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妖精少女は強くなる!〜ぜんぶ奪って最強へ〜  作者: グリーンナポリタン
いざ迷宮へ!
6/10

一話「ダンジョン」

 



 一面の銀世界。

 大都市ニューカリーナには今、冬が訪れていた。

 建物も地面も街路樹も、その全てが降りしきる雪によって白く染め上げられている。

 その雪の中一人の人物が、ギシギシと足を鳴らしながら歩いていた。


 頭までをすっぽりと覆う厚手のフード付きのマントを被ったその人物は、小柄な体を屈め、降りかかる雪を受けながら歩く。



「はぁ、最悪だな。こんな大雪に遭うとは……」


 それは女性だった。彼女は冷え切った風に吹かれる雪を受けながらも、しっかりとした足取りで歩き続けた。


「今日はついてないな、報酬も渋かったし……はあ、早く帰って暖炉で暖まろうか」


 彼女は歩きながら、今日のことを思い出す。

 迷宮での魔物の駆除。それが傭兵である彼女の今日の仕事だった。だが何故か今日は魔物の数が少なく、思ったほどの利益は出なかった。


「もう辞めようかな……でもこれ以外に出来ることなんかないしな」


 彼女は、かじかんで感覚が薄くなった自分の手を見る。

 長く剣を握ってきたせいで、皮膚が厚くなりごつごつとしたその手。とても女性のものとは思えない。


 彼女は物心ついた頃から剣を握ってきた。

 剣士である父の期待を一心に受け、女の子らしいことは一切せずに、ただひたすら剣を振り続けた。

 だがそのおかげで、今では傭兵としてそこそこいい生活が出来ている。


「はぁ……こんなことを考えるのは、もう辞めよう」


 そうして彼女は、今日幾度目かのため息をつく。


 と、その時。彼女の視界に何かが映り込む。

 白い、真っ白な景色の中、その翡翠の様な美しい緑は、遠目でもよく目立った。

 彼女には最初それが何か分からなかった。だがそれに近づくにつれて、その異様な姿がより鮮明に彼女の瞳に映る。


 少女だった。


 雪の中大した防寒もせずに、薄手の白いワンピースだけを着た少女が、そこに立っていた。


「っ! き、君! 大丈夫かい!?」


 彼女は、慌てて少女の元へと駆け寄る。そして少女のむき出しのすべすべとした肩へ、自分のマントを強引に羽織らせた。


「こんなに冷たくなって……一体どうしたんだい?」


 少女へ話しかける。だが少女はその青い目で見つめ返してくるだけで、何も話さない。引き込まれそうな、その深い海の様な両目は、感情がないかの様だった。


 おかしい。

 第一こんな吹雪の日に少女が一人で出歩くはずがない。それに服装も明らか普通ではない。絶対にこの子に関わるとろくなことにならないだろう。

 だが、彼女の良心はその少女を見捨てることを許さなかった。


「……まあ、今はいい。とりあえず私の家に来るんだ。雪が止んだらギルドにでも……」


 その時……。


 少女が、笑った。


 ……いや、笑った訳ではないのかもしれない。

 口の端をグニャリと歪ませ、感情が読めないその瞳でこちらを見つめてくる少女。

 ただそれだけ、それだけなのだが、そのあまりに禍々しい表情に思わず鳥肌が立つ。そして冬の寒さとはまた違った、おぞましい寒気が全身に走る。

 彼女の本能が全力で危険だと叫ぶ。だが彼女は……少女から目を離すことができなかった。


 そして


「あはは、良かったぁ」


 少女が、言葉を発する。


「一体……なんなんだ……君は」


「せっかく迷宮都市に来たのに、誰もいなくて困ってたんだぁ! お人形さん達も全部外に置いて来ちゃったからね」


 少女の表情から歪なものが消え、年相応の無邪気な笑顔へと変わる。

 幼く可愛らしいその笑顔は、見るもの全てを癒すだろう。だがその変化に、目の前の彼女はより一層警戒心をあげた。


 ――この子が、怖い。


 それが、彼女が最後に思ったことだった。


「でももう大丈夫! 新しいお人形さんを見つけたからね!」


 彼女の視線が、少女の瞳と重なる。


 その暗く青い瞳。それが彼女が『人』として最後に見たものだった。




 ――――――――――――




「ふぅ、ひとまずはこれで安心だね」


 少女は、目の前に立ち尽くす『人形』に目をやる。やっと見つけた貴重な傭兵だ。大事に使わなくては。


「はあ、でもこんなに時間がかかるとは思ってなかったな。季節も変わってるし……寄り道しすぎたな」


 二ヶ月。それが少女がここまで来るのにかかった時間だ。

 途中盗賊やモンスター相手に力の検証をしていたので、想定していたよりかなり多くの時間がかかってしまった。おそらくあの森を飛び出したままなら、数日でここについていただろう。

 だが、そのおかげで、沢山のことがわかった。もうあの時とは違う……少女は今、力を使いこなせる。


「ふふっ、じゃあ早速迷宮に行こうかな。もう待ちきれないや!」


 少女が久しぶりに感じた感情。最後はいつだったのだろう。

 あの子達と暮らしていたあの頃? それとも、初めて力を手に入れたあの時? ……でも、もういい。今は過去のことよりも、これからのことを考えなければいけないのだ。


「じゃあ、僕はこの鞄の中に入っているから、迷宮まで運んでいってね。丁寧に頼むよ!」


「……はい、かしこまりました」


 抑揚のない声が響く。それは間違いなく、人形となった女が発したものだった。

 少女はその答えに満足そうな笑みを浮かべた後、この街の外で拾ってきた鞄の中に入り込む。小柄とはいえ少女一人を飲み込むその鞄は、かなりの大きさがあった。

 女はそれを苦もなく担ぎ上げると、再びしっかりとした足取りで、来た道を引き返し始めた。


「やっぱりこの子供の姿だったら、迷宮には入れないからなぁ。持ってきててよかった!」


 少女が入る大きな鞄は、街の外で力の検証をしている時に手に入れたものだった。

 何かしらの皮でできたこの鞄は、かなりの耐久力がある。それなので少女はこんなこともあろうかと、こっそりと持ってきていたのだった。


「さて、迷宮か……どんなところなんだろう。楽しみだなぁ! 今から待ち遠しいよ!」


 夢にまで見た迷宮。ついにそこに入ることができるのだ。

 少女は高鳴る鼓動を抑えることができず、窮屈な鞄の中で鼻息を荒くする。


「後どれくらいかかるの?」


「……はい、あと約二十分ほどです」


 待ちきれない少女は、担がれた鞄の中から頭だけを出して、周囲を眺め始める。

 吹雪のせいで全く人はいないが、森では決して見ることができなかった様々な店や建物があり、少女は物珍しいそれらを夢中で眺める。

『あの時』は見て回る余裕がなかった為、今回が少女にとって初めての人の街ということなのだろう。


 そうして、二十分はあっという間に過ぎ去った。






 迷宮、正体不明のその場所は、世界中に点在する無限に魔物が湧いてくる謎の洞窟だ。

 原理も理由も不明だが、それは常に魔物を産み出し続け、やがてはそれらを外へと放つ。そして、未曾有の災害を起こしてしまうのだ。

 故に迷宮がある街では常に魔物の駆除の依頼が貼り出され、沢山の傭兵達が金を稼ぐ為にそこに集まる。

 原理も理由も分からない。だが多くの人々にとって迷宮とは、金を生み出す商業施設程度の認識でしかなかった。


 それは彼女も同じだった。今日、この日までは……。


「ん? カレンではないか。どうした、今日はもう帰るんじゃなかったのか?」


 鞄に隠れる少女の耳に、優しげな若い男の声が流れ込んでくる。少女はこっそりと、自分を担ぎ上げる女に小声で命令する。


「無難な感じで返事して」


「……はい、かしこまりました」


「へ? なんだって?」


 しまった……。少女は鞄の中で額に手を当てる。

 少女の作る人形はこの二ヶ月でかなりの進化を遂げたが、まだこういうところで融通が利かない。まさかこんな時にまで返事をするとは、彼女にとっても想定外だった。


「ど、どうした大丈夫か?」


「大丈夫だ問題無い。やっぱりもう一稼ぎしようと思っただけだ」


「……そうならいいんだが」


 だがそれでも、命令には忠実に従う。少女はこの結果に安心し、鞄の中で安堵のため息をつく。


「でもほんとに大丈夫か? なんだか目に力が無いし、俺には具合が悪そうに見えるが……」


「だから問題無いと言っている。それより早く私を中に入れてくれないか? 早く終わらせたいのだが」


「……そうか、ならいい。では門を開けるから、また名簿に名前を書いてくれ」


 一瞬の静寂、そして鳴り響く何かが軋む大きな音。少女からは見えないが、おそらく迷宮の門か何かを開けているのだろう。

 少女の鼓動がいっそう早くなる。……いよいよだ。


「じゃあ入ってくれ。……絶対に帰ってきてくれよな」


「ああ、わかった。済まないな」


 思い詰めたような、男の声。もしかしたら、彼はこの先何が起こるか勘づいていたのかも知れない。

 だがそんなことも知らない少女はそれに気づかずに、この先の迷宮……まだ見ぬモンスターの巣窟に胸を馳せるのであった。




 そして、門は固く閉ざされる。



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