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この箱庭よりも大切な人に  作者: 蒼山
第二部 第十二章
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吹き荒れる風 ~地に二王なし~ Ⅲ

 夕方に渓谷の最西端を出て、フォウが待っている集落に辿り着いたのは夜だった。

 比較的まだ夕食を食べても問題無いくらいの、夜。

 彼が待機しているはずの安い宿に足を運ぶと、彼はエリオットのことなど全く触れずにまず叫ぶ。


「二人とも何その格好!!」


 これだけ濡れているのだ、言わんとすることは分からないでも無い。


「私達二人とも、エリオットさんに川に突き飛ばされたんですよ……」

「マジで!? 予想より酷い状況だったんだね!!」

「とりあえずクリスの服を乾かすッス」


 そう言ってガイアが狭い室内にクリスの服を脱いだ先から干していく。


「ちょっと! 下着も自然に干さないでくれる!?」


 干している物に気付いたフォウが目元を覆っていた手を外し、ガイアに声を荒げる。


「じゃあどうするんスか? 大丈夫ッスよ、俺は全然平気ッス」

「俺が無理ィィィィ!!」


 頭を抱えて叫ぶ、四つ目の青年。

 姉妹に囲まれたガイアには大した問題では無いのだろう。

 逆にフォウは相変わらず恥ずかしがりやだった。

 その様子を見てクリスが笑っていることに気がついた彼は、


「笑ってないで、もう少し恥じらいをもって!!」

「そんな気にする間柄でも無いでしょう」

「お願いだからせめて気にする間柄くらいに俺を昇格させてぇぇぇぇ!!」


 と、わんわん叫んでから、備えられている毛布を被って床で団子虫になってしまう。

 クリスの服を干し終えたガイアはそんなフォウをちらりと見下ろしつつもそれ以上気に留める様子も無く、普通に会話を戻した。


「行き同様の流れで帰るッスよ。とりあえず俺は何か食べる物買ってくるッスから、フォウさんに大まかな説明しておいてやって欲しいッス」

「分かりました」

「うわあああん!!」


 団子な彼が毛布の中で叫んで抗議をしている。

 女性の下着が干されている部屋は、目のやり場に困るのだろう。

 仕方が無いのでクリスはまず彼を窘めることにした。

 まんまる布団星人な彼の傍にしゃがんで優しく声を掛けてみる。


「フォウさん、気にしない間柄って素晴らしいと思うんです。正直な話、異性として見られているかと思うと意識してしまって、ライトさんの前ではもう脱げなくて困っているんですよね」

「先生の前で脱ぐ必要がどこに!?」

「脱衣所で鉢合わせた時とか、以前まではライトさんが居ても脱いでました」

「やっぱりあの場所は危険地帯だッ!!」


 そういえばフォウもあそこでクリスに裸を見られて恥ずかしがっていた。

 クリスはそれを思い返して、


「……あれ?」


 てっきりフォウが女性並に恥ずかしがりやなだけなのかと思っていたが、それよりも、今のライトに対するクリスと同じように単に意識してしまっているから恥ずかしいというほうが何だかしっくりくることに気がつく。

 しっくりくる、というかそれが事実なのだが。

 それと共に普段のやや意味不明な言動も、異性として意識しているのならば辻褄が合ってくるので、


「お、おおおぉぉ……」


 自分の考えていることに思わずクリスは呻いてしまった。

 ようやくクリスはフォウの気持ちを察する。


「フォウさん、私が女性に見えるんですね!?」

「まさかのそこから!? 俺ちゃんと最初からクリスを女性扱いしてたと思うんだけど!」


 クリスの今更過ぎる推理に、少しだけ毛布から顔を出して叫ぶフォウ。


「えっ? ごめんなさい、覚えてません」

「ひどいっ!!」


 そんな昔のこと、クリスの軽い頭ではすっかりさっぱり抜け落ちているというもの。

 フォウに会った頃といえば、むしろその後エリオットとルフィーナに男だと思われていた事実が発覚したことのほうが、この少女にとって印象が大きすぎる。


「とにかく! 俺見た物全部覚えちゃうからあんまり見せないで!」

「は、はい……」


 となると、下着は見え難いところに干した方がいいだろう。

 そう考えたクリスがしゃがんでいたところを立ち上がって洗濯物を移動させようとした時、


「って、わーー!! 見えたーーー!!!!」


 少女の足元で、ピュアな青年の絶叫が響いた。

 今のクリスは、ガイアのティアードシャツ一枚の姿。

 中に下着は一切履いていない。

 大変際どいため、ひらりと動けば中身も見える。

 ましてやフォウの位置は、寝ているに等しい低さなのだから。

 見えたモノが何なのか、クリスには分からないし、フォウも言おうとはしなかった。

 否、言えるような状態では無くなっている。

 これではエリオット救出の際の報告など出来るわけもなく、この状況をどうにかしてくれそうなガイアをひたすら待つことになった。


「で、どこまで話したんスか?」


 食べ物を買って戻ってきたのはいいが、クリス達を見て怪訝な表情で問いかける三白眼の鳥人。

 ちなみにフォウはというと部屋の隅っこで団子虫になっている。

 もう顔は一切毛布から出ていない。


「全然話せてないです……」

「はぁ」


 溜め息ではなく、相槌のような声で気の無い返事をするガイア。


「聞こえてるだろうから一方的に喋っちゃえばいいッス」


 その手があった。

 クリスは拍手で彼の意見を褒め称えた。

 それに対してフォウの返事は無い。

 床に腰を下ろしたガイアは、何か中身が詰まっていそうな丸パンをクリスに手渡して話し始める。


「まず例の建物付近に行ったらセオリーって男とクラッサさんと戦闘になったッス。途中で王子が止めに入ってくれたんスけど、王子は城に戻るのを拒否して俺を川に突き飛ばしたッス」


 そして彼はパンをかじりながらクリスに視線を向けた。

 次はクリスがその後に起こったことを伝える番だ。

 パンを一気に口に頬張って、説明しようと試みる。


「ふぉ……」


 無理だ。

 流石にこの量が口に入りっぱなしでは喋ることが出来ない。

 察したガイアは黙って口の中の物が無くなるのを待っていた。


「ん、んんと、その後エリオットさんが私に仲間にならないかって誘ってきたんです。勿論理由を聞いたんですけど、そしたら何かオモチャ扱いされてるからその人達に復讐っていうか、そんな感じのことをするって言ってました」

「何となくしか分からないッスけど、実に王子らしい視点のキレっぷりッスね……で、その人達って誰だか聞いたッスか?」


 妙に納得して頷いたガイアは、話の本題ともいえる部分を問い、続きを促す。

 クリスは一瞬そのまま伝えていいものか悩んだが、他に言い様も無いので諦めてそのまま伝えることにした。


「ご両親と神様だって言ってました」

「……え?」


 やはりそのまま伝えても伝わらなかったらしい。

 ガイアは眉を寄せ、どう反応したらいいのか分からず困っているようである。

 クリスも自身に関係が無ければそのような反応をしただろう。

 気付くとフォウも団子虫をやめて、きちんと見ていた。


「神様のあたりは後でライトさんのところで皆さんにまとめて説明しようと思ってます。ただ私もよく分からなかったのが、何故そこにご両親が入ってくるのか、ってところなんですよね……」

「それで断ったらクリスも川に突き落とされちゃったんだ?」

「んーと……」


 順を追って話すべく、必死に記憶を辿る。

 クリスの口が開くのを、男二人はパンを食べる手も止めてじっと待っていた。


「エリオットさん個人としてはお城に戻ってもいいけれど、一応手を組んでいても意見が合わないような部分があるらしくて……その不本意な要求とやらを私のことで脅されていて帰れない、とも言ってました」

「なるほど。言うことを聞かなければ近しい人に危害を加える、って感じかな?」

「はい」


 二人とも少し黙って渋い顔をしている。

 そうなるのも無理の無い話で、話しているクリスも同じような顔をしていた。

 この後の出来事はどう話そうか、クリスは正直なところ悩んでいた。

 思い出すだけで胸が苦しくなるあの時のエリオットの問いかけ。

 説得しようと思っていても、彼がどんな気持ちでその選択をしたのか分かり過ぎて、クリスは言葉が出なかった。

 ふるふる、と首を振って話を再開させる。


「私が仲間にならないだろうって思ったんでしょうね。その後はガイアさんと同じように川へ落とされました。その後に彼、呪文呟いてましたね」

「呪文?」


 オウム返しで質問してくるフォウにゆっくり頷いて答えた。


「はい、意味が分からなくてどんなものだったかあまり覚えてないですけど……確かギュルギュル言ってました」

「それが本当なら凄く怖いね!!」

「絶対違うと思うッス……」


 折角の愛の言葉が、クリスによって台無しになっている。

 ガイアが完全に否定するので腕を組んで思い出そうとするが、その辺りは既にクリスの記憶ではあやふやだった。

 印象に残っているのといえばその声がとても苦しくて、悲しそうだったことくらい。

 今日の話はここまでにして、クリス達はパンを食べ終えた後ぐっすりと休んだ。


   ◇◇◇   ◇◇◇


 そして、あれからクリス達が二日掛けて王都に戻ってきたその頃、丁度同じように王都の、しかも城に戻ってきた者が居た。

 見た目だけで判断するならば十才くらいだろうか。

 背丈は百五十も無いくらいの金髪の少年は、頭にカラフルでもこもこしたフードを被っており、そのフードからぴょこぴょこはみ出る髪と垂れた長い布がちょっと可愛い。

 けれど少年のその表情は、少年では無かった。

 あまり感情が見て取れない薄く細い目に、小さな口も一文字に結んだまま。

 子供らしい表情とは真逆のその顔で、見つめる先はドレスの君。


 露出部分が少ないルビーレッドのアフタヌーンドレスは、立ち襟から肘と腹にかけてフリルと刺繍が幾重にも施されており、床に長く垂れたスカートも裾部分に同様の装飾があった。

 着ているのは初老の女性。

 アッシュブロンドの長い髪を後頭部で結わえ纏め、口元を羽扇子で覆いながら彼女は少年に嘆くように叫び、問いかける。


「どうすれば良い!?」

「どうもこうも、気にする必要は無いよ」


 壁と床から天井まで高価な細かい細工で飾られた、白と金と赤を基調とした部屋で、焦る女性を宥めるビフレストの少年。


「何よりも国を優先すべきだ。帰って来る場所が無かったら王にさせられないだろう?」

「し、しかし、モルガナとの交渉は……」

「一切応じなければいい。ただまぁ、国民の反感を買わないようにうまく発表しないといけないね」


 つまりは「相手に屈する必要など無い、ソレよりも国を優先しろ」と女性に伝えるだけ伝えると、ビフレストの少年は一枚の写真をポケットから取り出した。

 そこに写っているのは水色の髪の少年。

 本当は少女なのだが、写り方がいいのか悪いのかどう見ても少年である。

 勿論、クリスだ。


「これは……見覚えがある子供じゃ」


 女性は白のドレスグローブをつけた手でその写真を受け取り、まじまじと見つめて呟いた。


「貴方から一度アレを奪った女の妹だよ。アレが戻ってきた後もその周囲をちょろちょろ動いていたと思うんだけど」

「あぁ、思い出した。随分印象が違うが先日の晩餐会で話題を集めていた子供じゃな。気に入らぬ、姉妹揃って……」


 少年の説明に過去の何を思い出したのか、初老の女性は怒りを露にしてそれを写真にぶつけるように握り潰す。

 やや呆れ顔で少年は彼女のその行動を眺めていたが、落ち着いたのを確認してからまた続きを話した。


「モルガナの連中が口先だけで何と言おうと、今のアレに危害を加えられるわけが無い。それよりもその子供の方が厄介なんだ」

「ほう?」

「もし貴方の目的の妨げになるのだとしたら……それはその子供以外に有り得ない」

「理由は?」

「女神の末裔であり、しかも今はあの時回収出来なかった例の剣を持っている」


 少年の言葉に息を飲む女性。

 その顔色は一気に青褪め、先程まで力強く握っていた手が震えている。


「出来ることならば貴方にどうにかして欲しい。ただし、殺すのはダメだ」

「何と! あの子の唯一の障害になるというのに、生かしたままでどうにかしろと!?」


 どこか矛盾した少年の命令に、女性は声を荒げて反論した。

 だが彼女の納得のいく答えを少年が言うことは無い。

 ただ、


「最後の一人だから、さ」


 と不透明な言葉だけを紡いで少年の金の瞳は、彼女の碧眼をしっかりと捉える。

 彼女の返事は待たずに少年はそのまま窓辺に向かって行くと、窓枠に足を掛けてひょい、と飛び降りた。

 これで王妃への指示は終了。

 少年はまるで鳥人のような身のこなしで城壁を伝うと、次に向かったのは同じ城内の別の塔の一室。

 予め開放されていた窓にひょいと入り込んだその先で椅子に座っていたのは、目を閉じたまま開こうとしない緑の髪の男。

 少し無精髭が伸びているが、その顔立ちは彼の弟達と大体似通っていた。


「放っておいたら城を開け渡してでも弟さんを取り返しそうだったから、釘さしといたよ」


 少年は、この国の第一王子であるその人物にとぼけたような口調で報告する。


「相変わらずアイツのこととなるとぶっ飛ぶなぁ」

「やっと成功するかしないかのところだからね」

「まぁいい。おかげで俺が抜け出していることにすら気付かないんだからな」


 そう言って彼はにやりと口元を歪めるが、閉ざされた目のおかげでその表情は違和感のある笑みとなっていた。


「あの抜け穴、いつまで気付かれないのか逆に楽しみだね」

「違いないな。あの抜け穴だけは弟に感謝してるよ」


 そしてまた静かに笑う。


「……他は憎んでも憎みきれないけどな」


 どのくらいの憎しみが彼の胸に渦巻いているのだろう。

 その言葉を発した時の声色は暗く低く、目を閉じているにも関わらず顔には悪意が剥き出しにされていた。

 そんな男をじっと見つめるビフレストの少年。

 この親子、そして兄弟にどういう感情が重なり合っているかなど、少年には関係の無いことである。

 ただ少年は自身の目的の為に、その場その場で言葉を偽り動いてきた。

 自分に不審を抱くのは、長年自分を見てきたフィクサーとセオリーくらいのもの。

 たかが半世紀未満しか生きていない連中には見破られるわけもない。

 しかしそれももうすぐ終わるだろう。


 目的と利害が一致している第一王子の元に居ることが多い少年は、人間で言うならば彼に多少の好意は抱いている。

 あくまで、人間で言うならば。

 少年は先程の女性の前では無愛想だった顔を綻ばせて、男の膝の上に座ってやった。

 今、少年の本当の目的を知っているのはこの男だけ。

 少年の正体を知っているのも……この男だけ。

 その上で自分について来る人間、と考えると少年は悪い気はしない。


「やっぱり偵察してきたあの様子を考えれば、事が終わる前に東は鎮圧しておいて欲しいなぁ。正直面倒だ」

「モルガナの空気は最悪だったからな。あんな小さい器で王に取って代わろうとは甚だしい」

「……要らないね」


 男の膝元でぼそりと呟くビフレストの少年。

 盲目である第一王子は少年の姿を見たことは無いが、男にとっては自分を怖がらずに寄って来る存在は珍しい為、どんな姿であれ、そして人間でなくとも……他の連中よりは気に入っている。

 好意を持っている相手の呟きに、第一王子は少年が求めていることを先に言って承諾した。


「あぁ、王になろうとする者は一人でいい。うまくやっとくから心配するな。俺も一応……お前に見せられているんだからな。お前はうまく力を使えないんだから今まで通り高みの見物でもしておけ」


 そして膝の上の子供をひょいと自分の頭上まで持ち上げて、高い高~い。

 大人が小さい子供にするソレをされて、途端に不機嫌になる少年。


「……エマ、私は子供じゃない」

「俺も女じゃないから変な略し方して呼ぶのやめような」


 女性名で呼ばれた男は元々瞑っていた目を更に少し強く瞑って、手の中の金髪の少年に突っ込む。

 そりゃあ突っ込みたくもなるだろう。


「だって長いし言い難いんだよ、エマヌエルなんてさ」

「そう言うなよ。俺はお前に会ってからこの名前が好きになったんだぜ?」


 人の名前にケチをつける少年に、それでも大人の対応で交わすエマヌエル。

 実はちょっと重かったのかも知れない。

 少年を下ろしたものの今度は膝の上には置かずに、子供に足を床につけさせて彼は言った。


「『神は我らと共にいる』……ぴったりじゃないか。あの親が最初だけは俺に期待していたのがよく分かる。




 なぁ、神様?」


【第二部第十二章 吹き荒れる風 ~地に二王なし~ 完】

章末 オマケ四コマ↓

挿絵(By みてみん)

上画像をクリックしてみてみんに移動し、

そちらでもう1度画像をクリックすると原寸まで見やすく拡大されます。

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