21:リンと静香と、おまけで美也子の日
「緊張しいなのに、なんでアイドルのオーディションに行ったの?」
真っ向ストレートなリンの疑問である。
ちょっと忖度のできる大人なら絶対に訊かない質問だ。
しか~し!
リンは子供、10歳なのだ。訊いちゃうのだ。
果たして静香は答えた。
「お兄ちゃ…兄に強引にステージにあげられたんです。それで、何でか本選に通ってしまって…親戚みんなにお祝いされて、辞退も出来なくなってしまって…」
定番である。自分ですすんでオーディションを受けたなんて言ったら如何にも目立ちたがり屋で外聞が悪いからの言い訳の定番である。
でも、静香に限っていえば、嘘ではないようだった。
そもそも疑ってもいないリンは「災難だったねぇ」と何処っかの婆ちゃんみたいにしみじみとうなずいた。
リンは共感を抱いたのだ。ハムスター2匹にお尻を叩かれている凛としては、微妙に他人事とは思えなかったのである。
もっとも、妖精王のせいで凛にはりつかざるを得ないタックとチックのほうがよっぽど災難なのだが…。
2人はしばらく談笑して、すっかり友達になった。
馬が合うという言葉がある。リンと静香はまさにそんな感じだった。
「そういえば。リンさんの出番は何時なんですか?」
「出番?」
「ステージに上がる順番ですよ? わたしは」
と静香は首から下げたカードをリンに見せた。
「11番目なんです」
カードには『伊佐静香』という名前と『北海道』という出身地、それに11という数字が記載されている。
MISAKIグループのデパートは北は北海道から南は沖縄まで、日本全国に12店舗を展開している。そうして、それぞれが3名の候補者を本選に送り込んでいるので、オーディションの参加人数は都合、36名。静香は2時間ほどで出番だった。
因みに。テレビ放送はLIVE中継で14時から開始される。ひとりにかかる時間が10分だとしても、360分……6時間もの長丁場だった。MISAKIグループがどれだけお金を持っているか、これだけでも分かっていただけるだろう。
「ボクはね」
リンはカードを確認した。
「36番目みたいだ」
「最後じゃないですか?!」
「そうなの?」
「こんな緊張を最後までなんて」
ふるふると静香は震えると「頑張ってください!」リンの手を固く握って励ましたのだった。
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リンと静香が男子トイレで友情を深めていた、ちょうどその頃。
藤堂美也子は雑誌のインタビューを受けていた。
「それで、美也子さんがオーディションに出た切っ掛けを教えていただいても?」
眼鏡をかけた凛々し気な女性記者が質問をする。
というか! 記者はむつみである。凛のお母さんだ。家庭でのゆったりと寛いでいる時とあまりに違う。如何にも切れる女といった感じだ。
そんなむつみに、美也子はニッコリと微笑んで答えた。
「友達が無理矢理にって感じですね」
嘘である。静香は本当だったが、美也子は大嘘だ。自分から率先して進んで大手を振って『わたし最高!』と思いながらステージにのぼったのだ。
ここで美也子のことを紹介しよう。
年齢は15歳の高校1年生。実は彼女…藤堂家は岬の分家筋にあたる。とうぜん、金持ちだ。権力だって、それなりにある。具体的には、予選会場に何十人ものサクラを潜り込ませて拍手をさせるぐらいに。おかげで美也子の予選での点数は95点だった。これは全国で2番目に高い得点だった。
そう!
1番はリンだったのだ。満点である。
これを知った美也子は屈辱で真っ赤になった。ちやほやされて育ったお嬢様は、絶対に1番がよかったのだ!
だから美也子は今度こそリンを負かしてやろうと画策していた。リンを36番目の殿にしたのは、美也子の計らいだったりするのだ。
アクドイことを考えているのだ。
「美也子さん、美人ですものね。推薦したお友達の気持ちも分かります」
むつみは言うが、まんざらお愛想でもない。
美也子は美人だった。ちょっとキツメの美人さんなのだ。サクラなんて用意しなくても、予選は余裕で通過できただろう。それぐらいに容姿は整っている。
趣味やら好きな食べ物やら動物やら。将来の目的やら。そういった定番の質問に、美也子は猫被りをして答える。
「では、これで失礼しますね」
そうして、むつみが去ると……
「つっまんない質問ばっかして。あの雑誌は駄目ね」
椅子の背に寄りかかるなり、ガムをくっちゃくっちゃと噛む。
そんな変わり身に、両隣の化粧台の娘たちが白い目を向けるけれど、美也子はどこ吹く風だ。
むしろ美也子は「ああん?」と両隣を威嚇して、サッと左右の娘が目を逸らすと「はん!」と馬鹿にしたように笑った。
悪い女の子なのだろうか?
いいや! 甘やかされたせいで、ちょっと…ほんのちょっと蓮っ葉に憧れているだけなのだ。
…たぶん。
と、美也子が唐突に姿勢を正した。
撮影のカメラが来たのだ。
「撮影させてもらいま~す」
それは正彦たちの撮影班だった。
正彦って誰? え? 憶えてません? 凛のお父さんですよ。
ローカル放送局ということで、さすがにLIVE放送じゃない。それでもテレビはテレビである。
美也子は精いっぱいにかわい子ぶりっ子をするのだった。
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つまんない質問ばかりして。と扱き下ろされたむつみである。
内心、むつみも『つまらない質問』とは思っていたりする。
でも仕方がないのだ。
参加者への取材が、本選の始まるまでの短い時間しかないのだから、どうしたって質問は定番になってしまう。
増して、むつみはあの子を探して時間を惜しんでいた。
あの子。もちろんリンのことである。
どうしたって、金髪のあの子にだけは取材をしておきたい。
そう思ってはいても、むつみはとうとうリンに会えなかった。
まさか男子トイレに籠もっているとは思いもしなかったのだ。
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ということでリンと静香に戻ろう。
2人はすっかり仲良くなっていた。
もっとも静香が一方的に喋って、リンは聞き役である。
意外だろうか?
しかし、もっとも意外に思っていたのはお喋りしている静香本人だったりする。
『わたしったら、なんでこんなにお喋りしてるのかしら?』
内心で首を傾げている。
お兄ちゃんとだって、こんなにお喋りしないのに。
だが、楽しいのだ。リンと話すのは。
とはいえ、静香の話題はもっぱらヤクルトスワローズへの愛や蘊蓄や選手のことだった。
実は静香。
ヤクルトスワローズのファン……マニアの域に達しているのだ。
北海道住みの静香が、なぜなぜヤクルトスワローズ?
それはお母さんがヤクルトおばさんだったから。切っ掛けはそれだけである。というか、切っ掛けなんてそんなものなのだ。
静香はマニアであることを友達の前で、ず~と隠していた。
野球が好き、ぐらいなら変な目で見られることはない。けど、興に乗って選手の趣味やら血液型にまで及ぶと、みんなドン引きするのだ。
だからスワローズへ愛についてつい口を滑らせた静香は焦ったのだが、リンはといえば、ちっとも嫌な顔をしなかった。
それもそのはずで。
リンは母親のむつみから年がら年中、野球のアレコレを聞かされているのだ。
それと比べたら、静香のお喋りなんて可愛いものだった。
いわゆる。凛には耐性があったのだ。
しかも聞き上手ときている。
これは正彦の遺伝だろう。
おまけに、むつみから仕入れた静香の知らないことを教えてくれるのだ。
これが楽しくないはずがない!
おかげで静香は、生まれて初めて兄以外の人に自らのスワローズへの思いの丈をぶつけているという訳だった。
「すみません! 伊佐静香さん、いますか?」
隣りの女子トイレでそんな声がした。
「なんか静香っちのこと呼んでるよ」
お喋りに熱の入った静香には聞こえてなかったようなので、リンは教えてあげた。
「わたしを?」
2人は女子トイレへと顔を出した。
「伊佐静香はわたしですけど」
「ああ、よかった」
探していたのはスタッフの女性だった。
「出番が迫っているので、準備お願いします!」
伝えると、慌ただしくスタッフは去っていった。
残された静香は。
「そういえば、オーディションに来てたんでした…!」
顔を青くしていた。
リンとお喋りをして、リラックスどころか、オーディションに来ていたことさえ忘れていたのである。
今日はいっぱい投稿しました!
次回、静香のオーディション!
緊張しいの彼女はどーなる?!




