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夢喰いバクラ  作者: 勝田瑠衣
8/15

始 承ー④


 その後も、いろんな光景を見た。

 ラジコンを買う場面、大学時代、入社試験、ライブ鑑賞、オーケストラ鑑賞、初めてのゴルフ、初めての飲み会など。

 そのたびに芭玖螺は現れ、謎めいた笑みやうなずきを見せたが、1度たりともその意味を説明してはくれなかった。それどころか、彼とは一言も口を利かなかった。

 最初はその笑みや頷きがどんな意味を持つのか尋ねたが、彼女の眼中に彼は存在していないかの如くすべて無視に終わったので、諦めた。




 何度目の場面替わりだろうか。視界が明るくなり、自分は外にいた。

 空は雲1つ無く、気温もちょうどよい。

 噴水と時計塔のあるちょっとした憩いの場の周りをファミレスやカフェテリアが囲み、その周囲を道路やビル群が囲んでいる。

 いくつかあるカフェテリアは皆外で食べられるようにテラスが設けられており、ちょうどお昼時の今はほぼ満席状態。

 見慣れた景色だった。毎日見ているし、最近ではたまにこのテラスで食事をすることがあるようになった。彼女と一緒に。

 ここは会社の近くの広場だった。

 それを確認すると、真っ先に食事をするときに使うカフェテリアへ向かった。きっと自分と彼女がいるはずだと思ったからだ。

 「トモ君、私もそれ食べたい」

 「ん?んじゃ一口ずつ交換な」

 「うん!」

 思った通り、そこには自分たちがいた。仲良くしゃべりながら昼食をとっている。

 まぶしいくらいに明るく、自分に甘えてくれる元気な彼女がそこにいた。

 当たり前にあるはずのその光景に、智樹は目頭が熱くなった。

 今の彼女はまだ目を覚まさない。当然、こういうことはできていない。

 もしかするともう、一生植物人間なんじゃないか。そうすればもう、この光景は2度と現実では起こりえない。

 彼女はもう起きないという不安に駆られる日もあった。そんな日は眠れず、病院にしつこいくらいに何度も電話して受付や看護師を苛立たせた日もあった。自分は翌日もまた仕事なので病院に泊まることができないので、気が狂いそうになったこともあった。そしてついには自分まで体調を崩し、会社を休む日もあった。そんな様子を見た彼の両親は、はじめの2日くらいは励ましたり不安を紛らわせようといろんな言葉をかけてくれたが、いつのまにかそんなあたたかい言葉もなくなっていた。

 何もできない自分が情けなかった。

 できるだけ病院に通うが、医者や看護師の言うことは決まって、「まだ起きません」のただ一言。いい加減聞かれるのもうんざりだ、と顔に浮かんでいる彼らを見て、何度惨めに思ったことか。

 退屈な日々から救い出してくれた彼女を、自分は救えない。何も恩返しできない。

悔しかった。

 「はあ……」

 夢だということは分かっている。しかし、思わずにはいられなかった。

 「ずっとここにいたい」

 本音がついに口から出た。

 現実に戻ってしまえば、彼女はいまだに眠り姫のまま。

 おとぎ話のように、キスをすれば起きます、なんて設定だったらどんなに楽だろう。

 でもそんなことはあり得ない。子供じゃないのだ、分かっている。

 ならばずっと、この夢の中で、甘いこの時間にずっといたい。映像は変わらなくてもいい。ずっとこの映像のままでいい。

 「ずっと、元気だったこの頃の彼女の姿を見させてくれ……」

 涙ながらに呟いた。彼の本心だった。

 永遠にこのままでいい。現実の自分も眠ったままでいい。この光景が永遠に続くのなら。

 「!?」

 しかし、彼の願いは叶わなかった。

 突然、何者かに腕をつかまれ、強引に後ろに引っ張られた。

 それも、どんどんつかむ手の数が増えていく。次第に腕だけではなく、首、頭、足首、胴体まで、つかみ、あるいは腕を回し、複数人が彼を後ろへとひきずりこんだ。

 「は、離せ!俺はここをはなれたくない!」

 引っ張られる先には、開かれた門。その中には、闇。

 幾度となく闇に飲み込まれた彼であったが、本能で理解していた。

 これはまずい。

 明らかに異質な闇だった。いままで経験してきた、場面切り替えの暗転ではない。

 飲み込まれるな。帰れなくなる。

 頭の中で警鐘が鳴り響く。しかし彼にはどうすることもできない。

 「離せ!離せーーーっ!」

 口で抵抗するしかなかった。しかしそんな抵抗も、門の中の闇へと飲み込まれ、門が閉ざされるとピタッと聞こえなくなった。


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