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妖精少女は強くなる!〜ぜんぶ奪って最強へ〜  作者: グリーンナポリタン
絶望の一日
4/10

四話 潜入、人の街!



馬車はあっという間に街道を抜け、人間の街、その大きな問のすぐ前へと到着した。


「おーいこんばんは! ガントさん!」


「おう! シモン君じゃねぇか! どうした、今日はやたらと遅ぇじゃねぇか!」


シモンは馬車の速度を緩めながら、馴染みの門番と大声で挨拶を交わす。彼はガントという名で、この道三十年のベテランの門番だ。


「いやー、ちょっとトラブルがあってですね、すっかり夜になってしまったんですよ!」


「ああ、そりゃ大変だったな! 悪いが今日は絶対に積荷の検査をしなきゃいけねえんだ、手早く済ましてやるからちょっとだけ見せてくれ!」


「えっ? あっ、はい……わかりました」


シモンは一瞬戸惑ったが、観念した様に一気に馬車の垂れ幕を引き上げた。そしてガントがランプで照らしながら荷台を覗き込み、積荷の検査を始める。


「干し肉と干し魚の樽に、干し野菜の山。それから大量の薪と……毛布の山と、お前、これは!」


「ひっ! あっ、ち、違うんです!」


積荷の検査をしていたガントが、いきなり大声で叫んだ。

シモンは少女が見つかってしまったのかと思い、 慌てて取り繕おうと上ずった声を上げる。

一瞬処刑される自分の未来が見えた。

だが、


「もしかしてこれあの雑貨屋の注文の品じゃねぇのか!? お前早く行かねぇと殺されるぞ!?」


「ひえっ? あっはいぃ! そうなんですよ! だから僕急いでるんですよ!」


「そりゃあ引き止めて悪かったな! 検査はもういいから速く行ってこい!」


「ありがとうございます! それじゃあ」


「おう! 気をつけろよ!」


全然そんなことはなかった。彼は気の毒そうな表情で手を振るガントを横目に冷や汗を垂らしながら、逃げるように静まり返る街へと入っていった。


「ああー、焦ったー」


「今の誰だったの? すっごいうるさかったけど」


荷台の覗き窓から少女が話しかけてくる。表情はわからないが、少し不思議そうな声色に聞こえた。


「今の人はガントさんって言ってね、この街の名物門番なんだよ」


彼女に名物門番のガントの話をする。彼はこの街に住む人達なら誰でも知っているくらい有名な人だ。


「へぇそうなんだ! すごい人なんだね。えーと、それじゃあそろそろ、人気のないところに来たら僕を降ろしてくれないかな?」


「ああ分かった。じゃあそろそろ一旦止まるね」


そうして馬車は少し走った後、大きな建物の間の路地へと止まった。既に夕飯時を過ぎたとはいえ、路地とその周りには、全くと言っていいほど人がいる気配は無い。

シモンその街の様子に少し違和感を感じた。


「ありがとうね! お兄さんのおかげで気付かれずに街に入れたよ。助かった!」


「うん大丈夫だよ。でもおかしいな……いつもならこの時間でも酒場は傭兵達で溢れているのに……何かあったのかな」


嬉しそうに、笑顔を向けてくる少女。

だが彼はこの街の異様な様子に首をかしげ、隣の大きな建物、酒場を見つめていた。

いつもなら日を跨ぐまで騒いでいるはずの傭兵達が、なぜか今日はいなかった。それだけではない。いつもなら開いているはずの店が全て閉まっていたのだ。


「大丈夫だよぉ! 今日はたまたまみんな速く寝てるんじゃ無いのかな? それよりはいこれ! 受け取ってね」


「へっ? ああっ! うん、ありがとね! 本当にこれを貰ってもいいのかい!?」


「うんいいよ! お兄さんがいなかったら僕はこの街に入れなかっただろうからね」


だがそんな彼の大きな違和感も、少女から渡された見事な剣を見ると何処かへと消え去った。そして彼はうっとりと、自分の腕の中にある剣を見つめる。


「じゃあねお兄さん! 頑張ってね!」


「あっ、ちょっと待って! 一人で大丈夫なのかい!?」


手を振りながら突然走り出す少女。シモンは少女を心配し慌てて叫ぶが、彼女の返事は大丈夫だよというごく簡単なものだった。


「本当に大丈夫なのかな、なんだか変な雰囲気なんだけど」


そして彼は再び人気のない大通りへと視線を向けた。




―――――――――――




「ふう、潜入完了! じゃあ後はこの記憶に従って進むだけだね」


人のいない大通りを走りながら、少女は思わず笑顔を浮かべる。もうすぐで、もう少しであの馬車へとたどり着くのだから。

そして少女は大通りをはずれその脇の細い路地へと入っていく。前へと続く道は舗装されず土がむき出しで、立ち並ぶ建物の壁はそのほとんどが崩れかけている。

大通りに比べて貧相なその道は、様々な理由で人間未満の生活を強いられている、『貧民』と呼ばれるものたちが住む場所。この街のうす汚ない闇の部分へと続くものだった。


「うへぇ、やっぱり汚いなぁ……おっと!」


文句を呟きながら、それでもなお踏み固められた土の道を走る少女。だが突然土煙を散らし、勢いよく立ち止まった。


目の前に二つの人影が立ち塞がったからだ。


「おいおいお嬢ちゃん、こんな時間に一人で何してんだ?」


「ひひっ、裕福そうなガキじゃねぇか! 貴族の娘かあ?」


少女の前に現れたのは、腰に大振りな剣を挿した筋骨隆々で大柄な男と、ナイフを持った痩せぎすの貧相な男。二人は立ち止まった少女を舐めるように眺めると、その薄汚れた顔に下卑た笑みをうかべた。

視線を受けた少女は、不快げに眉根を寄せる。……今朝の傭兵達のことを思い出したからだ。


「ふん……やっぱり人間は好きになれないや。でもまあ丁度よかった、用心棒用の『人形』が欲しかったからさ」


「はあ? 何いってんだお嬢ちゃん、大人を舐めちゃいけないぜ?」


「ひひひっ、貴族様の箱入り娘だから状況が分からねぇんだろ。こいつは体に直接分からせてやるしかないなあ!」


少女はそんな二人の男に侮蔑するような視線を向けた後、冷たく言い放った。

当然男達はその生意気な言葉に激昂するが、彼女はそれをあえて無視し、二人のすぐ側までゆっくりと近づく。

そして、そっと、自分の背丈ほどもあるその足へと手を触れた。


「あ? なんだぁおまえ?」


「ひひっ、なんだもう命乞いか?」


その瞬間、少女は二人の男の全てを奪う。

一瞬にして……体も、意思も、記憶も、心すらも彼らのものではなくなった。

何もかもを奪われた男達は、自由に動くどころか話すこともでず、ただ虚ろな目で彼女の命令を待つことしかできない。


――まるで操り人形の様に。


「じゃあ、これからよろしくね。死ぬまで使ってあげるから……じゃあ行こうか」


少女は立ち尽くす二人へ残酷な言葉を言い放つ。

だが彼らはもちろんそれに抗うことも逃げ出すこともできず、黙って彼女に従うのみだった。


「さて、丁度いい用心棒も手に入ったし……もうすぐだね」


少女はこの先を、貧民達の街の奥を見つめる。その二つの大きな青い目で。


「……もう少しだ」






――貧民達が住む、この大きな街から捨てられた地区。その最奥にそれはあった。

大きく全体に立派な彫刻が彫られたその馬車は、この場所とは不釣り合いな高級感を醸し出していた、

だが不思議なことに、その馬車には馬が繋がれていない。そればかりか、それはいつ誰が、どうやってここに運んできたかを誰も知らないのだ。全て知っているのは、この馬車の『持ち主』だけだ……。


この地区に住む人間すらも近寄らないほどの異様な存在。

だがこの日、その不気味な馬車へと近づく影があった。


「はあ、やっと見つけた」


少女が、二人の男を引き連れ歩いてきた。辺りは既に闇に飲まれ、時刻は真夜中一歩手前にまで来た。だが彼女はついにこの場所へとたどり着いたのだった。


「あれだよね……よかった、僕間に合ったんだね」


少女が震える体を抑えながら、馬車へとゆっくり近づく。

嬉しさのあまり笑顔が溢れる。

そして彼女は背後に控える二人の、痩せぎすの方の男に命じた。


「お前はあの馬車に入って、中にいる人を取り押さえて。どれだけ怪我をさせてもいいから、殺さないようにだけ気をつけてね」


返事はない。だが痩せぎすの男は命令通りにナイフを構えると、すぐさま馬車の中へと突撃していった。


その瞬間、男の悲鳴と、激しく暴れまわる音がこだまする。馬車の中から聞こえてくるその音に、少女は満足げな笑みを浮かべる。


突然、周囲が静寂に包まれる。すると馬車の扉が開き、中から血まみれになった痩せぎすの男が、誰かを引きずりながら降りて来た。

だが……その人物は


「なっ、なんでだっ!? なんでまだお前がここにいるんだっ!?」


少女は青い目を大きく見開いた。痩せぎすの男が引きずって来たのがローブの男ではなく、既に依頼を達成したと思っていた青髪の男だったからだ。

少女は下唇を噛む。

どんな理由があろうと、この男がここにいるということは、ローブの男は既にいなくなっているはずだからだ。


「邪魔だよっ! どいて!」


少女は男達を押しのけ、馬車へと飛び乗る。馬車の中は男達が暴れたため荒れ果て、壁には血が飛び散っている。そして肝心のローブの男の姿は、やはり忽然と消え去っていた。


「嘘っ、なんで! どうしてっ!?」


少女は机の引き出しを開け、棚をひっくり返し、馬車のなかを隅々まで狂ったように引っ掻き回す。だがローブの男はおろか、隠し扉や自分の羽根や目玉すらも見つからなかった。


「うぅっ! そんな……」


最悪だ。そう叫びたい気持ちをぐっとこらえ、彼女は馬車の外、血塗れで蹲る青髪の男の前へと足早に移動する。


「おいっ、お前! あのローブの男はどこに行ったんだ! 答えてっ!」


「ひっ! お、お前は今朝のハイフェアリーか……! 頼む……殺さないでくれ……」


「そんなの知らないよ! 僕はローブの男はどこに行ったか聞いてるんだよ!」


必死に命乞いする青髪に、少女は怒りを全開に怒鳴りつける。

すると少女の代わりに側に控えていた大柄の男が動き、その足で青髪の顔を何度も蹴り上げた。


「がぁっ! ぎゃあっ! うがぅっ!」


彼は取り押さえられた時に手足の腱を切り裂かれたようで、抵抗することも防御することもできず、黙ってその暴力を受け入れることしかできない。


「あ、だめだ。殺したら何も聞けないんだった」


痛めつけられる男を見て少し冷静さを取り戻した少女は、慌てて暴力を止めさせる。そして、無様に顔を腫らし芋虫のように蠢くことしかできない彼に近づくと、その血まみれの顔を掴んだ。


「別に直接聞かなくても、最初からこうすればよかったんだね。僕としたことが、頭に血が上ってたみたいだ」


彼女は、男の今日一日の記憶を、奪った。

そして、現在から順番に彼の記憶を思い返していく……。


宵闇の中、馬車へと依頼のハイフェアリー素材を持って行く。

ローブの男にそれを渡し、彼は仲間が一人やられてしまったと男に文句をつけるが、男は相変わらず何も喋らず、黙って報酬を渡すだけだった。

彼はその態度に怒り男を睨みつける。そして剣を抜こうかと思った時、突然扉を突き破り、ナイフを持った痩せぎすの大男が飛び込んで来た。

彼は応戦しようとするが、間合いを詰められ剣を抜く前にナイフで手足の腱を切られてしまう。

彼は助けを求めようとローブの男の方を見るが、男は素材を持ったまま、一瞬にして彼の目の前から姿を消してしまった。

理解が追いつかない彼が呆然と男がいた場所を見つめていると、突然髪を乱暴に掴まれ、外へと引きずり出された……。


これが、彼の記憶だった。


だが、


「突然目の前から消える!? なんなんだよそれぇ、全然意味分かんないよッ!!」


そんなもの少女にはなんの答えにもならない。彼女は悔しげに歯ぎしりし、動かずに呻き続けている青髪を睨みつける。そして背後の二人へと命じた。


「もういい! 二人とも、こいつを今すぐ殺してくれ!」


命令を受けた二人の男が剣とナイフをそれぞれ構え、ゆっくりと近づいていく。その虚ろな心が抜け落ちてしまったかのような暗い目が、青髪の男の恐怖心を更に煽った。

だが彼の腫れ上がった顔には、恐怖の表情を浮かべることは許されていなかった。


「うぁ……ぁあ……」


彼はその恐怖から逃げようと、手足や体を動かそうとするが、もぞもぞと芋虫の様に蠢くことしかできない。


まるであの時の少女の様に……。


そして目の前に立つ男達の得物が、夜空に突き刺すかの様に高く掲げられる。

青髪の男、『ルイ』が最期に考えたことは、自分はどうして、何故こんな目にあっているのだろうかという、『分からない』ことに対しての恐怖と怒りだった。






「ふわぁ、やっと……終わったね」


羽根と目は取り返せず、ローブの男も見失った。だが、少女の心は達成感に包まれていた。犠牲になった妖精の仲間達の仇を取ることは出来たからだ。


「うーん、ローブの男の手がかりは、あの一瞬で消えることができる……『なにか』だよね」


少女は青髪の男の記憶を思い返す。魔法か何かはわからないが、ローブの男は彼の目の前から一瞬にして消え去った。あれが手がかりになるに違いないと、確信していた。


そうして、彼女はもう一度青髪の男の記憶を思い返す。そして、気づいてしまった……いや、思い出してしまった。その違和感に。


「…… そういえば、どうしてあの時すぐに逃げていった青髪がこんな時間に来たんだろう」


そう、遅すぎる。こんなに時間がかかるはずがないのだ。あの距離なら、大人の足なら二、三時間もあれば着くはずだ。

こんな夜中までかかるなんてことは絶対にない。


――あのまま真っ直ぐここに向かっていたなら。


「……少し、記憶を遡ってみようかな」


ひどく嫌な予感がする。だが、少女は彼の記憶を遡る。

彼がこの空白の時間に、一体何をしていたのか。それを知るために。


「へ? ……う、嘘!」


もし、街の住人なら誰でも入れる森に未知の力を使う妖精が出たら、人間はそれを放っておくだろうか。ましてや今回は一人被害者が出ている。

そして、それを間近で目撃していた彼は傭兵として、一体何をするのだろうか。


全ての答えが、そこには映っていた。


「そんなっ……」


少女はこの数時間の出来事を思い出す。

森で全く魔物に出会わなかったこと、街の入門検査が特別厳しかったこと、酒場の周りに傭兵が一人もいなかったこと、そして、街の中で全く人間に出会わなかったこと。それらは少女が気にしなかったほんの些細なこと。


だがその全てが、彼女に警告してくれていたのだ。


「早くっ、早く戻らないと! みんなが……と、取り返しのつかないことになる……!」


そういった彼女の顔には既に先ほどの満足げな表情はなくなり、恐ろしさと絶望に歪んでいた。


彼女は走る。もう間に合わないと知っていても、何かに躓いても、それでも足を止めずに走る。


――『妖精狩り』を止めるため。






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