19:迷子になったお母さんを探した日
「ん、と…迷子かな?」
リンが訊くと、男の子は怒ったように
「迷子じゃないよ! お母ちゃんがいなくなっちゃったんだ!」
言い返した。
ああ、憶えがある。リンは思わず昔のことを思いだしてしまった。
迷子になったものの、恥ずかしくて、母親のほうが居なくなったと言い張るのだ。それで凛もデパートの迷子案内でむつみを呼び出してもらったことがある。
リンはホッコリした気持ちになって、しゃがんで男の子と視線を合わせた。
「君、名前は?」
「…宮原登」
言いながら、登はぷっくりした指を4本立てた。
4歳ということなのだろう。
「ん。ボクはリン。登のお母さん、一緒に探してあげるよ」
と言うと、タックとチックが待ったをかけた。
「オーディションはどーするんだ? こんなことしてる場合じゃねーだろ」
「次から次へと余計なことを背負いこんで。いいから、警察に渡しちゃいなさい」
分かってないなぁ、とリンは思う。
登は『お母さんがいなくなった』というぐらいプライドの高い子なのだ。そんな子が迷子だから警察に引き渡されるだなんて、屈辱…とまではいかないだろうけど、とてつもなく恥ずかしい思いを味わうはずだ。それこそ、あるていど大人になって笑い話に出来るまでは身悶えするほどだろう。
「タック、チック」
リンは立ち上がると、小声で言った。
「目の前で困っている子供1人を助けられないで、なんで大勢の人を笑顔にできると思う?」
何時かアニメかマンガで見たセリフの盗用だ。
しかし2匹のハムスターには効いた。抜群に効いた。
「そうだ! 君の言うとおりだ!」
「あたくし、目から鱗が落ちましたわ」
フンス! とリンは小鼻を膨らませてドヤ顔である。
「登、お母さんはどこら辺でいなくなったんだ?」
「ん~、あっち」
そう指さすほうにリンは登と手をつないで歩いた。
歩きながら「宮原登くんのお母さん、いませんか!」と声を張り上げるのだけど、周囲の雑音が大きすぎて、どうにも声が掻き消えてしまう。
しばらく探したのだが、お母さんは見つからない。
というか、リンが声をあげるたびに前の人が振り返って「うお!?」とか「え!?」とか驚くような感じなのだ。
でも、これは仕方ない。金髪のただ事じゃないくらいハクイ女の子がいるのだ。驚くだろうし、人によっては外国映画の撮影かと勘繰ったりもしているぐらいなのだ。
リンは『スルー』スキルを身につけてしまったので気づかなかったが、実のところ彼女の後ろは凄いことになっていたりする。ぞろぞろと沢山の人が後をついて来ているのだ。
ふと、登が足を止めた。
「どうした?」
「疲れちゃった。それにお腹も空いた」
そういえばリンのお腹もペコペコだ。そろそろ12時だった。
「じゃ、そこらでなんか買って食べるか」
「うん!」
リンはお店を探してキョロキョロと辺りを見回した。おおぜいの人が注目しているけどスルーだ。なんか自分たちの周りを囲むみたいに人がいるけど…。『ま、原宿だし』でリンは片付けた。お上りさんなのである。
「あそこでいっか」
手近な店で、リンはアメリカンドッグを購入した。他にも焼きそばやらお好み焼きやらがあったけれど、アメリカンドッグ一択だった。何故って? 焼きそばは家で食べられるし、お好み焼きは関西出身の正彦がちょくちょく作ってくれる。けれど、アメリカンドッグなんて、夏の市民プールぐらいでしかお目にかからないじゃないか。
因みに、リンがアメリカンドッグを買って如何にも美味しそうに食べたせいで、この後すぐにお店のアメリカンドッグは売り切れてしまう。余談である。
登と2人で仲良く食べる。
「美味しいな」
「うん、美味しい」
言いながらも、登の口元のケチャップをハンカチで拭き取る、意外と甲斐甲斐しいリンなのだ。
様子を遠巻きに見ていた皆さま方が「ほぅ」なんて溜め息をもらしてしまっても仕方ない。
食べた後の串は、店のゴミ箱にポイ。
「さて、行こうか」
再びお母さん探しをしようとしたのだけど、登は「もう歩けないよ」と愚図り始めた。
おいおい、お前のために探してるんだろう? なんて読者様は思っちゃいけない。相手は4歳児なのだ。
「ずいぶんと歩いたしなぁ」
登を抱っこしようにも、リンは非力だ。持ち上げるだけでいっぱいいっぱいだろう。
「だったら、登はココで待ってな。ボクだけで探してくるから」
「嫌だ! リン姉ちゃんと一緒がいい!」
ひし! とプニプニお手手で半ズボンの裾を握られてしまった。
リンは困ってしまった。心のなかは、犬のおまわりさん状態だ。困ってしまって、わんわんわわ~ん、である。
すると
「あんた、後楽園に行ったんじゃないの?」
ポカリを奢ってくれたお姉さんが人込みを掻き分けて遣って来て言った。
「その積もりだったんだけど」
リンは登に視線を向けた。
「姉弟…てはずないか。迷子?」
「迷子じゃないよ!」
登が言い張って
「お母さんが居なくなっちゃったんだって」
リンが言い添えた。
「あんたも相当な世話焼きだね。いいさ、この子はあたしに任せて、あんたは後楽園に急ぎな」
そうお姉さんは言ってくれたけど、リンは首を振った。
「いいや! 時間はまだあるから探すよ」
「ないだろうが!」「ないでしょう!」という2匹からの文句は…あ~! あ~! 聞こえません。スルースキル発動である。このスキルはヤバイ! 使い勝手が良すぎる。
リンの言葉に、お姉さんは肩を竦めると
「あんたたち!」
とリンたちを囲む人込みに向かって声をかけた。
「聞こえてたんだろ? この娘はオーディションの時間が押してるっていうのに、こうまで言ってるんだよ? なのに、あんた等はなんてザマさ。原宿ホコテンの住人として情けなくないの?!」
「たしかに情けねぇな!」
ガタイのいいお兄さんが出てくると、登を肩車した。
「ほら、こっからなら母ちゃんを探せるだろ」
「うん!」
登は肩車をされたことで視点が高くなって大喜びだ。
「ンじゃあ、迷子の母ちゃんを探そうぜ!」
おう! とさっきまで見守るだけだった人たちが応えてくれた。
リンとお姉さん、それに肩車をされた登を先頭にして、再び捜索? が始まった。
4人のうしろには大勢の若者が続いて「登くんのお母さん、いませんか!?」とみんなで声を張り上げている。
警官がいたら『デモか!』とすっ飛んで来そうな状況だ。
のんびりと前方を歩いていた人たちがギョッとしたようにリンたちを振り返って、リンに注目して、事情を聞いて『面白そう』と集団に混ざり込む。
そんな大捜索をすること10分ほど。
「登!」
と遂にお母さんが見つかって、肩車から下ろされた登を抱きしめた。
登は緊張の糸が切れたのか大泣きしているし、お母さんはペコペコとみんなに頭を下げている。
だが、ホッコリなんてしてられない。
時刻は12時30分だった。
「あちゃ~」
リンは渋い顔をした。さすがに本予選で遅刻は不味い気がする。
すると、お姉さんが言った。
「あたしに任せときな」
公衆電話に走って電話をすると、リンの手を引いてホコテンの外れまで誘導した。
そんな2人のあとを、やっぱりゾロゾロと人がついてくる。
しばらくすると。
ブオン! と排気の音も凄まじく、リンの前にバイクが走って来た。
「カタナじゃん」「しかもあれ、1100Sだぞ」
なんて言葉がささやかれる。
「サンキュ兄貴!」
言うや、お姉さんはバイクに乗っていた人を押しのけた。
「おいおい、ひでぇな」
「いいじゃん、あとで埋め合わせはするからさ。ヘルメット、プリーズ」
「へいへい」
バイクの人はヘルメットを脱いだ。
兄貴、というだけあって、お姉さんの面影がある。
兄貴さんはリンを見ると驚いたような顔をして、ニヘリと締まりなく微笑んだ。
と、その微笑みが痛みを我慢するものに変わる。
お姉さんが腹パンを決めたのだ。
「男臭いのはガマンしてね」
ヘルメットをリンに渡しながら、お姉さんが言う。
「気にしないよ」
リンはヘルメットをかぶった。大人のニオイがする。整髪剤のニオイだろう。
「じゃあ、後ろに乗りな」
胸がドキドキしていた。バイクに乗るのなんて初めてなのだ。ワクワクが止まらない!
「しっかり掴まって!」
と言われたので、お姉さんの腰に両手を回して密着する。
「あんた、まな板だね」
言うや、お姉さんはバイクを発進させた。
景色がグングンと流れる。
遠くのほうに見えていた建物が、あっという間に近づいて、見送る暇もなく背後へと通り過ぎて行く。
お姉さんは街を知り尽くしている感じだった。
バイクの運転もスムーズに、迷うことなく、時に赤信号を無視して、猛進する。
警察に目を付けられなかったのは、偶然なのか?
それとも、順路や時間を承知しているからなのか?
ともかく、リンは後楽園球場へと到着した。
「へい、お待ち!」
時刻は、とお姉さんが千葉にできたのに東京の冠をつけた巨大テーマパークのキャラクターの腕時計を確認する。
「12時55分、ギリだったね」
「ありがとう!」
リンはヘルメットを脱ぐと、お姉さんに渡した。
「どってことないさ。そういえば、まだ名前を言ってなかったね。あたしは北条由紀」
「ボクはリン」
「リン、ね。オーディション、頑張んな。応援してっから」
「うん、頑張ってくるよ」
言って、リンは後楽園球場へと駆け足したのだった。
北条由紀さんは、名前こそ出たけど……はたして次に出番はあるのだろうか?
そしてそして。ヘルメットのなかでタックとチックがどれほど息苦しい思いをしたのかは、本文にのせてない非道!
次回こそオーディションの本選。
間違いなし!
読み返すと、後半あたりから文章が微妙…。
でも直さないぞ! 時間ないし、次の話を書きたいからね!




