始 承ー①
妙なことに、眠ったはずなのに意識がはっきりしていた。
ここは夢の中だという自覚はあった。先ほど、芭玖騾と名乗る少女のもとで眠ったことを覚えていたからだ。20年ちょっと生きてきた智樹だが、初めての体験であった。
よく、夢の中ではふわふわした感覚になるだとか、空を飛んでいたりだとか、という話を聞く。でも今、彼は地に足をつけて立っている。しかも知っている場所に立っていた。
そこはかつて通っていた高校のグラウンド。
目の前ではジャージ姿でサッカーをする生徒と、ボールから少し離れた距離を保ちながら走る教師の姿。どうやら体育の授業のようだ。
こうして見るといささか懐かしいとは思うが、高校時代、彼が覚えていることは、ただただ退屈な日々であった。
成績は真ん中、部活はやらず、体育ではあまり動かず、教室ではいつも1人静かに本か教科書を眺めていた。その行為すらも退屈だった。退屈なのになぜそんなことばかりしていたかというと、単にやることがないうえに誰にも近寄ってほしくなかったから。人付き合いが苦手だったのだ。
しかしそんな彼も、彼女ができた今は、何かと積極的に行おうと努めるようになった。
今、第三者の目線でかつての体育の授業を見ると、やはり2パターンの人間に分かれている。活発に動き回っている生徒と、彼のようにぼんやりと立っているだけの生徒。
見ていて我ながら哀れに見えた彼は、高校時代でも積極的だったらよかったとわずかに後悔した。
「でもなんでまた……」
そうだ。どうして高校時代の夢なんて見ているんだろう。しかも自分がいない。
グラウンドにある時計は間もなく12時になろうとしていた。体育の授業がやっているから、まだ自分も授業中のはず。
もしかしたら自分は教室で授業を受けているのかもしれない。そう思った彼はかつての教室に向かった。
夢の中だと、どうやら移動がとても楽に行えるようだ。壁や人をすり抜けられるし、歩くよりも早い。まるで幽霊にでもなったかのような気分だった。
夢の中の自分が高校何年生なのか分からなかった彼は自分の教室だった場所を回った。その結果、どうやら高校3年生時代の夢であったことが分かった。自分のかつての教室につくと、案の定、授業中であった。
教室の入口のドアをすり抜け、懐かしさを感じながら少し教室の中を歩く。教師が黒板に数学の問題を解いて解説し、真面目な生徒はそれを書き写し、不真面目な生徒はノートに落書きをしたり、ばれないように机の下でゲームをしたりと、様々だった。遊んでいた連中は毎回赤点ギリギリで、そんな彼らを彼は心の中で呆れていたことを覚えている。
「こいつ、確か数学はつまんないとかほざいてたよなぁ」
真面目に授業を受けていないのは必ずしもギリギリ赤点回避の常連だったわけではなかった。ゲームをしていた生徒の1人は、数学だけは毎回定期テストでトップ10入りしていたやつだった。