マドリガーレ ~交錯する思い~ Ⅰ
「とりあえず昨日の話をしよう」
そろそろライト達と顔を合わせるのも慣れてきたような様子のレイアが、彼の家のダイニングテーブルに手をついて切り出した。
クリス達はあれから二日かけて王都に帰還したのだが、戻ってきたことをガイアに聞くなり彼女はすっ飛んできて、何を言うかと思えばこの通り。
「昨日、ですか?」
クリスとしても早くニザで何があったのか報告をしたいのだが、そうはさせないほどの大事が昨日に起こったのか。
一同勢ぞろいして椅子が足りなくなった為、別の部屋から引っ張って持ってくるくらい、人口密度が高くなっているライトの家のダイニングルーム。
フォウとレフトはあまり口を挟むつもりは無いのだろう。
彼らは少しテーブルから離れたところまで椅子を引いていて、テーブルにきちんと向かっているのはクリスに、ライトとガイア。
それに椅子を使わず立っているレイアだった。
「どこからどう説明したものか分からないのだが……」
「早く言え」
「分かっている! えぇと、モルガナの長から文書が届いたんだ」
ライトに急かされ焦りつつも、順を追って説明しようとするレイア。
だがその表情はとても硬い。
一体その文書に何が書かれていたというのか、皆黙って続きを待つ。
「簡単に言うと内容はこうだ。『王子の身の安全を保障してほしくば軍を放棄せよ』と」
「……え?」
それだと、エリオットはモルガナに居ることになってしまうではないか。
いきなり辻褄が合わな過ぎるので、クリスは思わず聞き返してしまった。
「ということはエリオットはモルガナに居たのか?」
勿論それだけ聞くとそういう結論になるわけで、ライトがクリスに事実確認をしてくる。
「いいいいいや、居ませんでしたよ。ニザの渓谷の大きな建物のあたりで会いました」
「そうッス。しかも結構自由きままに動けるみたいだったッス」
クリスの言葉に、補足したガイア。
そのやり取りを聞きながらレイアの顔色はますます強張っていった。
「では行方不明の情報を聞き付けた上でそれを利用してのハッタリなのだろうか?」
「そう決め付けるにはまだ早計だ。次に三人が持ち帰った情報を聞いてきちんと照らし合わせればいい」
焦る鳥人の片割れを止めながら、またクリスに向き直る白髪の獣人。
とりあえずクリスとガイアは、先日フォウに説明した内容とほぼ同じことを彼らに伝えた。
途中、レイアがまるで力尽きたように椅子に腰を掛けて項垂れた以外は特筆すべきこともなく話が進む。
「じゃあエリオットは半分くらいは向こうに寝返っているようなものか」
眼鏡の下の瞳を半眼にして呆れたように再確認をするライトに、少女はこくこくと何度も頷いた。
帰ってきて間も無いので黒い法衣のままの為、少し暑くて手で顔をぱたぱた仰ぎながら次の言葉を紡ぐ。
「はい、だからやっぱりすぐに何か彼に危険が~みたいな感じは無かったと思います」
「恐ろしく辻褄が合わないな」
情報が矛盾し過ぎていて話にならない。
しかしライトがそれでも何とか糸口を見つけるべく話を続けた。
「エリオットが寝返ったとして、ではそんなアイツにクリスの名前を出してまで連中が要求することとは何だろうか?」
「少なくとも王子と利害が一致しない、復讐とは関係の無いことになるのだと思うが……私には想像がつかないよ」
そこでまた全員が考え込む。
あの時エリオットは、自分の目的だけならまだ帰ってもいいような素振りだった。
けれど相手の要求のせいで帰れない、とも言っていた。
では、その要求は何かしら身柄を留められるようなものだということに……
「っ、おおおおおお!!」
閃いて思わず声を上げてしまったクリスに、周囲の視線が一斉注目した。
クリスはその閃きがどこかへ飛んでいってしまう前に急いで口に出す。
「あ、あれです! 相手の要求はモルガナの人質になれ、ってヤツですよきっと!」
「どうしてそう思う?」
「エリオットさん、その要求をされることで、行動が自由にならないような物言いだったんです!」
ライトの問いに元気良く答えるクリス。
けれど彼はその意見の矛盾点を即、突いてきた。
「なるほど。で、ニザに居る連中とモルガナとの繋がりはどこから?」
「うっ」
そこで打ち止め。
そう……セオリー達がそのような要求をエリオットにするのならば、彼らとモルガナの繋がりがあるはずなのだ。
でもクリス達にはその裏づけが足りない。
先程の勢いはどこへやら、クリスはまた口を噤む。
「話が進まないッスからそれは一旦置いて、神様の説明が欲しいッス。何をどうして王子がいきなりそんな突拍子も無い単語を出したのか想像出来ないッスよ」
エリオットの思惑はさておき、そちらはクリスが答えられることだ。
うまく説明出来るかは分からないが、エリオットがその単語を出して去ってしまった以上、自身の中だけで留めておいていい問題では無い。
ガイアの要望に応じ、クリスは説明をする。
「神……と呼んではいますがあくまで超常的な力を持つ存在の仮称だと思ってください。それで違和感は打ち消せるんじゃないかと」
「あぁ、そういう事ッスか」
クリスだってエリオットが相手取ろうとしている何かが「神」であると信じてなどいない。
「ほとんどはルフィーナさんから聞いた話なんですけど……セオリーとあともう一人の人物が、まず神に身体を作り変えられたのが、敵が敵となる発端だと思います。
で、その時に神はレクチェさんの体を媒体として降りていたそうです。レクチェさんはその……ビフレストって呼ばれる神の使い……神を降ろせる肉体を持つ人、ってコトらしくて」
どこまで彼らがこの話を信じてくれるのだろう、とチラリと横目で皆の顔を伺ったクリスは、大方予想通りの表情をしている皆に溜め息を吐いた。
以前のエリオット同様に、信じて貰えないのであればどうしようも無い。
説明するのも馬鹿らしくなってきて、クリスはそこで口を開くのを止める。
「す、すまない。気にせずに話を続けてくれないか」
クリスの不貞腐れた様子に気がついたレイアが謝って続きを促してきた。
それでもまだレイアの目には疑いの色が残っている。
気になるけれど仕方の無いこと、と無理やり割り切って、もう一度だけクリスは奮起した。
「で、セオリー達はビフレストの先に居るはずの神に接触したいようなことをルフィーナさんが言っていた気がします。ここまでだとエリオットさんは関係無いようなんですけど、エリオットさんにはビフレストと似たような力があるみたいで」
「アイツの特異な魔力か」
そう、女神の遺産による特殊な被害を、彼が直せた時点で疑問を持つべきだったのだ。
いや、きっとエリオットは一人で疑問を持ち、悩んでいたのだろう。
だからこそ今の状況がある。
彼がクリス達ではなく、セオリー達を同志として選んでしまった状況が……
「ビフレストというのは先程も言った通り神の使いみたいなものです。多分自分がそれだという事実が嫌でエリオットさんは神に反抗したいのだと思いますが、そのあたりの詳しいところまでは教えて貰えませんでした。で、セオリー達は神様やビフレストの存在を知った後からずっと研究を続けていた連中なので、手を組んだのだと思います。彼らは私の種族と共にビフレストさんを捕らえたりしていたくらいですから。けれど途中で私の種族と争いになったとも聞きました」
「クリスの種族、と?」
レイアが詳細を掘り下げるように一言問いかけてくる。
「えぇ、私の種族はビフレストの敵対種族みたいなものらしくて」
皆の反応をうかがいながらも少しずつ、クリスは核心と成り得る存在を話に出すことにする。
「この話だけだと信じ難いと思いますが、私は確かにビフレストであるレクチェさんに敵意を感じていました。何の根拠も無いのに、ただ本能的な感じで……それを裏付けるように精霊達も彼女を敵だと言うので、私は信じることが出来たんだと思います」
そう、精霊。
事実としてこの場に居る、不可思議な存在。
神は信じられなくとも、彼らの存在だけは目に見えている以上否定しようが無く、そして彼らこそが間接的に神と女神の存在を肯定しているのだ。
「ニールを連れてきて貰えますか?」
「居ますわ~」
クリスが掛けた言葉に、レフトが返事をする。
そして彼女の胸元からもぞもぞと出てくる白いねずみ二匹。
「って、そんなところに居たんですか貴方達は!?」
全力で驚くクリス。
隣でその様子を見ていたフォウは、無言でありながらも完全に顔が赤い。
その視線はがっつりと彼女の胸の谷間に向けられていた。
二匹のねずみはテーブルを軽々と駆け上がり、待ってましたと言わんばかりに元気良く人型に変化するダインと、渋々変化するニール。
二匹から二人に変わった白く小さなねずみの獣人を目の前にして、レイアが恐る恐る指を差しながら言う。
「こ、これは……?」
「その体の中に、精霊武器の精霊が入っているんです」
クリスの説明に目を丸くする鳥人姉弟。
「それは本当なのかい?」
「こんな嘘吐きませんよ」
クリスの答えを聞いて、机の上で小躍りしているダインを見ながら、ほぅ、と溜め息を吐くレイア。
そして何を言うかと思えば、
「小さくて可愛い……」
「ははっ、君なかなか見る目あるじゃない!」
何故かレイアのツボにハマったらしい二人の姿。
でも、褒められて喜ぶダインはどうかとクリスは思う。
ニールのテンションは相変わらず低く、元気そうなダインを呆れ顔で見つめていた。
すると、ダインは急に小躍りをやめたかと思えばクリスに向き直り、さっきまでの可愛い顔はどこへやら……いつもの歪んだ笑顔に変えて言い放つ。
「まぁあれだよね、やっと真実から目を逸らすのを諦めたんだろう? 女神の末裔」
「別に目を逸らしていたわけでは……」
「同じことさ。本来の君の役目はボクらを使って、ビフレストを含むこの世界の破壊。ま、もうボクらは君のおかげで使い物にならないから、使うならレヴァになるのかな?」
ニールを呼んだのにどうしてコイツがしゃしゃり出てくるのだろうか。
顔が引きつっているクリスの代わりに、ライトがダインを掴んで白衣のポケットに突っ込んだ。
「うぶっ」
「お前はちょっと黙っていろ」
そして机の上に残されるは、黙ったままのニール。
彼はあまり喋る気が無いのかも知れない。
どこか気分の乗らない表情で胡坐を掻いている。
「この子はニールと言って、私が以前持っていた槍の精霊なんです」
「槍って……王子をあんな目に合わせた!?」
キッと鋭く睨むレイアだったが、ニールはその視線など気にも留めずにさらっと返答した。
「私のせいでは無い。あの男が勝手に私を持つから悪いのだ」
確かに。
でもレイアからすれば原因はあの時の槍以外に他ならないわけで、その精霊が目の前に居るとなればそんな顔になってしまうのも仕方ないのだろう。
悪びれる様子も無いニールの態度にやや不満げなレイアは、それでもわざわざ追求すること無く我慢をした。
大人だ。
「ニール、そういえば貴方達……セオリー達のこと知っているはずじゃないんですか?」
そう、よく考えてみれば以前彼らの元にこの精霊武器はあったのだから、知らないはずが無い。
クリスの問いに、ニールは赤い瞳をスッと細めて呟く。
「武器であった頃の私達は、基本的に持ち主がいなければ力が弱いのだ。主人が死んでしまってからはあまり分からないが、主人が居た頃のあの連中ならば知っている」
「おおおお教えてくださいっ!!」
「どれを聞きたいのだろうか?」
「も、目的とか、力とか、あともう一人居る人物についても!」
前のめりになって問いかけるクリスに、後じさりながらもニールが答え始める。
「直接、奴らの口から明確な事を聞いた覚えは無い。だが、神に何か用事があったように見受けられた。それさえ終われば私達の好きにしていいと言われていた気がする」
「へ、へぇ……」
では、エリオットもそのように彼らと交渉しているのだろうか。
ふっとニールに集中していた視線を他にやると、皆も既に真剣な眼差しでニールを見ていた。
クリスの話を聞く時よりも真剣だ。
「力、と言われても何と言っていいか分からないが、知識が人間のソレでは無かったと思う。特に二人が揃うと本当に手が出なかった。私の元の持ち主達も結局彼らに敗れたのだからな」
「二人、ってのはセオリーとクラッサですか?」
「セオリーは確かいつもクリス様の前に現れていた男だろう? けれどもう片方の男の名前は覚えていない。滅多に顔を出さない奴だった」
男。
クラッサは女であるからして、つまりニールが言っているのはセオリーともう一人裏に居る人物。
「そういえばエリオットさん、セオリーとクラッサの他にもう一人強い奴が居るって言ってました……」
つまり精霊武器で挑んでも、その二人が揃えば勝てない、と。
「キツイな……」
ぼんやりとライトが呟いた言葉は、今この場に居る皆が考えていたことだろう。
クリスはだんだん気が重くなってきているのが分かった。
事実を確認すればするほど重く圧し掛かる先への不安。
気付けば皆が口を噤んで思い思いの方向に視線を流している。
「エリオットさん……」
机に肘をついて頭を抱えながら、一人でその身を転じた彼を想う。
いつもいつも迷惑な存在だ。
彼がこの場に居るならばこんなに皆が悩まずに済むというのに。
「あー、もう!!」
悩んでいるのが馬鹿らしい!
抱えていた頭を一気にぐぁっと上げてクリスは叫んだ。
目の前に居たニールが驚いて飛び上がり、他の皆も一斉にクリスの方を向く。
「よく分からない事情なんて関係ありませんよ。どこに居ようが彼を連れ戻して、迷惑かけてごめんなさいって謝らせたらいいんです!」
思いの丈をどこかにぶつけるように叫んだ。
本当にぶつけたい相手はこの場に居ない。
クリスの剣幕に呆気に取られた一同は、少し間を置いてから返事をした。
「まぁ、そうッスね……いつも説明足らずなのはあの方なんスから、事情なんて気配る必要も無いッスねぇ」
そう言って苦笑するのはガイア。
けれど金の瞳を鋭くさせて、それに反論するのは白衣の医者。
「方向性はそれで結構。だが何度も言うが無謀なことはしないでくれ」
「でも……っ」
「これは俺の気持ちでもあるがそれだけじゃない。お前に何かあった時一番辛い思いをするのはエリオットなんだ。だからこそお前が人質として通用しているんだぞ」
折角振り切った重い空気を、また戻そうとするライト。
ポケットの中で暴れている物体を必死に押し留めながら彼は続ける。
「一つ聞くが、クラッサという女はそんなに強いのか? 精霊の話には出てこなかったわけだが」
その視線の先はクリスではなく、レイア。
「……剣の腕は普通だ。だが彼女は銃器なら大型なものでも大抵使いこなしていて、それもあって剣が主要武器である私の傍に居たのだよ」
彼女の本分は銃器だったらしい。
それならあの時そこまで剣が達者では無かったのも納得出来る。
クリス相手では精霊武器を使うしか無いから、あの場では剣だったのだろう。
「クラッサは銃を使っていませんでしたよ。というのも彼女は精霊武器らしきショートソードを使っていたんです。おかげで苦戦しました」
クリスは彼らの話に割り込んで情報を付け加えた。
「そうッスね。合間に銃を使う様子も見受けられなかったッス」
「では、銃を使えば強いが、この間は対クリス用に精霊武器の剣を使っている、と。その女は女神の末裔なのか?」
「私には見分けがつかないんですよね、その女神の末裔ってのが……」
セオリーやルフィーナは見分けがついているようだったが、何か特徴でもあるのだろうか。
クリスとローズは髪や瞳の色が同じだが、その色は決して珍しいものでは無い。
クリスが語尾を濁すと、そこへニールが小さな声で教えてくれる。
「根本から造りが違うのだから、知っている者が見たなら一目瞭然だろう」
「根本から……」
それは治療魔術を受け付けなかったりする体が、だろうか。
外見的特長ではなく、何か別に視えるものがあるのかも知れない。
「そうだね、クラッサって女性はただのヒトだったよ」
「そうか。だったら普通のヒトでも精霊武器を持てる何か技術のような物があるということか……」
フォウの言葉をするりと飲み込んでまた思考を張り巡らせるライト。
彼はフォウの言葉に関しては全く疑わないようだった。
しかしそのような技術があるのならばずっと以前からそれを使って精霊武器を回収出来たのでは無いか?
当然の疑問がクリスの頭を過ぎったが、今それはそこまで大した問題では無い。
大事なのはとにかく彼女が精霊武器を使ってくる、という事実だけだ。
「精霊武器を使うヒトと、人間では無い存在に変えられた二人……」
三人いっぺんに来られても無理だが、バラバラに戦うとしても人手が足りない。
そんな強さの相手と互角に戦えるほどの戦力がクリス達には無いのである。
「次は、私も行こう……」
ぼそりとレイアが呟いたそれは、彼女のこの件に対する並々ならぬ思いを示していた。
何故なら彼女は本来勝手に王都を離れられない立場の人間なのだから。
「お前が行ってどうにかなるのか?」
「私で不服だと言うならば、君が行けばいい」
「……っ」
そこは反論出来ないらしいライト。
渋い顔をしながら黙ってしまった彼の戦闘能力は未知数だ……低い意味で。
「この前見た感じだとクラッサさん相手なら勝てるんじゃないッスかね。剣でも銃でも」
「精霊武器相手でも、ですか?」
姉をそう評価する弟に、クリスは装備の差を指摘する。
並の武器では打ち合うことすら出来ないのだ、精霊武器とは。
「必ずしも刃を当て合う必要は無いんだよ」
そう言ってレイアはクリスの指をスッと引っ張って、自分の指を当ててはクロスさせた。
「普通ならこう。でも相手の剣の方が上等であってこちらの物が折れると予測出来るならば、こう」
そして彼女の指先がクリスの人差し指の根元を突つく。
「簡単に言いますけど、凄く難しいですよねそれ……」
「無論、これだけじゃない。もし彼女が次もショートソードを使ってくるのならば、こう」
次はクリスの人差し指を第二間接あたりを横に薙ぐように横へ倒す。
「ショートソードというならば多分両刃で薄いだろうから、斬り合おうとするのではなく薙ぐんだ。軽いからすぐ払えるだろう。刃を平行に重ねないと精霊武器相手ではこちらの剣が折れるからそこは絶対気をつけて、ね。ショートソードは本来突くのもメインの動作の一つだから、突いてきたらかわし様にうまく鍔を引っ掛けてやるのもいい」
そしてクリスの指と自分の指をぴったりくっつけて、その先だけをちょんちょんと動かした。
「一番楽なのは持ち手の指を斬ってやれば早い」
「そ、そんなの出来ますかね……」
「少なくともクラッサはそこまで剣の腕は無い。上級者を相手にするわけでは無いのだから、クリスも少し頑張れば次は負けないはずだよ」
レイアと指をうにうに絡ませながら、クリスは複雑な心境でいた。
「クリス相手に武器を出し惜しみするとは思えない。きっとそのショートソードが、彼女が君に対して一番使える武器なんだろう。となれば、次回もそれで来る可能性が高いから勉強しておくべきだ」
「は、はい……」
今まで槍ばかりだった自分が、ここに来て本格的に剣の腕を磨くことになろうとは……
レイアに以前剣を貰った時からきちんと練習しておけばよかった、と後悔するクリス。
まさか自分の体がこんなヤワなものになってしまうだなんて、思ってもいなかったのだ。
「私が相手出来ればそれでいいが、どういう状況になるか分からないからね」
レイアの言葉にクリスはこくんと頷く。
プチ勉強会をして落ち着いたところで、
「とりあえずモルガナからの要求へどう対処するかは明日分かるはずだ。今日のところは帰るから……一応王子が居たって言う建物の位置を教えて貰えないか?」
最後にレイアがポケットから小さい地方の地図を取り出してテーブルに広げた。
クリスは分からないのでノータッチ。
フォウが椅子から立って寄ってきて、ガイアと少し相談してからその位置を指す。
それを見るなり何故か表情を強張らせるレイアを、クリスは横で首を右に傾げて眺めた。
「……クリス」
「はい?」
「君は正しい」
何が?
今度は首を左に傾げて、クリスはそのまま彼女を見つめる。
他の皆もレイアが急に発した言葉に面食らっていた。
けれどその後の言葉でクリス達は別の意味でも面食らうことになる。
「ここは、モルガナの連中が竜を飼育している第三施設と同じ位置なんだ」
「!!」
息を飲み、一瞬場が凍りついた。
「じゃ、じゃあ、セオリーやクラッサはモルガナの連中と繋がっているってことですか!?」
「そうなるね」
「ハッタリでは無かった、というわけだな。面白いくらいに面倒な連中同士がくっついてくれているじゃないか」
笑うように言い放ったライトの顔は、笑っていない。
「そこに王子が半分寝返っているワケッスからね……面白すぎて涙が出そうッス……」
そしてもうほとんど泣き顔のガイア。
確かにエリオットは完全に攫われたわけでは無い、半分は自ら協力しているのだ。
となれば、モルガナの文書の内容は少し引っかかる。
「それだと完全に人質と言うよりは、人質のフリをさせられているって感じっぽいですね」
「だろうな、裏事情を考えたら実際に危害が及ぶとは考え難い」
そんなクリス達の話を聞きながら、一人頭を抱えるのは鳥人の姉。
「これを城に報告して、誰が信じてくれるだろう……」
彼女の悩みは、別の部分にもあったようだった。