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100:翔子の宿題の日

翔子は夏といえば陽に焼けて真っ黒になるのも構うことなく外で遊びまわっていた。

サッカーをして。

サッカーのないときは学校のプールで午前中と午後を泳ぎまくって。

凛がいうところの翔姉えのおじさん、というか父親が休みの日には連れ立って海釣りに行くこともあった。


母親としたら。


「女の子を産んだつもりだったんだけど、育て方を間違えちゃったかしら」


そう、お隣のむつみに愚痴るほどに、翔子はおよそ女の子らしいことに興味のない子供だった。


しかし、中学生に上がってからは少し変わった。


サッカーを辞めて、何やら始めたのだ。


これには翔姉えのおばさん…もとい、母親も心配したものの


「やりたいことがあるの」


という娘の言葉を信じた。


もっとも


「やりたいことって何?」


そう尋ねたら


「ナイショ」


と返されてしまったけれど。


おしゃれにも興味が出てきたようで、そういった雑誌を購入するようにもなった。


「ようやく女の子らしくなってくれたみたいで」


むつみに嬉し気に報告した翔姉えの母親である。


しかし、違うのだ。

勘違いですよ! そう声を大にして教えてあげたい!


おしゃれ雑誌を買うようになったのは、おめかししたい為じゃなくて、漫画に登場するキャラクターの服装の題材にしたり、モデルにするためなんですよ!


本人、めっきりさっぱりてっきり、おしゃれに興味ありませんから!


まさに母親の予想を裏切る、斜め上!


そして、この夏。


翔子は『リン』に関連すること以外はほとんど外出しないで、ず~~~~と部屋に籠もっていた。


「海釣りに行かないか?」


父親に誘われても


「行かな~い」


と、素っ気ない対応でおしまい。


反抗期かな? と父親は勘違いして凹んでいる。


そんな夫のことを、妻は苦笑して見ていた。


さすがに母親なのだ。

娘が何に取り組んでいるのか、夏ともなればもう知るようになっていた。


バレてからは、恥ずかし気に翔子から漫画の下書きとやらを見せられて感想を訊かれることもあった。


親娘でウィンドウショッピングをしたり、スイーツを食べたり。

そんな思い描いていた遣り取りとは違ったものの、これはこれで「いい感じなのかな?」と思う母親なのだ。


部屋に籠もって、翔子が何をしていたか?


そんなの決まってる。

漫画を描いていたのだ。


待ちに待って発売されたリンのレコードを聴きながら、翔子は朝から晩まで机に向かっていた。


何度も何度も描きなおす。


初めて漫画を持ち込んだ時に言われた編集者のダメ出しを思い出して、ペンが止まってしまう時もあった。


そんな時は庭でリフティングをして気分を入れ替える。


それでも復調しないときは最終手段。


「凛!」


と部屋の窓をあけて少年を召喚。


天使の輪のうかんだ坊ちゃん刈りの頭を、思う存分に撫でさするのだ。


これで、気分は一新した。


時間は刻々と過ぎる。


「できた……」


翔子はペンを置いた。


そのまま階下におりて、プッシュホン電話の受話器を取る。


「スー、ハー」


深呼吸してから、翔子は思い切って編集部に電話をした。


「漫画の持ち込みをしたいのですけど」


アポイントメントの結果、約束は土曜日ということになった。


ちょうど24時間テレビの放映される日だった。



小学社の少女向け雑誌の編集部。


翔子はリベンジに燃えて来た……という割には、借りてきた猫のように大人しかった。


まぁ、中学生なのだ。

まだ誕生日前で12歳だし。


緊張しないほうがおかしい。


「お待たせしました」


前に持ち込んだ時は30代の男の人だった。

今回はまだ若い女の人だ。


肩パットがモリモリのジャケットを羽織って、すだれ前髪のワンレングスという、バブルな恰好スタイルの女の人が、机を挟んだ対面に座って、見せつけるみたいに足を組む。


「読ませてもらいますね」


断って、女の人はペラペラと翔子の原稿をめくった。


ちょっとお化粧の臭いがしんどいな。

そう思いながら、翔子は畏まって待つ。


やがて女の人は原稿を机のうえに放った。


「あなたさ、なんで漫画なんて描いてんの?」


え? と翔子は相手を見返した。


「え、と…。漫画を描くのは好きですし、読んだ人が笑ってくれたら嬉しいから」


と答えると


「あー、はいはい」


女の人はかったるそうに言ったのだ。


「そういうさ、建前はいいから。本音で言えばお金でしょ?」


何をこの人は言ってるんだろう?


漫画とは関係のないことを口にする女の人を、翔子は不思議な気持ちで見ていた。


「いいよね、漫画家。こんな漫画かいてるだけで、お金が入るし。印税? そういうのでさ、ガッポガッポだし? でもね、そういう漫画家さんってあんましいないんだよ? たいがいは人気が無くてポイされちゃうんだから」


「あの? つまり何が言いたいんですか?」


下品なほどに紅く塗られた唇がヌラヌラと動くのを見ていた翔子は思い出したみたいに訊いた。


「だからね、夢なんてみないで、もっと堅実に生きようってこと。あたしみたいにオシャレしてさ、3こうな男を捕まえればいいじゃん。そのほうが楽にお金を使えるようになるってこと。教えてあげてんの」


ちなみに。3高ってのは「高学歴」「高収入」「高身長」の男性のこと。バブル当時の女の人は、結婚相手にこの3高を求めたんだって。


ああ、と翔子は気付いた。

この人は純粋な気持ちから忠告してくれてるんだ、と。


クラスにも1人か2人ぐらいはいるのだ。

自分の価値観でものを言ってくるような人種が。


サッカーなんて男の子のスポーツを何でやってるの?

女の子なんだし、バレー(※ボールじゃない方)とかやんないの?


そんなことを悪気なく言うような子がいた。


どうしようか?


翔子が対応に困っていると、女の人の背後にスーツ姿の男性が立った。

さっきまで隣りのブースで漫画の持ち込みの対応をしていた人だ。


「おい」


男性が呼びかけて、女の人が振り向く。


「げ、」


と女の人が顔をしかめる。


「げ、じゃねーよ。なんで、お前が持ち込みの応対をしてんだ?」


「だって、編集者みたいなことしてみたくて」


「してみたくて、それで何で漫画家を諦めさせるようなこと言ってんだよ!」


女の人は蹴られこそしなかったけれど、ぞんざいに席から追い出された。


代わりに男の人がお尻を落ち着ける。


「すまなかったね。夏は持ち込みがおおぜいで、どうしても時間通りにいかないんだ」


それで隣で男の人が意見をしている隙に、女の人が出張って来たということだった。


彼女はいわゆるコネ入社なのだ。

バブル当時。

コネ入社、て結構あったらしい。


特にそれなりの家の女性は結婚までの『腰掛』と『箔付け』で、大きな会社に短期間だけ入社するようなことが多々あったとか。


バブルが弾けるだなんて思ってなかったからね。


働く、よりも、養ってくれる男を見つけること、のほうに目がいってたのかも知れないね。

もちろん、男性に負けないように頑張って働いていた女性もいるだろうけど。


翔子の前に座った男性は、前回に持ち込みした時に批評してくれた人だった。


ペラペラと原稿をめくる。


「読ませていただきました」


男性は原稿を丁寧に翔子に返すと


「前回よりも格段に良くなってるね」


そう言った。


「え!」と驚いたのは翔子だ。

「憶えていてくださったんですか?」


「君の絵はちょっと独特だからね。ああ、もちろん悪い意味じゃないよ。たいていの漫画家の卵は誰かしらの物真似からはいってるから、特徴らしい特徴がないんだ。でも、君の絵はちがう。ひと目見て、君が描いたと分かるほどの個性がある。これはね、武器なんだよ」


翔子はしっかりと頷いた。


「それで、今回の評価なんだけど」



その帰り。

立ち寄ったラーメン屋で翔子はチャーシュー麺を「ぞぞぞ」とすすっていた。


壁際に設置されたテレビで24時間テレビが映っている。


「お次は、今話題沸騰中のリンさんです」


その名前に、翔子はテレビを振り向いた。


リンが歌っている。


「この、ちょくちょく見るようになったな」


「俺、ファンクラブにはいってるぜ」


テーブル席からそんな声が聞こえてくる。


やがてリンの歌が終わって、司会者が


「そういえば、リンさんは質問があるらしいですね」


「はい、色んな人に訊いたんですけど教えてくれなくて。司会の人なら教えてくれるかな、て」


「いいよ、いいよ。ドンと答えちゃおう」


「じゃあ訊くね? 司会の人は、幾ら募金するの?」


一瞬、会場が静まった。


バブル当時はインターネットなんてものがない。

だから情報がなくて、誰も24時間テレビに出演している芸能人のギャラになんて思いが及びもしなかったのだ。


それが、リンの質問でハタと気付いてしまった。


あれ? そういえば、幾らぐらいのギャラを貰ってるんだ?

というか、視聴者に募金をさせておいて、ギャラを取ってるのか?


「ボクはね、全額、寄付するんだ」


のー天気に言ってしまうリンである。


司会者はほんとーに束の間だけ苦い顔をした。


「なんつーことを訊いてくれるんだ!」


そんな顔をした。


司会を任されるぐらいだから、芸能歴は長いし、頭は良い。


視聴者の感じただろう疑問を瞬時に、司会者も予想した。


そして。

言ったのだ。


「わたしも、全額、寄付するつもりだよ」


言ってしまったのだ。


芸能界は好感度こそが命!

そのモットーが言わせてしまった。


「おお!」


会場が沸く。


こんなの言葉だけ、実際に募金なんてするものか。


司会者は思っていたのだけど


「じゃあさ、あとで一緒に募金箱にお金を入れようね」


リンの駄目押しだった。


いやいや、リン? 君ってば、司会者のギャラを知らないでしょ?


リンはちょっしか出ないので5万円ぐらいのギャラだ。

けど司会者はそれこそ何千万円ももらえるのだ。


そんな何千万円も束のお札を抱えて、募金?


的にエゲツナイぞ!


けど「やーれ! やーれ!」おもしろがった会場は沸きに沸いている。


引き返せなかった。


このあとで実際に司会者はお札の束をかかえて、リンと一緒に募金をすることになる。


泣く泣くの行為。


言うまでもないけど、ギャラなんてまだ支払われてないので、お札の束は自費である。


が!

損をして得を取れ!


好感度が爆上げした。


CMのオファーが殺到。

リンと共演のCMも依頼された。


気付けば、24時間テレビのギャラなんて余裕で取り返せちゃうくらいに儲かってしまったのだ。


逆に好感度が下がったのは、ギャラを募金しなかった芸能人だ。


目端の利く芸能人と事務所は、リンのあとで続々と募金を発表して、実際にお金を募金箱にいれた。


でも、そうしなかった芸能人は銭ゲバの烙印を押されてしまったのだ。


え? 美也子と静香?

セーフでしたよ。


以来、24時間テレビは出演する芸能人が率先してギャラを募金することになる。


現実世界の24時間テレビと大違いだね!

実際に募金をしたのは初代司会者の萩本欽一さんだけだしね!


というようなことは置いておいて。

翔子に戻ろう。


「じゃあさ、あとで一緒に募金箱にお金を入れようね」


この言葉に、店中は大笑いしてしまった。


「こりゃー引き返せねーぞ、司会者」


「やっぱ、この、いいわ~」


喝采の声を聞きながら


リンさんは凄い!

翔子は改めて思った。


いやいや、それって親の欲目、痘痕あばたもえくぼの類ですよ?


そして編集者からの言葉も思い出す。


褒めてもらったのは絵が個性的だということだけ。

あとは散々だった。重箱の隅をつつくようなことまで批判されて、それでも翔子は涙目になりながら指摘されたことをノートにメモした。


そして最後に。


「これを」


と名刺を渡されたのだ。


「正直、君はまだまだつたない。でも、光るものはある。この漫画もそうだ。絵はまだまだだし、ストーリも荒っぽい。それでも、だ。読んだあとに元気になる何かがある」


2か月後。

と編集者は言った。


「この漫画をもっとブラッシュアップしたものを持って来てほしい。もしも出来が良いようだったら、季節ごとに出している増刊号に載せてみてもいいかもしれない」


そのあとのことは、ほとんど憶えてない翔子である。


ふらふら~、と小学社をあとにして、気づけばチャーシュー麺をすすっていたのだ。


翔子の漫画。

実は、リンを主人公にしていたのだ。


魔法を授かった少女が、変身して、リンみたいな芸能人になるというお話だった。


タックとチックが聞いたのなら、身震いしたことだろう。


そして。

リンをテレビでみていた翔子は、不意に凛の姿を思い出してしまった。


閃く。


そうだ! 主人公を女の子じゃなくて、男の子にしよう!

凛みたいな!


そうと決まれば、翔子はお金を支払ってラーメン屋を飛び出した。


「やるぞ!」


腹ごなしに駆け足して帰る翔子なのだ。

記念すべき100回目なのに、出番のない凛…。

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