始 転ー②
急激に気温が下がった。
恐怖のあまり、後ずさりし、壁に背が当たって軽く悲鳴を上げる。
今の悲鳴は2つの意味があった。1つは壁に体が急にぶつかったから。そしてもう1つは、部屋に入ってきた者にあった。
「よこせーーーっ!」
鬼だった。彼の身長2人分くらいの、大きな鬼が現れた。
1匹が部屋に入ってきたと思ったら、ドッと雪崩が起きたかのように、2匹、3匹と鬼たちが入ってくる。
鬼たちが歩くたびに、天井が崩れた。
鬼は、目はぎょろり気持ち悪いくらいに活発に動き。牙はむき出しで口から突出。四肢は筋肉で異常なくらいに太くなっている。男の智樹といえども、簡単に腕の骨をへし折ってしまいそうな太さの腕だった。
また、鬼たちが入ってきたことで、異変もあった。最初の鬼が入ってくると同時に、そのドアの向こうから、ガスが部屋に充満するようにしてドス黒い空気が入り込み、部屋を覆い尽くした。部屋の輪郭は失われ、背にあったはずの壁がなくなり、体を壁に預けていた彼の体は支えを支えてふらつくが、かろうじて立ったままの姿勢を保った。
自分の部屋は、家具や窓などが一切消え去り、真っ黒で何も存在しない空間に変わっていた。
後ずさりで距離をとる。
しかし鬼のあまりの恐ろしさに腰が抜け、へたり込んでしまう智樹。口はパクパクと金魚のように動かすが声は出ない。
「お前の持っているもの、すべてよこせーーーっ」
手を彼に伸ばして捕まえようとしながら、どんどん鬼が接近し、威圧してくる。
こんなところで死ぬのか。
智樹は死を覚悟し、固く目を閉じた。
「 ふむ、やはりはずれだったか」
その時、女性の場違いな声がしたと同時に、目を閉じていた智樹にでも感じられるくらいに強い光が彼の前で炸裂し、鬼たちが一斉に吹き飛んだ。
光がやんだのと鬼の気配が感じられなくなったので、恐る恐る目を開ける。
目に映ったのは、頭に親指大の角を2本生やした和服姿の少女。
夜行芭玖螺であった。彼女が鬼たちを吹き飛ばし、彼を救ったのだ。
見た目は店内で最初に会ったときと同じのように見えた。
長い黒髪、それに刺さる簪、白い肌、小さな角。
しかし1つ、あの時とは違う点が見つかった。それはとても分かりやすい間違い探しだった。
「あ、あんたやっぱり……」
彼女の左腕は、人間のそれではなかった。
すると彼女は振り返った。
「それ以上は言っちゃだめですよ?この体、結構気に入ってるんですから。一応、人間ってことで」
そう言い残し、吹き飛んでいった鬼たちに単身で向かっていった。
彼女は一応人間だとは言ったが、明らかに今のは人間の腕ではなかった。彼女が吹き飛ばした鬼たちよりも太い、筋肉質で彼女の小さな体よりも長い腕。
その腕は真っ赤に燃えていた。
燃えているかいないかの違いはあるが、彼には奴らと同類の腕に見えた。
つまり、鬼。
しかし、力の差は歴然だった。
彼女の方が桁違いに強い。圧倒的だった。
その手は野太い首でつながった鬼の頭と胴はたやすく引きちぎられ、その爪は鬼たちの目を脳ごと抉り、その手刀は鬼の腹を突き破った。
たやすくくたばる鬼たち。1人、圧倒的な強さで暴れる芭玖螺。
返り血を浴びる彼女の顔は笑顔で、その表情は、危ういながらも可憐な少女を思わせた。
完全に楽しんでいた。鬼たちを殺戮するという行為を。
闇の中で彼女の笑い声と鬼たちの悲鳴が木霊した。