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この箱庭よりも大切な人に  作者: 蒼山
第二部 第十五章
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帰還 ~仄かに灯る精神の火~ Ⅱ

 その流れで思い出されるというのもかなり失礼な話だが、実際にこの不意打ちはエリオットのやっていることなので、救いようが無い。

 とりあえずこの状況ではビフレスト退治よりも人命救助が優先されてしまう。

 咆哮が聞こえた方向に進むと自動的に人の波に逆らって進むことになる。

 クリスが軽くデジャヴを憶えつつ、必死に掻き分けて行き着いた先は城内で一番広い中庭だった。

 そこは、噴水も花壇も周辺の回廊も全てが無残なまでに破壊され、数人の兵の体が転がっている。

 竜の数は、大きなものが一匹だけ。

 丁度レイアがその竜の乗り手を斬り伏せていたところにクリス達は着いたらしい。

 ここまではクリスも以前こなしたことがある。

 だが大型竜の場合はここからが問題なのだ。


「オオオオオオォォ!!」


 騎乗者を失った竜は途端に暴れ始めて、更に回廊を壊して中庭を広くしていった。


「くっ」


 騎乗者を斬る為に竜の上に居たレイアが、慌てて竜の角にしがみ付く。


「レイアさん!!」


 並の魔法や魔術では大型竜に効きもしない。

 勿論、剣もだ。

 見ている場合では無い、とクリスは竜の真下まで駆け寄ってその左後ろ足に精霊武器を振った。

 面白いくらい簡単に焼き切れる竜の足は、クリスの刃が当たった部分から綺麗に分断されて、それによってバランスを崩した大型竜。

 それでも尚その目に光を宿したまま、クリスに向かって竜が大きく口を開く。

 炎を吐かれるような動きだったが、それをさせる前に竜の頭上でレイアが動いた。

 竜の肌は剣など刺さりもしないが、彼女はその不安定な足場にも関わらずうまく竜の角を掴みながら自分の体を竜の顔側に下ろし、剣を逆手に持って思いっきり突き刺す。

 そう、目へ。

 刺した剣を彼女はすぐ様、とどめといわんばかりに深く足で踏み押し込んだ。

 竜は悲鳴に近い咆哮を微かにあげた後、ズシンとその顎を庭に叩きつけるように落とす。

 肌に攻撃が効かないのであれば急所を突けばいい。

 とはいえ、それを瞬時に実行出来るのは彼女くらいのものだろう。

 絶命したのを確認すると、


「っ、動きを止めてくれて助かったよ」


 牢から出ていることには触れずに、レイアがクリスのもとへ駆け寄った。

 彼女は顔にかかった返り血を拭いながら、クリスとガウェインを交互に見やる。


「いい仲間じゃないか」

「……ふん」


 クリスが出てきた経緯を、ガウェインが隣に居るというだけで把握したのだろう。

 その言葉にガウェインは顔を背けてしまうが、クリスはそれでも何となく嬉しかった。

 しかし落ち着いたのも束の間。

 すぐにまた別の場所から城壁が崩れるような音が鳴り響く。


「っ!!」


 音がした方向に勢い良く走っていくレイアの速さは尋常では無い。

 跳ぶように走る彼女の後をガウェインが慌てて追い、クリスもそれに続いた。

 どうも現場は少し遠いらしい。

 まだ崩されていない回廊や通路をいくつか抜けてゆく。

 そこで、クリスは急に後ろから手を引かれる。


 通路沿いの室内へ誰かに引っ張り込まれ、バランスを崩して背中から倒れたのだが……クリスの背中が付いたのは床ではなく、とすっ、という音の表現が相応しい、何か。

 背中に当たったものを確認しようと、斜めに傾いた体制のまま見上げたクリスの視界に入ったのは、ローブのフードを深く被った男性だった。

 彼はスッとそのフードを捲って、抱えた少女と目を合わせる。


「え、エリオットさん!!」

「しっ」


 クリスが声を張り上げたのでエリオットはすぐに彼女の口を手で塞ぎ、辺りを見回した。

 室内には誰もおらず、廊下の外は騒がしいもののこの部屋に入ってくる様子は無さそうである。

 エリオットはクリスの口を塞いでいた手を外すと半眼で問いかけた。


「捕まってたんじゃなかったのかよ……」

「そうなんですけど、色々あってさっき牢を出ちゃいました」

「そうか」


 それだけ言って彼は彼女を後ろから抱き締める。

 何と例えようも無い心地よさにクリスはそのまま数秒抱き締められていた……が、


「いや、こんなことをしている場合じゃないです!」


 慌てて立つ。

 同時に、クリスの肩と首の間に顔をうずめていたエリオットの顎に彼女の肩が当たり、


「うがッ!」


 とても痛そうな声を上げる彼。


「あっ、ゴメンナサイ」

「いいけどよ……」


 赤くなった顎をさすりながらクリスを下から全然良くなさそうな顔で睨み上げる彼は、結構痛かったのか涙目になっていた。

 申し訳ないとも思うクリスだったが、このような状況で抱っこしてくる彼のほうが悪いと判断して、それ以上の反省はしないでおく。


「それどころじゃないんですよ! もう一匹竜が居るっぽいんですから! 精霊武器無しでは皆さん対処しきれないんですよ!」


 しかし、クリスの放った言葉に、その指示をしたであろう張本人のエリオットが動揺するはずもなく。


「放っておけ、そのうち連中は帰る」

「えっ、えぇ?」


 クリスには何故彼がそんなことを断言するのか分からない。

 というか、何故彼がここに居るのかも分からない。

 そんなクリスの疑問を解消する答えを彼はさらりと述べる。


「他にも多少の意図はあるが、あれはお前を迎えに来る為の陽動がメインだからな」

「はい?」


 頭が真っ白になりかけたところを首を横にぶんぶん振ることでどうにか寸止めしたクリス。

 ショート寸前な思考回路にとどめをさすべくエリオットは更に続けた。


「まさかお前が先に牢を出てると思わなかったから竜を一匹無駄にしちまったっつの。お前は精霊武器ありきの強さだったが、レイアは動きに迷いが無いから本当の意味で手強いな……」

「なっ、何を……」


 クリスはくらりとした意識を抑えるように額に手を当てる。

 彼がもう、本当にあちら側のように思えて。

 この城内で何人があの大型竜によって倒れたかクリスは把握していないが、中庭だけでも両手で数えるくらいは居た。

 それをまるで何とも思っていないように言い放つだなんて、有り得ない。

 それどころかその怪我人よりも竜のほうが大事みたいな言い草では無いか。


「私を迎えに来る、ですって? それだけであの惨状を起こしたんですか?」


 震える声でどうにか言えたのは、それだけ。

 泣きたいのに笑うように歪んでくる頬はうまく動かず引きつり、クリスはエリオットから一歩距離をおいた。

 彼はクリスのそんな反応にムッとしたようで、少しだけ目を細めて言う。


「今回の件で分からなかったか? この国のトップはもうダメだ。フィクサーの指示が無くたって潰してやる」

「フィクサー?」

「あー、セオリーの仲間だ」


 そういえばあちら側にはもう一人敵が居たのだった、とすぐに頭から抜け落ちる存在のことをクリスは思い出す。

 トップがダメだ、ということはやはりあのビフレストはエリオットの両親と繋がっているのだろう、と少女にも分かる。

 彼の言い分も全く分からないというわけでは無い。

 けれど、クリスには、エリオットはやはりどこかズレてしまっている気がする。


「他人を恨んでもいいこと無いですよ! しっかりしてください!」

「何だよ急に」


 いつからか、ずっと感じていた彼のズレ。

 ローズを救おうとしていた時も、ローズとクリスの為に遺物を収集していた時も、そして今回も。

 いつも目的以外が見えていないのだ。

 それ以外に執着するような物が出来ないほど裕福だったせいもあるかも知れないが、そんな言い訳で済む問題では無いほどに騒ぎは発展していた。


「この国のトップがおかしいと思うのなら、貴方が上に立てばいいでしょう!? 神様に対してはその後何か対策を練るとか!」

「む……」


 クリスがそう叫ぶと、険しい顔をしながらも何か考えている素振りを見せるエリオット。

 荒げていた声を少しだけ落ち着かせ、クリスは一歩引いていた彼との距離を縮めて伝えた。


「それにトップがおかしいからって、関係の無い兵士さん達をあんな目に合わせるほうがよっぽどおかしいです。やり方が間違っているんですよ、そんな人に迎えに来られて私が着いて行きますか?」

「ううむ……その通りだな……」


 エリオットがクリスの話をこんなに聞き入れるだなんて過去にあっただろうか。

 それは彼の心境の変化からくるものだが、クリスはそれを知らないので変なところに感動しつつ、その勢いで彼の服をしっかり掴んで訴えてみる。


「帰ってきてください! フォウさんやルフィーナさんを監禁した連中なんですよ!? 何で信じられるんです!!」

「お、おぉ……って、ルフィーナ?」


 クリスの必死の訴え……もとい、それをするためにしがみ付いて来たことに喜び、状況をわかっていないとしか思えないほど緩んだ顔をしていたエリオットは、ルフィーナの名前を反復した。


「え?」


 聞き返されると思っていなかったのでクリスも疑問符を返してしまう。

 ほんの一瞬だが沈黙が生まれ、間抜けな顔で見詰め合うクリス達。


「えーっと……」

「えーっと……」


 声がハモる。

 どちらからどう切り出すべきか、とまた固まった二人に、それは急に襲ってきた。


「殺したくなる程うざったいですね」


 部屋に突然現れたのは白緑の髪の男。

 セオリーだった。

 彼はクリス達に氷の矢をいくつも放ってきて、思考の切り替えがうまくいっていなかったクリスは逃げもせずにその場に止まったまま。

 そんなクリスをエリオットが庇うように右腕で抱き寄せ、空いている左手で目の前に光を流れるように生み出す。

 それは彼の異質な魔力。

 氷の矢はその魔力の光を通った途端水しぶきに変わり、辺りをしっとりと濡らした。


「……おい」


 普段よりも低い声で、エリオットがセオリーに向けて呟く。


「予め伝えていたと思いますが? こちらを抜けるのであれば、そういうことです」


 そう言って軽く俯き、中指で丸い眼鏡のズレを直しながらセオリーは続けた。


「フィクサーもそうですが、色恋や情に目的を見失い過ぎですよ。障害になると分かっていながら生かしておくのですから……」

「奴のことは知らんが、俺は見失ってるわけじゃない。どちらも大事なだけだ」

「同じことですよ。二兎を追うような無駄なことをすれば、その結果は目に見えています」


 エリオットの気持ちを知らないクリスは、二人の会話を聞いていても、何のことを言っているのか分からない。

 抱き寄せられたままだったのでエリオットの表情を見ようと顔を上げる。

 彼は真剣な顔で、且つその視線はセオリーから外す素振りは無かった。

 セオリーが会話中に攻撃してくることは過去の例を見ると全く無かったが、それを信じて気を緩めるわけにもいかないのだろう。

 でもエリオットは目の前に集中しているように見えるのに、右手は落ち着き無くクリスの背中で微妙に上下に行ったり来たりしている。

 翼を開く時のための、クリスの背中の露出部分を……この状況で撫でているのだ、馬鹿王子は。


「あの、もぞもぞします」


 クリスはその場の空気を読んで耐えようかと思ったのだが無理だった。


「あぁスマン、背中がそこにあったからつい」


 理解出来ないクリスは首を傾げる。

 エリオットのその発言を受けながら、理解出来ているセオリーが呆れた様子で見ていた。


「そんなものを見せられているこちらの身にもなって頂けますか?」

「悪い悪い」


 するとエリオットはクリスを急に放り出して、セオリーとの距離を一気に詰める。

 彼の手から伸びた光の剣は即座にセオリーの首をはね、血も何も出ない生首が床に転がった。

 セオリーを斬るには防御をさせないほどに不意を打つしか無いからだろう。

 先程までのセクシャルなハラスメントは、不意を打つための行動だったのかも知れない。

 そういうことにしておこう。 

 けれどセオリーの胴体は倒れること無くその場に残り、エリオットの腕と服を掴んで背負い投げたではないか。


「うおわぁっ!?」

「んなっ!!」


 あまりの衝撃映像に、クリスもエリオットも驚いて悲鳴をあげる。

 そう、以前ルフィーナが言っていた。

 セオリーの人形は、普通に首をはねた程度では動く、と。

 精霊武器でその魔術の理ごと斬らねば、術が消えないのだろう。

 クリスも参戦しようと腰の剣に手を掛けるが、一足遅かった。

 胴体だけになったセオリーは片手でエリオットの両腕を押さえつけた状態で、ナイフを抜き、エリオットの首筋にあてている。


「どちらの動きのほうが早いのでしょうね」


 転がった生首から淡々と紡がれた言葉。

 この人形の動作は魔術によるもののため、手足の動きは勿論、声を出すことも魔術が切れなければ可能だと思われる。

 押し当てられたナイフは寸止めではなく既にエリオットの皮膚一枚を切っていて、つぅ、とその首に赤い筋が垂れ始めた。


「クリス、やれ。どうせコイツらは俺を殺せない」


 落ち着き払った顔でエリオットが言う。

 けれど、


「以前も言いましたが、私自身に目的はありません。貴方を殺して全てが終わってしまっても構わないのです」


 よく分からないけれど、セオリーの言っていることは真実のような気がするクリス。

 転がっているその首がエリオットに向けている赤い瞳は、まるで早く血を見たいのだというようにぎらついていたからだ。

 それを後押しするように彼の生首がクリスの横で叫ぶ。


「貴方達を見ていると気が狂いそうになるほど苛々するのですよ!!」


 そしてそのナイフの刃が……エリオットの首に埋まった。

 噴き出る血で目の前が赤いはずなのに、クリスの意識は真っ暗になる。


「あああああああああ!!!!」


 意味も無く声が出て、クリスは何も考えずにレヴァを抜き振るった。

 まずセオリーの胴体と腕を斬り離し、それによってエリオットの腕が解放される。


 真に相手を憎むという感情は、この感情をいうのだろうか。

 もしこの感情がエリオットに渦巻いていて復讐を誓ったというのならば、クリスはもう彼を止められない。

 何故なら当の自分が今……止まれないし、止まりたくもないのだから。


 狂ったようにセオリーの胴体を蹴り上げては、斬る。

 何分割したか分からないくらい斬った頃、血も出ないその人形は精霊武器によって浄化されるかのように灰になって消えていた。

 セオリーの物では無い血の臭いに息を乱し、視界に映る赤によってまた気を狂わせられそうになりながらも、先程首筋を切られたエリオットの姿を再確認するように振り返る。

 すると、首を手で押さえた状態でエリオットが膝を突き、体を起こしているところだった。


「えっ、あっ?」


 クリスは予想外だった目の前の光景についていけなくて、喉から変な声が出る。


「げほっ」


 血を吐き捨ててはいるが、首からの出血は止まっている彼。


「間に、合った……?」


 彼には、紋様による起動が必要な治療魔術ではなく、瞬時に治療にも使える魔力がある。

 自分で傷を癒したのだろう。

 エリオットは擦れた声で答える。


「俺がそう、死ぬか、よ……」


 それだけ言って彼は起こしていた体を崩し、倒れてしまった。


「エリオットさん!?」


 外からは気付けば竜の暴れる音が消えていて、クリスの目の前には意識を失った王子。

 確かにエリオットは一旦戻ってきたが、それはあまりにも……酷い有様での帰還だった。

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