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この箱庭よりも大切な人に  作者: 蒼山
第三部 第二章
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女神の呪い ~変装した真実~ Ⅱ

 その後クリスはまた部屋に引き篭もってもぞもぞする。

 今日はエリオットのところに見舞いも行っておらず、ただ無駄に時間が過ぎていった。

 エリオットが帰ってきてからはこのように何事も無く日数だけが経っており、少女の頭の中はもうビフレストやセオリーやらのことよりも、そのもどかしい気持ちのことだけでいっぱいになっている。


「馬鹿みたいです……」


 枕に顔を埋めながら、自身に嘆く。

 本来、今の状況は恋愛どころでは無い。

 モルガナとの件もあるし、その裏にいるセオリー達も気に掛かる。

 更にそこに、城と繋がっていそうな少年のビフレスト。

 エリオットとクリスを取り巻く問題は、多分、かなり大きい。

 なのに、


「うぅ~~」


 ほっぺにチューしている場合ではない、一人で悶えている場合ではない、でも溜め息しか出てこないのだ。

 ベッドの上でごろごろ暴れるクリスから逃げるように白いねずみは小走りで床に下りる。

 暴れて乱れた服を少しだけ整え、クリスは逃げたねずみをちょんと摘んで膝元に置いた。


「……逃がしません」


 引き篭もっているとはいえ、こうしてニールが傍に居るからこそ、引き篭もれているようなものだ。

 多分本当に一人だったらクリスは耐え切れずに引き篭もれていないだろう。

 渋々と主の膝に体を落ち着けた子ねずみは、赤いビーズのような瞳をぱちくりさせた後、そっとそれを閉じた。

 時刻はもう夕方過ぎ。

 ニールを撫でることで気持ちを和らげていると、廊下で騒がしい音がばたばたと聞こえ始める。

 ライトもレフトもフォウも、このような足音は立てたりしない。

 どちらかと言えばコレは……

 嫌な予感しかしないクリスは、ニールをベッドの上に置いてとりあえず部屋の鍵をかけようとドアの方まで歩いていく、が遅かったようだ。

 バタン!! と勢い良く開く部屋のドア。

 開いたドアの向こう側に立っているのは大変元気そうな緑の髪のその人。


「お前が来ないから俺が見舞いに来てやったぜ!!」

「うっ……」


 クリスは見舞いに来られるような体調では無いのだが、どうしてそうなるのか。

 今日の服装は彼にしてはシンプル過ぎる長めの黒シャツにマントを羽織って着ているだけ。

 多分レイアの目を盗んで抜け出す為には「出かけなさそうな服」にする必要があったのだろう。


「私、元気なんですけど……」

「だったら何で見舞いに来ないんだ?」

「もう貴方元気じゃないですか」


 他人の見舞いに来るくらいに。

 屈託の無い笑顔を向けてくる彼に、自身の頬が熱くなってくるのが分かるクリス。

 ふいっと顔を背けたのに、エリオットはそんなことなどお構いなしにドアを全開にさせたまま部屋に入って何やら物色していた。


「相変わらず何も無いなぁ」

「そりゃあ、自分の部屋じゃないんですから……無駄な物は置けませんよ」


 そして彼はニールに気がついたらしく、ベッドの上の子ねずみを見て怪訝な表情を見せる。


「……ちょっと不衛生じゃないか?」

「多分ねずみのことを言っているんでしょうけど違いますからね、その中に精霊が入ってるんです」

「あぁ! これがソレなのか!!」


 叫んだかと思うとエリオットはベッドに歩いて行き、ニールをがしっと掴んで自分の顔の前くらいまで持ち上げて言った。


「確か精霊二体ともねずみに入れたって言ってたよな。コイツが槍の方か?」

「……はい」


 興味津々でねずみを見つめるエリオット。

 そしてそれを凄く嫌がって彼の手の中でじたばた暴れるニール。

 そんな二人を見ながらクリスは、落ち着かない動悸を整えようと必死に自分の胸を押さえていた。

 目の前でこんなに笑ってくれているのに、この人を好きだという気持ちは本来あってはいけないのだと思うと辛くて苦しい。

 その笑顔を素直に嬉しく思えない。

 何故この人は王子様なんだろう、何故婚約しているんだろう、そんな感情ばかりが渦巻いてきているのが自分で分かって嫌になる。


 そして、


 何故自分はローズでは無いのだろう。

 そんなことまでクリスは思ってしまっていた。

 彼がニールに夢中になっているうちにこの酷い顔を早く直さないといけない。

 エリオットから顔を背けてドア側を向きながら、クリスが自身を宥めていたところだった。


「王子様の声がするけど来てるの?」


 開きっ放しのドアの脇からひょこっと顔を出したフォウと、クリスの目が合う。

 つまり、その酷い顔を見られたのだ。

 ……見るだけで、きっと色々分かってしまう彼に。

 けれどフォウはちょっとだけ驚いたような顔をしたものの、すぐに表情を平然としたものへ戻し、


「何かクリス見るの久しぶりかも」


 と至って普通の反応を見せる。

 フォウが部屋に来たことに気付いたエリオットはというと、暴れていたニールをようやく手放してドア側に居る二人のほうに向いた。


「……何だお前まだ居るのか」


 そう喋りながら、フォウを薄目で睨む彼。


「居て欲しくないみたいな言い草だね」


 そんな目を向けられた張本人はさらりとそれを受け流すように、目も合わせず淡々と答える。

 出会いがアレだったこともあり、元々仲が良くなさそうではあったが、会うなりこのやり取りもどうなのだろう。

 二人の間に挟まっている位置のクリスは、交互に二人の表情を見るべく何度も左右に首を振った。

 微妙に張り詰めた空気を先に破ったのはフォウ。


「そんな目で見なくたって、俺そろそろココを出るから」

「えっ?」


 その発言にクリスは思わず変な声が出てしまう。

 あまりに自然に居付いていた彼だから、当分はここに住むのかとばかり思っていたのだ。

 エリオットも驚いたように目を丸くしている。


「出るって、旅に戻るってこと、か……?」


 静かに問いかける彼。

 フォウは特に表情を変えずに頷いてから言った。


「大体こんなに一ヶ所に長居したのが初めてだよ。王子様の件がなかったら、多分俺とっくに次の街に向かってたしね」

「そう、なのか……」


 ホッとしたような顔を見せるエリオット。

 ライトが恋敵候補として挙げていた相手だったが、去るという行動が『本人にその気は無い』ことの証明となるので安心したのだろう。


「次はどこに行く予定なんですか?」


 寝耳に水だったフォウの旅への復帰に、クリスはそれを聞かずには居られなかった。


「決めてないけど、まぁいつもそんな感じなんだ」


 少しだけ微笑んで彼は言う。

 チャコールグレーのハイネックになっている首元を少しいじりながら視線の先は窓の外。

 彼の言葉を受けてクリスは思考がぐらぐらしていた。

 想いを断ち切るならフォウのように旅に出て、エリオットから離れてしまえばいいのでは、と思ったからである。

 でも今後もきっと一人で無茶をしそうなエリオットを、傍に居て止めるか蹴るか殴るかするのが本来やるべきことだとも思う。

 やりたいこととやるべきことが噛み合わない。

 そもそも、自分はそれをやりたいのだろうか。

 それすらもクリスにはよく分からなくなっていた。


「ぐちゃぐちゃする……」


 ふと、思ったことが声に出てしまう。


「ん?」


 エリオットがクリスのその声に反応して不思議そうな顔をした。

 フォウは黙ってじっとクリスを見て、重く息を吐いてから俯く彼女に一言だけ喋った。


「逃げたい?」


 ……完全にクリスの感情を把握している。

 彼はその一言だけでクリスにどこまで把握しているかを伝えてきたのだ。

 エリオットに知られること無く。


「分かりません……」

「そう」


 その声だけではフォウが何を考えているのか、クリスには分からなかった。

 ただ、静かな声。


「何だよ説明しろよお前ら」


 置いてけぼりなエリオットが不機嫌そうに問いかけるが、クリスもフォウも完全にスルーしていた。

 流石に可哀想か、とちょっとエリオットの反応が気になってきたクリスは俯いていた顔を少しだけ向けて彼の顔を見る。

 すると、


「うわぁ」


 そこには、スルーされて怒りに満ちた表情。


「人の顔見て『うわぁ』言うな! お前らだけで通じてんじゃねーよ!!」


 のけ者にされたのをスネているように叫びながら、エリオットはクリスの頭を右手で掴んでぐらんぐらん揺すった。


「あうわわわ」


 言うまで止めないつもりなのか、彼は仏頂面で揺すり続ける。

 以前のクリスの力ならエリオットの手を掴んでそのまま放り投げてしまえたものを、今では頑張って掴んでもあまり抵抗が出来ていない。

 おかげでさっきまでの思考が綺麗さっぱりどこかへ消えてしまい、この時だけは、クリスは悩みを自然と忘れ去っていた。

 呆れ顔でフォウが眺めている最中、ようやく物理的に解放されたクリスの頭。

 考え事が出来るくらいにその気持ち悪さが落ち着いた時、クリスは何となく思った。

 自分を悩ませるのも、悩みを吹き飛ばせるのも、どちらにしても多分この人しか居ないのだ、と。

 そのような乙女全開のクリスの悩みなど露知らず、エリオットは今度はフォウに視線を向ける。

 ドアが開きっ放しの室内で、二人の視線がぶつかっているようにクリスには見えた。


「おい、糞ガキ」

「…………」


 エリオットがフォウに呼びかけるが、それに対して返事は無い。

 勿論聞こえていることは間違いないからだろう、返事が無くともエリオットは話を続ける。


「俺に雇われろ」


 右の手の平をスッと向けて、促すような仕草で彼は言った。

 勿論その言葉は、クリスにとって予想だにしない内容。


「はい?」


 思わず声を裏返らせて、クリスは隣に立っている王子を見上げる。


「お前の力でどこまで見えるかは知らんが、少なくとも『嘘』は見抜けるだろ? ちょっと面倒なことになってるから俺としばらく城内に居て欲しいんだ」


 確かにフォウの力があれば城内でどこまでの誰が敵なのか把握出来るだろう。

 雇いたいという意味はよく分かる。

 けれど声を掛けられたフォウ自身はそれに対して未だに無反応のまま、ずっとエリオットを見据えていた。

 そしてその視線が少しだけ横に逸れたかと思うと、


「まず聞くけど、俺に断る権利はあるのかな」


 青褐の瞳は普段の優しいそれではなく、とても不快だと言わんばかりに顰めている。

 紡がれた言葉の内容も『断りたい』と言うようなもの。

 けれど勿論自分の我を通すエリオットは、ふん、と顎を少し上げてフォウを見下すように言い放つ。


「無ぇな」


 断る権利はあるはずなのに、無いと言い切ってしまうあたりが酷い。

 少し、フォウが口元を歪めて歯を食いしばるような、そんな動きをした。


「……相変わらずだね」

「あぁ、俺は変わっちゃいねーぞ!」

「高いよ?」


 変わっていないことを何故か大威張りするかの如くふんぞり返るエリオットだったが、その直後に投げ掛けられた言葉に一旦その表情を固まらせる。


「べ、別に金額は気にしないが、まさかいきなり金のことを言われるとは……」


 その反応の理由を述べる緑髪の王子に、三つ目の青年は冷たい視線を浴びせたままで返事をした。


「そりゃそうでしょ、俺はコレで稼いでるんだから。あと王子様がどれくらい自由に金額を動かせるのか知らないけれど、後で払えないとか言わないでね」

「んな……」


 そして絶句してしまう。

 クリスも二人のやり取りを見ていて、開いた口が塞がらなかった。

 青年の意外な一面を見てしまって複雑な気分になるクリスとエリオット。

 しかしよく思い返してみれば納得出来る部分も多々ある。

 出会い頭にスリを働いたり、クリスときっとほとんど変わらぬ年齢であるにも関わらず、当時のあの飲みっぷり。

 大きくなって落ち着いたとはいえ、スレているように感じるこの態度もきっと彼なのだ。


「あのねぇ、割に合う依頼だとは思えないんだよ。分かる?」

「おう……」


 完全に呆気に取られ、気圧されているエリオットの返事が鈍い。


「無茶もいい加減にしときなって。どれだけ周囲が迷惑してると思ってるのさ? 人間じゃない連中に……神様? 言葉通りなら勝てるわけが無いんだから死なないようにだけうまく立ち回っておくとかしとけばいいんだ」

「フォウさん……」


 彼はきっと、関係の無い第三者だからこその視点でエリオットを叱っている。

 巻き込まれたくないと言う雰囲気も確かに感じられるが、本当に巻き込まれたくないだけならばクラッサの時にわざわざ一人で行ったりしないだろう。

 エリオットはじっと彼の言い分を聞いていた。

 ただまぁ、その表情はとてつもなく不服そうなものだが。


「その依頼を承諾するには王子様に二つの条件を呑んで貰う。一つは勝手に無謀な行動をしない、せめて周囲に意見を聞いてから動くこと。もう一つは……」


 固唾を飲んでクリスとエリオットは、その続きを待つ。


「俺の問いには正直に答えること」


 後に言われた条件に、エリオットがグッと何かを堪えるような反応をした。

 それでもフォウは彼の態度を気に留めること無く補足する。


「勿論嘘を吐けば分かるし、だからと言って黙るのも許さない。これが出来るなら格安で受けてあげるよ」


 そうか、最初に高くしておいて条件付きで安く引き受けるということか。

 やっぱり何だかんだで優しいフォウにほっこりしたクリス。

 だが、


「ね、値下げしてくれるのか。いや高くてもいいんだけど……ちなみに値下げしていくらだ?」

「日給で、金貨二枚と銀貨十五枚」

「高ぇ!!」


 金額を聞いてほっこりが即ぶっ飛ぶ。

 金貨一枚でも、一般人の平均月給に届かない価値である。

 値下げ前は一体いくらだったのか……聞きたいけれど、クリスには怖くて聞けなかった。

 全力でツッコミを入れたエリオットは、腕を組んで少し考えた素振りを見せた後に言う。


「ええと、じゃあ明後日また迎えに来るから準備しておいてくれ」

「今日からじゃなくていいの?」

「お前に確認して欲しいような気になる奴を先に目星つけておかないと、とんでもない額になるだろうが!!」


 それもそうだ。

 エリオットに怒鳴られたフォウはというと、不思議そうに首を傾げて正面の彼を見つめていた。

 この反応からすると値下げ後の金額はフォウにとって本当に格安なことが伺える。

 ……恐ろしい。


「そう、意外とケチなんだね」

「そんなこたぁ無いぞ!?」


 真顔でエリオットを罵るフォウを遠巻きに見ながら、クリスはそのギャップについていけなくなっていたのだった。

 そして、


「王子の俺よりズレてるってどういうことだよ! 覚えてやがれ守銭奴が!!」


 自分で仕事を頼んでおきながら、そんな捨て台詞を吐いてエリオットは裏口から帰って行く。

 クリスの見舞いはどこへいったのだろうか。

 フォウのお陰で当初の目的は全部流れてしまったようで、周囲に気遣いの欠片も無い物音を立てて去ったエリオットを、クリスは茫然と見送った。

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