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 自宅は駅前のマンションだ。さつきくんは一緒に行くと言ってくれたが断った。入り口で降ろしてもらった。

「杏にまた殴られたら大変。殴られるのはアタシだもの」

「杏にはそんなこと出来ないさ。一緒にお風呂に入ろうとか言うんだ、きっと」

 くすりと笑ってしまった。そんな気がする。さつきくんに手を振って見送った。


 玄関は開いていて、中から入浴剤の匂いが漏れていた。アタシの大好きなチェリーブロッサムの匂い。

「た、だいま」

 小さい声だったけど、杏は奥から飛び出してきた。

「夏織、お帰りっ、待ってたよぅ」

 杏は語尾を上げて喋る。ふわりと涙が出た。

「やーん、夏織ぅ、お風呂、一緒に入ろうねぇ」

 泥だらけだし吐いたから臭いし髪の毛もぐちゃぐちゃでベタベタでタイツもヒラヒラのスカートも破けてたりするのに、杏はアタシをぎゅうぎゅう抱きしめた。

「杏、爪、とれちゃった、ごめんなさい」

「いいのよぅ、また付けてあげるからぁ」

 鍵をかけたことを確認してから杏とそのままお風呂に入った。膝が擦りむけている。爪の先もジンジンしている。

「明日、病院で抗生剤貰おうねぇ、一応ねぇ」

 杏は髪の毛も顔も傷口も足の先まで優しく洗ってくれた。ゆっくり湯船に浸かると、杏はアタシの手を両手で包んだ。


「頑張ったねぇ、この手で誰かを救ってあげたのねぇ」

 救ってあげた?

「分かんない、そんなこと」



「本当は分かってるくせに」


 ビックリした。かわいらしい高めトーンじゃなく、落ち着いた大人の声だった。

「何? いつもの喋り方がいい?」

「ううん、ビックリしただけ。どっちも素敵。どっちも杏だもの」

 ふふふと笑う杏はすごくかわいい。お母さんがかわいいって素敵。

「ねえ、杏、ママって呼んでいい?」

「やぁだぁ、杏でいい、夏織とは親友みたいなのがいいのよぅ」

 バシャバシャとお湯を掛け合って笑った。

「ねえ、杏のハンバーグ食べたい」

「無理、教えてもらったことあったけど、無理だった。ごめん」

 即答であっさり断る。杏がアタシはねぇ、と言った。

「ちっともお母さんらしいこと出来ないから、お母さんって呼ばれるの、怖いのよね。そういうんじゃなくて、髪の毛を結んだりカールしたり、爪とかアクセとかお洋服とか、そういうことなら教えてあげられるから。夏織を誰よりかわいくするなら、アタシ、誰にも負けないわ」

 お風呂から出てたっぷりとボディーローションを塗ってくれた。いい香りが鼻をくすぐる。

「杏」

「なぁにぃ」

「今日、一緒に寝たい、杏のベッドに行っていい?」

「もっちろんっ。あ、パジャマ、お揃い買ったのよ、おんなじの着ようねぇ」

 杏はそう言うとアタシが好きなお店の袋を開けた。同じデザインのパジャマが色ちがいで三着。

衣織イオリのもあるの?」

 衣織は双子の妹だ。息を引き取るのを杏と見守っていた。

「そのうち、アタシたちの替えになるだろうけどねぇ」

「衣織はピンクで杏はオレンジね」

「そ、夏織は黒ね」

 アタシは万年ハロウィンである。ゴスロリみたいなデザインでピンクやオレンジがあるとは。

 杏と眠ったその夜はなんの夢も見なかった。深くぐっすり眠った。



 次の日、病院に行って診察を受け、念のためと抗生剤を打たれた。その足で警察に行く。事情聴取を受けるためだ。杏を駅で見送り、さつきくんの車に乗った。

「その手の捜査官だから、身に起こったことをそのまま話して大丈夫だよ。上手くまとめてくれるから心配はいらない」

「分かった。ねえ、おばあちゃん、見つかった?」

 さつきくんは信号待ちのときにビニール袋に入ったアタシのシマシマの爪を持たせた。

「紛らわしいから持って帰れ。あと、こっちも」

 別の袋にも爪が一枚。

「なんで別なの?」

「最初のはお前が掘り起こした穴から発見された爪。あとの一枚は、穴の近くで見つかった白骨の手の中から見つかった」

 おばあちゃんだろうか。おしゃれって言ってくれた。


「さつきくん」

「ん?」

「アタシはおばあちゃんを救えたのかな?」

「お前が一番分かってるだろ」

 こんな答えまで合わせたみたいに一緒だとは。

「今日、家に泊まれ。杏は仕事に戻ったから」

「はあい」

「何食べたいんだ? 聞いておけって言われたんだ」

「ハンバーグに決まってるじゃない」

「決まってたのか?」

「うん、ハンバーグ大好き」

 お嫁さんに作り方を教わって、すりごまを入れてもらうのだ。


 夕べ新たに杏が付けた爪を見る。ピンクとオレンジのシマシマ。今日は衣織が好きなワンピースにした。ツインテールはやめてハーフアップにしてもらった。


 夏休みは始まったばかりで宿題すらやっていない。今回の不思議な体験はアタシを強くした。

 またいつか、誰かを救ってあげられるだろうか。


「あ、杏から電話だ、出な」

 さつきくんからスマホを受け取り耳にあてる。

「はいはーい、夏織でぇすっ」

『ばか、夏織っ、あんた、課題出してないって何ぃ? どういうこと? 今日中に出さないと来週、補習だってよぅ』

「あ」

 タイトルが「家族」の作文。確かに出していない。


 今日も忙しくなりそうだなと思ったら楽しくなった。




                  了




 





 

ソラウソ(空嘯)→悲しんで、物思いに沈んでいる人がするように、空に向かって口笛を吹くこと。

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