【お題】フォアグラとぽっちのハーモニー
それは長く…あまりにも長い寒波のせい。
地球の急激な環境の変化によって、人類は食糧難に陥った。
そして、ついに人は禁忌に手を出す。そう、【人】を食料とする事に決めたのだ。
それは年老いた者達が対象であった。彼らは人の未来の為と、進んでその身を差し出す。
一部の者は泣きながら、また一部の者は口にしているソレがそうとは知らず笑顔で食べた。
彼らの犠牲は無駄ではなく、犠牲の上に作られた僅かな猶予、その期間で人は十分なエネルギーを持ち、短期間に育成可能な新種の藻の作製に成功する。
こうして、人の暗黒期は尊い犠牲の上に乗り超えられた。
新しい時代が訪れた…誰しもそう思っていた。
誤算があったとすれば、【人】の味を忘れられない者達がいた事だろうか。
完全食である藻は人々の生を紡ぐ。しかし、毎日同じ食事に人は飽きていった。そうした時世の流れが、人食の後押しとなったのだろうか。
【食べる為に育てられる人間】が生み出された。
彼らは作物に乏しい日々の生活の中でも飽食に溺れることが出来た。好きな物を食べ生きていく―それが、最終的に人に食べられる人間達の幸せであり、権利。
そんな新しい時代に、ぽっちはピアニストを目指して日々の練習に励んでいる。
暗い世の中にあり人々は娯楽を求める。第5次ルネッサンスとも呼ばれる程に芸術活動が盛んになった中で、ぽっちのその選択は珍しいものではない。
ある日、ぽっちは学校帰りに鍵盤ハーモニカの音を耳にする。その演奏に呼び寄せされるかのようにして、その音色が聞こえてくる公園の中を進んだ。
そこにいたのは、ブランコに腰掛けながら鍵盤ハーモニカを吹く少女。とても綺麗な音色と、その美しい容姿に、ぽっちの視線は釘付けになった。
この時代にあって艶のある肌にふっくらとした、女性らしい彼女の見た目。それは、食に困っていないことを示す。
ぽっちの運命はこの日、この場所、この瞬間に動き出した。
やがて必ず訪れる彼女との別れ…それを知りながら、伴に音楽を奏でるその日を目指す。
これから始まるは「フォアグラ」を取るために生かされている少女と、ただ無為により長く生きるためだけに日々を過ごす少年ぽっちの協奏曲。
必ずくる、分かれのハーモニーの、そんなお話。