始 起ー②
話が終わると、彼女は少し顔を智樹に近づけ、彼の顔をじっと見つめた。
「な、なんですか?」
若い女性、しかもこれほどかわいらしくもどこか大人びた少女に見つめられ、彼女持ちとはいえ、智樹はドキッとした。
「あなた……だいぶお疲れのようですね?クマがあります」
言われた瞬間、智樹の体が疲れを思い出したかのようにドッと重くなり、彼は眠気を感じた。
「ふむ……さぞお疲れでしょう。お仕事に、終わったら買い物までやっておられるのですから」
彼女は彼の目から目を離さない。
彼の格好はスーツ。近くには先ほどスーパーで買った夕食。
見事に正解だったが、驚くことではない。
しかし。
「それに、恋人はいまだ意識不明の事故からの不幸続きときたのですから……」
「!」
彼女は妖艶にほほ笑んだ。その笑みに眠気が一瞬吹き飛び、次いで背筋が凍りつき、寒気がしてブルリと体が震えた。
なぜそれを知っている。そう言おうとしたが、喉が乾いて張りついていたため、声が出なかった。
おそらく初めて会った少女。そんな人間が、彼の愛人の不幸を知るはずがないのだ。
可憐な少女から一転、怪談に出てくる日本人形のような怖ろしさに雰囲気が変わった気がした。
「ああ、そうか」
それを察したのか、彼女は顔を離し、1人で納得すると再び口元を抑えて笑うのだった。
「私、占い師のようなものでして。顔を見るだけであなたの置かれている状況がわかるのですよ。信じられないかもしれませんが」
そう言うと、にこにことした少女らしい顔を向ける。
「ああ、占い師か……」
からくりが解けたことで再び眠気が襲ってきた。
占いはあまり信用していない彼であったが、その理由はほとんどが嘘っぱちや当てにならないと思っているからだ。そう、ほとんどは偽物。
だが、残りは本物である。彼女はその少数派だということだった。本物お占い師。本物が存在することはなんとなく知っていたが、ここまで正確に言い当てられるとは夢にも思わなかった。
驚きから一転、納得ができた彼は、今度は瞼が重くなった。コクリコクリと頭が上下に動く。気苦労に肉体的疲労。心が休まるひと時など、ここ数日でいったいいつあっただろうか。そんな生活を続けていた彼の体には、だいぶ疲れがたまっていたようだ。
「眠そうですね」
「すいません、話の途中なのに」
無礼を詫びると、女は首を横に振り、次いで、客を案内する旅館の女将さんのようにベッドに手を向けた。
「どうぞ、そちらに横になってください」
普通の人は多分横にはならないだろう。病院やマッサージ店に来たわけではない。そもそも、何屋なのか、得体が知れていない。
得体の知れない店のベッドに寝られるか、と彼は内心思った。
しかし思考とは裏腹に、勝手に立ち上がり、足そのものが意思を持ったように動き、自宅のベッドでそうするように、ベッドに寝ころんだ。ごく自然な一連の動作だった。
驚きはない。当たり前のことをしたまでだ。ベッドは寝るもの。間違ってはいない。
彼は自分を肯定すると、あくびをひとつ吐いた。
頭が回らない。何も考えられないし、考えたくない。休みたい。
彼は自分の欲求に忠実になり、人前でありながら睡眠を求めた。掛け布団をかぶろうとすると、少女が優しく掛けてくれた。
その途端に、体から力が抜け、疲れがすべて抜けたように軽くなった。眠たいのは変わらない。
「フフッ、よほどたまってたんですねえ……たくさん良いのが出そう……」
少女は智樹が先ほどまで座っていた椅子に腰かけ、横になった智樹の頭を、まるで母親が子供を寝かせる時のように、穏やかな表情で優しくなで始めた。
子供のように扱われているのに、智樹は抵抗しない。
力が抜けていたこともあるが、何よりリラックスできて、むしろ、ずっとしてもらいたいと思っていた。
智樹の意識が半分ほどなくなる。
「ゆっくりおやすみ……また夢の中でお会いしましょう……」
彼女は最後に気になることを言ったが、彼にその意味を考える時間はなかった。