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02:妖精の王と契約をした日

凛はゆっくりと目を開けた。


ぼんやりと真っ白な天井を眺める。ピ、ピ、と何処からか単調な電子音が聞こえていた。誰かがゲームでもしてるのかなぁ、と薄く思いながら天井を眺める。


ふと喉に渇きをおぼえた。それで、自分の口に何かが覆いかぶさっていることに気がついた。


なんだこれ? 邪魔だな…。


振り払おうと手を動かそうとするも、思うように動かない。

ようよう腕を上げた凛は、そんな自分の腕に針が刺さっているのを目にした。


点滴…か?


凛はサッカーに熱中し過ぎたせいの脱水症状で病院に運び込まれたことがある。そのとき腕にチクリと刺しこまれた針と同じだった。


だるくて、せっかく上げた腕をパタリと落とす。

痛む首を回して横を見れば、点滴のホルダーがあった。ピ、ピ、と音を立てているらしいゴツゴツした機械もある。


なんだろう?


ぼんやりと寝ぼけたみたいな頭でも分かった。何か大事になっているらしいことが。ドラマでこういった機械を見たことがあった。


たっぷり寝た後みたいに、ちっとも眠くならない。けれども、どうにも頭にもやがかかったみたいな感じだった。風邪っぴきの時みたいに、体がだるくて動きたくない。


だから、凛はただただ白い天井を眺めていた。


そうしていると、カラカラと軽やかな音をさせてドアが開けられた気配がした。

足音が近づいて来る。


視界に入ったのは看護婦さんだった。

テキパキとした動作で点滴のボトルを替えようとしている。


そして。

凛と目が合った。


看護婦さんの目が見開かれる。


凛から見ても、まだ若い看護婦さんだった。


「水…ください……」


唇をやっと開けてお願いする。


でも、若い看護婦さんは聞いていないようだった。

あわあわとした後で


「先生!」


パタパタと駆け足で出て行ってしまった。


にわかに廊下の方が騒がしくなった気配がして、直ぐに母さんと父さんが病室に飛び込んできた。


「凛!」


母さんが泣きそうな顔をして凛を覗き込む。


出版社で働いている母さんは人前だとばっちりメイクをしている。だのに、今は起き抜けの朝みたいにスッピンだった。それが可笑しくて、凛は「ふふ」と微笑んでしまった。


母さんの後ろでは、スーツ姿の父さんがひどく心配そうな表情で見ている。


「凛、凛、凛…」


母さんが手を痛いほどに握ってくる。ポロポロと涙をこぼしている。


「…泣かないで」


掠れた声は届かなかったみたいだ。母さんはずっと息子の名前を呼んでいる。そんな母さんの肩に父さんがそっと手を置いた。


「凛、もう大丈夫だからな」


なにが大丈夫なんだろう? 疑問には思ったものの、凛は頷いておいた。


この時の凛は、まだ。薬のせいで意識が朦朧もうろうとしており、自分の置かれている状況を理解していなかったのだ。



凛は今。ひとりだ。


お医者さまが事故の説明をして。


「凛くん。憶えているかな? 君は事故にあったんだ。強風で外れた看板が君たちを直撃したんだよ」


君…たち?


「そう、君…凛くんと翔子ちゃん」


しょうえ……は?


「…翔子ちゃんは」


お医者さまは言うべきか迷っているようだった。


そんなお医者さまの代わりに、父さんが口を開いた。


「翔子ちゃんは亡くなったよ」


「あなた!」


母さんが非難するような目を向ける。いつもの父さんなら、それだけで縮こまって謝るのに、今日の今の父さんは父さんじゃないみたいに動じることなく、怖いほど真剣な目を凛に向けていた。


「凛、もういちど言うぞ。翔子ちゃんは亡くなった。お前を庇って亡くなったんだ」


ボクを庇って?


「そうだ。翔子ちゃんはお前を庇って亡くなった。だからな。お前の命は…今のお前はお前だけのものじゃない。翔子ちゃんの守った命でもあるんだ」


そして、凛は知った。


自分の両脚が……膝から下が無くなっていることを。


今。凛はひとりだ。

自分の状態をゆっくりと理解できるようにと、ひとりにしてくれたのだ。


だから、凛は分かった。

分からねばならなかった。


本当に自分の両脚が失われたことを。


「う、うぅ」


声をおさえて泣く。

大声で泣きわめきたかった。怒鳴り散らしたかった。けど、そんなことできなかった。

だって、そんなことをしたら母さんと父さんに心配をかけてしまうから。


翔姉え…。


そうして。

2歳年上の幼馴染みが死んだと、さっきハッキリと理解した。


翔子の両親が、凛の顔を見たいと病室に訪ねてきたのだ。


「よかったわね」


そう言ったおばさんとおじさんは、怒ったように凛を見ていた。


それはそうだろう。翔子が死んだのは凛のせいなのだから。


「ごめん…ごめんなさい」


ボクが出掛けなければ。

ボクがいなければ。


翔姉えは……。


「う、うぅ」


脚が無くなったのなんてどうでもよかった。


「翔…姉え……」


神様。どうか、翔姉えを


「生き返らせてください」


呟いた願いが暗闇に溶ける前に。

ピカリと天上のすみで淡く光がまたたいた。


ピカリ、ピカリ。瞬きはゆるやかに流れて、驚き固まる凛の目の前で止まると、まばゆくく輝いた。


あまりの光量に、凛は目をつむる。


やがて…目を開けた凛は、病室でないドコカに自分がいることを発見した。


どこまでも広やかな空間だった。水晶のきらめきめいた透明な光が其処そこ彼処かしこでチラホラと光っている。そして、凛の周囲には色とりどりの飴玉あめだまみたいな光球が舞っていた。


「ココは…?」


凛は呆然として周囲を見回した。


見回したのだ、凛は。そう、彼は立っていた。


「あ!」


と気付く。事故で失われたはずの両脚があった。


『ココは夢の世界だからね、現実が及ばないこともあるのさ』


そう言った? 声を頭に響かせたのは、飴玉よりも大きな野球ボールぐらいの金色の光球だった。


飴玉たちが控えるようにわらわらと離れていく。


金色の光球が光を失って、もにゅもにゅと粘土のように姿を変える。


『やぁ』


と気軽に挨拶をしたのは、20センチにも満たない大きさの人形ひとがたをした何かだ。


「宇宙人?」


『誰が宇宙人か!』


思わず呟いた凛の頭を、謎の存在がポカリとはたいた。


『ワシは妖精の王だぞ!』


ワシなんて自称を使いつつも子供のような声で言って、妖精の王は偉そうに空中でふんぞり返る。


「妖精ぃ?」


はたかれた頭をさすりさすり、凛は胡乱気にソイツを見た。


『そう、ワシは妖精。王なのだ』


「夢でもみてるのかな、ボク…」


『夢なんかじゃないぞ、あんたは選ばれたんだ』


そう妖精王が言った瞬間だった。


ふよふよ、と赤色の飴玉と青色の飴玉が飛んできた。


『嘘言っちゃ駄目ですわよ』


赤色の飴玉が女の子の声で言う。


『そうそう、君は代役なんだぞ』


青色の飴玉が男の子の声で言う。


「代役?」


『そうさ。本来は君と一緒にいた女の子を選ぶはずだったんだ』


『けど、選べなくなっちゃったので、あーたに白羽の矢が立ったんですのよ』


『あの女の子の名前、なんて言ったっけか?』


『そんなことも忘れてしまいましたの? 伴場ばんば翔子しょうこですわ』


伴場翔子……翔姉え…。


大切な幼馴染みのことを思いだして、凛の眼尻からポロリと涙がこぼれる。


『あぁ! 泣~かした、泣~かした!』


青色の飴玉が、からかうように赤色の飴玉の周りをグルグルと回る。


『ちょ! あたくしのせいですの!?』


「泣いてなんかない!」


凛はグイと拳で涙をぬぐった。


『ハハッ』と妖精王が嬉しそうに笑った。

『やっぱし、あんたは強い子だ。なぁ、名前を教えちゃくれないか?』


「ボクの名前は干原ほしはら凛!」


凛は挑むように妖精王を見た。ここが夢だか、それとも宇宙船のなかだか知らないけれど、囃し立てられて負けてたまるかっという負けん気がわいていた。


『凛、ね。憶えたぞ』


言って、妖精王は『凛くん、ちょっと凛くんさぁ。ワシの願い聞いてくんない?』


と余りにも気安く気軽に言った。


『ワシ等は言ったように妖精なんだけどね、かて……あ、糧って分かる? 食料のことね。ンで、妖精の糧っていうのが、人間の笑顔なわけ』


『ですけど、その人間の笑顔がここのところ少なくなってますの』


『そーなんだよ。笑顔があってもさ、うわつらだけの、うっすーーーいモンだしよ』


『ちょ! お前ら! 妖精の王が喋ってるんだから、横入りすんなよな!』


『はーい』『へーい』と赤と青の飴玉が引き下がる。


コホン、と妖精王は空咳をしてから再び言った。


『え~と、何処まで話したっけ? そうそう、妖精の糧が人間の笑顔ってとこまでだっけ? ンでさ、あの2人が言ったように、ここのところ笑顔が薄いのなんの。このままじゃ、ワシ等ってばハラペコで消えちゃいそうなんだわ』


で、だ! 妖精王はビシリと凛に指を突きつけた。


『凛くんには、是非とも人間を幸福にして心からの笑顔を生みだしてもらいたいのだ!』


正直、何を言っているのだ? という感じだった。


「いや…その……そんなことを言われても」


『もちろん、そのためのチカラ。魔法のチカラを君には授けよう』


「魔法?」


『そう、魔法だ。それに、ワシ等の願いを叶えてもらうからには対価も払おう。現実にもどったら、凛くんの両脚は元に戻そう。それに、翔子ちゃんだっけか? あの子も生き返らせてあげる』


「ほんとうに!」


勢い込んで、凛は妖精王を両手で掴んだ。


『ちょ! 苦しぃ!』


「あ、ごめんなさい」


慌てて妖精王を解放する。


ケホケホと咳き込んだ妖精王は、心持ち凛から距離をとってから


『ワシは妖精の王だから、嘘はつかない』


しっかりと頷いた。


「わかった、ボクは君たち妖精の願いを叶えるよ!」


『おっけーイ! ンでは、これで契約完了』


凛と妖精王との間でパチリと何かがはじけて、モヤモヤとしたものが生み出された。


『さぁ、イメージして。凛くんのイメージが魔法の道具になるからね。コンパクトでも、ヘアバンドでも、ブレスレットでも、いいからさ』


「いやいや、それって全部、女の子の道具じゃん」


何にしようか? やっぱりサッカーボールだろうか?


そう思った時だった。モヤモヤが形をつくり始めた。

グニグニとまとまって…。


サッカーボールかな? と思った凛の考えを裏切るように、シュルシュルとちいさくちいさく纏まっていく。


やがて、出来上がったのは…。


『へー、口紅かぁ』


妖精王が言って


『なるほどねぇ』


離れていたはずの青色の飴玉がフヨフヨ、からかうみたいに凛の周囲を回る。


「なんで!」


だけど絶句していたのは凛本人だった。


「え? え? どうして?」


『そういう願望があったってことなんじゃないですかねぇえ?』


「願望って何だよ!」


『人間もいろいろだからさ、いいじゃん隠さなくても』


「そんなんないから!」


言い合っていた凛と青玉のあいだに


『ごめーん』と赤色の飴玉が割り込んだ。

『あたくしのイメージが具現化されてしまったようですわ、ごめんあさ~せ』


バ! と凛は妖精王を見た。


「やり直しは!」


『できませ~ん』


妖精王がモニュモニュと変化して、再び金色の光球に戻る。


ガックリと肩を落とす凛のまえで、光球はグングンと光量を増した。

たまらずに目を閉じる。


『あ、言い忘れてたけど。正体がばれたらばつがあるからね』


正体? 問い返す言葉は、声にならなかった。

とてつもなく強い光が、凛の体内を侵食したからだ。



気付けば凛は。病室のベッドに仰向けに寝ていた。

すみません。変身できるかと思ったら、そこまで行きませんでした。


変身の道具は『口紅』です。サッカーボールだと大きすぎるし…。他に好いのが思い浮かばなかったので。

何か他に『これのがいいんじゃね?』と思うようなのがあったら、伝えてください。もしかしたら変更するかもしれないです。


次回こそ、T-天使に- S-スイッチ- !

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