。しかも、そうとなったらレッスン等で自分を磨いている暇がないだろう。リンという人間の引き出しの中身がなくなって、大衆に飽きられたのなら、そこまで。そうなりたくなければ、人間としての奥深さを自分で発揮しろと言っているようなものなのだ。
昔気質の松梅芸能らしい遣り方だった。
とはいえ、リンを大切に育てていこうと思っている他のスカウトは、あまりいい顔をしていない。
リンもリンで、歩合制の意味が分かってないので反応もよろしくない。
結局、松梅芸能も思ったほどの手応えを得られずに着席した。
3番目は日宝芸能である。
「我が日宝芸能は、リンさんをメインに据えた映画の企画を進めております!」
メイン! と力を入れる日宝芸能スカウトだ。
松梅芸能が鼻にしわを寄せる。
「監督は大林彦宣を予定しております」
大林彦宣はCMディレクターから映画業界へと乗り込んできた変わり種だが、撮る映画のどれもがヒットして、乗りに乗っている映画監督だった。
近頃ではアイドルを主役にした映画撮影を幾つも手掛けていて、どんなアイドルだろうと魅力を十二分に引き出してくれると評価されている。
けど、そんなこと凛は知らない。
アイドルを目指すような女の子なら、たしなみとして知っているような大林彦宣監督の名前も、リンの表情を動かすことはできなかった。
あとは松梅芸能も給与面での待遇を話したが、固定給というだけだ。
ガッカリして、松梅芸能のスカウトは着席した。
4番手はコシプロである。
「我がコシプロはおおぜいのアイドルが所属しております。よって他社ほどリンさんに注力することはできませんが、それでもリンさんの活動しやすい環境をつくるために出来るだけのことはしましょう」
ゆるい。ほかの事務所に比べて、リンのことを余り欲してないように聞こえる。
だが、これがコシプロの戦略なのだ。
現代っ子というのは、グイグイ押すと、逃げてしまう。
だから、ちょっとぐらい『ゆるい』のがちょうどいいのだ。
コシプロのスカウトはリンの表情を窺う。
しかし、そこに思ったような反応はない。
だって、凛はサッカーをやっているのだ。しかもFWの点取り屋だ。俺が! 俺が! の前のめりの姿勢が評価されるポジションなのである。
そんな凛…リンにゆるくプレゼンをしたところで心に響くはずもない。
コシプロの想定は狂ってしまった。
そのまま立ちなおすことができずに、プレゼンは終わった。
5番手。プラチナ・エンターテイメントである。
5大芸能事務所のなかでもトップを張っているところだ。
「端的に言いましょう。我が社に入れば、リンさんを3年以内に同世代のトップにしてみせましょう。そこに居る姫宮若葉と同じようにね」
岬若葉。芸名を姫宮若葉。彼女はプラチナ・エンターテイメントの所属だった。
「リンさんならば、この場に揃った5社の何処に所属しようと、何時かはトップアイドルになれるでしょう。ですが、これだけは断じて言えます。最速で頂上に立てるのは、我がプラチナ・エンターテイメントに所属した場合です」
これには他の芸能事務所は異議を唱えない。
その通りなのだ。プラチナ・エンターテイメントは圧倒的だった。ムーン・ミュージックとコシプロを併せて、ようやく届くといった感じなのだから。
「給与は固定給ですが、それほど出せません。その代わりに、レッスンは無料でお好きな時間にお好きなだけ、受けていただくことが可能です」
プラチナ・エンターテイメントは専属の講師を幾人も雇っているのだ。
それこそ、夜中だろうがレッスンを受けることができる。
プラチナ・エンターテイメントのスカウトが着席する。
リンの顔を窺うようなことはしない。自信があるのだ。
そして……6番手が立ち上がった。
5人のスカウトが彼を見て、うっすらと嘲るような表情を浮かべる。
「アポロ・プロの神宮寺達也です」
日本でいちばんに力のない芸能事務所のプレゼンが始まった。
5社は多かった…。3社ぐらいにしとけばよかったと後悔。
投稿から1ヵ月ぐらいが経ちました。
ので、遂にこの言葉を解禁します。
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