三話 いざ街へ!
「うーん、やっぱり子供が一人で入れるわけないよね」
遠くに見える、人間の街の大きな門を見て少女が呟く。
門の前にはこの街の衛兵が複数立っており、街に入る人々を順番に厳しく検査している。犯罪者やモンスターが街へ入らないようにしているのだろうか。
「それにもうこんな時間だしね、僕だけなら怪しまれるよね」
少女達はモンスターとできるだけ遭遇しないように森を大回りしてきた。
それでもモンスターは大人数を狙う傾向がある為、少女は一、二回の遭遇は覚悟していた。
だが、今回はなぜか奇跡的に一回も遭遇せず、無事にここまで辿り着くことができたのだ。
遭遇しなかったと言っても、大回りのせいで既に太陽は沈んでしまい、既に辺りは暗くなり始めていた。
「どうしよう、やっぱりウィル連れてきたらよかったかな……いやでも目玉が無いから余計怪しまれるかな」
そうして少女が茂みの中で色々と考えていると、遠くの方から馬車が走る音が聞こえてきた。
大きな四角い形をしたその馬車はでっぷりと太った男が御者をしており、世間知らずの少女から見ても、それが商人と呼ばれる人間の馬車なのだと分かった。
「大きな馬車だなぁ、あの中に入ったら僕も気づかれないで街に入れるかな」
確かに気づかれないであろうが、妖精で長年森の中で暮らしていた少女に商人の知り合いがいるわけもなく、できるはずは無い。
だが、
「そうだ! いいこと考えた!」
何かを思いついた少女は勢いよく立ち上がり、森の中へと走り出す。
「ふふっ! やっぱり僕って賢いかも」
自信に満ち溢れた、満足げな表情を浮かべて。
――――――――――――――――
シモンは商人だ。
今日もこの先の大きな街にある雑貨屋へと商品を届けに行くところだったが、仕入先であるトラブルが起きてしまい、大幅に時間を取られてしまったのだ。
そのせいで昼過ぎには通っていたはずの道を、こんな時間に走っているのだった。
「ああ、もう日が落ちた……うぅ、おばさん怒ってるだろなぁ……」
全身に風を受けながら、彼はいつも贔屓にしてもらっている雑貨屋の女店主の顔を思い出す。
彼女は普段は優しく気前がいいが、怒るととてつもなく怖い。そ!にもし彼女に嫌われてしまったら、きっと自分は路頭に迷ってしまうだろう。
お金はどうでもいいが、この仕事を続けられなくなるのは辛い。
最悪な想像ばかりが彼の頭を支配する。
「嫌だなぁ、 せっかくここまで頑張ったのに……さあ馬君、もっと速く走ってくれ!」
彼が馬に鞭を打ち、馬車を加速させる。
体に風が強くぶつかり、彼の被る帽子を吹き飛ばそうとする。
と、その時。
「その馬車止まってぇ!!」
「うわぁああああ!!」
街道の端の茂みから、五、六歳くらいの少女が勢いよく飛び出してきた。
彼が慌てて手綱を引くと、馬が大きく叫びながら急停止し、御者をしていた彼の体を茂みへと吹き飛ばす。
そして無人の馬車は街道を二転三転と大きく回転しながら滑り、茂みに突っ込む形で止まった。
「よかったあ、止まってくれた!」
「いきなり飛び出してきたら誰でも止まるよ! てか危ないよ!? 一体何やってるんだ君は!」
安堵の声を漏らす少女に、茂みから這い出してきたシモンが怒鳴りつける。
「わあ、ごめんね? お兄さん大丈夫?」
「大丈夫じゃないよ! ああっ! それより積荷が……!」
彼は慌てて積荷を確かめに走る。だが、奇跡的に積荷も馬車も馬も、そして自分も無事だった。
安堵した彼はそこで初めて少女の姿をまじまじと見つめる。
少し癖のある翡翠色の髪は、夜風に吹かれそよそよと揺れている。着ている白いワンピースは薄く汚れていたが、それでも分かるほどの高級感を出していた。そしてその顔には大きな『青色の』瞳があり、それを少し細めながら可愛らしい笑顔を浮かべている。
「大丈夫そうだね! よかったあ!」
見た目の割に、しっかりと話す少女。彼の彼女に対しての第一印象は、貴族か大商人の娘だった。
だが、たとえ彼以外の誰かがその少女を見たとしてもそう思うだろう。
明らかに、普通の人間とは雰囲気が違ったからだ。
「じゃあお願いがあるんだけど、僕を積荷の中に隠したまま、街の中へ連れて行ってくれないかな?」
「街の中へ……? だめだ! 君みたいな子を隠していたら誘拐犯と間違えられるに決まってる! てかいきなりなんなんだ君は!」
立ち尽くしていた彼は、少女のお願いを慌てて拒否する。
自分みたいなただの商人がこんな子を積荷に隠していたら、間違いなく処罰を受けるだろう。それに、入場門で検査を受けていない人を街へ連れて入ると、最悪反逆罪で処刑される。自分にはそんなリスクを背負う覚悟は無かった。
だが、
「うぅー、じゃあこの剣をただであげるから! これならどう!?」
「!? その剣は……」
少女が突然、彼に向かって剣を差し出してきた。
彼は細かな装飾が彫られたその鞘をそっと掴み取ると、ゆっくりと、その刀身を露わにした。美しい。素人の彼が見ても一目で業物とわかるその刃は。夜の闇に反発し薄く輝いている。
それは明らかに、ただの剣ではなく、なにかしらの魔法的な加工を施され打たれた剣……『魔剣』だろう。
「こ……これは、金貨五……いや、もっとするぞ! い、いいのかい!? 本当にこれを貰って!」
「うんいいよ! 僕のじゃ無いし。でも僕を街へ連れて行くのが条件だからね!」
シモンはその条件に息を飲む。この少女を隠して街に運ぶだけで、この金貨数枚は下らない剣をもらえるのだ。しかもただで。
頭が真っ白に塗り潰される。
確かに見つかれば処刑される危険もあるが、それ以上に見返りの大きいこの提案に、彼の心は大きく傾く。
「……うん、分かった。その提案に乗ろう。じゃあ積荷の中に毛布の山があるから、その中に潜り込んでて。絶対に出てきちゃだめだよ」
「やったー! ありがとお兄さん! ほんとに助かったよ! でも剣は後払いだからね?」
少女は喜びの笑顔を見せた後、シモンの持つ剣を乱暴に掴み取り、茂みに突っ込んだままの馬車へと飛び乗った。
シモンは名残惜しそうに少女を見つめた後、いそいそと御者台へと乗り込む。
結局、彼は危ない橋を渡ることにしたのだ。
彼の頭の中は今、捕まってしまう危険の事よりも、あの剣を手に入れ、どのように売るかと考えるので一杯だ。
「じゃあ馬君、しんどいだろうけど、もう少しだ。頑張ってくれよ!」
そう言ってシモンが鞭を打つと馬がゆっくりと動き出し、馬車を茂みから引きずり出す。
「いや、運がよかった、あんな子供と会えるなんて。やっぱトラブルが起きてよかったな!」
そして彼は、いつもの道をいつも以上の速さで馬車を走らせる。先ほどのあの剣の姿を思い浮かべながら。
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積荷の中、無造作に積み上げられた毛布の山に押しつぶされながら、少女は嬉しそうに笑う。
「うまくいったね。さっすが私! 頭いい!」
そして腕の中にある見事な装飾がされた剣を見つめる。もちろんこれは彼女のものではなく、彼女をここまで連れてきたウィルの物だ。
「でもあのお兄さんも、あんなに食いついてくると思わなかったなあ……まあ、これが『嬉しい誤算』っていうのかな?」
穴だらけの計画。少女は最初ほんの少しだけそう考え、少しだけ不安になったが、今は自分の運の良さと賢さを自画自賛するばかりだった。
「これで街には入れる。後は……あの馬車の場所を見つけて、全部取り返すだけだ!」
自然と、語気が強くなる。少女は鼻息を荒くしながら、これからのことを真剣に考えるのであった。