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海賊王

001


 家業の農家を継ぐ事を断った俺は、高校を卒業したその日の内にほとんど家出同然で、リュックサック一つに夢を詰め込み、生まれ育った故郷を飛び出した。


 「ヨシオ、マリ、一発当てて、故郷に錦を飾ろうぜ!!」


 そう言いながら中古で買ったボロボロのミニクーパーを運転するのは幼なじみで親友の斑目恭一郎だ。


 「駅前に、銅像とか記念碑とか立っちゃうかな?」


 助手席に座り、楽しそうにしているのは篠崎マリで、彼女もまた幼なじみであり、高一の頃からは恭一郎とつき合っている。


 午前二時に俺の家の前を出発してから三十分。


 延々とタマネギ畑の横の一本道を走り続けているのだけれど、まだウチの畑だったりするくらいタマネギ畑と、トウモコロコシ畑以外に何もないような町の駅前に立った俺たちの銅像を想像するけれど、少しも頭に思い浮かばない。


 「俺等が一発当てるより、廃線になってる方が早いべさ」


 俺が言うと二人はそうだよなと言い、大笑いしている。


 同い年の俺たちには夢があった。


 俺は役者になる事。


 恭一郎はお笑い芸人になる事。


 マリは歌手になる事。

 

 「M1グランプリで五年以内に優勝してやるぜ!!」


 自信家の恭一郎が景気づけに叫ぶ。


 「私も大晦日に紅白に出る!!」


 助手席で小さな体を、蠢かしながらマリも叫んだ。


 実際の所、彼女がどれだけ本気で歌手になりたいかは解らないのだけれど、助手席に座るマリは、恋人の恭一郎と一緒にいられるだけで幸せそうだった。


 俺は後部座席に座り、そんな二人の姿を見て幸せな気分になる。


 子供の頃から、そこが俺のポジションだ。


 「ヨシオもなんか言えよ。決意表明だよ!! 今後の展望とか野望とか。夢は口に出さなきゃ実現しないんだぜ?」


 「夢というのは自分の心の中にだけ秘めておくモノで、ベラベラと誰にも喋らない方が良いんじゃなかったっけ?」


 「だってぇ、もうヨッちゃんの夢は私達知ってるもの。誰でもベラベラって言うわけでもないでしょ?」


 ちょっと良いなとか、やってみたいなとか、本当に俺の夢は、夢のような話だったのだけれども、恭一郎が芸人を目指して上京するから一緒に行こうと言う話を俺に持ちかけてきたのだ。


 高校を卒業と同時に家業の農家を継ぐ事になってしまっていた俺は恭一郎の夢に便乗して逃げ出しただけみたいなもので、夢の実現というのはおまけみたいなものだった。


 「じゃぁ、海賊王に俺はなる」

 

 そう言うと二人は意味わかんないと言って笑ったのであった。


 ちょうどカーラジオからBUMP OF CHICKENの「グンニグル」が流れ出したので、旅立ちにはもってこいの曲だと聞き入ったのである。





002


 夢だけを持って幼なじみの恭一郎とマリの三人で田舎を旅立ってから、十年の月日があっという間に流れた。


 俺は仕事が終わった後、住んでいる家賃二万円のボロアパートの近くにある居酒屋で、遅めの晩飯を食いながら、テレビでマリが歌っている姿を眺めていた。


 「マリちゃん、有名になったわねぇ。テレビで見ない日はないもの。この店で働いてくれてたとか、夢をみていたみたいだわ」


 居酒屋「ぐでんぐでんにへべれけ」のおかみさんが、昔を思い出して少し涙ぐんでいた。


 上京してすぐ、恭一郎のミニクーパーを売った金で借りた、今は俺だけが住む家賃2万円で六畳一間のボロアパートで、俺たち三人は共同生活を始めた。


 生活は苦しかったけども、アルバイトの金が入れば居酒屋「ぐでんぐでんにへべれけ」に三人で通い始めて、マリは三年ほどここでアルバイトをしていた時期がある。


 「マリちゃんや恭一郎くんと、連絡は取り合っているの?」


 おかみさんはそう言う。


  「マリからは頻繁にメールが来ますけど、恭一郎はあれ以来、どこで何をしているのか全く解らなくて……」


 俺はそう言ってジョッキのビールを飲み干した。



 最初に夢を叶えたのは恭一郎だった。


 同じ夢を持つ芸人仲間とコンビ「ひまつぶし」を組んでM1グランプリ優勝とはいかなかったが、芸歴五年で若手人気芸人の仲間入りを果たした。


 金の使い方も派手になり、アパートには戻らなくなって、忙しくなり始めたマリとも別れてしまっていた。


 「仕方ないわよね。恋より夢が大事だもの。何かを得る為には、何かを犠牲にしないと」


 マリはそう言って一人泣いていたものだった。


 そのマリもデビューが決まり、「次はヨッちゃんの番よ。先に行って待ってるね」と言ってアパートを出て行ったのが五年前。


  俺は役者になる事は出来たけれど、通行人Aとか、殺人事件で殺された死体の役、セリフがある場合は立てこもり中の犯人などという役ばかりを演じていた。


 役者の仕事があるのはまだ良い方で、月の半分は他のアルバイトで生活費を稼いでいるのが現状だ。


 それでもテレビに映るたびに、マリや恭一郎から見たよと言うメールが届くのは嬉しかったのだけれど、今は恭一郎からメールが届く事はない。


 恭一郎は4年前の人気絶頂の最中、クスリに手を出して逮捕され、裁判で執行猶予が付いたものの、そのまま「ひまつぶし」は解散となり、事務所も解雇され芸人を廃業して姿を消してしまった。


 携帯に何度も何度も連絡を入れたのだけれども、恭一郎が出る事はなく、恭一郎の実家に連絡を取っても音沙汰はまるで解らなかった。


 「どこで何をしているのか心配よね」


 事情を知っているおかみさんも、俺が店に顔を出すたびに恭一郎の事を聞いてきて、心配してくれていた。



003


 日も改まった頃、居酒屋「ぐでんぐでんにへべれけ」を出てアパートへ帰る。


 鍵を開けて中に入ろうとすると、鍵が掛かって無くて、ドアが開いている事に気が付く。


 部屋の灯りは付いてないが、中に人の気配があった。


 そう言えば回覧板で空き巣被害が多発しているというのが回ってきたが、まさか泥棒!? 俺はそう思って、玄関先にあった金属バットを握りしめた。


 時代劇の切られ役の為に、殺陣の練習はみっちりとやっていたので、そこそこに自信はある。


 「くせ者!!」

 

 部屋の中央で、畳の上に横になっていた何者かに、振り上げた金属バットを今まさに振り下ろそうとした時、暗闇の中からどこかで聞いた男の声が聞こえてきた


 「俺だ。恭一郎だ。この何もない部屋から、何を盗むんだよ」


 灯りを付けると、痩せ細り禿げ上がった頭で、薄汚れた服を着て変わり果てた、顔色の悪い恭一郎がいたのである。


 「よう。ひさしぶりだな、ヨシオ。海賊王にはなれたか?」


 その声はか細くて、畳の上から起きあがる事も出来なくなっていた。



004


 救急車を呼び、恭一郎が病院に搬送されて、治療が始まったのを見届けると、俺はマリと恭一郎の両親に連絡を取った。


 費用はマリが用立ててくれたのだけれど、彼女が入院している恭一郎に会いに来る事はなかった。

 

 「会いに行きたいけれど、今は地方で忙しいし。それにきっと恭ちゃんは今の自分の姿を見られるのを嫌がって、会ってくれないと思う。見栄っぱりだもの。だからヨッちゃん悪いけどよろしくね」


 電話の向こうでマリは哀しそうな声で言ったのだった。


 恭一郎の両親は、連絡を取ると出来るだけ早く駆けつけてくれる事になった。


 両親の代わりにとりあえず、俺が医師からの説明を受けた。


 クスリは逮捕されてから使用をしてはいなかった様だが、アルコール依存症で肝臓が酷くやられているらしく、糖尿も煩っていて、左足を切断する事になるという。


 その事を病室で恭一郎に伝えると、狼狽えた様子もなく、そんな元気も無いのか虚ろな目で天井を見つめて言った。


 「なんでこうなっちゃったかなぁ。夢は叶えたのに、その後が酷かったなぁ。本当なら、ヨシオにもマリにも会わせる顔は無かったんだ。路上生活をしながらゴミを漁って生きるつもりだった。だけど、本当にもう体が駄目だとなったときに、お前しかいなかったんだ。助けてくれと言える相手が」


「自業自得とは言わないけれど、今はまだ夢の途中の俺には、一度でも叶えた恭一郎が羨ましく思えるよ」


 俺がそう言うと、恭一郎は俺を見ずに言う。


 「ありがとう。親父達ももう来るんだろう? 後は何とかするさ。マリに金も返す。だから、お前はもう行けよ。まだ夢の途中なんだろう?」


 とりあえず、恭一郎の両親がやって来るまで待った俺は入れ替わるように病院を出た。



 恭一郎は一週間ほど入院してから、故郷にある病院に転院していった。


 亡くなったのはその年の暮れの事で、俺は恭一郎の葬式に出る為に10年ぶりに実家に帰り、大晦日は実家でマリの出ている紅白を見ながら年を越したのだった。



005


 家業の農家を継ぐのが嫌で逃げるように家を飛び出した俺だったのだけれども、両親とはテレビに映るようになってから、電話で連絡を取り合っていた。


 じいちゃんは俺が数秒しか出ていない映画でも、DVDをレンタルしてきて見ているという。


 十年ぶりに帰った家は新しく建て替えられていて、親父は久しぶりに俺の顔を見ると言ったのだ。


 「どうだ。百姓もなかなか稼げるべ。お前も売れない役者なんかさっさとやめて帰ってきたらどうだべさ」


 ちっとも羨ましく感じないのだけれども、恭一郎の葬式に出る為に帰っている俺は反論する気にはなれなかった。


 

  縋り付くじいちゃんを振りきって、東京のボロアパートに戻ったのは一週間後だった。


 マリに状況報告の電話をし、俺は翌日に控えた映画のオーデションに備えるべく、セリフの稽古をする。


 まだ夢が見れるだけ、俺はマシなのかと思ったのである。


 「ONE PIECE」の主人公であるルフィだって、まだ海賊王にはなっていないのだから。



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