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この箱庭よりも大切な人に  作者: 蒼山
第三部 第五章
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虹の橋 ~夢の終わり~ Ⅲ

「……っ」


 フィクサーの言っていたことが本心ならば、クリスが何も考えずに飛び込んだりしなければ彼らと戦闘になることは無かったのかも知れない。

 彼らの目的はエリオット達を殺すことでは無く、あくまで神的存在との対峙。

 わざわざ邪魔をして来なければ、特にクリスなどは相手をする必要すら無いのだから。

 そう思うとクリスは自分自身が腹立たしくて、唇を噛みしめる。

 エリオットが起きなければどうなっていたことか。

 もうほぼレクチェと同じ力を得ているようなエリオットを、敵も随分警戒していた。

 クリスは自分の肩に添えられている彼の手を見つめる。

 以前レクチェに感じていた不快感は一切感じないが、先程見た通り彼の手は、通常の物質は勿論のこと、フィクサーが放つ魔術までも作り変えてしまう。

 エリオットは花ではなく水に作り変えることがお好みのようだが、どちらにしても常識を超えた力に変わりは無い。

 そこでようやく肌と肌が触れ合っている事実に気づいたクリスは、何だか恥ずかしくなってきてその手から目を逸らす。

 その先でフォウと目が合った。

 彼のほうはずっとクリスを見つめていたらしい。

 フォウは喋ろうとはせずにジェスチャーだけでちょん、と自分の首の右側を指で指し示し、その仕草に釣られるようにクリスは自分の首に手を当てる。


「……そっか」


 ナイフの刃を握ってしまった指と、何度も軽く斬りつけられていた首からは、随分と血が出ていた。

 もうだらだらと流れているわけではないが、擦ると伸びるその赤が、まだ血が乾ききっていないことを伝えている。

 特に首の傷は痛いというよりはむずむずし、その存在を思い出した途端に気分が悪くなってきて、


「痒いです……」

「我慢しろっ」


 首の傷を掻こうとしたクリスの手を、エリオットがしっかりと止めた。




 それからクリス達は一旦宿に泊まって状況整理をすることになる。

 ほとんど寝ていたエリオットが「説明しろ!」と要求したからだ。

 モルガナは大きい街なので宿はいくつもあり、最初は上等な宿に泊まろうとしたのだが、


「……この姿で上等な宿に入るのは、まずくありませんか」


 レイアの進言により、無難な宿に二人部屋を二つ取った。

 男二人女二人のメンバーで、女二人が怪我をして服を血で汚している状況は流石に目立つ。

 そして、目立つと色々困るクリス達。

 というわけで、


「いい部屋に泊まってみたかったです」


 レイアに包帯を巻いて貰いながらクリスが正直な意見を述べると、包帯を巻き終えた彼女は少女の顔を覗き込んで優しく笑った。


「城の客室のほうが良い部屋だから、落ち着いたら遊びに来ればいい」

「そっか! それもそうですね」


 しかし、以前に城で部屋を借りた時は、逆に居心地が悪かった覚えがあるクリス。

 あまりに綺麗だと、傷つけたり汚してしまうたびに寿命が縮む思いをさせられるのだ。

 レイアは軽鎧を慣れた手つきで外していき衣服だけになると、浴室へと歩いて行った。

 まずは血を洗い流さなくては堂々と宿内を歩くことも出来ない。

 相当痛かっただろうと思えるくらい、彼女の服は穴だらけ。

 血の杭という不思議な魔術もそうだが、フィクサーはあれだけ斬られていても眉一つ動かさずに居た。


「何でだろう……」


 返り血で攻撃されようとも、レイアの攻撃が通じていれば相手の動きを鈍らせ、勝機が見えてくるはずだ。

 けれどあの男は違った。

 セオリーも人形を使ってくるだけあって、攻撃がその後の動きに影響してくれなくて面倒な相手なのだが、それがもう一人……

 ベッドに転がりながらクリスがうんうん唸って考えていると、湯浴みを終えたレイアが戻ってきた。

 部屋に備え付けられていた薄い寝巻き姿で彼女は、


「明日、何か代わりの服を買って来て貰わないと……もうあの服は使えそうになかった」


 下ろした髪をタオルで拭きながら困り顔。


「エリオットさんのお金で私が選びましょう!!」

「……ま、まともなのを頼むよ」


 そんな会話をしながら二人はエリオット達と合流するべく部屋を出て、すぐ隣の部屋のドアを開ける。

 開いた先にはクリス達が先程まで居た部屋とほぼ大差ない造りの、木目が綺麗な室内。

 そこでエリオットとフォウは、何故か取っ組み合っていた。


「そういうのがダメだって何で分からないかな!」

「知るか! 俺はやりたいようにやってるだけだ!!」


 ぐぎぎぎぎと両手を組み合わせて睨みながら、お互いに何やら叫んでいる。


「な、何やってるんですか二人とも?」

「喧嘩だ!」

「喧嘩だよ!」


 と、二人同時に返事をしたところで掴み合っていた両手をエリオットが引き寄せて、それによってバランスを崩したフォウの両腕をクロスさせ捻じるように動かし、


「いぃだだだだ!」


 両手が痛みで離れたところを一本背負い。

 木の床に思いっきり背中を叩きつけられて悶え転げ回っているフォウに、結っていた緑髪が少し解れているエリオットが偉そうに言い放った。


「力こそが全て!!」

「そんなわけがありますか!!」


 スコン、とレイアがエリオットの頭を叩いたところでようやく落ち着いた二人。

 フォウは当然ながら随分疲れた顔をして、床に大の字で転がったまま首だけクリス達に向けると、


「っ!」


 クリスの隣に釘付けになったその視線。

 何か凝視するほど気になるものでもあったか、とクリスが隣を見ても、髪を下ろして少し雰囲気がいつもと違うレイアしか居ない。


「お前、やっぱりムッツリだろ」

「ううう、うるさいよ王子様!!」


 にやにやしながらエリオットが言うと、顔を真っ赤にして反論するフォウ。

 今の状況でどうして彼がムッツリと呼ばれなければいけないのだろうか。

 クリスが首を傾げて再度レイアに目を向けると、彼女までもが顔を真っ赤にして俯き、胸元を隠していた。

 フォウが何に目を奪われていたのか把握したクリスは、呆れてしまい、開いた口が塞がらない。


挿絵(By みてみん)


「どうしてくれるのさ! クリスのあの目!!」


 クリスの冷たい視線を一身に浴びて、フォウがエリオットに喚き散らしている。

 室内に響く、青年の大きな声にエリオットは眉を顰めながら、


「自業自得だろ」


 冷静に指摘して椅子に座り、話を始める体勢を整えた。


「えーと、エリオットさんが寝たところから説明すればいいんでしたっけ?」

「俺をスルーして話始めないでよ!?」


 限りなく泣き声に近いトーンで叫ぶフォウを勿論無視して、クリスも椅子に座る。

 レイアは流石にフォウを無視するのは躊躇っていたようだが、キョロ、と部屋を見渡して鏡台の前にもう一つ椅子があるのを発見し、それを持ってきて彼女も座った。

 ちなみに室内の椅子はこれで全部。


「俺の椅子が無いッ!」

「床で寝てろってことだな」

「……もう、好きにしてよ」


 ついに諦めた青褐の髪の青年を放置し、エリオットが寝ていた間のことをレイアが丁寧に説明していく。

 その話の最中、何度かエリオットは床に腰をつけたままのフォウを睨んではまたレイアに視線を戻す、という動作を繰り返していた。

 確かに話を聞くだけでは、フォウを睨みたくなるのも分からないでも無い。

 全て話し終えたところで再度、翡翠の瞳は四つ目の青年の顔を映し、


「どうにかなったからいいようなものの、レイアにもしものことがあったらどうするつもりだったんだよ」


 きっと話の最中でずっと思っていたのであろう部分を指摘するエリオット。

 床で胡坐を掻いて話を聞いていたフォウは、悪びれることなくそれに答える。


「もしものことがあるように見えなかったから、どうするつもりも無かったさ」


 これを聞いただけでは分かり難いその言葉に、エリオットとレイアの両方が怪訝な表情を作って見せた。

 普段なら理解の遅いクリスだが、この件に関してはフォウから以前聞いていたのですぐに把握する。


「死ぬかも知れない、って色が、レイアさんに見えなかったってことですか?」

「そういうこと。レイアさんに死の危険が無いのは分かっても、俺、自分の色は見えないから……二人にあいつらの相手をして貰う、って行動を取らせて貰ったんだ」


 額の瞳さえ無ければ優しげな美青年で通るであろうその顔を曇らせながら、ゆっくりと頷く彼。

 そしてその続きをまた紡いでいった。


「で、展開が動いて、あんな状況にも関わらずレイアさんもクリスも死ぬ心配はずっと無い。ってことは、あの後きっと状況を打破する何かが起こると思ったんだよ」

「そういうことですか……フォウさんはそんなものまで見えているのですね」


 あの時一番彼の行動に驚いていたであろうレイアが、息を吐きながら胸の蟠りを落とすように言う。

 髪を下ろしていて、しかも普段の勇ましい服装では無い彼女がその仕草をすると何だか綺麗だ、とクリスは感じた。


「うん。それで、状況がどうにかなるだなんて寝ぼすけ王子様が起きる以外に有り得ないと思ってさ。それまで俺は俺自身の身を守ろうと話を引き伸ばしていたってわけ。ごめんね? 怖い思いさせちゃって」

「構いません、本心では無いことはわかっていましたから」


 首を横に振ってからにっこりと笑う黒羽の鳥人に、クリスとフォウの視線が集中する。

 というのも、レイアは服装次第で随分と印象が変わるからだ。

 普段の格好による男性的なイメージが強いからかも知れないが、それが無くなるだけで一気に変わるそのギャップに、やられてしまいそうになっている二人。

 そこへ投げかけられる呆れ声。


「フォウはまだしも、お前までレイアをそんな目で見てんじゃねーよ」

「えっ!?」


 クリスが顔をエリオットへ向けると、若干頬を引きつらせていた彼が言った。


「前から思ってたんだが、レクチェを見る時もたまにそんな目してたよな。顔が男なだけじゃなくてレズっ気まであるとか言わないでくれよ?」

「無いですよ! 変なこと考えないでください!!」


 クリスは純粋に見惚れているだけだというのに変に勘繰るあたりが、下品な彼らしいといえば彼らしい。

 大体、これだけ印象が変わったら、クリスやフォウのように見てしまうのが普通の反応だ。

 幼馴染で見慣れているのかも知れないが、レイアに興味を示さないエリオットのほうが間違いなく少数派であろう。

 ぷぅ、と少女が頬を膨らませて横を見ると、苦笑いしながらもエリオットを優しく見つめるレイアが居た。


「でも、よくエリオットさん起きましたよね」


 あの時の違和感の一つ。

 それはエリオットが夜中だというのに目を覚ましたという事実。

 クリスがそれを言うと、事情を知らなければ尤もな質問をレイアが投げかけた。


「それなのですが……何故あんなにぐっすり寝てしまったのです?」

「いやー話すと長いんだが、とにかく俺は夜に寝ると朝まで起きないとだけ把握して貰えれば……」


 ぽりぽりと後ろ頭を掻きながら渋い顔のエリオット。

 そのまま、随分と解れてしまっている三つ編みの紐をようやく取って髪を完全に下ろすと、その後に言葉を続ける。


「俺としては今起きていることがもう不思議なんだよ。この四年間、夜に一度寝てしまった時は朝になるまで起きたことが無いからな」

「今日はどんな夢を見たんですか?」


 そこでエリオットはグッと言葉を飲み込むようにその薄めの唇を閉じてしまう。

 長時間編まれていた髪が肩で緩やかに流れているのに、それとは不釣合いな強張った表情。

 また良い夢では無かったのだろう、とクリスはそれ以上追及すること無く黙って彼以外の二人に目を向けた。

 二人はクリス達の会話だけではいまいち理解出来ないのだろう、頭にハテナがくっついてしまいそうな顔でエリオットを見ている。


「あれで、全部見終わったのかも知れない」

「夢を、ですか?」


 ぼそ、と呟かれたその内容に相槌を打ってクリスは続きを促す。


「それなら今俺が起きている理由も納得がいくからな。終わりと言われればそんな気もする内容だったし……」


 夢が終わった。

 それが何を意味するのかクリスには分からないが、エリオットは知っている。

 だが、エリオットのその表情があまりに辛そうに歪んでいるため、それが良くないことだけはクリスに伝わっていた。

 あれだけ夢を見るのを嫌がっていたというのに、それが終わったことでそのような顔をするのはおかしい。

 本来ならばもう見なくて済む、と喜ぶところなのにそうでは無い反応。


「エリオットさん……」

「後で色々やってみるわ」


 それだけ言って席を立つと、エリオットはクロークを脱いでベッドに倒れこんだ。

 話はこれで終わりだ、と態度で示す彼。

 とはいえフォウとしては今後の予定も気になるようで、雇い主に問う。


「お城に戻ってからは、ビフレストさん達を探す感じかな?」

「そうだな。正面からぶつかるワケにはいかないが、とりあえずレクチェには聞きたいことが山ほどある」


 本当にレクチェが今になってまた記憶を取り戻し、今度は城側についているのだろうか。

 クリスには信じられなかった。

 そもそも何故今頃、とふと考えた時……あの金の指輪がクリスの脳裏に浮かぶ。

 あの少年のビフレストは指輪が無いと力を使えないようなことを言っていた。

 そして、今まで生活している間は指輪を外して仕舞っていたレクチェ。

 レクチェの居場所までは突き止められるかも知れないが、その指輪をどこに仕舞ったかまで調べるのは容易なことでは無いだろう。

 クリスは、自分が指輪をあの少年に奪われたことでレクチェの平穏までもが奪われてしまったのでは無いか、と想像する。


「……っ」


 まただ。

 行動一つ一つが裏目に出ていると思わざるを得ない。

 どんなに強い武器を持っていても、自分はこんなにも浅はかで、こんなにも弱かった。

 弱い天使で居る今よりも、強く醜い悪魔で居た自分のほうが、余程価値ある存在だったのではないだろうか。

 つまりそれは……本当の自分自身には何の価値も無い、とそういうことで。

 誰の役にも立てない上に足ばかり引っ張って、それなのに一丁前に他人に何かを求めて。

 これで誰かに好いて貰おうだなんておこがましいというもの。

 相手がエリオットだから報われない、とかそういう問題では無い。

 しばらくそんなことを考えてクリスは黙っていた。

 他の皆も何も喋ること無く、真夜中の静寂が時を抜けてゆく。

 フォウはエリオットが座っていた椅子に腰を掛けてクリス達をゆっくり観察しているようだ。

 彼の視線につられるようにクリスもレイアに目を向けると、彼女も思うことがあるようでテーブルに肘をつき、組んだ手の上に頭を乗せて項垂れている。

 観察を終えた三つの青褐の瞳がベッドに向けられ、その後の呼び声が静寂を切った。


「王子様ー」

「何だ?」


 転がっていたエリオットがぐしゃぐしゃの髪のままで体を起こし返事をする。

 彼が聞く体勢になったことを確認してからフォウは左手の人差し指と中指の二本を立てて、


「今日の報酬は通常の二倍頂くよ」

「お前ホントがめついっっ!!」


 二人の会話に顔を上げたレイアの口元がほんのり緩み、クリスもそれを見て、今だけは、と自分の中の闇に蓋をして笑った。


【第三部第五章 虹の橋 ~夢の終わり~ 完】

章末 オマケ四コマ↓

挿絵(By みてみん)

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