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プロローグ

 今夜の月はやけに明るい。夜間ながら数百メートルは見通せそうなほどの明るさである。


 青白く光を放つその月は満月であった。その月光を浴びながら、一隻の大型飛行船が飛んでいる。この飛行戦艦「グラン・マルーン」は巨大である。全長はゆうに250メートルはこえているであろう。その飛行船の気嚢には敵の攻撃から護るための鉄板に覆われ、船全体が薄黒い色をしている。船底・船側には数門の巨大な艦砲が装備されていて、軍用飛行船の様相を成している。

この巨大戦艦ともいうべき飛行船の眼下には、広大な雲海が広がっている。かなりの高高度で飛行しているのだ。周囲を警戒しつつ空の魔王ともいうべき飛行戦艦は悠々とその任務を遂行している。


 その飛行船の中。それほど広い部屋ではないが、赤いカーペットが敷き詰められ、高級感のある家具が並べられた一室に男と少女はいた。そんな軍艦のなかに似つかわしくないほど華美な部屋の真ん中に白のテーブル、男は食事をしていた。


「いつまでそうなさっているおつもりか?料理が冷めてしまっては用意した者に対して礼を失することになろう。それとも・・・もしや帝都の料理はお嫌いか?」


 男はナイフとフォークを置き、ナプキンで口を拭きながら、窓際の椅子に腰掛けている少女に問いかけた。男は赤い軍服に身を包み、左胸には数々の勲章が光っている。他の乗組員とは明らかに違う服装から格の高い人間であることは想像に難くない。ただ少女は窓に顔を向けたまま、男の問いかけには全く反応しようとしない。


「まぁ、話さずとも結構。いささかのもてなしとして、我が部屋に招待し食事をと思ったのは、私の勝手ゆえ。」


一切の問いかけを無視する少女の雰囲気を見て、男はふっとため息をつくと席を立ち、少女に歩み寄っていく。

「・・・それに、君は貴重なスタンプホルダーであり扱いは丁重にという下知も来ている故。まぁ君のような小娘、私からすればその辺の積荷と何ら変わりが無いのだがな。」


 少女は男の方をゆっくりと向きながら、睨みつけた。少女はその髪色と同様に、深く濃い青色の瞳をしている。一時その男を睨み付けるとまた窓の方を向き静かに、月光で明るい夜空を見つめている。男の挑発とも取れる言動は一応は少女の心を動かしたようだが、状況は相変わらずのようだ。


「ただなぜ君のような力の発現すらしておらぬ、スタンプホルダーの護送を飛行戦艦で遂行する必要があるのだろうか。いくら閣下直々の御命とは言え、気がかかる。」

男はきれいに整えられた顎髭を人差し指と親指でつまむように撫でながら、少女の後ろで喋っている。独り言のようだが、自分の置かれた状況を理解するための糸口として少女に話しかけているようだ。


「まぁ、安心したまえ。このグラン・マルーンの飛行高度には通常の飛空挺は届かぬ。このグスタフ・マルーンが責任を持って、安全に帝都までお送りしよう。」

グスタフ・マルーンと名乗るこの男は、少女から何も情報を得られぬと悟ると、踵を返して少女に背を向けた。その時部屋のベルが鳴る。内線用の電話である。


「どうした?」

「マルーン卿。索敵器に反応があります、至急艦橋まで来てもらえますでしょうか?」

その旨を了解するグスタフは側近の部下に部屋の監視を任せ、ブリッジへと向かった。


 


 ブリッジでは、索敵情報の解析が行われていた。索敵結果から兵士たちの顔からは困惑の色が見て取れる。そこへ、グスタフが到着した。将校と思われる青の軍装をした若い男が、索敵士に報告を促す。

索敵士は情報が印刷された書類を見ながら、グスタフに歩み寄っていく。その間何度も見返し、首を傾げている。

「何事だ?この高高度で何がかかるというのだ?」

「おかしいのです。」

何がだ!と、索敵士の的を得ない返事と、あいまいな結論に若干苛立ち、声が少し大きくなる。だが索敵士の困惑も無理はない。

解析結果は、艦の直上、距離は一定を保っている。索敵器が反応するということは少なくとも、小さな鳥などの類ではない。困惑の最大の要因は、対象が人が乗れる程の大きな物だということ。


「一体これはどういうことだ?対象は何なのだ?」

索敵士は言葉に詰まる。実のところグスタフを艦橋まで呼んだのは、報告の為ではない、これは相談なのである。未知の物体への対処。いち船員が判断できない状況。

世界最大級の飛行船であるこの艦は、同時に世界で最も高い所を飛ぶ船でもある。それよりも高く飛行する物体など見当も付かないし、何より直上目視を行うには気嚢部の外部フレームにとりつけられた側面の梯子からでしか船体の上に上がる手段がない。世界最高高度の自負が、最大の死角なのである。


その時、索敵器を監視していた船員が何かに気づきはっと声をあげた。

「マルーン卿!対象が近づいてきております!」

「なに?」


空の巨人の上、それよりも一回り小さい船がゆっくりと影を落としていく。

距離が縮まったところで、数本のロープが垂らされ、そこから数人の黒い戦闘装束の人影が降り、グラン・マルーンの船体に乗り移っていく。最後に降りた人影が、指信号で全員に指示を出し、各自散開していく。


「さぁ・・・はじまりだ。」

黒尽くめの男はその目を、今夜の月のように青白く光らせ、ひとり呟いた。

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