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この箱庭よりも大切な人に  作者: 蒼山
第三部 第六章
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セミセリア ~あなたは私を死なせる~ Ⅰ

挿絵(By みてみん)

(↑ルフィーナです。髪飾りと葉っぱで隠れちゃいましたが、後ろ髪は結って上げてます)


 精神的に参ったクリスが王都に戻ってきたのは次の日の夕方に差し掛かる前のこと。

 空がゆっくりと白藍から赤丹色へと変わって、王都の美しい街並みを同じ色へと染めてゆく。

 その南西に位置する建物の中で今、クリス達は一息吐いていたところだった。


「今飲み物をお持ち致しますわ~」


 出かける前は体調を崩していたレフトが、もう元気良くいつもの様にダイニングルームで歩いている。


「皆さん珈琲で良いでしょうか~?」

「あぁ、ありがとな」


 辛うじてエリオットが返答をしたくらいで、他はもう頷くだけで精一杯。

 クリスとフォウは完全にテーブルに突っ伏し、レイアも項垂れていた。

 酷く疲れた様子を見せている皆を半眼で見渡しながら口を開いたのはライト。


「消滅した建物跡を見に行くだけで、どうしてそんな状態になるんだお前達は」


 返す言葉も無い。

 他に寄り道もしないで行って帰ってきただけにも関わらず、全員がどっと疲れを感じている。

 テーブルに頬杖をつきながらエリオットはだるそうに返事をした。


「俺が寝てる間に敵に遭遇して偉い目に遭ったんだよ……」

「それはまた災難だったな」


 話を振ったのはライトからだというのに、それに対して特に興味も無さそうにぼそりと一言。

 コトンと置かれたマグカップに手を伸ばして明後日の方向を見つめる金の瞳を、レイアが冷たい視線で突き刺すがそれも知らんぷり。

 最近接する機会が多いとはいえ、長年の溝はそう簡単には埋められないようだった。

 するとそこで、


「王子、取り敢えず私達だけでも早く城へ戻らないと」

「あ、あぁそうだな」


 本心は居辛いからかも知れないが、レイアが城への帰還を促した。

 リアファルをエリオットの部屋に押し込めたまま、ここに長く居座るのも確かにまずい。

 エリオットは明らかに忘れていましたという感じの反応で少し焦りつつも、出された珈琲を飲み干して席を立つ。

 が、その瞬間に少し歪む、彼の顔。

 口元を押さえながら動きが止まったエリオットに、レイアの視線が留まる。


「どうなさいました?」

「……何だろう?」

「いや、私に聞かれても」


 問いかけたのに問い返されて、彼の従者は困るしかない。

 エリオットは本気で不思議そうな顔をしており、クリスとフォウもそこで体を起こすが、当人の分からないものを分かるわけも無く。

 いや、一人だけ、当人の自覚していないものを見ることの出来る青年が居る。

 しかしフォウが見えているのはあくまで色であるが。


「分からんが何か懐かしいような、うーん」


 そして考え込んでしまうエリオット。


「懐かしい、ですか?」

「一瞬何か思い出しそうになったんだが……よく分からん」

「王子、よく分からないなら取り敢えず戻りましょう」


 そう言ってレイアが席を立ち、フォウも慌てて立ち上がる。

 この流れだとクリスはまたここで待機だろう。

 出された珈琲にちびりと口をつけ、立っている三人を上目遣いに見た。

 腑に落ちない表情をしながらもくるりと回り、背を向けたエリオット。

 花緑青の長い髪が柔く揺れ、彼がまた去り往くとクリスに告げる。


 見たくない。

 クリスの心がざわめく。

 この背中を見たくないと、そう心が言っている。

 でも、これで少しは楽になれる。

 もう一人のクリスがどこか矛盾した言葉を紡いだ。

 その背中を見るということは、また当分彼を見ずに済むから楽だ、と。


「お城、安全とは言えないんでしょう? 気をつけてくださいね」


 そんな気持ちを誤魔化したくて取ってつけたような気遣いをクリスがすると、彼は最後に上半身だけ振り返り、


「お前に心配されると変な気分だな」


 微笑み零しては優しく目を細めた。

 その反応に、もっと素直に……心から気遣って声を掛ければ良かったと、ちくりと胸が痛み苦しくなる。


「素直に心配されてくださいよ、全く」


 素直にならなくてはいけないのは自分だというのに、更に誤魔化すように続けるクリス。

 ふいっと顔を彼から背けると、


「それもそうだ」


 ちょっと笑いを含んだ声を残してエリオットの足音が遠のいて行った。


「……っ」


 見送ることも出来ずに俯いたクリスの頭に、傍に寄ってきたライトがポンとその手を置いて言う。


「辛いか」


 クリスは黙って頷いた。

 顔に出ているため、何がどう辛いのか、お互いに言葉に出す必要が無いくらい伝わっている空気。

 クリスは部屋に閉じこもっていた頃から、ライトに見られたらその恋心がバレるような気はしていたが、案の定彼にはバレている。

 ただし、クリスの見解と事実との相違として、クリスは恋心自体がバレたと思っているが、正確にはクリスが恋心に気付いたことがバレている、だった。

 でもクリスは知られたくなくて避けて黙っていたはずなのに、気持ちを知られてしまった後のほうが楽で……その手に甘えてはいけないのに、甘えたくなってしまう。

 今、ぽろりと一粒彼女の瞳から零れているそれは甘えの涙。

 口に出さないのならしっかり涙腺も止めておけばいいものを、出来ないくらいに心が緩んでいるのだ。

 緩んでしまったのか、緩ませたいのか、緩ませられたのか……誰にも分からない。


「だからいつも泣くなと言ってるだろう」


 ほんのちょっぴりだけ困ったようにトーンが低くなったライトの声が響く。


「あらあら~。元気が無いようでしたら、何かおやつでも食べますか~?」

「……食べます」


 ほぼ即答する現金なクリスに、レフトはくすりと笑いながら、冷やしていたフルーツタルトをさっくり切って差し出した。


「こねずみさん達のためにチーズカスタードで作ったんですけども~……お一人不在のようですわね~」


 そういえばダインはエリオット側だ。

 正確には、安全地帯であるフォウのところ。

 ニールであろうもう一匹のこねずみがレフトの服の中からひょっこり顔を出し、テーブルに軽い音を立てて降りてくる。

 取り敢えずクリスはケープを脱いで椅子に掛け、タルトをフォークで切り分けて皿の端に避けてやると、何も言わずにもぐもぐと食べ始める赤い瞳の白鼠。


「ニールはその体になってから、随分食欲旺盛になりましたよね」

「主人にそっくりじゃないか」


 そこで一緒に笑う双子の獣人に癒されながら、クリスもニールに続いてタルトを口にした。

 甘酸っぱい果物と濃い目のクリームが混ざって丁度良い。

 それに、よく焼けているタルト生地が最後まで食感を楽しませてくれる。


「私、お腹がいっぱいにならなければもうずっと食べ続けたいです」


 食べている間は、何だかんだで気が紛れるのだ。

 深く考えずに発したクリスの言葉にライトはずり落ちた眼鏡を直しながら突っ込む。


「言いたいことは分かるが、今のお前がそんなことをしだしたら病気かと疑うぞ」

「むしろその予備軍かと思ってしまう発言でしたわね~」

「うっ、そうですか……」


 兄に続いて発言しつつ、テーブルに残されたカップを集めて洗い始めるレフト。

 そこで彼女は洗いながらも、ふっとその手を止めて視線を手元以外に向けた。

 記憶に無い、空の小瓶がそこにある。

 食卓及び調理スペースを管理しているのはレフトだけのはずなのだが、彼女の記憶に無い物があるのはおかしなことだ。

 だが、先日までレフトは寝込んでいたわけで、兄が置きっ放しにしたのかも知れない。

 ……ライトは物を置き去りにするような性格ではないが、それ以外に理由が思い浮かばない以上はどうしようも無かった。

 レフトは首を傾げながらも、調理台に置かれていた小瓶も手に取って一緒に洗う。

 カチャカチャと食器が鳴る音。

 それが止む前にクリスは急いでタルトを食べ終え、


「ご馳走様でした!」

「はい~」


 さり気なく、食べ終わった食器を洗って貰うことに成功した。


「大丈夫なのか?」

「えぇ、お腹いっぱいです!」


 胸を張ってぽんっと腹を叩いて見せると、ライトは視線を横へずらし苦笑いをして言う。


「そんなことを聞いたわけでは無いんだが……それが返って来るなら大丈夫なんだろう」


 クリスをじっと見ながら何か考えている素振りの彼は、顎にあてていた手をそこから外してちょい、と手招きしながらダイニングルームから出ようとした。


「?」

「包帯を巻き直してやる」


 言われて思い出し、クリスは自分の首の右側を手で押さえる。

 返事など待たずに廊下に歩いていく白髪の獣人の背中を追っていくと、ライトの部屋ではなく別の部屋に入って行った。

 入れば納得、そこはいつもの実験的な怪しい瓶ばかりの部屋とは違い、医療用の薬や器具が置いてある部屋だった。

 そこまで広い部屋ではなく、書類がいくつか置かれているデスクとベッドの間に二つ置いてあった椅子に何となく腰掛けて、ライトと向かい合わせの状態になるクリス。

 黙って包帯を解いていく彼の顔は相変わらずの無表情。

 だがそれも解き終わると同時に若干歪んだ。


「嫌な傷だな」


 口元もぎり、と力が入っている。

 八重歯がちょっと見える程度に薄く開かれた唇から洩れた低い声。


「過去に無いくらい気分悪かったですよ。コレをつけられた時は……」

「深い傷では無くて良かった。お前は自然に治るのを待つしかないからな」


 そう言って薬を染ませた綿を首にあてていくライトの右手。

 位置的に正面からやって貰うのもやりにくそうに見えたので少しだけクリスは左を向いて、患部をライト側に向けた。

 彼の顔が見えにくくなったこともあり、見るものが無くなったので左側にあったデスクの上の書類をぼーっと見つめながら会話を続ける。


「そうですね、また大怪我していたらただでさえ役に立てていないのに、一緒に行くことすら出来なくなっちゃいます」

「……それを考えると、大怪我してくれたほうがマシだったのかも知れん」

「え? どうしてです?」


 大怪我を望むという発言に、クリスはすぐその理由を問いかけた。

 すると首から垂れている薬を拭き取りながらライトが答える。


「それ以上の危険に向かって行くことが無くなるからだ。こんな傷をつけられるということは遊ばれていたのだろう? 無理してこれ以上首を突っ込む必要は……無いんじゃないか」

「それは……そうですけど」

「お前は結局どうしたいんだ」


 薬と一緒に取っていた新品の包帯を伸ばしている彼が突きつける現実。

 首元から漂う薬の臭いに刺激され、クリスの眉間に皺が寄る。

 決して会話の内容のせいではないのだが、会話のせいで不機嫌になったと思われても仕方が無いクリスの反応にライトの言葉が少しキツくなって更に放たれた。


「足を引っ張って、辛い思いをしてもエリオットの傍に居たいのか。それとも先日までのように人と関わるのを本当は遮断したいのか」


 クリスが密かに悩んでいた選択肢を今ここで言葉として形に出し、決断を迫るようなライト。

 ゆっくりと首に巻かれていく包帯とたまに触れる指の感触が思考を邪魔して止まない。

 クリスの右耳に届くライトの声は、更に強いものとなっていく。


「俺は戦えもしないフォウまで巻き込んでいるアイツのやり方が気に食わない。そして、本来護るべきお前を危険に晒して武器を振るわせていることもな。悪い奴では無いんだが……人を使うことに慣れ過ぎているんだろう」


 流石は長い間見てきているライト、といったところか。

 王子らしくないエリオットだが、やはり腐っても王子なのだ。

 良くも、悪くも……


「それでもお前が幸せだと言うのなら口を挟む気は無いが、お前の顔は辛そうにしか見えないんだ」

「実際、ちょっと辛いです。でも、自分で結局どっちがいいのか……分からないんです」


 クリスを辛そうだ、と言うライトの顔も辛そうに目を細められている。

 包帯を巻き、縛り終えたその褐色の指はほんの少しだけクリスの頬に触れていったがそのまま触れ続けることは無く、残りの包帯と薬を持った。


「それなら仕方ないな」


 立って戸棚にそれらを仕舞いつつ、あっさりと置かれる結論。


「見ていてもどかしいですよね、ごめんなさい」

「あぁ、全くだ」


 狭い部屋に響く、トン、と戸棚が閉められる音がその話題の終了の合図のよう。

 ライトは右手だけ白衣のポケットに突っ込み、左手でクリスを指差したかと思うと、


「ところでクリス……今頃になって胸が少し膨らんでないか?」

「ふぇ!?」


 百八十度変わった話題に思考がうまく切り替わらず、変な声が出たクリス。


「今確か十六だったろう? 一般的には成長期であるはずのこの四年で全くお前が成長していた気がしなくてな……多少ヒトとズレがあるのかとは思っていたんだがさっきソレが目について、」

「何処見てるんですかッッ!!」


 最後まで話を聞く気にもならず、椅子を立ち上がって大声でツッコむ。

 でも、


「お前が胸を張って見せるから目についただけだ、エリオットじゃああるまいしマメにチェックしているわけでは無いぞ」

「……えっ、あ……すいません」


 真顔でそう言われて、むしろ叫んだクリスが申し訳なくなる始末。

 頭を掻きつつ謝ったクリスに大きなつり目が向けられ、静かにその後の言葉が紡がれた。


「折角素晴らしいくらいに何も無かったのに、勿体無い話だな」

「全然素晴らしくないです!! 勿体無くもありませんッ!!」


 もし本当にちょっとでも大きくなっていたのならそれは喜ばしいことなのだ。

 無くてもいいけれど、あるに越したことは無い。

 女の子なのだから。

 先程の謝罪をまるっと返して欲しくなるライトの問題発言に、クリスは大声で反論したのだった。

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