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23:正彦を手伝うリンな日

短いですけども。

オーディションが終わると、静香は別室に連れて行かれた。

そこで家族を交えて、フダを上げた芸能事務所と折衝をするのだ。


まぁ、今回はプラチナ・エンターテイメントで決まりだろう。


というわけで、リンはまたもやボッチになってしまった。


しか~し! 何時までもトイレにこもっているわけじゃない。

主人公なのだ! 午後の8時の出番までトイレでボッチだなんて、灰色すぎる!


そういうわけでリンは今……父親である正彦たち撮影班のうしろに子カルガモみたいについて回っていた。

面白かったのだ。父さんが仕事をしている様子が。


ん? 充満する香水や化粧品のニオイはどうしたかですって?


慣れちゃったみたいですね。

鼻がバカになってしまったんでしょう。


リンはニッコニコ、満面の笑顔だ。


撮影班の様子も見ていて興味深かったけど、それ以上に正彦がリンを見ても凛だと気がつかなかったのが楽しくて仕方がなかった。

微妙に違うかもだけど、透明人間ゴッコだ。


撮影班の人達は、ちらちらとリンを振り返っている。


『どうして付いてくるんだろう?』


といった感じだ。


「お化粧とか、準備とかしないでいいんですか?」


たまりかねたのか撮影スタッフの女性が訊いた。


「しないから、いいんだ」


ニッコニコなリンにそう言われてしまっては、撮影スタッフも引き下がらざるを得ない。


「しまった!」


撮影スタッフの1人が、声をあげた。


「すんません、代えのテープを忘れました」


昔のビデオカメラは録画するのにカセット・テープというかさばるメディアが必要だったのだ。しかも録画時間は30分と短いので、しょっちゅう交換しなくてはならないという代物だった。


ペコペコと謝っている人は随分と若い。仕事を始めたばかりで不慣れだったのだろう。


「あれだけ言ったのにか! すぐ取ってこい!」


リンは、正彦の声を抑えた怒声にビックリした。

父さんの怒った様子なんて見たことがなかったのだ。


野球中継のあいまに流れたCMを思い出してしまう。昼間のパパはちょっと違う、なんて歌ってた。


撮影スタッフは、オーディションに参加している女の子の邪魔にならないようにと、最低限の人数しかいない。カメラマンの正彦、音声の女性スタッフ、それに件の荷物もちの若者である。


たったの3人なので、荷物もちだろうと居なくなると、撮影スタッフは身動きできなくなってしまった。正彦たちは舞台裏を撮影するのが仕事だ。ひとつ所に留まっていたのでは、良い映像は撮れない。


という事情をリンが理解できたはずもない。


だから


「手伝います!」


と進んで荷物をもったのは、ただの親孝行だった。


「いやいや、君はオーディションの参加者じゃないか」


「いいから、いいから」


なんて気安く言われて、正彦は困ってしまった。


この場所に居るだけでは仕事にならない。正直、1分2分だろうと惜しいのだ。かと言って、参加者に仕事を手伝わせるのはマズい。そんなことをさせてはならない。


分かってはいる。重々承知している。


のに、この金髪の女の子は、どうにも……心安かった。

まるで長年の知り合いみたいに感じてしまうのだ。


迷った末に、正彦は荷物もちが戻って来るまでの間、手伝ってもらうことにした。


そんなリンのことを女の子たちが奇異の目で見る。『あんなことをして、何の得があるんだろう?』そんな疑問をみんなが持っていた。プロデューサーやらの大物ならともなく、撮影スタッフに媚びを売ったところで見返りなんてない。なら、カメラの傍で映り込むのを期待しているのかと考えるも、リンは荷物もちとしてカメラの後ろに位置しているので、そんな余地すらない。


女の子たちにしてみれば、謎の行動だった。


結局『美人だけど、おかしな』という評価にリンは落ち着いた。


美人、だけならばアイドルを目指す女の子たちにとってライバルだ。

でも、ここに『おかしな』と加わることで微妙なラインでリンはライバルのカテゴリーから外れた。


つまり。みんなから微笑ましく見守られた。


荷物もちの若者が息を切らせて駆け帰って来てからも、リンは正彦たちに付きまとった。


そして、リンはやらかし始める。


正彦たちは、主に直近の出番を待っている女の子たちを撮影していた。

生々しい緊張感を撮っておきたかったからだ。


そんな出番を待って緊張に身を竦めている女の子に。

リンは男気おとこぎを発揮して、リラックスできるようにとあれやこれやを始めたのだ。


変顔をして女の子を笑わせたり。

よしよし、と頭を撫でて泣きそうなを慰めたり。

気が済むまで話を聞いてあげたり。


そういうことを始めたのだ。



「目立ちたがり屋ね」


藤堂美也子は、リンを横目にブスッと吐き捨てた。


「そんな感じじゃないと思うけど」


隣りにいたが庇うように言うのをジロリと睨んで黙らせる。


気に食わなかった。


ココにいるのはアイドルになりたいような、基本的に自分こそナンバーワンと信じているような女の子たちなのだ。


それが、あの金髪に他愛無くほだされている。


それはつまり……それだけの魅力があるということ。


「認めないんだから」


美也子は出番が来るまで、目を閉じて金髪を見ないようにした。


そして、時間は過ぎる。


午後8時20分。


時間は押しに押して、オーディションの終了時間を20分も過ぎてしまっていた。

テレビは放送時間を延長している。さすがはMISAKIグループである。


「エントリーナンバー35、東京都出身、藤堂美也子さん」


司会者に呼ばれ、美也子はステージへと小走りに向かった。


ごねんね、美也子のオーディション本編まで行かなかった。

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