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この箱庭よりも大切な人に  作者: 蒼山
第一部 第三章
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絵本 ~始まりの始まり~ Ⅰ

挿絵(By みてみん)

「さ、流石に体中が痛いな……」

「私も腕がパンパンです……」


 フィルに戻って来ては、へろへろしながら街中を歩くクリスとエリオット。

 長時間の変身で腕以外にも疲労が激しいようで、クリスはやや肩を落とし気味だった。

 だがそれ以上に、抱き抱えられている側だったエリオットの顔色のほうが悪い。

 胃の腑でも圧迫されたのか、何にしても二人とも疲れているのは確からしい。

 その上、折角の旅がまた振り出しに戻ってしまったのだから目も当てられないだろう。

 いや、収穫は無いこともないのだが。

 そんな彼らが人ゴミを掻き分け進む先は、


 勿論図書館。




「おいルフィーナ、どういうことだ」

「あらおかえり」


 飄々とした顔のハイエルフに、怒りを露にした王子。

 非公開の書庫は相変わらず埃っぽく、その部屋に慣れていないクリス達は息苦しさで不快感を増長させられる。

 エリオットはダンッと机を叩きつけて詰め寄った。


「俺達の情報を流したの、お前だろ」

「何のことかしらね?」


 とぼけた顔で、フフ、と笑うルフィーナ。


「隠す気もねぇってか」


 怒りは治まっていないが、これ以上怒鳴っても仕方ないと判断したようだ。

 エリオットはそれ以上問いただすわけでもなく、軋む椅子に腰掛ける。

 長年の付き合いだからこそ、か。

 見極め、諦めるのも早いのだろう。

 クリスは戸惑いつつもエリオットの隣に座り、二人の様子を伺う。

 舞う塵が微かに視界を曇らせているが、見るべきものを見逃さないようにしっかりと眼を開いて。

 すると次にルフィーナのほうから話を切り出した。


「私は知っているだけよ。そしてどちらの味方でも無いだけなの」

「なに?」

「エリ君の結果次第じゃ味方になってあげても良かったんだけどね。ダメだったみたいだから残念でした」


 そしてまた物在り気に笑い、紅茶を飲み干す。


「少しは情報も入ったでしょう? まずは傷を治すことね。その後貴方が出した結果に応じて教えてあげるわ」

「ちっ、最初から全部話せば早いものを」


 エリオットの不満はもっともだろう。

 何をそんなに勿体つけているのか、短い付き合いであるクリスには到底理解出来ないし、納得出来る返答でも無かった。

 けれど渋い顔をしたエリオットは、これ以上問い質しても無駄だと判断したようで、出されていた紅茶には手もつけず席を立ち、


「あと何日もつと思う?」

「一週間もつとは思わないわ」


 とんでもない内容の会話のやり取りをして図書館を後にした。




「エリオットさんの師匠はエリオットさんの体がどうなってもいいと思っているんですかね……」


 行くアテもよく分からないまま人ごみの中、エリオットの背中を視界の中央に入れながら疑問を口にするのはクリス。


「そうだな、どうかなってしまったらそれまでの価値しか無いのさ」


 彼はさらりと、とても淋しい事を言ったような気がした。

 前を歩いているエリオットの表情は見えないが、クリスにはその背中がとても孤独に見えた。

 大国の王子でありながら盗賊業に身を堕とし、何を想い、己の道を歩んでいるのだろうか。

 そんなことを考えながら着いて行っていると、前を歩くその背中がゆらりと沈んでいく。


「エリオットさん!?」


 倒れた彼を中心に、人ごみが退く。

 元々ざわついた街が更にどよめいた。

 いつも軽口しか叩かないからクリスは何も心配していなかったが、彼には腐敗の呪いがかかっている。

 辛いのならちゃんと口に出せばいいものを、倒れるまでずっと愚痴すら言わずにいたのだ。

 倒れたエリオットを膝に抱え、焦りを抑えて問う。


「……簡潔に、どうすればいいですか? たまには言ってください」


 何を考えてどうしようとしているのか言いもせずに前を進む彼への、心からの言葉。

 その思いは彼に伝わったらしい。


「王都へ、シヴァンフォードという、医者がいる、そいつに診せる、つもりだった」

「わかりました」


 意識が朦朧としているのだろう、宙を見ながら途切れ途切れに話す。


「それで無理なら、お手上げだな、はは」


 苦痛に歪む口元で、自らを嘲笑うエリオット。


「正直どうでもいいですけど、目の前で死なれるのも目覚めが悪いですからね。抱えて飛んでいいですか?」

「む、むり……」


 提案を拒否されたクリスの表情が少しだけ仏頂面に変わる。

 とにかく馬車でも借りるしかない。

 飛べばもう少し早いはずだが、この街から王都は近いとはいえ馬車では丸一日はかかる。

 彼の師は「一週間はもたない」と言っていたが……一日なら大丈夫だろうか。

 クリスは急いで馬車を借りてフィルを出た。




 馬車の中では病人相手に喋るわけにもいかず、自然と無言が続き、否応無しにクリスは考える時間を与えられる。

 隣で寝ているのは、偶然出会った、姉の恋人を名乗る男。

 どうやら身の上が王子であるという事実は間違いないようだが、本当に姉の恋人なのかどうかはまだ信用出来るほどの情報が何も無い。

 ただ、共に旅をして様子を見た限りでは、彼は金に困っている様子は見られず、賞金目当てでローズを探しているという線は薄いだろう。

 そもそも王子なのだから、賞金を稼ぐ必要も無さそうだ。

 だが、王子が賞金首の相方をやっている、というのもすんなり受け入れられる内容では無かった。

 何か事情があるのかも知れないが、それを話してくれるわけでも無く。

 思わず金と情報に目が眩んでしまって現在に至るが、このままこの男を信用しても良いのか。

 そんなことを思い、クリスは寝たままのエリオットを再度見下ろした。

 少し強く馬車が揺れるだけで傷に堪えるのだろう。

 彼は寝苦しそうに、でも静かに、押し殺すように呻いている。

 額や首筋に汗が滲んでいるのを確認すると、クリスは隣でそれを拭いてやった。

 自然と伸びてしまった手に、自分自身で驚く。

 この感情は、同情なのか。

 このまま死んでしまうかも知れない……そう思うだけで何故だか腹の底が押される気分になる。

 早く王都に着かないものか。

 何も出来ない歯がゆさに耐えること一晩。

 クリス達の乗った馬車は、昼前に王都へ辿り着いた。




「シヴァンフォードという医者がどこにいるか分かりますか?」


 探している時間など無い、すぐに道行く人に声をかけて聞く。

 馬車を降りたクリスは、その決して大きくない体で、槍とエリオットを担ぎながら歩いている。

 ヒトなら大変なのであろうが、ただのヒトでは無いクリスの腕力であれば担ぐこと自体は問題無い。


「えっ、背中の人の具合が悪いのね? それなら街の外壁に沿ってずっと西の角にあるわよ。あそこは腕だけはあるからきっと治るわ」


 四十代くらいの朗らかな女性は、褒めているのかそのまま受け取りにくい評価をしつつも丁寧に教えてくれた。

 女性は気遣って手に持っていた包み布をくれたので、クリスはエリオットを軽く包んで背負うことにする。

 これなら少しは負傷している体に響く振動が減るだろう。

 王都エルヴァンの城下街は流石に広い。

 その街の最南西にエリオットの言う医者の住む建物はあった。

 まるで見つけられたくないかのようにひっそりと。

 エリオットがこの場所を指定していなければ絶対に選ばないような、全く流行っていないように見えるひと気の無さ。

 白く塗られたレンガの小ぢんまりとした四角い建物の前に立ち、「休診」の看板を無視して戸を叩く。


「誰かいませんかー! 急患なんですー!」


 ヒト型時での出来る限りの大声で叫ぶ。

 戸も叩く、壊さない程度に。

 程なくして玄関が開き、吊るされたベルがカランと鳴った。


「どちら様ですか~」


 出てきたのは大きな金の瞳で愛嬌がある可愛らしい女性。

 しかしその顔の両サイドにはヒトの丸い耳ではなく動物のような獣耳があり、彼女がヒトではなく獣人なのだとすぐに気付かせてくれる。

 ややふっくらとした浅黒い肌には縞柄模様。

 耳は猫のようだがそれよりも少し厚みがあるので、虎の獣人だろう。

 だが虎の獣人にしては髪の色が鮮やかな銀、というよりは白髪で、胸あたりまである長さのその白髪はみつあみでまとめられていた。

 掛けた眼鏡と白衣が、彼女が医療関係者だと示している。

 ただ、医者とは思えないほどのんびりしていそうな垂れ目と雰囲気だが……


「あ、あのっ、エリオットさんを助けてください!」


 何をどう伝えたらいいか分からないので、とにかく助けを乞うクリス。

 背中におんぶしているエリオットをその女性に見せると、彼女は目を丸くした。


「あらあらあら、エリオット様ではないですか~。とりあえず中へどうぞ~」


 頼むから急いでください、と言いたくなるトロトロした口調。

 でも看てくれるようで一先ずクリスは安堵する。

 中に入ってすぐに清潔そうな受付と待合室があったが、休診日なようなので勿論ガランとしていた。


「お兄様を呼んできますわね~」


 そう言うと彼女は廊下の奥に走っていく。

 どうやら彼女が治療するわけでは無いような素振りだ。

 待合室の椅子にエリオットを寝かせてから待つこと一分も無かっただろう。

 カツカツと全く急ぐ素振りの無い足音と共に、クリスの前に、もう一人の白衣の人物が現れた。


「本当にエリオットだな」

「そうでしょう、お兄様~」


 そう呟くのは、獣人の女性に良く似た容姿の男性医師。

 勿論、クリスが医者に見えた理由は「白衣を着ている眼鏡さん」だからである。

 お兄様と呼んでいることから察するに兄妹であり、外見的特長が似ていた。

 同じように浅黒い肌に獣耳と、それに似合わない白髪が印象的だ。

 一つだけ似ていないところを挙げると、妹は優しそうな目なのにこのお兄様はとっても怖そうなつり目である、ということか。


「で、こいつは動かないが死にかけなのか?」

「あ、はい。お腹の傷が……」


 うまく伝えられない。

 既にエリオットは喋ることが出来る状況ではなく、自分が今まであったことを伝えなければいけないのに。

 クリスは自身の不甲斐無さに焦るが、医者と思われる獣人の男性はそれ以上問うことをせず、手早くエリオットの包帯を解き始めた。

 そして、すぐにその手は止まった。


「な、治せますか……」


 傷を看たまま黙っている獣人に、クリスは居てもたってもいられずに問いかける。


「問題ない」


 さらっと一言。


「だから泣くな、鬱陶しい」

「えっ」


 クリスは慌てて頬に手をやった。

 確かに微かに濡れている自分の頬。

 その理由を察して背筋が寒くなる。

 この男を心配して泣くなど有り得ない、と。


「そこで待っていろ」


 そう言うと彼はエリオットを抱きかかえて、来た通路を戻っていった。

 不安げなクリスのために残った女性が言葉を付け加える。


「お兄様の治療は、ディビーナによる治療なのですわ~。ご安心してお待ちくださいな~」

「でぃびーな?」


 聞き覚えの無い単語に思わず聞き返してしまう。


「ディビーナメント。選ばれた者にしか使えない癒しの魔力、と言えば何となく分かりますでしょうか~。実際には魔力とは異なりますけども、ざっくり言うとそういう性質のものですわ~」


 ウフフ、とにっこり笑って彼女はクリスの頭をそっと撫でた。

 眼鏡の下の優しい瞳は金色を帯びている。

 猫科の獣人特有のキャッツアイの輝きは、吸い込まれそうなくらい綺麗だった。

 撫でてくる指の当たりも、篭もっている優しさが伝わるように柔らかくて、その心地良さに張り詰めていた糸が解かれてゆく。


「エリオット様を連れてきてくださり、ありがとうございます。あの方はわたくしどもにとっても大切なお人。必ずお助けいたしますわ」

「あ……」


 そこでまたクリスはぽろぽろと涙を流してしまった。

 それは、同情。

 クリスは彼が助かって嬉しいのではない。

 いや勿論嬉しいのかも知れないが、それでは泣かない。

 泣いているのは、飄々とした態度とは裏腹にその内はとても暗く淋しそうな彼にも、ちゃんと想ってくれている人がいることに安心したからだった。

 クリスは、自分のことを想ってくれる人が居ない環境がどんなに辛いか、知っている。

 だからこそ、友人は勿論のこと身寄りも他に居ない自分は、遠く離れてしまった姉に執着しているのだろう、ということも。


「泣かないでくださいな~。お昼はきっとまだでしょう? 食事を用意致しますわ~」


 そう言うと彼女はクリスを別室に連れていって持て成す。

 どれも凄く美味しくてやっぱり涙が出たクリスだったが、この涙は先ほどとは違って感動の涙らしい。

 そんなこんなで食事を済ませ、気持ちも落ち着いたところで疑問に思っていたことを聞いてみる。


「ところでお姉さんはお医者さんでは無いのですか?」


 治療を兄に任せっきりだからだ。


「わたくしはただの助手ですわ~」

「あ、そうなんですか」


 白衣を着ているからと言ってお医者さんでは無い、ということを十二歳にしてようやく気付いたクリスであった。




 彼女の名前は、レフト・シヴァンフォード。

 医者の男性はライトという名前で、日々の食事と研究と煙草が大好きな、レフトの敬愛する双子の兄らしい。

 ……と、何だか無用な情報までクリスが得たのは、延々とレフトがお兄様自慢をしていたからである。

 エリオットとは、王城ご用達の医師だったレフト達の父の繋がりで、子供の頃からの友達だそうだ。


「お兄様は研究のほうが大好きなのでよく仕事をお休みにしてしまうのですわ~」

「困ったお医者さんですね」


 率直な意見を口にする。


「勿論今のように急患は対応しますから~、軽度なら他の医者に掛かれというのがお兄様の言い分なのですわ~」


 のほほんと菓子を焼きながらレフトは饒舌にお喋りをしている。

 治療を待っている間の不安など微塵も感じられない、治せると言う絶対的な自信がやはりあるのだろう。

 ところで先程沢山の昼食を食べいていたはずなのだが、もうおやつの時間なのだろうか。

 菓子を目にして自然とクリスの中に疑問が浮かぶ。

 キッチンは広く、沢山の食材が一面の収納スペースに収まっている。

 二人の他にまだここに住んでいる人がいるのかも知れない、とクリスは思わず聞いてしまった。


「ここにはお二人以外に誰か住んでいらっしゃるのですか?」

「いいえ~、何故ですの~?」

「いや、食材が多いな、と」

「そんなことありませんわよ~すぐに無くなりますわ~」


 この量が?

 ちなみに菓子は結局ほとんど彼女一人でぺろりと食べてしまい、その疑問はすぐに解消された。

 程なくしてダイニングキッチンにライトが入ってくる。


「終わったぞ」

「もうですか!?」


 ガタンと椅子を強く動かして、思わずクリスは立ち上がった。


「もう、と言っても一時間以上は経っただろう。確かに手ごわい呪術だったな。体力が戻るまでエリオットは寝かせておけばいい」


 ふう、と彼はテーブルの椅子を引いて腰掛ける。

 手には一つの瓶。

 真っ黒な『なにか』が入っている。


「これが呪いの正体だ」


 虎の獣人が、机に瓶をドンと置く。


「え?」


 クリスは理解が出来ずに素っ頓狂な声をあげてしまった。


「そのままだ、呪いを取り出して瓶に入れた。見たことの無い物だから良い研究材料になりそうだ」


 どこか不気味な雰囲気で瓶を眺めるライトのその様は、怪しい科学者のよう。

 瓶の中身は煙のような液体のような、何ともいえない動きで揺れている。

 呪いを取り出して瓶に詰めるだなんて聞いたことも無いが、出来る人には出来るんだなぁ……とクリスは関心してしまった。


「一週間は休診にしておいてくれ」

「わかりましたわ~」


 レフトは言われるままに外来のほうへぱたぱたと走っていく。

 看板を書き換えておくのだろう。


「一週間もお休みにするんですか?」

「他の患者がきても気が足りないから治せない。それだけだ」


 そう言ってライトはポケットから取り出した煙草に手馴れた仕草でマッチで火をつけた。

 そのまま流れるように口元に嗜好品を持っていく彼のその様子は、妙に絵になっていて思わずじっくり見つめる。

 そこで、彼の顔色が少しだけ悪いことに気がつく。

 そういえばレフトが、ディビーナは魔力のようなものだとも言っていた。

 充填するまで一週間はかかる、ということか。

 魔力で考えれば一週間も休んで充填しなければならない量を使うと言うのは相当だから、先程言われた通り本当に手ごわかったのだろう。


「で、お前はローズと関わりがあるのか」

「っ!」


 急に話題を切り替えられて、クリスの表情が強張った。

 彼はただでさえ鋭い目をさらに鋭くしてクリスを睨みつけている。

 けれどすぐに少しだけ目つきは優しくなり、そっと話を促してくる。


「正解だろう? よく似ているからすぐ分かったぞ。隠さないで、あったことを教えてくれればいい」

「私の知っている範囲になりますが……」


 クリスは事の顛末を、煙に巻かれて満足そうな獣人に話し始めた。




 クリスが一通り話した後、ライトの形相は、言葉に表せないくらい怒りに歪んでいた。

 話している間にどんどん怒っていくのが分かって、クリスとしては口を開くのも躊躇うくらいだったが、恐怖にそれでも耐えられたのは耳や尻尾による怒りの表現だけは可愛かったからかも知れない。

 猫科の獣人は、基本可愛いとクリスは思う。


「だからあんな女に構うなと言ったんだ」

「あらあらお兄様、ローズ様は悪くありませんわ」


 どうやら彼は、エリオットとローズの仲を快く思っていなかったようだ。

 実の姉を『あんな女』と言われてちょっとムッとしたクリスは、つい対抗心丸出しで思わず喋ってしまう。


「いやー私としてもあんな軟派な人と姉が関わってることは本当に腹立たしいんですがね!」


 するとライトは、噛み付かれたことに怒りもせず、クリスを宥めるように話し始めた。


「クリス、お前は最近のローズを知らないからそんなことが言えるんだ。エリオットは確かに下半身馬鹿だが、ローズも相当のアバズ……」

「お兄様、子供に話すような内容ではございませんわよ~」


 どげしっ! とレフトの凄い勢いのチョップが彼の頭にのめりこむ。

 そのままライトは無言で机に突っ伏してしまい、意識があるのかも分からない。


「クリス様、大丈夫ですよ。あの二人はとてもお似合いでしたわ~」


 ウフフフフ、と上品に微笑むレフトに、どうお似合いなのか聞くことはクリスにはとても出来なかった。

 レフトは何事も無かったかのようにカップに飲み物を注いで、実の兄の頭の隣に強く置き、次にクリスの元にも優しく置く。

 扱いの差に、まだ少し怒っていることが見て取れた。

 ただ、表情は変わらず笑顔のため、その裏を読む必要があるが。


「お砂糖とミルクはどういたしますか~?」

「あ、お願いします」


 クリスがそう答えたところで、頭をさすりながらライトもむくりと起き上がり、カップに口をつけてまた話を切り出した。

 今度はマジメな顔をして。


「しかし、その謎の男が何故奥の部屋に行かせようとしなかったのか気になるところだ」

「研究施設のようでしたから、見られたくない研究があったのでしょうね」

「回収された精霊武器のことも心配ではあるな」

「何か知っていらっしゃるのですか!?」


 知っていそうな口ぶりに、クリスは思わず身を乗り出して話を聞いてしまった。


「落ち着け……どこかに書物があったはずだ」

「多分それなら二番の本棚の下から三番目の段の左から十四番目の本だと思いますわ~」


 クリスは盛大に飲み物を吹く。


「取ってきてくれ」

「わかりましたわ~」


 水びたしの机を拭きながら本の到着を待つ間、この兄妹の疑問でクリスの頭はいっぱいだった。


「ありましたわ~」


 持ってこられたのは、一冊の童話の絵本。


「これ、絵本じゃないですか……?」


 どうして絵本などが医療に携わる人の本棚にあるのだろうか。


「一般的な絵本じゃあない」


 そう言ってクリスに絵本を寄越してくる。

 受け取って読んでみるととても絵本とは思えない、どこか異様な内容だった。

 簡潔に言うと、この世界の神様はとある女神と仲違いしており、その女神は神様の世界を壊すために神器を作って、神様が世界を作っても作ってもその神器が壊し続けると言う、いつまでも続く喧嘩の話。

 物語の意図が全く理解できず、更に不気味なことに物語は『今も続いているのでした』で締めくくられている。


「作者不明の古い民話だ。だが、この女神に関すると思われる遺物は結構世界で発見されていてな。その絵本は遺物が発掘される前から遺物の形が描かれていたりする本で、そいつは原本の複製であるもののそれでも価値は高いんだ」

「発掘される前の遺物が絵として描かれている絵本……」


 つまり少なくともその物語は見つけた遺物から作られたものではなく、遺物自体を作った時代に出来たもの、と。


「女神の遺物は基本的に城内で管理されている重要機密物だ。存在も公にはされていない。もしその研究所に遺物が揃っていたのだとしたら、それは……」


 そこでライトは言葉を詰まらせる。

 ルフィーナの態度もクリスは今なら何となく理解出来る気がした。


「国自体が関わっている研究、ということでしょうか」


 王立図書館で勤務していて、王子であるエリオットの師匠だった彼女なら『中立の立場』というのも納得がいく。

 国の研究を少なからず知っていたのだろう。


「なかなかどうして、オオゴトじゃないか」


 不敵な笑みを浮かべて、カップの中身を飲み干す白衣の獣人。


「是非とも早く結論を知りたいものだな」

「お兄様~、不謹慎ですわ~」

「何にしてもエリオットが起きねば話は進まない。それまではゆっくりしていくといい。レフトの飯は美味いぞ」


 手放しで喜んでいい流れではなかったが、それでもクリスは光明が見えた気がした。

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