学園長の所用
「俺はなあ、お前との婚約を破棄できて清々してんだよ。お前みたいなぱっとしない、何の取り柄もない女、誰が好き好んで婚約なんかするか。その癖にお前はいっつも馴れ馴れしいし……昔からうんざりしてたんだよ」
──バカかこいつは。
わらわらと集まってきている野次馬に気をよくしたのか、その男は益々饒舌になって目の前で地面に尻餅をついている少女に罵倒を浴びせている。
男の名前は片桐元春、高等部の現生徒会長だ。
染めたような茶髪に女性が好みそうな甘い顔立ちの、まあイケメンの部類の男。
厚化粧の女を側に侍らせていて、周りの取り巻きは生徒会役員だろうか?
皆、下卑た笑いを浮かべて呆然とした表情の女の子を見ている。
その少女とは、先日、俺が図書館で会った、白羽かすみだ。
「間抜けな顔だな。お前は本当に俺がお前なんかを望んで婚約者にしたと思ってたのか? お前には元から"白羽"の名前以外に取り柄なんかなかったんだよ。でも今やその白羽の名さえ落ちぶれた。それに加えて、大人しく退学していればいいものを、恥知らずにも特待生制度なんかを使って学校に居座り続ける。このが──「兄さん!」」
野次馬の群から人影が飛び出して固まったままの白羽かすみに駆け寄る。
「大丈夫か、かすみ姉?! 何してるんだ、兄さん! ドレスまで……」
人影──俺と同じクラスの片桐春之が少女を庇う。
彼は言い淀んでいたが、ドレスに何かあったのだろうか。
俺のところからは見えない。
どうでもいいが……彼らは兄弟だったのか。
あまり似ているとは思えない。内側も外側も。
「春之か……それはそいつが勝手に転んで破けたんだ。俺は何もしていない。そもそもそんなボロ雑巾のようなドレス、今更破けたって大差ないさ」
男の隣の女が甲高い、耳につく嗤い声をあげる。
ついでに言っておくが、白羽かすみの着ている水色のシフォンドレスはどこをどう見てもボロ雑巾なんかには見えない。
──やっぱりこいつはバカなんだ。
白羽家と片桐家は共に、何代か前から家格でいうと中堅層の上位に位置してきた家だ。
だがその評判がまるで違う。
片桐家の現当主は金に汚いと専らの噂でお世辞にもあまり評判が良いとは言えない人だ。
反対に、白羽家の現当主は呆れる程に善人だ。
頼まれれば、誰にでも金を貸すわ借金の保証人になるわで、何度も損を被ってきている。
勿論彼に恩を感じている人もそれなりに多い。
他の財閥家はその所業に呆れながらも、彼に悪印象や敵愾心を持っている者はほとんどいない。
そんなことを繰り返しても白羽家が今までに没落しなかったのは当主がそれなりの遣り繰りの手腕があったからだ。
頼まれれば断れない甘々であったが。
でも数ヵ月前についに白羽家が没落した。
そしてその原因を作ったと噂されているのが片桐の当主だ。
──まあ俺に言わせれば、どっちもどっちだと思うのだが。
そこでこの状況だが、まあ、お察しの通り片桐の長男と白羽の長女が婚約していたわけだけど、白羽が堕ちると片桐は援助もせず、早々に手を切った。
それだけでも他の家々から白い目で見られるのに、元々の評判、それに加えてあの噂だ。
さあ、ここで質問です!
Q.周りに集まった人はいったい誰の味方をするでしょうか?
A.当然、白羽かすみの味方をします。
生徒のほとんどは、いいとこのボンボンとお嬢様達だ。曲り形にもこういった事情は一通り知っているはずだ。
つまり、今片桐兄の味方をしているのは取り巻きと碌な勉強をしてない奴と雰囲気に呑まれている阿呆だけだ。
さあ、ここで片桐兄のセリフをもう一度見て来よう!
──ほら、バカだろう?
片桐弟はどういう目でみられているか、わかっているみたいで兄が喚いている間しきりに周りに目を遣っている。
兄は未だに気づく気配はないが。
「だいたいお前はどうして級長になっていないんだ」
おっと、ここはどう考えても俺が出ちゃいけないところだ。
「っ……………」
「……ちっ、ここで言うことでもないか。せいぜい出来損ないの2人で傷を舐め合ってればいいさ。ほら、行くぞ。時間の無駄だ」
片桐兄が取り巻きを引き連れてその場を後にする。
野次馬も白羽かすみを気遣ってか、徐々に散っていく。片桐兄の背中を睨んでいる奴もいる。
あれは3年かな。
「……大丈夫か? かすみ姉」
「うん……ゆき君も、私のせいで……ごめん」
「いや、俺はいいんだ。かすみ姉の方が辛いだろ。ドレスも……」
片桐弟と白羽かすみが静かに話している。地面に座ったままなのは、ドレスが破けていて立つに立てないのだろう。
先の会話の後に話かけるのは気が引けるんだが……
「片桐君、白羽先輩」
できるだけ穏やかな声で話そうとするが、少しだけ固くなってしまった。俺もだいぶ気が立っているようだ。
2人が驚いたように顔をあげる。
「柊……」
「あ、あの時の……」
不躾かもしれないが、白羽かすみのドレスの状態を素早く確認。
結果、スカートの前側が20センチ近く縦に破れているが、立ってもたぶん膝の少し上までしか見えないだろう。
だが、破れたドレスで会場を歩くのも……
「白羽先輩、怪我はないですか?」
「は、はい。大丈夫です……」
「おい、柊……」
「片桐君は職員室で第3更衣室の鍵を借りて、更衣室の前で待っていてください」
有無を言わせぬ声で言うと片桐弟が押し黙る。
「白羽先輩、立てそうですか? 僕が前に立っていますから大丈夫ですよ。見えません」
白羽かすみの手を引いて立たせる。
「どうですか? 痛みはありますか?」
「い、いえ!全く!」
「それはよかったです。では、一曲お願いします、白羽先輩」
「はい!……はい?」
勢いで答えてしまった白羽かすみの手を取って、まだ固まっている片桐弟にも声をかける。
「第3更衣室だよ、片桐君。じゃあ、僕らも行きますよ、かすみ先輩」
今回も読んで下さってありがとうございますm(_ _)m
明日くらいに次話を投稿できればいいですけど……




