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この箱庭よりも大切な人に  作者: 蒼山
第二部 第十二章
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吹き荒れる風 ~地に二王なし~ Ⅱ

   ◇◇◇   ◇◇◇


 ハーギュール、アカム、オシュト。

 別れ際に聞いた、エリオットの声。

 意味の分からない文字の羅列にも関わらず、その響きが少女の胸を抉る。

 彼女の種族の言葉とはいえ、自身の生い立ちを知らないクリスには理解の出来ないもの。

 でも、本能には刻まれているのかも知れない。

 抉られるように辛いのに、その一方で満たされるような感覚がして。

 その矛盾は何なのか。

 もしクリスが言葉の意味を知っていたとしても、まだクリスにはその矛盾の理由が分からないだろう。

 人の想いは、すぐに矛盾だらけになる。




「う……」

「気がついたッスか?」


 目が覚めたクリスの耳に聞こえてくるのは少し甲高い男性の声。

 特徴のある語尾からすぐに誰なのか分かる。


「ガイアさん……」


 クリスはふらつきながらも体を起こして今の状況把握をしようとした。

 そこまで寒いわけでは無いとはいえ下着一枚でガイアは傍に立っていて、衣服はというと焚き火の近くに置かれた簡易的な物干しに掛かっている。

 クリスの体は衣服が濡れているのと翼以外は特に問題無いようだった。

 剣もある。

 怪我をしている翼を仕舞って、翼の傷が中に入ることによって起こる疼きに耐えながら問いかけた。


「どれくらい時間が経ってますか?」

「半日ってとこッス。俺がどうにか川から這い出てしばらくしたところへ、クリスが流れてきたッスよ。正直死んでるかと思ったッス」


 そこでようやく思い出す。

 クリスの初めての泳ぎは完敗に終わったのだ。

 ガイアはエリオットに殴られた腕を両手で抱えるようにさする仕草をして、また言葉を紡ぐ。


「……本人に戻ってくる意思が無い以上、連れて帰るのは難しいッスね」


 クリスは静かに頷いてから、濡れた衣服を脱いで彼の衣服同様に干そうとした。

 のだが、それを慌ててガイアが止める。


「どこまで脱ぐ気ッスか!!」

「いやもう全部びしょびしょですから」

「えぇっと……俺の服そろそろ乾いてるッスから、脱いだら使うとイイッス」


 それだけ言って彼は少し距離を取ってクリスに背中を向けた。


「ありがとうございます」


 脱いだ服で肌の水気を出来る限り拭き取って、クリスは物干しでパリパリし始めているガイアの服を手に取る。

 彼はとても身長が高いので、その薄茶色のティアードシャツだけで少女の体は膝上まで隠れてしまった。

 他は借りる必要は無さそうだ。


「終わりました、気遣いどうもです」


 脱いだ衣服を物干しに掛けながら、ついでに他の乾いた上着をガイアに手渡していく。

 彼はズボンとベストのみという微妙な格好になってしまったが、クリスのせいなのでそこは突っ込まない。

 焚き火を囲んで赤土の地べたに座り、暴走王子のせいで途方にくれたクリスと彼の間には沈黙が続いた。

 パチパチ、と燃える枝だけが音を鳴らす。

 この山脈は基本的に木が少ないのでこれらを集めるのにも結構時間が掛かったことだろう。

 焚き火を見てクリスは何となく自身の持つ、焼失を司る精霊武器を思い出して手に取る。

 すると、


「わ!?」


 剣が光り、あれほど呼んでも出てこなかった精霊レヴァが姿を現した。


「な、何スかコレ!?」


 精霊を初めて見るガイアは、突然目の前に現れた悪魔のような出で立ちの、赤い髪の中性的な容姿の相手を指差してただとにかく驚く。


「こ、この剣の精霊です。どうして今……」

「近くに奴が居ます」


 やはり声だけ聞くと優しげな女性の声で、自分の言いたいことだけを呟く精霊。

 だがその言葉の意味は……


「奴、ですか?」


 精霊の敵といえばビフレスト。

 もしかしてエリオットもこの精霊は敵視しているのだろうかと恐る恐る尋ねると、精霊はクリスに向き直りもせずに言い放った。


「私を貴方に隠さねばならなくなった原因を作った奴です」

「!!」


 少なくともそれはエリオットでは無い。

 安堵と同時に押し寄せるのは疑問と不安。


「クリスに、隠した、原因……?」


 きっと何のことだかさっぱりであろうガイア。

 言葉の端々を拾って首を傾げている。


「たっ、多分敵が近くにいるってことですよ!」

「それなら分かりやすいッス!!」


 即座に立ち上がってクリス達は戦闘態勢を取った。

 しかしそこで精霊がぽつりと呟く。


「去りました」

「ええっ」


 肩透かしをくらって、思わず足を滑らせそうになるクリス。

 精霊は再度周囲を見渡した後に、険しかった表情を和らげて剣の中に戻ろうと……


「まっままま待ってください! 少し説明してくださいよ!!」


 全然出て来てくれなかったのだから、ここで聞いておかないといつ話を聞けるか分からない。

 クリスは戻れなくすることが出来ているかは定かではないが、とりあえず剣を頭上に掲げて叫んだ。

 精霊は少しだけ驚いた素振りを見せ、何を言うかと思えば……


「何をですか?」

「全部ですよもう全部!! 貴方のこと全部分かりません!!」


 この精霊は、クリスが疑問を持っていたことに驚いていたらしい。

 ガーッとクリスが怒鳴りつけると、レヴァは呆気に取られつつも少し考えてから口を開く。


「精霊です」

「それは知ってますー!!」


 ニールの時もあっさりした説明だったが、あれ以上にあっさりされたら簡潔どころではなく、もはや説明にすらなっていないではないか。

 この様子だと一つずつ説明を促さないと答えて貰えない……そう思ったクリスはまず今一番最初に聞かなくてはいけないことを問いただした。


「さっきまで近くに居た奴って誰ですか?」


 そう、それが敵ならば真っ先にそこをレヴァに確認しなくてはいけない。

 クリスの問いを耳に入れるなり、少しだけ険しい表情で精霊は言う。


「そう、貴方はまだ小さかったから覚えていないのも無理はありませんね。奴は確かあの時はミスラと呼ばれていました」

「ミスラ……」


 聞き覚えの無い名前が出てきた。

 少なくとも今はまだクリスは出会っていないのだろうか。

 復唱する少女に精霊はこくんと頷き、続きを説明する。


「私の存在が邪魔だったのでしょうね、貴方の両親がミスラの足を止めているうちにローズが一旦貴方に私を隠したのです……存在そのものを悟らせないように」

「姉さんが……」

「恨んではいけませんよ、術者が自身の体にそれを施そうとするならばそれなりの腕が必要です。それにあれは貴方の身を守る手段でもあったのですから」

「恨むものですか!」


 ローズはずっとクリスを元に戻そうと頑張っていたのだ、経緯は何であれ恨むわけが無い。

 レヴァが話した過去は、記憶に無い両親と姉とをクリスの胸に思い起こさせた。

 それは……息が詰まりそうなくらい、苦しい事実。

 ガイアは周囲を警戒しつつ、口を挟むこと無く耳だけ傾けているようだった。

 気遣いを有り難く受け止めて、更に赤髪の精霊に質問を続ける。


「ミスラという人は、どうして貴方の存在が邪魔なんですか?」

「それは勿論、奴が神の使いだからです」


 クリスは息を飲む。

 それは、どのビフレストのことを言っているのだろうか。

 クリスの記憶が無いくらい小さい頃ということは、時期的にレクチェは既にセオリー達に捕らわれていたはずだから……


「金髪の、子供……」

「そうですね、見た目は子供だったと思います」


 あの時リャーマでエリオットに近づいていた子供のビフレストはどうも敵だったらしい。

 普段他人を信用しないくせに、信用してはいけないところを信用し過ぎでは無いか。

 セオリーとか。

 少しイラッとしつつも、ふと出た疑問を優先することにしたクリスは、少し首を傾げて目の前の精霊に問いかける。


「あれ、でも貴方が居たわけですよね? 貴方だけじゃそのミスラって子供に太刀打ち出来ないんですか?」

「まず、私の主はローズです。そして、例えご両親に仕えていたとしても、周囲に家族が居る状態で貴方のご両親が私を振るうわけが無いのです」


 その説明だけではいまいちクリスには理解出来ない。

 ガイアにさり気なく視線を送って目で問いかけてみたけれど、彼は首を横に振った。

 仕方ないので再度精霊に向き直り、


「ごめんなさい、どうしてですか?」


 と掘り下げてみる。


「加減が出来ない相手と戦えば本気になるでしょう。貴方の両親のような人物が本気で私を振るえば、一振りで一面が燃え尽きますよ」


 さらっと。

 とんでもないことを精霊は言った。

 そんな物騒な剣を使っていたのか自分は、とクリスは冷や汗が流れるのを感じた。

 けれど精霊は『クリスの両親』と限定している。

 つまりそれは過去のニールのように相性だったり、通じ合えたりしていなければ剣の真の力を引き出せないと言うことだろう。

 この剣を使いこなせていなくて良かった、と喜ぶべきか。

 スプリガンと呼ばれるまでの大事件になってしまった、クリスと精霊による不祥事が、ふと脳裏に過ぎった。

 ダインが言っていたように、同調し過ぎても逆に仇となる。

 軽々しく使うべきでは無いのだろう、精霊武器は。

 この世界を壊す為の物なのだから。


「そういえばチェンジリングを解かれた時も姿を見ませんでしたが、貴方の両親とローズは今どこに?」


 レヴァはきょろ、と辺りを見回した後にガイアに目を向けてそう言った。

 その視線を受けて少しだけ怯えた様子を見せるガイア。


「姉は死にました。両親は記憶にありません」


 その件に関して感情を込めて答えると辛いクリスは、なるべく淡々と説明する。


「そうですか」


 特に表立って感情を表さないその返事。

 精霊がローズ達の死についてどう感じたのかは全く伝わってくることは無かった。

 代わりに、


「では不本意ですが、貴方がこれからの私の主人なのですね」

「こんなのですいません……」


 軽く喧嘩を売っているような発言をするレヴァ。

 確かにローズや、クリスの両親の方がずっとクリスより持ち主として素晴らしかったのかも知れない。

 それは反論出来る部分では無いので、素直にその非難を受け止めるしかなかった。

 しかしそこまでクリスが頑張っているにも関わらず、追い討ちをかける精霊。


「主人だと思っていなかったのでほとんど無視していました。こちらこそ申し訳ありません」

「ううっ」


 その言葉は逆に傷つくだろう。

 気が抜けるようなそんなやり取りに、ガイアがポリポリと頭を掻きつつ口を挟んだ。


「で、そのモスラって敵はもう居ないんスか? 今狙ってこないのは何故ッスかね」

「ミスラです」

「失礼したッス」

「……今はもう周囲に気配を感じません。今狙ってこない理由は分かりませんが、主人の体から出た私を確認されてしまった以上、狙ってくるのは時間の問題でしょう」


 折角隠していたレヴァの存在に気付かれてしまった、と言うことか。

 エリオットとセオリー達のことだけでなく、本格的にビフレストとの対峙が始まるかも知れない。

 そこで、もう一つクリスの頭に疑問が浮かぶ。


「あの、他の精霊武器は狙われないんですか?」


 そう、もしあの金髪の子供がレヴァを狙っているならば、同様にクラッサの持っている精霊武器も狙われるのでは無いか。

 まさかの三つ巴、と尋ねたがレヴァは首を振って否定した。


「奴が一番使われたくないのは私でしょうから、他にいちいち時間など割かないと思います」

「ミスラにとって、貴方が一番困る存在、と」

「えぇ」

「何故?」

「私が私だからです」


 精霊はどうして誰も彼も分かり難い説明ばかりをするのだろう、とクリスはげんなりする。

 ダインが言っていたようにこの世界の価値観では計れない次元から物事を見ているからだろうか。

 クリスもガイアも眉を顰めて精霊の話を聞いていた。

 しかし彼らの表情に気付く様子も無く、レヴァは「では」と姿を消してしまった。


「後でニールにでも聞きましょうかね……」


 精霊が戻ってまた力を帯びた赤い刀身を、クリスは夕焼けにかざして見つめてぼやく。


「教えてくれる人が居るッスか?」

「はい、ライトさんのところに居ます」

「お、俺は同席出来なさそうッスね」


 溜め息まじりにそう言う鳥人。

 やはりレイア同様に彼から見てもライトは苦手なのだろう。

 いや、この言い方だとガイア側がライトを嫌いというよりは、ライトに嫌われているのを自覚しているという感じかも知れない。

 ベストの間で肌蹴た胸を左手で押さえながら、彼は空を見上げてぼんやりと言葉を紡いだ。


「王子の件を一旦報告しなきゃいけないッスから、早く帰りましょ」

「そういえば、ここどこです?」


 流されてしまってもはや地理など全く分からない。

 この山はどこも似たような土ばかりで、クリスは一人ならば間違いなく道に迷う自信がある。


「渓谷の最西端ッスね。フォウさんが待っててくれている場所は、ここから南東ッス。馬はクリスが寝てる間にひとっ走りして回収してきたッスから大丈夫ッスよ」

「早ッ!」

「足の速さだけは自慢出来るッス」


 彼の場合は、走るというよりはもはや跳んでいるのだが。

 服はまだ乾ききっていなかったけれど、クリスはとりあえず濡れたまま着て、鞍に跨った。

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