絵本 ~始まりの始まり~ Ⅱ
あれから二週間ほどでエリオットは支障無く動けるくらいまでに回復した。
傷跡は随分残ってしまったらしいが、あの怪我を思えばそれでも十分過ぎるくらいだ。
エリオットはライト(何故かまだ休診中)の部屋でボードゲームをしているとレフトから聞いて、クリスは話をするべく部屋へ向かう。
すると扉の向こうから楽しそうな声が聞こえてきた。
「だからだな、お前も適当に女の子引っ掛けて付き合ってみれば価値観が変わるって」
「正直面倒臭い」
「その面倒臭さが醍醐味なんじゃねーか」
何やら部屋に入りたくない内容が聞こえてくるのだが、よしっ! と気合を入れて扉を開けることにする。
「すいませーん……」
「おぉクリス、お前も恋愛って大事だと思うだろ?」
「私に振らないでください」
どうでもいい会話に混ざる気は無いので、話を早々と切り出す。
「そろそろ動きたいんですけども……」
とはいえ、クリスはつい語尾がにごってしまう。
そう、動きだしたいけれどどう動いていいか自分では提案できないからだ。
「チェックメーイト」
得意げにふんぞり返り、緑のくせっ毛がふわふわ揺れた。
対照的にライトは項垂れて、白髪が影を背負ったかのようにどんよりしている。
「屈辱だ……」
ライトは手帳に何やら勝敗表を記入しているようだ。
「これで四十五勝五十八敗……」
「はっは、今回も俺が勝ち越しだな」
どうやら大差はついてないとはいえ、エリオットのほうが強いようだ。
ライトのほうが頭が良さそうなのだが、ゲームの結果とは分からないものだ。
なんて一瞬考えてしまったクリスだが、すぐに話を元に戻す。
そんなことはどうでもいい。
「遊んでないでどうするんですか、早く動かないと大変じゃないですか!?」
「とは言っても現時点で動けるような情報が無いだろう」
緑アタマがあっさりと白旗を振る。
「貴方の姉さんへの想いはそんな程度だったんですね! だったらお金だけ私に渡してそこで遊んでいればいいです!!」
「金を渡す理由を簡潔に述べよ」
「うぐぅ」
そのような漫才をしているうちにライトがボードを片付け終わり、煙草に火をつけて話を元に戻した。
「選択肢は二つだな」
そう言って彼が振り向くと、光の加減で繊細な細工の眼鏡が頼りになりそうにきらりと輝く。
「研究所に再度乗り込んで剣の情報を拾って来るか、辺境の村を次々と壊滅させているらしいローズの元に直接行くか」
そう言ってまた一服。
ふわふわと部屋中に煙が漂い、エリオットは嫌そうな顔をしていた。
……クリスの姉は今、小規模の村や街を破壊してまわっているらしい。
かなりの事件になっており、勿論王都内もその噂で持ちきりだ。
ただほぼ生存者が居ない状況なので、ローズがやっているかどうかまでは世間は把握していない。
クリス達が分かっているのは、あの謎の男セオリーがローズの仕業だと言っていたからに他ならないのだ。
ローズに襲われた村や街はまるで大型竜に襲われたかのように破壊され、逃げ延びたと言う人も見つかっていない。
見つかっているのはどれも何分割かにされた死体のみだという。
「ただ、大型竜ばりの破壊活動をしているヤツをどう止めるのか。精霊武器とやらには恐れ入るな」
まるで絵本の通りに世界を壊しそうだ、と付け加え、また沈黙するライト。
彼は煙草の火を消して、黙ったままのエリオットを見る。
友人の視線にエリオットは仕方なく、
「もう一つの精霊武器に聞いてみたらどうだ」
この案は出したくなかった、というような表情で渋々と提案をしてきた。
この場で情報を持ちえているであろう、最後の一人。
人間には分類されないが、言葉が通じるのだから聞く価値はあるだろう。
だがクリスはその提案にすぐに応じられない事情があった。
「私、あの槍どこに置きましたっけ」
「ひでぇ!!」
「私しか持てないから、私の部屋ですかね」
「そりゃそうだろうよ……」
あの精霊に同情するぜ、と小さくエリオットが呟いた。
程なくして、
「ありましたー」
槍を持って、先程のライトの部屋へ戻ってきたクリス。
心なしか、槍から溢れているはずのオーラが、元気の無いように感じる。
「じゃああいつ出せよ」
エリオットが既に臨戦態勢で話す。
ライトはというと、期待に胸を膨らませたようなきらきらした表情で待機していた。
医者というよりは研究者として、精霊武器に興味があるのだろう。
「精霊さん、出てきてくれますかー」
すると、何も無かったはずの部屋の隅にふわりと『その存在』が出来上がり、一本角で銀髪の精霊が相変わらずの無愛想な顔であぐらをかいている。
「ずっと放っておかれていたというのに今更何用か、クリス様」
「わぁ、いじけてますね」
「精霊がいじけるとは興味深い」
「お前が放っておくからだぞ!」
それぞれの反応を示し、槍の精霊を迎えた。
「申し訳ありません、色々忙しかったのです」
クリスが丁寧に謝ると精霊は少し機嫌を直し、
「そこの男が役立たずだったからだろう」
相変わらずの毒舌を吐いてくれる。
「だからコイツに頼りたくなかったんだよ!!」
ムキーっとライトの襟を掴んでぐらんぐらん揺すっているエリオット。
普通ならばその完全な八つ当たりに困るものだと思うのだが、慣れた表情のライトは何事も無いように話を進めた。
「エリオットのことはいいから、早く聞いてみたらどうだ」
「あ、そ、そうですね。えーっと……姉の持っている大きな剣はどうやって止めたらいいでしょう?」
しかしその質問に対して怪訝な顔をする精霊。
「クリス様……すごく説明が足りないとは思わないか?」
「あう」
「だが予測は出来る。貴方の姉という事は、同じ一族、女神の末裔であろう。そして止められない剣というとやはり私と同じ精霊武器で、しかも大きいならアイツのほうだろうな」
精霊はクリスの足りない説明にも素晴らしいまでについてきている。
並大抵の語力ではない。
「アイツというと?」
憤慨して会話にならないエリオットの代わりに、ライトが疑問を問いかける。
「私達の中に剣は三体居る。その中で大きいというのならば、大剣の精霊だろう。アイツは問題児なんだ」
精霊の中にも問題児とか居るんだ……なーんてちょっと思ってしまったクリスだが、目の前の精霊を見る限り性格もきっと多種多様なんだろうと思えるので分かる気がした。
「結論から言うと、剣から離すか剣自体を壊せば解決する」
「壊す方法は?」
ライトがやや高揚した様子で話を進める。
この件に全く関係ないとはいえ、知識欲が刺激されるのかも知れない。
先ほどからライトは、沈黙したままのエリオットのかわりとでも言うように饒舌だ。
問いに対し、精霊は少し考えた後、
「私で相打ちと言ったところだろうか。他の方法は知らない。他の精霊武器ならアイツに簡単に勝てる物もいるが、私では難しいだろうな」
「それは大剣と槍、という意味でか」
銀髪の精霊はそのオッドアイを白髪の獣人に向け、大きく頷いた。
「あぁ。弓や鞭のほうがアイツ相手なら強いだろう」
「相性がある、か」
「その通りだ、眼鏡」
「……眼鏡じゃなくて、ライトさんですよ、精霊さん」
ライトの顔が引きつるのが見えたので、クリスは一応訂正しておく。
「ライト、すまない」
案外素直に謝ったのでライトもすぐに機嫌を直したようだ。
性格的な意味での相性が悪いのは、エリオットとだけ、らしい。
会話に首を突っ込むと喧嘩になってしまうのが分かっているエリオットはというと、ひたすら無言で話を聞いていた。
彼としても茶々を入れていては自分の恋人を助ける話が出来ない、と我慢しているのだろう。
「もう戻っていいですよ、精霊さん」
「わかった」
すると再び精霊は姿を消し、槍に元の威圧感が戻る。
元通りに布を巻き、壁に立てかけてから話を進めることにした。
今度はエリオットも会話ができるように。
「その研究所とやらがまだ使われているのなら、そこから他の武器を持ってきてからローズの元へ向かえばいいんじゃないのか? 片付けられた武器もその施設が使われているのなら奥の部屋に置かれているかも知れないぞ」
ライトが提案をする。
しかしエリオットが首を横に振った。
「同じところにまだあると思うか?」
「確かにそうなんだが、易々とそんな施設が動かせるとも思えない」
真っ当な反論をするライト。
「少しでも痕跡が残っていれば次の場所を探す手がかりになるのではないでしょうか?」
「……小さな手がかりから進んでいくしか無い、か」
「その距離だと飛行竜でも借りて行ったほうが早いだろう、手配してやろうか」
「い、いくらかかるんですか……」
金額を想像して泡を吹きそうになるクリス。
「飛行竜なんて使わなくても、クリスが俺抱えて飛べばOK!」
「またですか!?」