03:魔法少女に変身した日
気付けば凛は。病室のベッドに仰向けに寝ていた。
「夢?」
だけど…もしかしたら。
脚、を動かして……脚が動く! 感覚がある!
膝、を立ててみた。シーツはしっかりと盛り上がった!
ドキドキと心臓が早鐘を打っている。
凛はゆっくりと体をずらして、ベッドから脚をおろした。
視線は向けない。怖いのだ。
ぺたり、とリノリウムの床に素足の裏がつく感触。
そう、感触があった。
おそるおそる、視線を向ける。
「!」
脚があった。
失われたはずの。
脚が存在していた。
動揺に息を乱しながら…立ち上がる。
興奮に震えながら…1歩を踏み出す。
ぺた。ぺた。と歩く。
ぺた、ぺた、と歩く。
ぺたぺたと歩く。
何も問題がなかった。きっと駆け足することだって、リフティングだって出来るだろう。
「夢じゃなかった…」
なら! 凛は翔子の姿を確かめんと病室を飛び出そうとして
〈 マホオを 〉
という幽き声を頭の隅に聞いた。
「妖精の王様?」
病室のドアに手をかけた状態で足を止める。
〈 そのまぁまだと。コテイでぇきなぁい 〉
「どういうこと?!」
〈 ドリーム・ワールドのぉパワーでも。なくなぁたものは。もとにもどせなぁい。イマのそれはぁ、カリソメのもの。だからぁ。マホオを 〉
ともかく魔法を使えということらしい。
けど、どうやって?
そう思った時だった。
パジャマのズボンのポケットの中に、何かが在るのが伝わった。いいや、ポケットの中の何かが『在る』ことを伝えてきた感じだった。
ポケットを探る。
「口紅」
夢の世界でつくった道具だ。
瞬間。魔法を使うべく方法が、凛の頭に思い浮かんだ。それは、おととい見た夢を思い出すような不思議な感覚だった。
「へい!」
掛け声をかけると、口紅が手の中で変化した。
それはステッキだ。グリップを含めて40センチほどで、色合いは鈍い銀色。けれども、そんな銀のなかにうっすらと透けて見えるのは赤いハートや黄色い星で、そういったものが無数にステッキのなかで泳いでいる。そうして先端には、おっきな金色に輝く宝石が嵌め込まれていた。
凛は、ステッキを振り上げた。
「ペペッチ」
くるり、と踊る。
「ポポッチ」
呪文を唱えながら、くるくると舞う。
「レレンチカ」
自然とあふれでた。呪文は口から。体は自ずと動いた。
「ポポッチ」
ステッキが振り回されるたびに、ハートや星が空間に散ってたゆたう。
「ペペッチ」
空間にはひと際おおきな丸い輝きがあった。それはステッキの先端からしゃぼんのようにあふれ出したモノだ。
「レレンチカ!」
凛は、その輝きを蹴り上げた。
輝きが高く高く飛んでいく。病室の天井はない。今のココは魔法の空間なのだ。高く高く飛んだ輝きは、パン! と弾けた。
金色のシャワーが凛を包み込む。シャワーは繭のように少年を囲い…。
そうして。
ふわりと、花がひらくように解けた。
現れたのは……少女だ。
年齢は15、16歳だろうか? ポニーテールに結わっているのは、夏の日差しみたいな金色の髪。そんな主張の激しい金色の髪が違和感ないのは、少女の面立ちがあまりにも美しかったからだ。とはいえ、とっつき難い感じは微塵もない。それは、垂れ目がちだからだろうか? 体の凹凸がすくなく、まだまだ子供っぽいからだろうか? いちばんは雰囲気かもしれない。まるで、あなたの夢の中からスルリと抜け出してきたみたいに……昔からの知り合いみたいな、そんな雰囲気がするのだ。
凛は、自分の両手を見た。
「お?」
指がほっそりと長くなっている。
腕を見た。
「おお?」
なんか華奢だ。それに色が白っぽい。
そして、服をつまんで確認した。
「おおお?」
驚いたことには、パジャマが膝下丈の白いワンピースに変化していた。素足には厚底のサンダルまで履いている。
歩けんのか、これ。不安に思ったものの、普通に歩けた。これはおそらく魔法のチカラだろう。
凛は病室に備え付けられている洗面台の前へと向かった。そこには鏡がある。
足、重! とスニーカーとは違うサンダルの重みに閉口する。
こんなもん履いてたら、そりゃー屁っぴり腰になるよなぁ。と凛は街で見かける大学生のお姉さんを思い浮かべていた。たまに目にしたのだ。せっかく綺麗な恰好をしているのに、足をズリズリ擦るように動かして、なんともチグハグな姿勢でいるお姉さんを。
ずっと足もとを見ていたから。凛は前を向いていなかったから。
洗面台の前で、ようやく顔を上げて。
「!」
絶句した。
凛はようやく、自分が少女に変身していることを知ったのだ。
「な! なっななななんあ!」
声が高くなっていることにも気づく。
ペチペチと頬っぺたに手の平をあてた。
鏡の中の少女も同じように動いている。
「あー、いー」
と口を動かせば。
鏡の中の少女も「あー、いー」と口を動かしている。
ココに至って凛は……。
「あははははは!」
と大笑いした。美人のお姉さんが自分の物真似をしているようで、面白可笑しかったのだ。
凛だって、男の子だ。綺麗な女の人は好きだ。
でも、鏡の中の少女は別だった。どうしたって、笑ける対象にしか見えなかった。
これは魔法のチカラだった。変身後の自分を好きにならないよう、防衛機能が働いているのだ。そうでもなければ術者はナルキッソスになってしまうだろうからだ。
ひとしきり笑った凛は、パンパンと自分の頬を叩いた。
それは決して女の子が自分にするような気合いの入れ方じゃない。
凛は感覚として理解していた。
まだ『魔法』を使う必要があると。
いいや、違う。『大魔法』を、だ。
〈 じゅんび。ととのぉた、みたぁだね 〉
妖精王の声が届く。
「へい!」
凛は再びステッキを取り出した。
掲げる。
ステッキの先端の宝石に、チカラが流れてくる。
光る。
輝く。
眩く。
スパークした!
突かれたように、凛は移動した。
体が、じゃない。
存在が、移相した。
着いた先は、公園。
凛は、咄嗟に公園にある時計に目を向けた。
時刻は7時50分。もちろん午前だ。
「おっし!」
凛は、可愛らしくガッツポーズをした。
時間の逆行に成功したのだ。
基本的に物語はハッピー路線でいきます。
ただ、翔子が亡くなったことからも分かりますように鬱展開はあるかもしれません。
変身の呪文は、テキトーです。口にした時のリズムだけを大事にして書きました。
ステッキは男の子だから…ファンシーすぎないように銀色で。
そんな感じです。
5/8 過去にさかのぼった時刻を8時半から50分に変更しました。
次回は翔子との再会。