10:TSしたリンがオーディションに挑む日
書けたので、投稿します。
トイレの個室にはいった凛は、そこでポケットから口紅を取り出した。
「へい!」
口紅をスッテキにして
「ペペッチ、ポポッチ、レレンチカ。ポポッチ、ペペッチ、レレンチカ!」
くるくると踊る。
場所が狭い、とかそういうことはない。ステッキを振った途端に魔法の空間に移行するからだ。
泡のボールを蹴り上げて、前回と同じように金色のシャワーに包まれた凛は、繭となって、そこからT〔天使に〕S〔スイッチ〕して現れた。
夏の日差しをおもわせる金髪をした、うららかな美少女だ。
「おお、なかなかじゃねーか」
「あたくしには負けますけど」
TSした凛を初めて見たタックとチックが、うんうんとうなずく。
そんな2匹を豊かな髪に潜らせて、リンは個室を出た。
鏡のまえで、キチンと変身できているかを確認する。
服装は黒レースのブラウスとカーキパンツでシックに決めてる。
比較的、動きやすい服装だ。
凛はスカートがスースーして苦手なので、これは断然嬉しかった。
因みに…どういう理屈で服装が決まってるのかは謎だ。
「おっし!」
リンはガッツポーズをすると、呆けたように自分を見詰めている皆さんにニッコリと微笑んだ。
…凛が入ったことからも分かってもらえる通りに、ココは男子トイレだった。
おしっこをしている人も、手を洗っていた人も、突然、男子トイレに現れた美少女にビックリ状態だ。
もっともリンは気付いてない。
毎度のことながら、何べんでも言おう。凛はちょこびっと抜けているのだ。
スタスタと男子トイレをリンは後にする。
皆さんは、ただただ呆然として見送ったのだった。
スタスタ、とリンは階段をのぼる。けれども1階ものぼらないうちに「つらい…」弱音を吐いていた。
TSすると体が重いのだ。体重そのものは軽い。だから、圧倒的に筋力が足りてないのだろう。
「だいたいなんだよ、この脚。マッチボウみたいじゃないか」
我が身を毒づいて、仕方ないのでリンはエレベーターを使うことにした。
だけど。リンはどうにも居心地の悪さを感じていた。
歩くうちにも視線を至る所から感じるのだ。
なんだか見張られてるみたいだ…。
そう思いながら、エレベーターで最上階へ。
「オーディションに参加するのかしらね?」
「きっと、そうよ」
乗り合わせた人たちが、ひそひそと話している。
リンはつい、振り向いた。
エレベーターに乗っているみんながみんな、自分を見ていた。
気圧されたけど、誤魔化すみたいにリンは微笑んだ。
男の人も。女の人も。おじさんも、おばさんも。小学生ぐらいの子も、大学生くらいの人も。みんながみんな、頬を赤らめる。
もっともリンは、そんな反応を見てない。
怖かったので、直ぐに前に向き直ってしまったのだ。
チン、とエレベーターが最上階についた。
ここから階段をのぼって、ようやく屋上だ。
リンはエレベーターから降りた人達にまざって、ゆっくりと歩いた。
魔法のおかげなのか。目を魅かれるほどに姿勢がスッキリしている。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。なんて言葉があるが、リンがまさしくソレだった。
リンは屋上に出た。
デパートの屋上は、普段は小さな遊園地みたいになっている。ゴーカートやメリーゴーランド、おっきなトランポリンにちいさなお猿の電車なんかが置いてあるのだ。けれども、アイドルのオーディションということもあって、そういった遊具はすべて撤去されていた。
ただただ広い屋上にはステージが用意してあるだけで、なのに人がおおぜい詰めかけて、ちっとも広いなんて感じさせなかった。むしろ狭いぐらいだ。
今もステージでは誰かが歌っていた。
歌が終わって。
「では、拍手をお願いします!」
司会の人がそう言うと、パチパチとまばらに拍手が鳴った。
ステージの脇に設置してある某仮装大将の得点ランプに似たものの表示が下からグングンと上がって、でも30点ほどのところで止まってしまった。
あれが純菜のいっていた拍手の音に応じて合格・不合格を表示する機械なのだろう。
「残念でした! 気を落とさずに! 次の方!」
ステージに上がりたい人数が多いのか、司会の人はちょっと薄情に感じてしまうほどに肩をおとす人の背中を押して、次の参加者を呼んだ。
「さて、ボクも行こうかな」
リンは気軽な調子で、ステージの方へと歩いた。
ちっとも気負いがない。それもそのはずで、受かるとは思ってないのだ。
繰り返しになるが、もう1度言おう。凛は、リンとなった自分を美人だと思ってないのだ。
と、歩き出したはいいが、人が多すぎて思うように前に進めない。
「すみません、どいてください」
そう言いながら進んでいたリンは、誰かの足につまづいてしまった。
「おわ」
転び……そうになったリンは寸でのところで救われた。
腰を支えられて
「大丈夫?」
真っ白な歯をキラリンと光らせて微笑みかけてきたのは、ひと言でいえばイケメンだった。
如何にも高級そうな真っ白なスーツを身につけている。これがフツメンなら『悪趣味』とバッサリできるだろうけれど、彼は誰がどう見ても二枚目で、どうしようもなく真っ白なスーツが似合っていた。
「ありがとうございます、大丈夫です」
立たせてもらったリンはキチンと頭を下げた。ご両親の躾のたまものである。
「君、オーディションに参加するのかい?」
「はい」
答えながら、リンは内心で首を傾げていた。
この人は、なんでそんなことを尋ねるんだろう?
「よかったら、名前を教えてくれない?」
歯がキラリンと光る。
白いスーツのハンサムは、自信満々だった。
キラリンな微笑みで、自分になびかない女の子は今までいなかったのだ。いいや、1人だけいた。しかし、それは例外中の例外。この目の前の女の子も、喜んで名前を教えると思って…。
「知らない人に、名前は教えられません」」
にべもなかった。ご両親の躾のたまものである!
「え?」
「では、これで」
「え? ええ?」
スタスタと軽快に歩き去るリンを、ハンサムは呆気にとられながら見送ったのだった。
リンはその後は、問題なくステージに到着できた。
周りがハンサムとの遣り取りを見ていて、リンに注目し、自然と歩きやすいようにあいだをあけてくれたのだ。それはさながら、モーゼの海割りだった。
ステージの参加者は列になって並んでいた。人数は20ぐらいいるだろう。
リンは普通に並んでいたのだけど…。
周囲の人はリンに視線を注いでいるわけで。そうなると、リンの前に並んでいた人は落ち着きなくキョロキョロと周囲を見回して、そうして後ろに並んでいるリンに気づくと
「え?」
目を丸くするや、戦意を喪失してそそくさと列から離れてしまった。
そんなことが5分ほどのあいだに繰り返されて、気づけばリンは先頭になってしまっていた。
「では、次の方!」
司会の人がリンを向いて『あれ? 並んでいた人は?』と言いたげにリンを見てから、得心したようにうなずいて手招きをした。
リンは……ゆっくりとステージにのぼったのだった。
真っ白スーツのハンサムは、魔法の天使でもおなじみの、あの人を元に。
というか、あの人はあれでキャラクターが完璧なので、性格はそのままで出してしまうつもりです。
女遊びの激しい浮気性な悪い奴、じゃないので悪しからず。普通に好い人になる予定です。




