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「幽霊、出るの?」
「らしいよ。あ、ちょっと電話させて」
さつきくんはアタシに背中を向けてスマホを耳に当てた。さつきくんは体質だとかで幽霊や鬼が見えるらしいので、浮気調査や会社のお金を使い込んだからとかの普通のお仕事はしない。
アパートを見ると二階のドアが開いた。ドアは三つで二階建てだから六室ある。おばあちゃんだった。背中を丸めて玄関を掃いている。
「何かご用ですか? かわいらしいお嬢さん」
アタシの横に立ったおじさんは、襟が伸びたティーシャツを着ていた。でも優しそうな笑顔をしている。まさか、幽霊出ますか? とは聞けないし、そもそもさつきくんのお仕事である。邪魔にならない質問を探した。
「ここ、空き室ありますか?」
「え、ああ。あの二階の奥が空いてますよ」
二階に上がる階段はおばあちゃんが住む右側にしかなく、よって階段を上がって奥まで行ったあのドアが空き室だということだ。
「空き室とおばあちゃんの部屋の真ん中にはどんな方が住んでるんですか?」
「ああ、会ったことはないかな。一人暮らしだと思うけど。お嬢さんは、まさか一人で住む訳じゃないですよね?」
おじさんは一階で、おばあちゃんの部屋の下だと言った。
「プチ家出しようかと思って。空き室で鍵が開いてたら、入っちゃおうかなって」
「おやおや、穏やかではありませんね」
「おじさんは一人なの?」
「奥さんと一緒だよ。このアパートで一人じゃないのは、あらほら。今、出てきた103号室の高梨さんとこ。ご夫婦で、三歳の男の子がいますよ、確か、ソラくんだったかな」
おじさんが指した部屋は空き室の真下。母より若い女の人が出てきた。買い物かな。ソラくんはいない。お留守番だろうか。
「広いの?」
「中かい? リビングと洋室が一個。まあ、家族だと狭いかな」
でも駅には近いし、コンビニもこの先にある。そう言うとおじさんは、ちょっと寄って行くかい? と言った。いや、まさかそれは出来ない。高い位置で作ったツインテールは毛先をぐるぐる巻いてあり、短いヒラヒラしたスカートにボーダーのタイツと厚底の編み上げブーツ、トップには袖がない。黒が基調で一年中ハロウィンの、こんな格好していても一応の常識はある。知らないおじさんの部屋になんか行かない。
「私の部屋じゃないよ、あの二階。おばあちゃんのところだ。いつも一人だから、君の悩みくらい聞いてくれるさ。解決してくれるかもしれないよ」
商店街のおばあちゃんたちにはよくしてもらっている。代わりに長い昔話を聞かされるだけ。アタシの悩み?
「じゃあ、ちょっとだけ行こっかな」
さつきくん、と話しかけようと振り向いたらいなかった。そしてカバンをお嫁さんのとこに置いてきちゃったことを思い出す。まあ、今日の晩御飯はさつきくん家だろうから問題はない。
「ほら、手招きしている。今日は暑いから麦茶でもご馳走になるといい」
アパートを見上げる。おばあちゃんは優しさと頑固が入り交じった顔をしていた。理由はすぐ分かった。
「奇抜な格好だねえ。暑いのか寒いのか分からないじゃないか。おいで、麦茶をいれよう」
「はあぃ、お邪魔しますっ」
元気よく右手を天に伸ばして返事をした。おじさんは自分の部屋に戻っていった。階段を上がる。ギシギシと音が鳴った。
「おばあちゃん?」
ドアから中を覗くと窓が開いているからか、爽やかな風が抜けて気持ちがよかった。ブーツのファスナーを下ろして中に入る。
「おばあちゃん」
「そこにお座り」
小さな四角いテーブルをあごで示した。おばあちゃんが座っているであろう、座布団の向かい側に座る。
「スイカ、食べるかい?」
「はい、ありがとう」
正面からおばあちゃんを見る。小さくて丸い身体。黄緑色のポロシャツだけは真新しかった。
「おしゃれね、黄緑色」