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この箱庭よりも大切な人に  作者: 蒼山
第二部 第十章
64/138

奪還せよ ~囚われの王子様~ Ⅰ

挿絵(By みてみん)

 突然入ってくるなり、何かとんでもないことを聞いた気がする一同。


「も、もう一回言って頂けますか?」

「……駆け落ちしたんだ、王子が」


 再度しっかり耳に入れることで、ようやくクリスは思考が追いついてきた。

 セオリーの出現に頭を悩ませていたところだと言うのに、あの馬鹿王子は駆け落ちをしたと言うらしい。


「な、何で今……ていうか駆け落ちするくらいなら最初から婚約に踏み切らなければいいのに……」


 色々考えすぎて熱い額を、クリスは手の甲で拭う。

 そこで、周囲の視線が全て自分に向いていることに気がつき、驚いて肩をびくりと震わせた。


「な、何ですか?」

「……有り得なくない?」


 最初に言葉を発したのはフォウ。

 彼はそう言いながら視線をクリスからレイアへと移行させる。


「そう、有り得ないんだよ……」


 泣きそうな顔でレイアはそれを肯定した。

 今日は私服らしく、その赤いキルトウェアの間から彼女は一枚の紙切れを取り出して中央のテーブルの上に広げて言う。


「これは王子の手紙の複製だ。ダーナの姫が来訪した翌朝に発見されて、間違いなく彼の筆跡で書かれている」


 クリス達は各々でそれを読んでいく。

 内容を簡単に言うと、やっぱり結婚嫌だから駆け落ちしますハッハー☆というものだった。

 やや乱暴に殴り書きされているが、紛れも無くエリオットの字。

 フォウもレイアも有り得ないと言っているが、クリス的には彼のことだから有り得ると言えば有り得る気もしている。


「で、相手は誰なんです?」


 そう、この手紙に、相手の名前は書かれていない。

 クリスが聞くとやはり皆の視線はクリス一点に集中するので、落ち着かない少女はきょろきょろと皆を見渡した。


「え、聞いちゃまずかったですか?」


 レイアは半ば投げやりな様子で、口端をげんなりと下げながら答える。


「いや、いいよ。目撃情報からは私の部下……クラッサがその相手だろう、と上は勝手に決め付けているんだ」

「!!」


 クリス達はお互いの顔を見合わせて、ここでその名前が出てきたことに焦る。

 確かに仲が良さそうだったけれど、まさか彼女と駆け落ちまでしてしまうとは。

 そこまで彼はあの女性にのめりこんでいたのか……いや、そうなるように彼女が誘惑しまくっていたのかも知れない、と鈍感過ぎるクリスだけはそういう結論に達して。


「女性の色香に惑わされすぎですよあの人は……」


 本当は凄く心配だけれど、それを誤魔化すように悪態を吐く。

 しかしまたしても皆はクリスをじーっと見つめて呆れた顔をしている。


「何なんですかさっきから!?」


 クリスはその視線から身を守るように自分の体を両手で抱き締めてぷるぷる震えた。

 もはや彼らはクリスに何も言わず、全く見当違いのことを考えている少女をスルーして会話を再開し始める。


「クラッサって人と駆け落ちだなんてやっぱり有り得ないよ。何でそう上が決め付けちゃってるの?」


 フォウの問いに、苦虫を噛み潰したような表情でレイアが首を振ってその理由を話した。


「前日の晩、王子が食堂でクラッサを呼びつけていたんだ。そして彼女は王子同様にその時から行方をくらましている」

「なるほど。普通に考えたらそのお前の部下が駆け落ち相手にしか聞こえないな。普通に考えたら、だが」


 ライトがそう言って、皆大きく頷く。

 頷かないのはクリス一人だけ。

 ここまでの皆の態度から分かる通り、エリオットの気持ちは対象以外の全員にバレているらしい。


「そうなんだ。王子のことをそれなりに知っている私達ならば、例え仲が良かろうが前の晩に会っていようが、彼女と駆け落ちするだなんて有り得ないと分かるんだ」


 ライトは彼女の言葉を受けて、


「つい今しがた、ずっと行方知れずだったそこの三つ目が『クラッサに監禁されていた』と言って戻ってきたところなんだ。間違いなく駆け落ちでは無いだろう」


 と、彼女に自分達の情報を的確に伝えるべきところだけサッと伝える。

 レイアはそれを聞いて、信じたくない、と頭を抱え苦痛に歪んだ表情で小さく小さく呟いた。

 彼女はしばらく頭を抱えたまま、泣き声とも呻き声ともつかない小さな嗚咽を鳴らす。

 ライトはしばらく彼女が落ち着くのを待っていたようだったが、しびれを切らして話を再開させた。


「で、手紙が見つかったのがダーナの巫女の来訪の翌日なのに、何故今頃来たんだ?」

「……こちらもまずは内密に王子を探そうとしたんだ。けれどアレじゃあダメだ。絶対駆け落ちなわけが無いのに、駆け落ちとして探しているから見つかるわけが無いんだよ」

「なるほどな」


 それだけ聞いてライトはスッとテーブルの上の手紙の複製を手に取ってそれを見つめる。


「この手紙が……ネックだな。こんな偽情報があっては捜索の手が正確に機能しない」

「そうなんだ。間違いなく王子の字だし、目撃情報もある。それに私がどんなに違うと言っても部下を庇っていると思われて取り合って貰えない」


 ライトが少し眉を顰めてその手紙をくしゃりと握り潰し、レイアに向かって放り投げた。

 そして怒り気味に声を発する。


「部下の不始末ならお前の責任じゃないのかコレは」


 そう咎められて、名残羽をぴくりと動かし顔を上げる彼女。

 悔しさが伝わってくるくらい歯を食いしばっており、その琥珀の瞳は潤んでいる。


「あぁそうさ! 私は今部下の管理責任を問われて謹慎中の身だ! もはやこの件に関しては一切の発言力も無い!」


 お門違いなところを責める彼と、それに対し泣きそうな顔で開き直る彼女。

 これではうまくいくわけが無い。


「ちょっと二人とも落ち着いてくれませんか?」


 クリスは、出せる限りの低い声色で言った。

 そのままクリスが目を細めて二人を見やると、少し驚いた顔を見せて口を噤むライトとレイア。


「それで? レイアさんは今になって私に伝えに来たと言うことは、何か私にして欲しいんじゃないんですか?」

「あ、あぁ、私はまともに動けない。君しか頼れなかったんだ。王子を……探して欲しい」

「最初からそう言ってくださいよ。時間が勿体無いです」


 近しい者の危機に普段の冷静さを欠いている二人を目にしたことで、本来一番取り乱しかねない許容力であるクリスが逆に落ち着いているように見えた。

 けれど、実際はそうではない。

 その言葉の棘が示している通り、クリスにも余裕が無いのだ。

 クリスは席を立って、出発の準備をしようと自分の借り部屋へ足を向けた。

 が、急ぎたいというのにそこでライトが声を掛けて止める。


「待て、俺は反対だ」

「何故です? ライトさんには少ししか話しませんでしたっけ。ツィバルドでの男と言うのは昔鉱山の奥で会った空間転移の魔術まで使える男のことですよ。そんな男、私以外の誰に相手が務まると言うんです」

「男……?」


 クラッサの仲間の存在を知らないレイアが疑問符を投げかけた。

 それにはフォウが小さく答える。


「クラッサって人の仲間だよ。俺はその男にやられて捕まったんだ」


 レイアがその事実を耳に入れたのを確認した後、何か思うことがあるようにライトは眉を寄せ、その金の瞳を閉じた。

 そしてそれを急に見開いたかと思うと、席を立ち、クリスの元にツカツカと歩み寄ってきて、


「これでもお前に務まると言えるのか」


 少女の左腕を捻じるように上へ掴み上げる。


「痛ッ!」


 乱暴に片腕を掴み上げられて苦悶の表情を浮かべたクリスに、更に彼は言った。


「これを振りほどいてみろ」


 言われるまでも無い、とクリスは必死に彼の手から逃れようとする。

 が、どんなに力を入れてもその手は振りほどけず、ライトはビクともしない。

 それはおかしいことだった。

 クリスは確かに本気で彼の手を払おうとしているのに。

 獣人だからそれなりに力が強いかも知れないとはいえ、大型竜をも投げられるクリスが力負けするなど、本来ならば有り得ないのだ。


「ど、どうしてっ」

「分かっただろう、レイア。今のクリスに以前までのずば抜けた身体能力は無いんだ」


挿絵(By みてみん)


 ライトはクリスの腕を掴み上げたまま、レイアに振り向いて静かに告げる。

 彼女はそれを受けて一驚を喫していた。


「な、何故……?」


 ポニーテールの鳥人の問いに、白髪の獣人は低く静かに呟く。


「先日クリスに掛かった呪いみたいなものをエリオットが解いたんだ。それまでの異常過ぎる力は全てその呪いの副産物だった、ということだな」

「それが本当なら……打つ手立てが……」


 口元を手で覆い、わなわなと震えるレイア。

 その動揺は簡単に見て取れた。

 救いを求めてわざわざ虎穴に入ってきたと言うのにそれが無駄同然だったのだから無理も無い。

 そして、最近自分自身に感じていた違和感はこれだったのか、とクリスは今頃実感する。

 一方レイアは、もはや焦点の合っていない目で髪を振り乱してへたり込む。


「私のせいで、王子が……!」


 だがライトはそこへ容赦なく罵声を浴びせた。


「人の家で喚くな!」


 誰もが怒りと苛立ちともどかしさで刺々しい態度になっている。

 レフトですら今はもう笑っておらず、ただ黙ってそのやり取りを見つめていた。

 普段の彼女ならばここで間を取り持つのに、それが無いのは事態が事態だからか、それともレイア相手だからか。

 クリスは、この中で一番落ち着きがあるのでは、とフォウに視線を投げかける。

 彼はクリスの視線に気付き、少し目を伏せながら何か悩んでいたようだったがふっと口を開いた。


「大まかな場所なら俺、分かるよ」


 その言葉に、その場の全員の動きが止まる。

 そして集中する視線。

 はぁ、と息を吐きフォウはその期待を一身に受けて次を話す。


「空間転移で直に建物へ連れ込まれたけど、俺はずっと旅をしていたから部屋の中でもその地域独特の色合いで大体の位置は把握出来た」

「本当なのか!? どこなんだい!?」


 レイアが一番最初に食いついた。

 縋るように彼にしがみ付きその体を掴み揺さぶるその様は滑稽過ぎるくらい必死で、それなのに笑うことなど出来ないくらい伝わってくる真剣さ。

 フォウは彼女を宥めながら、その腕をゆっくり下ろさせ答える。


「東。しかも結構先だと思う。モルガナよりずっと向こうで……多分ニザの山脈沿いじゃないかな」

「そ、そんなところに……」

「俺が捕まっていた場所に同じように居るなら、って話だけどね」


 フォウに縋りつき膝を突いたまま、レイアは視線を横へずらし何やら考え込んでいた。


「でも並大抵の人じゃ助けるのは無理だと思うよ。クラッサって人は普通のヒトだったけど、あのツィバルドでも遭遇した赤い目の男は違う。人形じゃない本人と会ったけどヒトどころか人間とは呼べない色をしていた」

「その赤い目の男と言うのは……一体何者なんだい? クリスは詳しく知っているようだったが」


 クリスに話が振られ、ライトがようやく彼女の左腕を解放した。

 ずっと捻り上げられていて違和感のする肩を回しながら、クリスは静かに言葉を紡ぐ。


「話すと凄く長いのですが……通称はセオリー。レイアさんに分かる部分を言うならば、多分城から女神の遺産の一種である精霊武器を遠い昔に盗んだ張本人では無いかと思います」


 レイアだけではなく、ライトもレフトも驚いた顔を見せた。

 フォウはこの件自体を知らないので驚くも何も無いようだったが、それでも真剣な眼差しで見ている。


「そして、エリオットさんの師であるルフィーナさんの異母兄です」

「そうか、二人に血の繋がりみたいなものは見えたんだけど、異母兄妹だったんだね……」


 伏目がちだったフォウが、それで合点がいくと言うように呟いた。

 そして同じようにレイアも、


「そうか、それでか……」


 クリスの話を聞いて何かと繋がったのか、思い出したように喋り始める。


「クラッサが居なくなってから何か手がかりが残っていないかと、彼女の城内の足取りを追っていたんだよ」

「それで?」


 ライトが短く相槌を打った。


「彼女の触れた書類の履歴の中に、業務外と思える物がいくつかあって……それがどれも王子の師匠絡みの物だったんだ。私にはよく内容が理解出来ない物だったけれど……」

「エリオットの師が城でやっていたことなんて、エリオットの魔力に関しての内容しか無いんじゃないのか?」


 ライトとレイアの会話を聞きながら、クリスはもう一人の存在を思い出していた。

 ……やはり、エリオットのあの力はレクチェと同じ物で、セオリーは次は彼を狙っていたからこそレクチェはリャーマで何事も無く暮らせていたのでは無いか。

 だとしたら、


「え、エリオットさんが、本当に危ない……」


 何を今更、と皆がクリスを見る。

 けれど今クリスだけがセオリーの目的を知っていて、そしてそれは皆の想像を超える事態だと、それだけは言えた。

 とりあえずレイアは何か思い立ったことがあり、それをしてくるような素振りで「また来る」と言い残し、一旦帰って行く。

 残されたクリス達は、ダイニングルームに差し込む昼の強い日差しがだんだん弱くなりかけてくる様をやや呆けながら感じていた。


「私の体が普通になっていたとしても……まだ精霊武器があります。止めても私は行きますよ」


 すっかり冷めてしまったピザを平らげた後、クリスは自分の決意を皆に伝える。

 が、不機嫌そうなライトは刺すような目で見つめながら言い放った。


「自分の力を過信して判断力も技術も養ってこなかったくせに何を言う。精霊武器だと? それこそまた力に頼るだけではないのか」


 彼の言い分は分かる。

 怒る気持ちも分かる。

 けれど、


「でも他に何かいい方法がありますか? やるしかないでしょう」


 危ない橋を渡ることになっても、安全な保障が無くとも、自分が動くのがきっと一番希望がある選択肢だろう、とクリスは思う。

 ……相手があのセオリーである以上は。

 セオリーを実際に見ているフォウは、クリスの言葉に力無くも同意をした。

 それにもしエリオットがレクチェのように記憶が不安定になってしまうほどの扱いを受けて、自分のことを忘れてしまいでもしたら……

 レクチェの時ですらあれだけ辛かったのだ、今度は立ち直れそうになど無い。

 クリスは想像しただけで目許が熱くなる感覚がしてくる。


「それはそうだが、確実性が無いのに向かって行くのは無謀でしか無い。エリオットを救えずに散ればただの無駄死にだと言うことを忘れるな」

「勿論、分かっています……」


 それだけ言って席を立ち、クリスは自分の部屋に戻った。

 いつレイアが戻ってくるかは分からないけれど、いつ出発することになってもいいように、いつもの黒い法衣に着替えて剣も腰に携えようとする。


「鞘、結局貰いそびれたなぁ」


 既に作ってある可能性もある、出発前に城を訪ねて確認だけしていこうと思った。

 それまでは革紐で腰に掛けておく。

 赤い剣は相変わらず無反応。

 確かに精霊の感覚はしているのに、こうも反応が無いと本当に居るのか怪しくなってくるくらいだ。

 ニールがこの精霊の性格がダインのようならば、と話していたが、と言うことはダインの真逆と考えて、とても周囲に無関心な性格なのかも知れない。

 と、そこへ白いねずみが一匹クリスの肩に駆けて来た。

 だがねずみは人型に変化する事も無く、じっと肩に乗ったまま。

 何となく、気落ちしているところを励ましてくれているように感じたクリスはそのままねずみの頭を優しく撫でてやる。




 その後、レイアが再度訪ねて来たのは夜分遅くのことだった。


「弟に長期休暇を出させて来た」


 レイアはそう言って、後ろでびくびくと怯えている私服姿のガイアをぐいっと引っ張って前に押し出す。


挿絵(By みてみん)


「それをいちいち言いに来ると言うことはやはりクリスをエリオットの救出に使う、と?」


 鳥人が二人に増えて大層ご機嫌斜めなライトが、鳥人姉弟を交互に見ながら問いかけた。

 レイアは彼の言葉に静かに返答する。


「今軍の人間で私が個人的な頼みごとを出来る者はほぼ居ない。力が弱くなっていたとしても正直な話、単純に数として借りたい。嫌ならば弟だけで行かせるから君達の情報を弟に教えてやって欲しい」


 そう言われて半分泣き顔のガイアを見ると、どうもこの状況は彼にとってほぼ無理やり感が否めない。


「いえ大丈夫です、行きますよ私。力は無くとも精霊武器はありますから、ガイアさんの能力的に居てくださると心強いです」


 ライトはレフトと顔を見合わせて、俯きながら溜め息を吐く。


「好きにしろ」


 踵を返して自室の方に歩いて行ってしまった彼の背中に、


「すまないな」


 とライトに聞こえるか分からないくらいの小さな声で、レイアが呟いた。

 残ったレフトも本当はこの場に居たくないのだろう、困った顔をしながら、それでも兄のようにこの場を去ることも出来ず戸惑いの色を見せている。


「……道案内に俺も必要、だよねぇ」


 そして、情けない王子奪還の旅に最後の一人が、三つの目を伏目がちにしながらも名乗りを上げた。

 それで話はまとまり、明日の朝に東へ出発することが決定したので、その晩はとにかくゆっくり休むことにクリスは専念しようとする。

 が、こんなことがあっては正直眠れるわけが無い。

 目を閉じると昔に見た、エリオットが血まみれで倒れていたあの光景が少女の脳裏に蘇ってくる。

 クリスの中できっとアレが一番の彼の悲惨な状況なのだろう。

 目的地はモルガナよりもずっと東、ニザフョッルの山脈沿い。

 地理に疎いクリスにはどこなのかさっぱり分からなかった。

 フォウが大まかな場所まで案内してくれると言ってくれたので問題は無いが、そういえば彼は戦闘は出来るのだろうか。

 途中で危ないことが無ければいいが、と溜め息を吐く。

 クリスは落ち着かない気持ちを必死に宥めながら、当分お別れとなるベッドの感触を確かめていた。


「ふぁぁ」


 そして朝。

 ほぼ眠れなかったのはここへ来て大打撃。

 クリス以外の皆もあまりよく眠れている顔はしておらず、それでお互い察しあう。

 フォウはそのグレーの長袖を腕捲くりして既に玄関に待機中。


「お待たせしたッスー!」


 またしても遅刻してきたのはガイア。

 昨日は随分怯えていたようだったが今日は幾分その持ち前の明るさを取り戻している。

 彼は職務の時の装束では無く、オリーブ色の上着の下に軽くベルトが斜め掛けされている長めのティアードシャツを着て、上着より濃い目の黒茶のズボンを履いていた。


「ガイアさんも私服なんですね……」

「そりゃそうッスよ! 列車で東に行くのに、軍の黒装束なんて着ていたら喧嘩売られるッス!」


 と、そこへ彼はクリスの頭にスポンと何かを乗せる。

 よく見ていなかったクリスはとりあえず頭に何が乗ったのか触って確認した。

 ヘアバンドのような物にふわふわした何かが付いているのまでは分かるが、鏡も無いので触るだけでは詳細を把握できず首を傾げると、フォウが目を丸くしてクリスを見つめている。


「な、何乗ってるんですかコレ?」

「えっと、猫耳」


 フォウの口から絞り出された言葉は、一瞬理解するのに戸惑うものだった。


「これは……やばい……」


 ライトがクリスから顔を背けて鼻と口を押さえる。

 何がやばいのか。

 というか何故自分は猫耳のヘアバンドを頭に乗せられたのだ。

 答えを知りたくてクリスがソレをした張本人に目をやると、ガイアは屈託の無い笑顔で言い放つ。


「クリスは東でも有名ッスから、変装しておかないと厄介事を引き起こしかねないッス!」

「そ、そういうことですか」

「ちゃんと髪で自前の耳は隠して欲しいッス」


 ガイアはクリスの横髪を少しいじって、うまく耳を隠した。

 しかしそこまでしたところでライトがガタンと音を立てて壁にもたれかかるように倒れる。


「お兄様~!?」


 息も絶え絶えの兄を、慌てて支える妹。

 ライトはまるで遺言でも残すように彼女に話す。


「俺のことはいいから……今すぐカメラを……」

「何てことでしょう! 我が家にそんな高価な物はありませんわ~!!」

「問題はそこじゃないよレフトさん!?」


 これから出発だと言うのに締まりの無い雰囲気に変わってしまったのは、間違いなくヘアバンドのせいだろう。

 膝を崩して何故か悶えているライトを必死に介抱するレフト。

 そしてその二人の様子をげんなりしながら見下ろしているのはフォウ。

 ガイアはそんな周囲を気にする様子も無くにこにこと、


「んじゃ、行くッスよ! 姉は城に呼ばれていて見送りに来れなかったッスが『よろしく頼む』と言っていたッス!」

「分かりました。頑張りましょうね!」


 何を考えているのかよく分からない連中は完全にスルーして、クリスとガイアは決意新たに握手を交わす。

 この後どうにか正気に戻ったらしいライトとレフトに見送られて、城に寄って鞘を受け取った後に、クリス達はモルガナ行きの列車に乗ったのだった。


   ◇◇◇   ◇◇◇

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