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32:岬若葉と神宮寺達也な日

予告詐欺でした。


今回、主人公は不在です。

スカウトは次回こそです。

「お久しぶりですわね、達也さん」


姫宮若葉…いいや、岬若葉はたおやかに微笑んだ。


その姿は、ひとことでいえば高貴。

まさしくMISAKIグループの次代を継ぐに相応しい風格すらある。


この一般庶民では真似のしようもない、近寄りがたいたっとさ。これが18歳にして他のアイドルを押しのけて頂点てっぺんを取った要因であった。

リンが観る人に安心感を抱かせるのなら、姫宮若葉は観る人に己とは違う高みに住んでる世界を想像させるのだ。


もっとも。達也とて、かつてはセレブだったのだ。若葉の微笑みに萎縮するようなことはない。


ふっ、とハンサムに微笑み返した。


「久しぶりというほどでもないと思うけどね。2週間前にも会ったじゃないか」


その時に、この若葉に面と向かって言われたのだ。『あのを背負えるのですか?』と。それで達也はリンを諦めたのだ。


苦い気持ちが去来する。


「あら、すげないこと。達也さんにとっては、たったの2週間でも、わたしにとってはお久しぶりと感じてしまうほどの2週間でしたのよ」


心にもないことを言うもんだ。

達也は内心で呆れてしまう。


そして同時に思う。なぶってくれるなぁ、と。


達也は疾うに若葉との婚約を解消されている。

だから会いたかったみたいなことを言われる筋合いはなくなっているのだ。


これが若葉の本心からの言葉だったら、ともかく。


達也は、若葉を見た。


いちの隙もない、完璧な笑顔。一般的に愛想笑いといわれるものだ。


どう考えても、達也に気がある笑顔ではない。


だから達也は、若葉が落ちぶれた自分のことをオモチャにしていると感じるのだ。


けれど、若葉は達也以外には、こんな悪趣味なことをしない。

何故だか、昔から…それこそ婚約者として引き合わされた幼少時から若葉には徹底的に嫌われていたのだ。


「では、これからデートとしゃれこみますか?」


気軽に言った途端だった。


若葉の顔から笑みが消えて、切るみたいな視線が向けられた。


さすがに達也の微笑みが強張る。


「じょ、冗談ですよ?」


「つまらない冗談ですこと」


若葉は言うと、紅茶を優雅な所作で飲む。


場所は超高級ホテルのラウンジだった。

時刻は午後の21時。


達也は「来なさい」と連絡されて、意味も分からずに遣って来たのである。


「それで、俺は何で呼ばれたんだい? まさかアッシーくんというわけでもないんだろ?」


アッシーくん、とは。泡がぶくぶくでイケイケな景気だった時代、女性の送り迎えのためだけに車の運転をさせられた男性のことである。車はもちろん自前だ。早朝だろうと、深夜だろうと、女性から連絡があれば馳せ参じる。それだけの関係。恋人という訳じゃない。ただただ、使われて、それでも喜んで使われていた。…んだって。Mなのかな?


「達也さんの車は?」


「スープラ、と言いたいところだけど売ってしまってね。今はマーチの中古だよ」


「ありえませんわね」


「だろうね」


「では、本題にはいりましょう」若葉は言った。

「妹にリンさんから電話がありました」


「リンから?!」


思わず大きな声を出してしまった達也に、若葉がキツイ眼差しを送って黙らせる。


「端的に言います。明日、リンさんの所属する事務所を決めるために、話し合いをすることになりました。参加する事務所は」


プラチナ・エンターテイメント。

数多くのアイドルをようしている。歌番組やバラエティー番組は、プラチナがなくては立ち行かないとさえ言われている。テレビに強いパイプがある。


松梅しょうばい芸能。

日本の映画、演劇、興行と配給を手掛ける松梅株式会社の子会社である。ライバル関係にある日宝芸能よりも、どちらかといえばお笑い系に力が寄っている。


日宝にっぽう芸能。

松梅芸能と同じく、日本の映画、演劇、興行と配給を手掛ける日宝株式会社の子会社。松梅芸能よりも、アイドルの育成に力を置いている。


ムーン・ミュージック。

大物、といわれるような芸能人がおおぜい所属している。若手の育成に失敗したことで、勢いを他社に奪われてしまっているが、それでも存在感は健在である。


コシプロ。

自由な気風の芸能事務所。他の芸能事務所とは違って縛りつけるような規則がないため、所属するタレントは和気あいあいとしている。年に1回の、コシプロスカウトキャラバンはアイドルの登竜門として知られている。


「すごいな」


いずれも日本屈指の芸能事務所だ。そんな大手が、こぞってリンを欲しているのだ。

どこに入ろうと将来は約束されたも同然である。


「たしかに凄いですわね。ですが、それだけリンさんは話題になってますから」


「だな」


達也はうなずいた。


リンが雲隠れしていた2週間で、彼女は日本国中で話題になっていた。なんせテレビのニュースで局の区別なくバンバンと放送されて、しまいにはスポーツ新聞ではなく、普通の新聞にすらリンのことが載ってしまうぐらいなのだ。


「それで? 若葉は俺にそのことを伝えたっかったのか?」


「いいえ、本題はこれからです」


若葉は焦らすように、紅茶を口にする。


そうして、言ったのだ。


「その話し合いの場にアポロ・プロも参加していただきます」


「ふざけるな…!」


虚仮こけにするにもほどがある!

達也は、さすがに人目をはばかって声を抑えて怒りをぶつけた。


「君だろう、俺にリンを諦めるように言ったのは!?」


「わたし、そのようなこと言ってませんが?」


「だが、たしかに…」


あのを背負えるのですか? 若葉の言葉が思い出される。


「そう…だな。言ってない、か」


「達也さんが勝手に諦めてしまっただけでしょう?」


でも。と若葉が続ける。


「それでいいのですか?」


挑むように達也を見据えた。


「純菜からは、達也さんが誰よりもはやくにリンさんを見つけたと聞いてます」


「そうさ、俺が誰よりもはやく…」


「諦められるのですか? 諦めてしまっていいのですか?」


達也はジッと若葉を見た。見据えた。


「なにが言いたい?」


「チャンスを上げようと言うのです」


「そんなものをもらったところで…」


「まぁ、無理だと思うのなら、出席しなければいいだけです」


若葉が席を立つ。


カツカツと歩き去る。


残された達也は、両掌を組んだソコで鼻から下をおおって考え込んでいたのだった。






車に乗り込んだ若葉は。


「やっちゃった…」


車中で頭を抱えていた。


「素直になればいいのにねぇ」


運転をしている女性がからかうように言う。


彼女は若葉が生まれた時からガードをつとめている隠密だった。

年齢は……詳しく言えないが、純菜専属くの隠密の母親であるといえば、あるていど推測していただけるだろう。


「それができたら、苦労ありません…」


実は岬若葉。

神宮寺達也にゾッコンラブなのである!


ひと目惚れだった。

婚約者として引き合わされた瞬間から、だいだいだいだい大好きなのだ!


けれど若葉は緊張しいだった。


大好きな達也の前に出ると、ついつい表情が固くなってしまうのだ。

芸能界で『孤高』などと言われていたりする若葉だが、これも緊張して笑顔がキツクなってしまっているだけなのだ。


本音をいえば、お友達が欲しいのである。

妹の純菜には、翔子ちゃんという親友がいる。すんごく羨ましい! のである。


しかも、彼女はツンデレだった。


達也とお話すると、どうしても素直になれずに厳しいことを言ってしまうのだ。


『あのを背負えるのですか?』と訊いたのだって、問い詰めたわけじゃなく、ただ本当に尋ねただけなのである。


そうしたら、何故だか達也がリンのことを諦めてしまって、若葉としては大慌てだ。

だって、若葉としては達也に成り上がって欲しいのだ。

リンを掌中にできたのなら、アポロ・プロはグンと急成長することだろう。

あわよくば、婚約の解消を解消……分かりにくいわね、婚約を再度だから、再婚……とまで考えて『再婚とか!』うひゃああ、と若葉は身をよじって恥ずかしがるのだった。


ともかく。


若葉は焦っていた。


そこに妹の純菜が、リンの話を持ち込んできたのだ。


ラッキー!

純菜の前では『お姉さま』の若葉は表情をニヤつかせるのを懸命に我慢して、心のなかでバブリーダンスを踊った。


そうして、なんやかんやと理屈をこねて、話し合いの場に神宮寺達也を無理矢理にねじ込んだのだ。


全ては、わたしと達也さんとの明るい未来の為に!


だが今の若葉は


「ああ、どうしよう…嫌われちゃうよぉ」


なげいていた。


うっせぇな。ボソリと運転している隠密は呟くと、面倒くさそうに


「平気じゃない? こんな調子で14年も遣り取りしてるんだし? 神宮寺の坊ちゃんだって、いまさら嫌いになんかならないわよ」


「ホント? 信じてもいい?」


「ホントよ、信じてもいいわよ」


などと超テキトーに若葉を安心させるようなことを言いつつ、年上の隠密は言い足した。


「ま、好かれてもないだろうけどね」


「そんな~!」


現実を叩きつけられて、若葉が身も世もなく悲嘆する。


それを


「あはははははは!」


何時ものように隠密は笑うのだった。

岬若葉。

好い感じのキャラクターになりそうです。

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