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18:原宿ホコテンの日

オーディション本選? なんのことかな?

日曜日。遂に4月18日である。


「いってらっしゃ~い」


と両親をニコヤカに送り出した凛は、すぐさま自分も東京に出発すべくそそくさと準備を始めた。


正彦もむつみも、日曜日にもかかわらず仕事だった。

正彦は後楽園球場でオーディションの舞台裏を撮影するために。むつみはライターとしてオーディション会場の緊張感を体験すべく。それぞれ家を出たのだ。


そして凛もまた、時間をずらして家を出た。


オーデイションは午後1時から開始だった。


現在時刻は午前の9時。

凛の家から後楽園球場までは、1時間とちょいかかる。これは以前に家族で後楽園球場に野球観戦に行ったことがあるから確かだ。


だったら早すぎない? そう思うかもしれない。


そうなのだ。凛は基本的に時間よりもはやく目的地に着いているような子なのである。将来、恋人なんかできちゃってデートの待ち合わせで「待った?」と彼女に訊かれて「待ってないよ」と結構な時間を待っていながら恰好をつけてしまうような…そんな性格の子なのだ。


いやいや、それにしたって早過ぎじゃん? そう思うかもしれない。


実を言えば、凛はホコテンに行くつもりだったのだ!


ホコテン。歩行者天国の略である。

特に原宿のホコテンは、今や若者のメッカだった。

竹の子族といわれる、ラジカセのディスコサウンドにあわせてステップダンスをする、奇抜な衣装の若者たち。

ローラー族といわれる、ロックンロールで踊るリーゼントに黒い衣装の男の人達。

他にもバンドもいれば、パフォーマーもいる。

そんななかを、若者たちは行儀悪く食べ歩きをする。


それがホコテンなのだ!


「むふふ」


と凛はマジックテープ式のお財布の中身を確認する。


眼鏡をかけたオジサンが描かれた5000円札が1枚。

蝶ネクタイの禿げたオジサンの描かれた500円札が2枚。


なんと! しめて6000円である!

超、大金だ!


凛の『もしも貯金』の全額だった。


もしも貯金、とは。もしもの大事件が起きた時に使うためのお金だ。具体的には、ノーマークだった面白いゲームカセットが欲しい時に使ったりする積もりだったのだ。


「しゅっぱーつ!」


凛は元気よく家を出たのだった。



というわけで所変わって、ホコテンである。


「おほ~」


凛は若者たちの熱気に圧倒されていた。


大音量でがなり立てられているラジカセの音楽。

そんな音楽に負けないように大声で話し合う大勢の若者たち。

踊っている人は、ココに自分がいると叫んでいるようだ。


そこには粗削りなパワーが確かにあった。


凛は、あっという間に影響された。


「カッチョいい~」


ステップダンスを踏む竹の子族と一緒になって踊ろうとしたのだ。


けれど。


「邪魔だよ」


ペイ、と追い出されてしまった。


「なんだよ、ケチンボ」


と下唇を突き出しながらも、次のグループに紛れ込もうとして


「どけ、チビ」


やっぱり、ペイされてしまう。


しょせん凛は10歳。周りは中学生や高校生のお兄さんお姉さんなのだ。仲間に入れてもらえるはずがなかった。

しかも竹の子族というのは幾つものグループに別れていて、競い合っているような感じだった。ガキンチョを仲間に入れて、いもっぽいと思われてしまえば、立場がなくなる。


だが、凛は挫けなかった。次から次へと迷惑も顧みずにチャレンジを繰り返し…。


「なんだよ、もう!」


癇癪を起した。


「諦めて、オーディションに行こうぜ」


「そうしたほうがイイですわよ」


フードのなかでタックとチックが小さな声で言う。

時刻は11時である。


でも凛はほとんど意地になっていた。

負けん気が強いのだ。サッカーだと、この負けん気が良い方向に働くのだが、今回ばかりは悪い方向に働いてしまっているようだ。


縁石に腰掛けて、腹ごなしのクレープを食べ終えると


「わかったよ! 大人になればいいんだろ!」


と服を売っている店にはいった。


店は混んでいた。というよりも、何処の店も混んでいる。

さすがは原宿!

だから、凛は人に紛れてゆうゆうと試着室にもぐりこんだ。


「へい!」


口紅をステッキに


「ペペッチ、ポポッチ、レレンチカ。ポポッチ、ペペッチ、レレンチカ!」


クルクルクルリンのシャボンを蹴り上げ、金色のシャワーを浴びて。


凛はT〔天使に〕S〔スイッチ〕したのだった。


本日の衣装はセーラー服だ。女学生の着るセーラー服じゃない。純然たる水兵さんのセーラー服だった。しかしながら下半身は紺色の膝丈の半ズボンだ。


金髪だからセーラー服が良く似合う。加えて、パッと見だと少年に見えないこともない。……ぺちゃんこなのだ。


姿見に映る自分を確かめてリンは大きくうなずいた。


「許す」


誰に? とは訊かないで欲しい。


凛はスカートではなかったことに満足すると、カーテンを引いて試着室を出た。


途端に視線が集まる。


けれどリンは気にしない。


新たにスキルを覚えたのだ。

その名も『スルー』である。


リンは表に出ると、目についたグループのひとつに堂々とまぎれてステップを踏んだ。


「お、なんだ?」


「だれ?」


注目される。けれどもリンは自分がココにいるのは当然といった顔で踊った。


すると


「ハクイじゃん」


とリンは受け入れられたのだった。


笑顔ポイントで魔法のレベルが上がったおかげなのか、体が前よりも動く。

ステップもつたないながらも踏むことができた。

むしろ、その拙さがリンを愛らしく感じさせていた。

金髪美少女が完璧にステップを踏んでいたら、みんなは気圧されていただろう。


ひと通り踊って、それでリンは満足した。


極めて単純なのである。


「ほい、ポカリ」


と地べたに座り込んで休んでいるリンに、横合いからブルーのカンカンが差し出された。


「くれるの?」


リンが問えば、女の人は肩を竦めてスチール缶を放って寄越した。


「ありがとう」


キチンと感謝の気持ちを伝えて、リンは飲み口のリングを外した。

んぐんぐ、とひと息に飲み干す。飲み干して、リングをカンカンのなかに捨てた。

当時はプルトップ式じゃあなかったのだ。


「あんた、あたしらのチームに入んない?」


「誘ってくれるのは嬉しいけど、ボク、アイドルやりたいんだよね」


「ああ! 後楽園の?」


「そーいうこと。ごめんね、けど今日は楽しかったよ」


「残念だけど仕方ないか」


リンは立ち上がると、空き缶を捨てるために移動した。

自販機の脇のゴミ捨てにスチール缶を捨てて。


さぁ後楽園に行こうかな、そう思ったリンのズボンの裾が引っ張られた。


目を向ける。


ソコには幼児がいた。5歳ぐらいの男の子だ。


幼児は人差し指をくわえながら


「…お母ちゃん」


と言ったのだった。

テンプレの迷子。

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