セミセリア ~あなたは私を死なせる~ Ⅲ
部屋の外で相変わらずきちんと護衛をしていたレイアに少しではあるが暇を与えてから、完全に落ち込んでしまったフォウを連れてエリオットがまず向かったのは給仕外の時間にそのメイドがいるであろう調理室。
エリオットが入ってきたことで空気が変わる調理室で、フォウがきょろきょろと辺りを見回す。
「どの人?」
「これから俺が直球で声掛けるから、シロかクロかだけ言ってくれ」
「えぇ!?」
エリオットは他の連中には目もくれること無く、蜂蜜色の髪をフリルのカチューシャで留めているメイドの元へ歩いて行った。
食材の下準備を手伝っている最中なのだろう、野菜を切っている二十代後半くらいのその女に静かに問いかける。
「お前、クラッサとまだ連絡を取っているか?」
何の前置きもなく放たれた王子の言葉にメイドは驚いた顔を見せており、これだけの反応では普通は分からないが、
「クロ」
背後からフォウのその一言が紡がれ、
「分かった」
すぐにエリオットはメイドの腕を取り押さえ包丁を手放させた。
傍から見れば強引過ぎる行動に、コックや他のメイドが視線を集中させる。
「お、王子!?」
誰かが疑問符を投げかけているが、それらはスルーするエリオット。
しかし、問いかけの返答を待って嘘かどうか判断するのかと思いきや、それすら無くとも敵だと判断出来る何かがフォウには見えているのか。
不便だと本人は言っていたが充分過ぎるほど便利な能力だな、と思いながら王子はメイドの腕をそのまま捻り上げた。
「言い訳する気は無いみたいだな、このまま連れて行くぞ」
「無茶するねぇ……」
メイドを強引に引っ張って行くエリオットの背中に、フォウの呆れたような声が投げかけられる。
一応説明しておかないといけないので調理室の出口まで歩いて行ったところで、
「この女は俺を攫った連中の仲間だ。ここにはもう戻って来ないだろうから仕事の割り振りはそのつもりで頼む」
それだけ言ってから地下へメイドを連れて行き、手錠をかけて牢へ入れた。
驚くほど大人しいメイドの髪が、項垂れることで甘い艶を見せている。
「何か言うことはあるか?」
「……ありません。私は私の信念で協力をしていたまでです」
しっかりした声。
あぁコイツもか、エリオットはそう思った。
金で買収されたわけでは無い仲間となると、とてもやり辛い。
情報を引きだすのは無理だと判断し、空気の悪いこの地下に背を向けて無言で立ち去る。
慌てて着いて来たフォウがそんなエリオットに不思議そうに問いかけた。
「聞かなくていいの?」
「あぁ。これ以上のことはレイアに任せよう」
「そっか」
予想通りといえば予想通りだが、一発目から当たりを引いて逆に精神的に参る。
城内にそれだけ敵がいるということなのだから。
険しい顔をしているエリオットの右肩で座っている白い獣人が、可愛らしい声で呟いた。
「さっさと殺せばいいのに。ボク、キミの利己的な性格好きなんだけどな」
エリオットは、何やら言っている小さな生き物を無視してフォウに次の行き先を伝える。
「次はレイアの部下の大尉だ。なるべくなら……シロであってほしいんだがな。クロだと知ったら多分レイアが、傷つく」
「優しいね。でもレイアさんを一番傷つけているのは王子様だからそんなの気にしなくていいと思うよ」
余計なことを、そして本当のことを言うフォウに、エリオットは急いでいた足を止めて振り返った。
それを受け、青年はもう少し付け加える。
「モルガナの宿でも言ったよね。誰かれ構わず気まぐれで優しくして惑わすのはやめたほうがいい。王子様普段が酷いから、たまの優しさが目立つんだよ」
「……また俺と喧嘩したいのか?」
「まさか」
エリオットがどす黒い感情を露わにして睨むと、フォウは両手の平をエリオットに向けて戦意が無いことを伝える仕草を見せた。
それ以上のやり取りはせず、二人は止めていた足を再度動かし、大尉がどこに居るか知っていそうなレイアの元へ向かう。
今はエリオットの部屋のすぐ近くの一室を割り当てられている彼女。
元々の装飾以外の飾りが一切見られないその部屋には、女の部屋とは思えないくらいの……大量の剣。
「お、お前この部屋にこんなに剣を持ってくる必要、あったのか?」
「唯一の趣味なので、そこは許して頂けると助かります」
暇を貰ったというのに剣をせっせこ磨いているレイアが、そこに居た。
その後レイアからその大尉の居そうな場所を聞いてエリオットとフォウは共に足を運び……結果はクロ。
一人ではないだろうとは思っていたため驚くことでも無いが、もしかして今回リストから洩れた者も全部そうなのではないか、と他まで疑いそうになってしまう。
そして人間不信に陥りそうになっているエリオットが次に向かったのはエマヌエルの従者のところ。
今度は、エリオットを無駄に心配するレイアも引き連れて。
エマヌエルの従者はかなりの古株であるが……
「なぁ、ビフレストと名乗っている連中を知っているか?」
「はいっ?」
空いている客室に呼び出して問いかけてみると、間抜けな顔を晒す飴色の髪の老紳士。
「シロ」
エマヌエルが動くにあたって、この男に気付かれないわけが無いのだが、まさかのシロという結果にエリオットはクリスが見た兄は見間違いなのではないか、と思っていた。
でも取り敢えず本人にも直接会うことにする。
「知らないならいい……兄上に今からお会い出来るだろうか?」
「はっ、今すぐ確認致します」
部屋を出て行った従者を見届けてから、エリオットはレイアに問いかける。
「この流れだと兄上もシロくさいんだが、確か兄上は東でクリスが見かけただけじゃなくて、竜の施設の資料も持って行ったんだよな?」
「はい、後者は間違いありません。わざわざ部屋から出て自分で取りに行こうとしていたくらいですから」
確かに引っかかりはするが、あのエマヌエルが目立たずに行動出来るわけが……無い。
エリオットとしては良い思い出が全く無い相手ではあるがもしこの件に関わっていないのなら、と思うと少しだけ安堵する。
しばらく待機していると、部屋のドアが開き蒼白な顔をした従者が入ってきて、
「申し訳御座いません、面会は……無理なようです」
「断られたか?」
「えぇ……」
確かにあの人ならば自分と会うのを拒絶してもおかしくない。
と、エリオットは素直にそれを聞き入れようとしたのだが、そこでフォウがぼそりと呟いた。
「嘘」
フォウ以外のその場に居た三人が、息を飲む。
これが嘘ということは先のシロは何なのか。
エリオットが目の前の従者を睨むと、彼は目を合わせようとせずに青い瞳を泳がせていた。
レイアが剣の柄に手を掛け、座っていたエリオットも立って警戒しながらエマヌエルの従者を見据える。
すると、
「たっ、大変申し訳御座いません!!」
彼は腰を直角に曲げて頭を下げた。
その行動に皆が呆気に取られていると、言い訳を始める老紳士。
「じ、実はエマヌエル様にお伺いしようとしたところ、ご不在だったのです……」
「不在!?」
「最近こんなことが多くて私もほとほと手を焼いておりまして、気付いたら私に声も掛けずに部屋を抜け出して数日居なかったり、かと思えば部屋に居るのに私が入るのを拒否したり、聞き耳を立てているとどうも誰かを連れ込んでいる様子で声が聞こえたり、あぁこの前なんて遂にあのエマヌエル様が女性を連れ込んでいたようなのですよ! てっきり後日死体の処理をさせられるかと思っていたのですがそういう様子も無く嬉しいやら寂しいやら$#ゞ=@」
「も、もういいから……」
饒舌というレベルでは無いほどよく喋るエマヌエルの従者に、エリオットは閉口を願う。
ということは、何だ?
エリオットが考えている間に、先に結論に達したレイアが剣を抜き、その切っ先を執事に突きつけて言った。
「職務を全う出来ていないどころか、それを隠蔽していたのでは無いか!!」
そういうことだ。
「は、はっ!!」
「自分の不手際を隠してたんだねぇ」
ハンカチで必死に額の汗を拭う執事をレイアとフォウが責めるが、エリオットはというとそこまでこの男を責める気にはなれなかった。
自分と似たようなことをしていた兄に困らせられている執事に、何となく申し訳ない気持ちが芽生えたからである。
レイアはこの男と違ってただの不手際を隠したりはしないが、普通の従者なら隠すのが当然だろう。
ましてやこの男のように自分一人が受け持っている職務ならば、尚更。
「まぁいい。じゃあ不在なら不在のまま、兄上の部屋に入らせて貰えないだろうか。それで俺はこの件については黙っておいてやるから」
「い、いや、それは……後で私がエマヌエル様に何を言われるか……」
「今レイアに斬られるのと、後で兄上に斬られるのと、どっちか選べ」
勿論その後、エリオット達はエマヌエルの部屋に通して貰えた。
城内の北にある塔の最上階に位置するその部屋。
実は入るのが初めてだったりするエリオットは、ちょっとドキドキしている。
エマヌエルは目が見えないからだろう、特に装飾品の類は飾られておらず、必要最低限の家具が揃えられているくらい。
それでも一応は王子の部屋。
その家具自体がどれも美しいものばかりなので充分豪華な部屋だ。
「流石に誰もいない、か……フォウ。何か見えないか?」
「そもそもビフレストって前会ったあの金髪の可愛い人のことでしょ? あの人その場に居ても大したものは見えないから、俺の目はアテに出来ないよ」
ざっと見渡した限りでは、特に証拠の類が残っているようには見えない。
だがエマヌエルが部屋に誰かを連れ込んでいたらしい、という事実は怪しすぎる。
「よーし、お前ら髪の毛を探せ! ビフレストは両方とも金髪だ!」
エリオットはそう言って左手を腰にあて、右手でバッと部屋に差し向け命令した。
やれやれ、といった表情で床に膝をつくレイア。
しかしフォウは動こうとしない。
「おい、お前にも命令したぞ。さっさとやらんか」
「その命令は契約外だね」
首の後ろで手を組んで協力する気が無い姿勢を取ったルドラの青年に舌打ちをしつつ、レイアだけにさせるのも可哀想なので渋々王子も膝を突いて床を見る。
まるでフォウが一番偉いような状態だが、そんなエリオットにとって屈辱的な状況はすぐに終わった。
「王子」
一言だけ声を発し、一本の金の糸を摘んでいる彼女。
そしてレイアに近寄ったフォウがその発見された金髪をじっと見つめて言う。
「これがいつ落ちたかにもよるけど、少なくとも何も纏う色が見えない」
「最近抜け落ちたものなら普通は何かしら見えるってことか?」
「そういうこと」
城内は毎日清掃されているため、最近の物であることは間違いない。
そして、東での目撃情報、そして何故か必要とされた竜の施設の書類。
この二つも重ねれば……
「兄上は、ほぼクロってことか……」
身内にまた一人敵が増えたと思うと、気が滅入っていくのを感じる。
血の繋がりというものの大きさをじんわりと味わいながら、もう一度だけエリオットは長兄の部屋を見渡す。
実の兄弟でありながら部屋すら入ったことの無い関係だというのに、その兄が敵であることをエリオットは胸の奥底でほんの少しだけ悲しく思っているのだ。
散々いじめられ、嫌われていたけれど、それでも兄に好いて欲しかったのかも知れない。
けれど、
ビフレストが関わっているこの件に首を突っ込んでいる以上、本当の本当に敵対する可能性が出てくる。
最悪の場合は……手に掛けることだってあるだろう。
「自分と似た顔を斬るのは、何か嫌だな」
「嫌なら……やらなければいいのですよ」
苦笑して言うエリオットにレイアがそっと言葉を置いた。
「そういうわけにはいかないさ。あの施設を消滅させたのは多分、兄上だ」
レイアとフォウがバッと顔を向けて驚いた表情を見せる。
エリオットは黙ってその視線を受け、考えていた。
建物の形を魔術紋様として機能させるだなんてことは、相当の理解をしていないと発動させられるものでは無い。
その時点で一般人には無理な話。
そして、ビフレストは魔術をうまく使えない。
あの建物が無くなって得をするのはフィクサー達ではなく城側の人間であることから、術の使い手を絞ればもうエマヌエル以外には有り得ないのだ。
自分と同じ……夢を見たであろう兄しか。
見ただけでは理解に苦しむもので、エリオットも実際途中までは本当に意味が分からなかったが、それをどういう理由で見せられているのかさえ分かれば全てが繋がる。
そして理解する。
この世界がどれだけ虚しいものか。
自分自身が……どれだけちっぽけな存在か。
生きる気力すら奪われるような夢がエリオットの頭にフラッシュバックする。
しかしすぐに気を取り直した。
自分なんてまだいいほうなのだ。
クリスの本当の成り立ちと、存在理由に比べれば……ずっと。
「兄上の行動は今のところ国の為になっている。何故それをしたのかは分からないが、とりあえず今これ以上詮索することも無いだろう」
落ち込みながら、それでも自分を奮い立たせてエリオットは言葉を紡ぐ。
彼の雰囲気がそういうものだったからかも知れないが、残りの二人は頷くというよりは俯くだけで、それに対して返事はしなかった。