始 承ー③
「つまり、あなたと、他の誰かさん、といっても主にこの高校の生徒だった方々でしょうが、その人たちが一緒になって作り上げた夢、ということになりますね。基盤はあなたの記憶ですから、あなたが中心の夢ですが」
「はあ」
言っていることは半分ほど理解できた。
「そして私は、あなた方の記憶が作り上げた夢の中にお邪魔させていただいている、ということです」
「なんでまた」
「そのうち分かります」
にっこりと意味深に笑った後、彼女は黒板の方を向いた。
すると、視界が暗くなっていった。
「な、なんだ!?」
闇に飲み込まれる恐怖に襲われ、反射的にしゃがみこみ、目をぎゅっとつむった。
次いで、体が倒れるような感覚に襲われた。
痛みはなかった。目を開けると、今度は別の風景が現れた。
「なんだってんだよ‥‥‥」
今度は暗い場所だった。自分は宙に浮いていた。
暗いが真っ暗ではなく、目を凝らせば足元くらいは見えるくらいの明るさはある。そして何より、おやじや太った男性がワーワーうるさい。中には青や緑、ピンクなど、光る棒を両手に持って踊っている人もいる。女性が黄色い声をあげている。そしてみな、一か所を見ていた。
そこはステージ。そこには女性が4人いて、楽しそうに歌っていた。眩しく感じるのは、決してバックライトだけが理由ではないだろう。
智樹は思い出した。これは趣味を探していた時代に、家の近くのライブハウスで声優によるライブがあるから行ってみたときの光景だ。
オタク独特の踊りはいいのだが、それに伴う汗臭さ、それに会場の異様な熱気と鑑賞の邪魔をする声援などの理由で、まったく楽しむことができず、2度と行かないと心に決めたライブだった。
行くならせめて、大きなドームでやるような、汗臭さに苦しまなくていいような場所でのライブにしようと思った記憶がある。
「あの時は全く楽しめなかったが……」
今となっては、こうして見てみると、声優といえども歌唱力はあるし、観客全員が楽しんでいるみたいなので、隅でおとなしく鑑賞する分にはいいかと思えるようになった。
ここが夢の中であることの自覚はあったし、それゆえに自分がどこかしらにいるはずだが、さすがに人が多い。ここでの自分探しは面倒なので、会場のドアをすり抜けて出た。
会場から出ると、記念品のT-シャツやポスター、CDなどの販売を行っているのが目に入った。並んでいる客が多い。会場では本来ならまだライブ中なのだが、ここでもやはり、時間軸がずれているのかもしれない。
商品を見てみると、以前なんとなく買ったT-シャツとポスターがあった。1万くらいした気がするが、今となっては部屋のどこにあるか、記憶がない。もしかしたら気づかないうちに捨ててしまったのかもしれない。
そうはいっても、仮に捨ててしまったところで惜しいことをしたなどという気持ちは一切起きなかった。
「ここで1つ、か」
「うわっ」
隣にはいつのまにか、また芭玖螺がいた。今度はラフな格好をしている。そんな彼女がじっと智樹を見る。
「なんだよ、いったい‥‥‥」
彼女はその問いには答えず、代わりにふむふむと頷いた。次に、商品を求めて並ぶ行列を眺め始めた。
彼女の行動の意図が全く分からない。すると急に彼女はにやりと笑った。口が裂けているのかと思うほど口角がつり上がっていて、もう少ししたら口裂け女に見えてしまうかもしれない。健全な彼にとっては不気味だった。
「何なんだいったい……」
そんなつぶやきが彼の口から出てすぐに、彼女は煙のように消えた。すると、また視界が暗くなり始める。
1度経験したのでもう恐怖はない。身を任せ、そのまま闇に飲まれていった。