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屋上は今日も閉鎖されている 〜ハーレムを作ろうと言われたら〜  作者: えくぼ
第三章 諫早千歳 上

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修羅場的なもの

 ハーレム、と東雲はこぼした。

 東雲の口からおよそ聞くことはないと思っていたはずの言葉。今日の娯楽作品においてよくある構図を示す単語だ。

 それを明言するようなラブコメを東雲が読んでいたという話は聞いたことがなかった。朝のホスト部は「逆ハーレム」であったし、それを最上が東雲に吹き込んでいる様子もなかった。


 だからこそ、その単語が示す対象は一つ。

 ましてやこの状況で、このタイミングで発したのならばなおさらだ。

 東雲は知ってしまっているのだろう。俺たちの計画を。

 はたして、それはいったいいつからだ?


 さきほどようやく緩んだ空気が今度は凍りついたような気がした。

 とはいえ、まだ深刻な段階ではない。せいぜい気まずいレベルだ。


「東雲……」


 なんて声をかけていいのかわからなくて、とりあえず開き直った方がいいのかなどと考えながら東雲を見た。

 すると東雲はさきほどまでは大したこともなく慌ててはいたが普通の様子で話していたはずなのに「ひっ!」と顔をこわばらせ、小さな悲鳴をあげた。


「私、えっと、ごめんなさい。そんなつもりじゃなくって、西下、くん……? あの……」


 何故だろうか。

 どちらかというと俺の方が客観的に見てクズで節操なしのどうしようもない男だと判明したはずなのにまるで悪いことをしたかのように謝る東雲。

 いつか、バラそうと思っていた。だからその時のシミュレーションもしていた。

 はずなのに……その想定と違う?


「そんなに怒るなんて思わなくって……」


 今にも泣きそうな顔で弁解を続ける東雲を見ていると、両者の間に何か認識の齟齬があるように思える。

 別に怒ってないんだけどな。

 東雲はふらりと立ち上がり、教室を出ていった。

 引き戸が閉まる音と同時に我に返った。


「追いかけなきゃね」

「わかってる!」


 ここで「何で俺が?!」とか意地を張っても事態が悪化するだけなのは目に見えている。そんなにお約束はいらない。

 ましてや全面的に俺が悪い。東雲が怖がる必要はなかったが、原因も責任もどちらかというと俺にある。ハーレムについて言い出したのは最上とはいえ、最上にこの責を負わせるつもりはない。


「お茶飲んで、落ち着いて。あと西下、鏡見ていった方がいいよ。酷い顔。あ、手鏡持ってる。ほら」


 とりあえず疑問を挟まず言われるがままにお茶を飲んだ。

 可愛らしいデザインの手鏡を渡され、泣いてもいないはずなのに何を言われているのかと自分の顔を確認して気がつく。


「そういや俺って、無表情こういうかおだったな」


 鏡の中の俺の顔は やたらと無表情だった。普段の真顔とかとは違って、ただただ表情筋死んでるよ、みたいな。

 別に機嫌や気分が悪くてとか、体調に支障をきたしてのことではない。

 これが元来の俺の表情だ。ただ単にこういう顔だったのだ。


 俺が中学で演劇部に入った理由を思い出した。

 あの頃は笑顔が下手で、楽しい時に笑うのが下手で、演技ができれば少しはマシになるかと思ったのだ。

 あの頃から人と向き合うことは嫌いじゃなかったから。たとえ傷つくことになっても。

 結局、演劇部では表情に乏しい役ぐらいしか任せてもらえなかったけど。

 それでもそうやって過ごした3年間はある程度表情がまともになった。

 みんなに笑顔を振りまくのはまだまだ苦手だが、それでも楽しい時に意識的に笑うこともできるようになってきている。

 だから今、高校でこうして普通に話せていたのだが――


「演技をやめて、表情に割いていた容量がなくなると昔に戻るんだよな」


 それだけ俺が慌てた、ということでもある。


 東雲が怯えて逃げるわけだ。

 地雷を踏んだのではないか。それは誰より人を傷つけることを恐れてきた東雲が後悔するには十分な理由だった。

 この前俺がわざと踏み抜いたことは棚に上げてそんな分析をしてみる。

 俺も「うっかりしたな」とか「嫌な思いをさせたかな」とは思ったけれど、そこまで本気で怒るとか、恥ずかしがることだとは思ってない。いや、社会的に見れば恥じるべきなのかもしれない。

 表情の抜け落ちた顔を見て俺も少しは落ち着いた。なんというか、演技も何もない素の顔だったから。


 高校一年の頃の俺は演技をする必要がなかった。人付き合いが少なく、無愛想なキャラで通していたから。そりゃあもう、物好きな人間しか話しかけてこなかった。最上とか手薬煉とか。

 しかしハーレム計画に参加するようになってそうも言っていられなくなった。

 楽しい時や嬉しい時には笑顔を、申し訳ない時には申し訳なさそうにする必要があって。

 つまり自然には表情筋が動かないから、意識的に感情に即した表情をしていたのだ。

 嬉しい時に嬉しい顔をするのは、それを果たして演技と呼べるのかどうかはわからなかったが。


「最上も追うか?」

「うーん、そうだねー。女の子同士の方が話しやすいこともあるし、私が文香ちゃん大好きなことを考えたら普通に追いかけるべきところなんだけど……」


 ここで俺一人に任せてここで茶飲んでたら友達甲斐がないにもほどがある。淡白すぎるだろ。半泣きで飛び出したのに。

 ただ、最上は焦っていない。冷静に、自分のやるべきことを考えている。


「時間はあまりないぞ。もったいぶるな」

「ハーレム的に言うならここはどっちが見つけた方がいいか私にもわかんないんだよね。ってことで臨機応変、場当たり的に突っ込むためにも分かれて探す? それとも二人で事情説明するために二人で探す?」


 最上はこんな時でも誰より冷静だった。この顔の俺に怯えず慌てずそこまで考えを巡らしていたらしい。


「二人で、と言いたいところだが俺が先に見つけてやる。遅れてきたときには東雲の好感度が俺だけ上がってても知らないからな!」


 負け惜しみのような語尾で最上に宣戦布告する。

 二人で探すと、あからさまに俺たちが結託している雰囲気を与える。それよりも別々の方が、東雲がもしも「どちらかにしか会いたくない」場合でも柔軟に動ける。


「残念ながらゲームキャラじゃないからね。イベント一つでは好感度が特定の人だけ上がったりはしないんだよ」


 違いない。




 ◇


 ここで何も考えずがむしゃらに走り回って探すのも方法としてはアリだろう。

 なんなら大声で名前を呼んだっていい。俺としても東雲にとっても恥ずかしいし、いわば外堀を埋めるような行為ではあるが、それでも見つかったときに逃げられる可能性は減るだろう。

 だが放課後のこの時間、部活動に勤しむ同じ生徒たちをお騒がせすると後から根掘り葉掘り聞かれる。

 そんなことになったら東雲がまた逃げる。先生も飛んでくるかもしれない。

 それよりも、ある程度目星をつけてから探した方がいい。

 必死さが足りないとか、反省の色が見られないとかそういうかたち絵面えづらの悪さはともかくとして。


 俺はいつもの教室を飛び出してまず昇降口にやってきた。

 この高校の昇降口は靴を入れられるロッカーが一人一つ決められる。

 鍵をかけることもできるので、置き勉をしている生徒や貴重品を入れる場合は鍵をかける。

 東雲は真面目なのと持ち物が少ないので鍵はかけていない。

 俺は念には念をの精神というか人の悪意を信じて疑わない人間であるからして鍵は常にかけている。つまり被害妄想の自意識過剰というやつだ。


 ここに来たのは二つの理由がある。

 まずは東雲が学校の外に出ていないかを確認するためだ。

 学校敷地内のほとんどを上履きスリッパで移動可能だとはいえ、運動場グラウンドやコート、そして敷地外へは外履へと履きかえる必要がある。

 俺は無事、東雲のローファーが置いてあるのを見つけた。


 そしてもう一つ、東雲の退路を断つためだ。

 俺は見つけたローファーをそのまま取り出したスーパーなどのレジ袋に放り込む。そして自分の靴箱内に隠した。

 これで東雲は学校の敷地外へは出られない。

 しかしそれでは東雲がやってきたときにイジメを疑われかねない。

 俺は靴があったところに「靴は俺が預かった。返してほしければ連絡せよ。西下」と記したメモを一枚、目立つように貼り付けた。

 同時に東雲の携帯にも同様の連絡を入れる。


『悪い。ちょっと靴預からせてもらう』


 俺が東雲なら、傷つけたかもしれない相手から上履きを奪われ、それをわざわざ教えられるとかちょっとわけがわからないな。

 何かの復讐かと疑われるかもしれない。

 だがこういう時に、大事なのは「時間を置かないこと」だ。

 時間をおくと気まずくなってますます顔を合わせにくくなる。

 お互い、感じているものが新しいうちに無理やり力づくでも話し合った方がうまくいくって偉い人が言ってた。


 我ながらゲスい。


 さて、東雲を探さねばならない。

 校内の立体地図を頭の中で思い浮かべる。その中でこの時間帯、部活動などで使われておらず、かつ誰もが自由に出入りができて、人通りの少ない場所から見当をつけていこう。

 たとえば体育館やその倉庫は除外される。前者は部活動で、後者も人が来る可能性が高い。人が出入りできない屋上もない。

 そしてとりあえず確認しとかねばならないことが一つある。それは――


最上「フレーフレー西下」

西下「探す気ないだろ」

最上「こういう時にへたれて動かない主人公に追いかけるのよ!って言って背中を押してくれるヒロインは負けフラグ」

西下「ああ、タイガーちゃんを追いかける竜児くん、背中を押してくれるみのりちゃんね」

最上「名作だったよね……」

西下「ああ……」

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