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この箱庭よりも大切な人に  作者: 蒼山
第二部 第十一章
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離別 ~相容れぬ二人~ Ⅱ

 フォウと一旦別れてから、クリスとガイアは一頭の馬で山を降って行く。

 麓を出たのは朝だというのに気付けばもう真っ暗だった。

 建物まで辿り着いたクリス達は、とりあえず馬を近くの木に繋いでからその周囲の様子を伺う。


「何の建物でしょうね」


 山の上からすぐに気付けるような物なだけあって、近くで見ると本当に大きい。

 広さだけならば城の比では無かった。

 中が全く見ることの出来ないその建物はグレー一色の壁で、いくつか出入り口のような場所があったもののその大きさはとても大きな扉で堅く閉ざされている。

 正直、こじ開けることが出来るのか不安になるくらいに。

 鍵がかかっていなくとも、常人が押し開けることは不可能だろう。


「あの扉が開くのを待ちますか?」

「待つしか無いッスねぇ」


 開いたところを強行突破か、でなくとも話が通じそうな雰囲気の人物が出てきたならばここがどういう建物なのか聞けばいい。

 あまり綺麗とは言えない、土で濁った川を挟んで岩陰から建物の入り口の一つを張るクリス達。

 ……そして、気付けば朝になっていた。

 よく考えてみれば、夜だったのだから誰かが出てくる確率は低かったのだ。


「ね、ねむ……」


 交代で見張っていたとはいえ、かなり辛い。

 クリスは良い子なのでよく眠るのである。

 こういった番は得意なのだろう、全く疲れた素振りを見せないガイアは緊張の糸を緩ませること無く建物を見つめていた。


「っ!」


 と、急にガイアがクリスを低く屈ませるように頭を抑える。

 クリスはびっくりしたけれど声は出さずに彼の腕の力に体を任せて屈んだ。

 彼の視線の先は、一本の短剣。

 短剣と言ってもそれは何故か独りでにふわふわと宙を浮いていて、建物周辺をぐるぐる回っている。


「な、何ですかアレ……」

「アゾートッスね。かなり高位の魔術ッスよ」


 小声で問いかけたクリスの疑問に静かに答えるガイア。


「アゾート、ですか」

「簡単に言うと使い魔みたいなものッス。あの短剣を使役して見張りをさせているんだと……」


 そこまで言ったところで川を挟んだ位置に浮いていたその短剣の切っ先が真っ直ぐ二人へ向いた。

 それは物凄い勢いで川を越えて飛んできたかと思うと、クリス達の間をすり抜ける。

 クリス達がその刃を辛うじて避けたことを把握するや否や、またその短剣はUターンして飛んで向かってくるではないか。


「わわわわ」


 もう岩に身を隠してなどいられず、全力でその刃を交わし続けた。

 短剣を持っている本体があればそこを攻撃すればいいのだが、短剣自身が独り手に動いているのでは止めるのが難しい。

 どうしたものか、と必死に避けるのみになっているクリスの横でガイアが懐から何かを取り出す仕草をした。

 しかしその手には何も無い。


「よっ」


 ガイアが何も持っていない手を振るうと、ピタリと止まって彼の体に引き寄せられていく短剣。


「な、何をしたんですか?」

「特殊な糸で縛ったッス」


 近づいて見てみると短剣は透明な糸のような物でくるくると巻かれていて、その糸の中でぴちぴちと魚のような動きをして暴れている。


「ずっと縛っておくと手が取られるッスから、この剣を壊して貰っていいッスか」

「分かりました」


 クリスは腰の精霊武器を抜いて、その短剣の刃を思いっきり刺した。

 対象が金属だと言うのに簡単に斬れて、剣の破片は動かなくなる。

 ほっと一息吐いたクリスに、まだ怖い顔をしたままのガイアが忠告した。


「こちらの存在がバレてしまったッスから、気を抜かない方がいいッス」


 そう言う彼の表情はもう普段の温厚そうなものとは全く違っており、その人柄から疑っていたが元暗部に居たと言う話も真実だろうと感じられる。

 少し動かされると全然目に見えなくなってしまうのでよく分からないが、彼は糸をくるくる巻く仕草をして多分……糸を片付けたのだろう。

 そしてクリス達は、小雨はまだ降っているが動くのにやや邪魔なローブは今のうちに脱いで、それを岩陰にそっと置いた。


「アゾートを使ってまでの警備だなんて、早々お目に掛かれないッス。かなり怪しい建物と見て間違い無いッスよ」

「襲われる前に強行突破でもします?」

「仕掛ける準備だけして、扉が開いたら即突っ込みましょ」


 クリスはコクンと頷いて、戦闘態勢に入るべく変化をする。

 しかし角も尻尾も出て来ず、一瞬の突風と光が過ぎた後に背中に現れたのは……真っ白な翼だった。


「うひゃぁ……」


 そういえばクリスはチェンジリングが解かれて本来の体に戻っていた。

 いつも通りつい変化してブーストしようと思ったものの、この変化で身体能力が上がっているのかどうか分からない。

 一先ず飛べることにより動きの幅も広がるのでこのままいくことにする。


「初めて見たッスけど、噂と随分違うんスね」

「いや、噂の翼とは違うモノですコレ……」


 気を取り直し、今更岩陰に隠れていても仕方が無いので川を飛び渡って建物の扉に静かに近づいていく。

 少し押してみるが開かない、というか取っ手のような部分が見当たらないのでどうやって開けるのかもよく分からなかった。


「いっそ斬り開けちゃいましょうか」

「ありッスね」


 もし全然関係無い建物だった場合の責任は……取れないけれど。

 しかしその必要は一瞬にして無くなる。


「流石にそれはやめて頂けますか」


 急に背後に現れるあの心臓に悪い感覚と、久々に聞く少し掠れたハスキーボイス。

 バッと振り向くと目の前に居たのは、


「せ、」


 セオリー、と言おうとしたクリスの頭目掛けて即座に振り抜かれるナイフ。

 先端が厚く、それでいて曲がった刃の形状は、直撃したらひとたまりも無いような破壊力を有している。

 クリスが間一髪で避けたところで、ガイアが小さい刃物をいくつか地面に投げ刺した。


「おや……」


 いつもの藍色の軽鎧を纏ったセオリーの体がピタリと止まり、その赤い切れ長の瞳が地面の刃物を映す。

 どうやらガイアの放った短剣によって、セオリーは動きを止められているらしい。

 躊躇っている暇は無い、とクリスはすぐに精霊武器である赤い剣を彼の胴体目掛けて振るったのだが、キィン! と言う金属音と共にその刃は彼の体に届く前に止まった。

 先程のアゾートと言っていた短剣ですら易々と切り裂いたというのに、その剣で切れぬ物など何があるのか。

 クリスとセオリーとの間に割って入ったのは、頭上から投げ下ろされた一本のショートソードだった。

 そしてそのショートソードが刺さった場所に上から飛び降りてきた、一人の女性。

 彼女は地に刺さった剣をすらりと抜き、クリスにその切っ先を構える。


「本当にクラッサさん……ッスね」


 僅かばかりの動揺を見せるガイア。


「お久しぶりです」


 淡々と言いながら彼女は、セオリーの周囲に円陣を描くように刺さっている小さな刃物を軽々とそのショートソードで壊していった。

 ショートソードは両刃で赤い柄、金の鍔、刃は銀。

 至って普通の形状に見えるのだが特殊な点を挙げると、刃に掘られた紋様と埋め込まれた青い宝石が気になる。

 やはりこの場所にエリオットが居る……そう思うと剣を握るクリスの手に力が入った。


「エリオットさんを返してください!」


 得体の知れないショートソードを前に、間合いを取りつつ叫ぶ。


「軍より先にここへ辿り着いたその洞察力は賞賛に値するものです」


 全くクリスの言葉への返答にならない台詞を発するクラッサ。

 洞察も何もフォウのお陰でここへ来ただけなのだけれど、そこは突っ込まずに彼女から目を離さないようにした。

 セオリーは自由になった腕を横一線に振って、クラッサの背後から氷の矢の魔法を飛ばしてクリス達を牽制する。

 それに対するはガイア。


「正面からぶつかるのは苦手なんスよねぇ」


 避けながらそう言いつつ少ししゃがんで地面の土を掴み、彼らに向かって振り投げる。

 するとその土はセオリーの魔法同様に矢となって彼らに放たれた。

 無論、それを迎撃する為にセオリーの矢は一時そちらに向かう。

 ガイアが作ってくれた隙を狙ってクリスはすかさずクラッサの懐へ潜り込み剣を振るうが、やはりまたしても彼女のショートソードはクリスの精霊武器による剣戟を受け止めた。

 これは……おかしい。

 互いにそこまで剣技が上手く無いのだろう、ただ刃を当て合うだけで攻防に差がつかないクリスとクラッサ。

 時々クリスに飛んでくる氷の矢を撃ち落とすガイアは、セオリーの動きを封じようにも警戒されていてなかなか事が進まないようだった。

 クリス側も、剣の長さからしてここまで接近しているとクリスのほうがやりにくくて余裕が無い。

 それでも気になって、刃を重ね合わせた状態で涼しい顔をしているクラッサに問いかける。


「その剣、精霊武器ですか?」

「当たりです」


 ということは彼女は自分と同じ女神の末裔だというのか。

 動揺と共に一瞬攻撃の手が鈍ったところへクラッサのショートソードの刃がクリスの右腕をかすり、レヴァをもう少しで落としそうになった時、


「その辺にしておけよ」


 マジメに喋れば悪くないのにいつもどこか胡散臭く締まりが無いトーンで紡がれる、この数年クリスがずっと傍で聞いてきた声が頭上から響いた。

 その声を受けてその場に居た全員の手が止まる。


「おや、見つかってしまいましたか」


 セオリーの感情の篭もっていない言葉に、首が痛くなるくらい高い建物の上からクリス達を見下ろしている彼は不機嫌そうに返答した。


「あれだけ魔法ぶっ放してたら分かるわい」

「エリオットさん……何故……」


 何故、錠も何も無い状態でそこに居るのですか。

 それではまるで、貴方は自分の意思でそこに居るようでは無いですか。

 けれど思った言葉はクリスの喉で詰まるように、出てこない。

 連れ去られたわけでは無かったのか。

 茫然とただ見上げることしか出来ないクリスとガイアに、ようやく視線を移すエリオット。


「わざわざ助けに来てくれたところ悪ぃけど、もう必要無いから帰れ」


 そう言ってどっこいしょ、とその場に座って足だけ屋根から投げ出す体勢を取る彼は、決して脅されているような表情では無かった。

 いつも通りの……エリオット。


「そんなワケにはいかないッス王子。貴方が居ないとこのままじゃ大変な事になるッスよ」


 震えて立ち尽くすクリスに代わって、ガイアが彼を睨みながら強い口調で言う。

 エリオットは前髪を掻き揚げて少し困ったように視線を落とし、屋根の上から飛び降りてきた。

 着地の瞬間、その背中に光の羽のようなものが浮かび上がったのが見え、音など全く響かせずにやんわりと彼は地に足を下ろす。

 すぐにその光は消えたが、まるで……以前のレクチェのような光景だった。

 やはり彼はビフレストでセオリー達に捕らえられたと考えるのが自然だとクリスは思う。

 けれどどうして彼は捕らえられたというよりは仲間になったと言う方が合っていそうな態度なのだろうか。

 その点がどうしてもクリスの腑に落ちない。

 エリオットはガイアにそっと近づいていき、


「死ぬなよ」


 と言って彼に大きく振り被って拳を胴体に当てようとした。

 ガイアは寸でのところでそれを両腕でガードしたが、エリオットのその拳は魔力の光を纏っており、ガイアの体は大きく後ろへ吹っ飛んでしまう。

 その先は、川。

 水しぶきを上げて着水すると、彼の体はそのまま浮かんでこなかった。


「ガイアさん!!」


 彼をすぐに助けなくては、でもエリオットも連れて帰らなくては。

 クリスがすぐに判断が出来ずおろおろしているうちに、岸からはガイアの姿が確認出来なくなる。

 流されてしまったのだろう。

 クリスは泣きそうになるのを堪えながらエリオットに振り向いた。


「何でこんなことを!」

「素直に帰らないと思ったからに決まってんだろ」


 ということは次は自分の番か。

 けれどそんなわけにはいかない。

 エリオットを気絶させてでも帰らないと大変なのだから。

 クリスは剣を構え直して彼に向ける……きっと今一番向けたくない相手に。

 しかしエリオットはクリスには向かって来ようとせず、傍の二人に促した。


「逃げないからちょっとお前ら、席はずせよ」

「……いいでしょう」


 若干の間をおいて承諾するセオリー。

 クラッサが大きなドアに何か特定のリズムでノックをし、それが終わった途端、彼らの体は吸い込まれるようにドアに融けていく。

 どうやらこの建物のドアは、押したり引いたりするものでは無いらしい。

 大きな建物の前にクリスとエリオット……二人きりになった。


「何を考えているんですか?」


 泣きたいし、怒りたい。

 そんな感情を必死に抑えながら問いかける。

 するとエリオットが口元だけ緩ませて言った。


「クリス、お前こっち来いよ」

「そっちへ? 傍に行ったら殴られて吹っ飛ばされませんか?」

「いや、そうじゃなくて! どうしてお前はそんなに話が通じない奴なんだ」


 げんなりした表情でクリスを馬鹿にする王子。

 敵の居る地だというのに彼は驚くほど自然体だった。

 そんな彼に影響されるように水色の髪の少女もいつものテンションになって頬を膨らませる。


「こっちってエリオットさんのところ以外に何があるんです? じゃあどこへ行けと言うんですかっ」

「まぁ、俺のところというのは合ってなくもないんだが、それとはまた別で……」

「だからどこっ!」


 微妙に言葉を濁しているエリオットに、剣を持っていない左腕を上げて抗議の意を示すと、彼は咳払いの後に呟いた。


「俺達の仲間になれ、ってことだ」

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