2話
何が楽しくて舞踏会なんかに行かなければならないのだ、と一人心の中で呟く。
動くことは好きでも踊ることは大嫌いだ。あんなちまちました動きは性に合わない。執事の仕事もそうではあるが、あれは「仕事だから」と割り切れるので問題なし。
運動という好きなものに嫌いなダンスが…例えるなら、好きな料理に嫌いな食材が使われていたようなものだ。
勿論理由はそれだけではない。
そう、主従共に目立つのだ。
片や、好青年そうな貴公子。
片や、不機嫌そうな露払い役。
どちらがどちらなのかは説明せずともお分かりだろう。カイル狙いの令嬢からの殺意のこもった視線はかなりキツい。
こっちだって不機嫌そうにはしたくないし、余計な恨みを買いたくないのだ。そうするのにも理由があるのに。
不機嫌そうにするのは、いや、してしまうのは、
「ディル、息災か?」
「…ええ、サラン子爵もお変わりなく」
「いいや?お前がいなくなってから私は辛くて食が細くなってしまったぞ。たまには姿を見せて欲しい。そうだ、お前に紹介したい子が…」
「いえ、結構です。執事たる我が身がサラン子爵に手間をかけさせるようなことをするわけにはいきませんので」
実父…ザキ・サランが来ているからである。
洗脳しきれずに保護されたことがよっぽど悔しいらしく、何かと因縁をつけて接触してくるのだ。オルト家、つまりカイルの元へ手駒として送り込むつもりが、保護され歯向かって来たのだからそれも当然のことだろう。
それにしても、この男を見ると吐き気がする。それを抑えようとしたら顔をしかめてしまって不機嫌に見えてしまうし、本当にこのザキ・サランという奴は厄介さの塊だ。
手駒に出来なくなったと知るや、さりげなくオルト家を他家の嫡子を奪ったろくでなしとして吹聴するようになったのだ。周りはこの男が拷問紛いの虐待をしていたとは思ってもいないため、そう誘導するのは容易いのだろう。
「そう言えば、カイルはどこだ?彼に挨拶しようと思っていたのだが」
この男の好きにさせてなるものか。カイルの人探しの邪魔をさせてなるものか。
今あいつは苦痛を堪えて潜り込んでいるのだ。「ろくでなし」と口々に囁く者共と、そのような噂など欠片も気にしないストーカーのような令嬢達に激昂するのを抑えて。それなのに俺がこんなところでへまをするわけにはいかない。
ああ、でも、何だかすごく気持ちが悪い。
「申し訳ございませんが、現在…」
「ディル、やっと見つけた!君に用事があるんだ」
気持ち悪さを抑えて普段通りに振る舞っていると、後ろから声がかかった。この声はカイルのものだ。
「ああ、ザキ殿か。我が従者に何が用がおありのようで。だが申し訳ない。火急の用事が入っているのです」
突如現れたと言うのに、カイルはろくな挨拶もなしにザキに物を言う暇を与えず俺を連れ出した。
こんな強引なことをしたら後々また嫌な噂を流されることは分かるだろうに。何かしらの収穫があったのだろうか。
「カイル」
「ああ、収穫はあった。でも僕が君を連れ出したのはそれが理由じゃない」
咎めるような視線。
こいつが俺にこれを向けるのは、大抵俺が無理をしている時だ。
「…分かってるよ。お前が来てなくても早々に離脱するつもりだったさ」
「今にも吐きそうな顔でよくそんなこと言えるな。強情だか何なんだか。はぁ」
そう言って、疲労を顔に滲ませて溜め息をつく。
悩みの種だと言いたいのだろうがお互い様だ。と言うか普段迷惑をかけているのはお前の方だと言ってやりたい。勿論言わないが。
「ふう、じゃあ落ち着いたことだし話そうか。
僕と君が見た夢の少女を調べたんだ。結論から言うと、彼女は本当にいた。しかも『何故か君が虐待されていたと知っていた』んだよ」
「ってことは、もしかしたら俺達と夢を共有してる可能性が高いってことか…」
サラン子爵の評判は上々だ。
そんな中でそのようなことを言えるなんて、真実を知っているとしか思えない。
カイルもそれに同感なのか、頷いた。
「彼女は僕達の夢の欠けている部分まで全てを知っている。接触する価値はあるんじゃないか?それとも夢だから、で済まそうか?今なら余計な気苦労を負わずに済むよ」
「いや。夢と済ませるにはあまりにもおかしい」
たかが夢と言うなかれ。
複数人がそれを見ていれば、それは一種の現実となる。但し、これは概念としての現実であって、皆が認識している現実ではないのだが。
だから、あの夢も現実なのだと心に言い聞かせ、言い放った。
「その少女に接触しよう」




