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この箱庭よりも大切な人に  作者: 蒼山
第二部 第十章
65/138

奪還せよ ~囚われの王子様~ Ⅱ

   ◇◇◇   ◇◇◇


 あの日クラッサに脅されて手紙を書いた後、エリオットは急に自室に現れた黒髪の男に空間転移させられて、知らない部屋に閉じ込められていた。

 空間転移の魔術は、使えること自体が奇跡。

 例え使えてもルフィーナのように転移先を指定出来ずに送るのが関の山だ。

 なのに生物を自由自在に転移させられるような連中と何度も出会うだなんて、何かそういう星の元に生まれてきたのでは無いかとエリオットは思ってしまう。


「ちっ……」


 一週間以上、軟禁状態でただ生活し続けている。

 流石に飽きてきていた。

 部屋の中は殺風景なものだが、それでも親切な造りの部屋。

 風呂とトイレは綺麗で、窓は無いものの目立った汚れは無い。

 牢と言うよりは簡易的なホテルの一室のようだった。

 無論、エリオットの力があればここから出るのは容易い。

 別に何か魔術が施されているような形跡の無い壁など、彼の特殊な魔力ならばすぐに壊せる。

 だが連中は、彼がそれをしないことを見越した上で、ここに閉じ込めているのであろう。

 エリオットは力づくでここに連れて来られたわけでは無い。

 弱みを握られた上で渋々ながら従って来ているのだから、逃げ出すだなんて有り得ないのだ。


 クラッサは一体どうしようというのか。

 正直な話、もし誰かが自分を捕らえに来るのならばセオリーだとエリオットは予想していた。

 あのリャーマでビフレストと名乗った金髪の少年が言っていたことを、彼は一人静かに思い出す。


 ――神と女神の争いが根底にある、ビフレストと女神の末裔との対立。

 そしてレクチェが神との繋がりを絶ったことで起きたトラブルの数々。

 その末に、ビフレストの上位種として予め定められて作られたのが、エリオット――


 これらの話から、神と言ってもそこまで万能なわけでは無いと推測出来る。

 手駒であるはずのビフレストを完全に掌握出来ているわけではなく、自身が力を与えたセオリー達に余計なことをされてしまったりもしている。

 故に、その裏に居る存在は果たして本当に神なのか……未だにエリオットは疑心が拭えなかった。

 無論、そこまで色々と出来る存在ならば、神と呼んでもいいのかも知れないが。

 とにかく、自分がビフレストの上位種ならばセオリーに狙われてもおかしくないとエリオットは思っていたのだ。

 なのに自分を狙って拘束したのは、疑ってもいなかった身近な人物で。

 そこまで考えたところで、彼は少年のビフレストから話を聞いた当時の怒りが蘇ってきた。

 何故自分が、そのような目に遭っているのか。

 理不尽さにただ苛立ち、


「くそっ!」


 立ち上がって、壁を思いっきり殴りつける。

 拳は皮が剥け、血が滲み、そのような存在である自分にも赤い血が流れていることを再確認した。

 神? 冗談じゃない。

 以前レクチェが問いかけていた理由が、今ならエリオットにも分かる。

 ――何に対し、何をもって神と呼ぶのか。

 そうだ、そんなもの神ではない。


「悪魔だ……」


 苦々しく口にしたその単語。

 エリオットは、クリスの姿を悪魔みたいだと思ったことがある。

 翼を広げたローズの姿を天使のようだと思ったこともある。

 けれどそのような外見など関係無い。

 悪魔とはそういう命を弄び嘲笑うような者のことを言うのだ。

 何がしたいのかは分からないが、いい気になっているその存在をいつか引き摺り下ろし、目の前で叩きのめしてやる。

 そう決意しながらエリオットはその悪魔から与えられた力で、先程傷つけた拳をもう片方の手で覆い、静かに癒した。

 それはきっと傍から見れば皮肉なことに、神に祈るような仕草だっただろう。


挿絵(By みてみん)




 外の時間も分からないまま、エリオットはまたぼーっと考え事をして時間を潰し続ける。

 そんな時、部屋のドアがギィ、と開いた。


「……何の用だ」


 入ってきたのは、装飾の多い鞭を持ったクラッサと、先日エリオットをここまで運んだ黒髪の男だった。


「用事がようやく済んだからお前と話そうと思って」


 黒髪の男は着ている黒いスーツを少し正して、エリオットを見下すように笑いながら入ってくる。

 その手には何か書類のような物。

 クラッサは男の前に出て、エリオットにいきなり鞭を振るったが、その鞭は打たれるのでは無く素早く対象に巻きついて両腕と体を拘束した。


「一応、この方に手を出されても困りますので」


 つまり、この黒い男がこの件に関しての元凶。

 エリオットは自分を運んだりするから下っ端なのかも知れないと思っていたが、その能力を考えれば確かに下っ端とは思えない。

 下の者に任せられない内容だったから自ら動いた、といったところだろう。

 そもそも、空間転移などという桁違いの魔術を下っ端にやってのけられても困る。

 エリオットは鞭で後ろ手に縛られたまま、その場に腰を下ろして彼らを見上げる体勢になる。

 そして、元凶が目の前に居るならばやはり今が一番この状況を打開するチャンスだ、と後ろ手のままその鞭を魔力で壊そうと試みた。

 ……だが、うまくいかない。

 魔力が入り込みにくい、というか入らない。

 自分の魔力は、たかが武器程度なら一瞬で壊せるのに、だ。

 この鞭は何だ?

 そんな考えが顔に出ていたエリオットを見て、クラッサが屈んでそっと口を開いた。


「これは精霊武器です。足掻こうとしても無駄ですよ王子」


 相変わらず近い。

 耳元で囁かれた言葉は、王子をかなり動揺させる。


「何だって……?」


 それではクラッサは女神の末裔だと言うのか。

 彼女はクリスと全く似ていないが……これが精霊武器だとするならばそれを自然に持っているということは、そういうことになる。

 だが彼女はその答えを先に述べる。


「ちなみに女神の末裔でもありません。私自身はただのヒトです」


 納得がいかない。

 何かこの疑問を解く鍵がどこかにあるはずだが、エリオットには見つけられずそこで押し黙った。

 その様子をずっと見ていた黒髪の男の目は酷く敵意を剥き出していて、今にも何かされそうな雰囲気に王子は息を呑む。

 けれど、


「あー……やっぱりムカつくわ。殴っていい?」

「男の嫉妬は見苦しいですよフィクサー様」


 殴るのかと思いきや、それを嫉妬と言って窘めるクラッサ。

 この男に何をどう嫉妬されないといけないのか。

 訝しげに眉を顰めたエリオットに、微笑んで彼女は答えた。


「王子がちょっかいを出された女性の中に、この方の想い人が居たのです」

「何でわざわざ言うんだよ!?」


 クラッサの言葉に即ツッコミを入れるフィクサーと呼ばれた男は、半分泣きそうになっている。

 この状況でソレは無いだろう。


「しかもただキスしただけのことを何年も根に持っていると言う、とてもお心の狭いお方なのです」

「だから詳しく言う必要無いだろ!?」


 敬っているようで敬っていないクラッサの態度に、エリオットは思わず吹き出してしまう。

 泣くように喚いている男に若干哀れみを感じてしまうくらいだ。

 しかし、この男が何故自分の情事を知っているのかと疑問が浮かぶ。

 キスまでしておいてその先をしていない相手と言うのが結構限られてくるので、エリオットは頑張って思い返してみた。

 が、やはりどちらも分からない。


「誰のことだ?」


 素直に聞くとクラッサが口を開いて答えようとし、それをフィクサーが即座に手で押さえ込んだ。


「言、う、な、よ!」


 彼らの、いや、クラッサのマイペースぶりに困惑しそうになったエリオットは頭を振って思考を切り替えようとした。

 それはフィクサーも同じなようで、クラッサによって変な空気になった場を無理やり元に戻す。


「……随分放って置かれて寂しかっただろう?」


 小馬鹿にしたような表情で見下げる黒い瞳。

 男はそう言いながら傍の椅子に座って、エリオットに再度目を向けた。

 けれど折角の台詞も先程の流れのおかげで、むしろ強がりのように見えて可哀想に見える。


「何か締まらないなぁ」

「黙らんかい!!」


 エリオットの正直な感想にフィクサーは怒りを露にして叫んだ後、コホンと咳払いだけして、また流れを本筋に戻す。


「お前のお陰で表の仕事が大変だったんだ。その分も含めて是非ともお返し願いたいよ」


 そう言って王子の前髪を乱暴に掴んで無理やり顔を上げさせるフィクサーは、自分が上だと示し付けるように、エリオットには身体の正面を向けず、視線だけを下ろしていた。

 比較的整った顔立ちだがそれと同時に特徴を言い辛い、こざっぱりしたパーツが揃っている男の目は漆黒。

 髪も目の色もクラッサと同じなのでもしかして兄妹なのだろうか、とエリオットは感じていた。


「表の仕事? 俺のせいで大変になるような職にでも就いているのか」

「これからお前に色々手伝って貰うから話してもいいだろう」


 まるで聞かれることを望んでいたかのように彼は軽やかに言葉を紡ぐ。


「お前の婚約話と国から送りつけられた文書で、うちの顧客が大慌てしているんだ。分かるだろう? エリオット・エルヴァン」

「略して呼ぶのが侮辱だと分かっていて言ってるんだろう、な……」

「勿論」


 エルヴァンとは確かに国名だが、元々その由来は王族の名を略したものだと言われている。

 そして、既に下々に国名として使わせているその略称を個人名としての意味でわざわざ使うということは蔑むと同意。

 エリオット、と呼び捨てにされた方が遥かにマシな呼ばれ方をして苛立ちつつも、王子はフィクサーの言葉の本題に触れた。


「俺の婚約と国からの文書で困る奴なんて……モルガナの長か」


 そのままエリオットは、自分の横で鞭の取っ手を握っているクラッサに視線をやる。

 軍の中にこれほど堂々と東のスパイみたいなものが入り込んでいたとは……つまりエリオットは今、東の連中の手に囚われていると言うことだ。

 モルガナで折角クリス達に護って貰ったと言うのに、安全なはずの城の中で結局攫われてしまうだなんて目も当てられない。

 でも、


「そこが顧客になる仕事……」


 思いつかない。

 ほんの少し考えていただけなのだが、フィクサーはそれを待つ気も無いらしく、ずっと掴んでいたエリオットの緑髪を投げるように放してその衝撃で後ろに倒れこませた。

 黒い男はそのまま革靴の底で王子の腹を踏み躙って言う。


「連中がどうやって大型の竜を手に入れたと思う?」


 踏みつけた側の足の膝に体重を乗せ、のめり込むように体を曲げて見下ろしてくる黒髪の男。

 その顔は今までの鬱憤を晴らしているかのような冷笑を作っていた。


「まさか……」


 腹に体重をかけられて、呻くように声を洩らす。


「そう、竜の飼育が俺の仕事。ま、俺はその知識を与えて命令しているだけなんだけどな」


 圧迫感に耐えながら、エリオットは自分の上に乗っている男の顔をしっかりと見た。

 空間転移の魔術が出来るくらいの知識があるのなら、確かに前代未聞である自然サイズの大型竜の飼育も不可能では無いと思える。

 彼がどこでどうやってそんな知識を手に入れたのかは分からないが、エリオットはそれよりもこの男の口調から、モルガナとは営利関係であっても同志では無いように感じ取れることに少し安心した。

 それならば自分がここで捕らえられていても、すぐに自分の身をモルガナを含む東の反乱分子に渡されたりせずに済みそうだからだ。

 金額やらで交渉が滞っている間に何か打開策を見つけなければ……

 フィクサーはエリオットのそんな考えになど気付いていないようで、ぐりぐりと王子を踏み躙りながら馬鹿にする。


「よく考えりゃ分かるだろ? 暴れた竜を鎮めることも出来ない連中がどうやって竜を手に入れたか! どう考えても自力じゃあ無いだろう!」


 相当エリオットを怨んでいることがひしひしと伝わるその行為。

 もしクラッサの言う通り本当に恋愛絡みとやらだけでここまで怨まんでいるのだとしたら、本当に心が狭い奴だろう。

 与えられた痛みに反応してやるのも癪なので、なるべく意識を遠くへ飛ばすように、エリオットは床に後ろ頭をつけたまま天井を見る。


 分岐点はどこだったのか。

 クラッサに頼ったのが間違いだったか。

 いや、クラッサが軍に居る時点で彼らの計画は進んでいたはずだ。

 彼女は金に執着するような性格では無いから、元々居た軍の人間を買収した、とは思えない。

 というか、まだ確かな目的すらエリオットは聞いていなかった。

 感情を抑える為にぼんやりさせていた頭を少し振り、彼は自分を見下ろしている二人に問いかける。


「で、俺に何をする気なんだお前達は」


 それに対し、二人はまるで嘲笑うような笑みを王子に向けた。

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