【お題】昆布
もう自分の本当の名は遠い記憶の彼方に霧がかって思い出せない。
いや、生きる意味そのものを見出せない私には、名前など端から意味が無かっただけなのかもしれない。
目の前の開けた大地のあちこちから煙が立ち上っている。
罵声と血の匂いに溢れたその光景は、もはや慣れ親しんだ日常の風景であった。
だからこれも当たり前の事なのだと、男は手で傷口を抑えた脇腹に視線を落とした。立ち上がる気力すらなく、座り込んでいる自分に、じりじりと迫る足が視界の端に映る。
順番だ。ただ、順番が来ただけだ。
男の脳裏に浮かんだのは、もう帰って来なくなったかつての戦友たちとの日々であった。
迫る死という現実から逃れるように、そして、思い出を自分の中に大切にしまい込む様に目を瞑る。気力も何もかも枯れてしまった自分でも、それぐらいなら出来たから。
大地を踏み鳴らす音、砲撃の轟音、断末魔、そんな戦場を支配していた騒音の中で、キィンと甲高い音が耳に入ってきた。
いつまでも自分の命を刈り取る一撃は来ず、男も何かおかしいと気付く。
そっと目を開けた。
「昆布さんのこと呼んだよね!!?」
そこには見知った顔の奴が一人。なんだ、メンがヘラってる人か。
「呼んでない。」
男はそう言い、取り落していた自分の剣に手を伸ばす。