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この箱庭よりも大切な人に  作者: 蒼山
第一部 第二章
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女神の遺産 ~凸凹な二人の素性~ Ⅲ

 青い光が視界の全てを埋め尽くし終わる。

 やっと目を開けるようになり、クリスが辺りを見渡すとそこは見覚えの無い景色に変わっていた。

 そう、一面が砂。

 星屑のような形をした小石が混じった綺麗な乾いた砂が、地平線のどこまでも続いている。

 ふと見るとクリスの手元には先程強い力を放っていた槍があった。

 今は先程とは違い、触っても何もならない。

 エリオットもすぐ近くに既に立っていて、服についた砂をうざったるそうに払っていた。

 あの銀髪の青年は……居ない。


「ここは……」

「アガム砂漠だな」


 この砂漠独特の星屑の砂。

 実際に星屑なわけではなく、チクチクと尖ったように削れた、星に似た小さな石で出来た砂が特徴である。

 ちなみに裸足で歩くとちょっと痛い。

 クリスは元々この砂漠の南西にある街の出なのでこの暑さには慣れているが、身分の高い人と発覚したエリオットは既に暑さでかなり参っているようだった。

 表情が死にそうになっている。


「流石にどのあたりか全く見当がつきませんね」


 変化を解いて槍を杖がわりに起き上がり、砂を払い空を見上げた。

 雨なんて当分降りそうにない乾いた空。

 どうやらセオリーは魔術を使ってクリス達をここまで飛ばしたらしい。


「生物を魔術で空間転移させるとか、完全に規格外だぞあの男……」


 エリオットは暑さに唸りながらぼやく。

 残念ながらエリオットはセオリーと同じことは出来ないようだ。

 ということは、


「自力でこの砂漠抜けなきゃいけないんですか……」


 労力を考えて、クリスが呻く。

 食料は少しあるけれど水なんて蓄えていない。

 先程まで旅をしてきていたのが山脈沿いだった為、その場その場で補給が出来たからである。

 普通に歩いて砂漠を抜けるとするならば、非常にまずい状況。

 クリスは街を出る時に持ってきていたローブを捨ててなかったので槍と共に背負っていた荷物から取り出し、まずは被って日差しを凌いだ。

 エリオットはそんな物を用意してはいないので、高そうなマントを仕方なしに破って上から被る。

 とりあえず途方もなく歩き始めながら、クリスは疑問をエリオットに投げ掛けた。


「私達は飛ばされたけれど、あの突然現れた男性は来ませんでしたね」


 そう、あの状況下ならば彼も一緒に飛ばされてもおかしくないはずなのに。

 問いかけがあったものの、さくっさくっ、と砂が噛む音だけが耳に残り、エリオットの返答はこない。

 難しい顔をして口を尖らせながら、進行方向を見ているんだかいないんだか。

 考えると返事が出来ないタチなのだろうか。


「エリオットさん?」


 再度クリスが問いかけると、分かってるよと言ったような苛々した顔を向け、やっと彼は口を開いた。


「いや、憑いて来てるんじゃないか?」

「ついて?」

「あぁ、憑いて」


 何となく声では意思の疎通が出来ていない気もする。

 疑問がまだ残っているクリスに対し、仕方ない、と言葉を続けるエリオット。


「普通に考えてみろ、そもそもアレは何だ」

「どれですか」

「あの男だ」

「何って……」


 あの声は……いつから、どこから、聞こえていた?


「……う」


 クリスは今も杖がわりにして持っていた槍に視線をやる。

 どこからといえば、脳の奥で響くようで。

 いつからといえば、この槍を持ってからな気がした。


「あの時、その槍から発していた空気が、あの銀髪男が現れた際、それがそのままあの男から発せられていた」


 事実を淡々と述べる、薄い唇。

 彼の緑の瞳が見る先も、今はその槍に向けられていた。

 エリオットは足を止め、訝しげに槍を見始める。

 勿論触れないので本当に見るだけ。


「何か分かります?」

「さっぱり」


 もしエリオットの言うことが真実ならば、あの青年をもう一度出現させることが出来るはずなのだが……


「あのー、出てこられますかー?」


 とりあえずクリスは槍に声をかけてみた。


「お前なぁ、いくらなんでもソレは阿呆の発想だろうが……」


 呆れるエリオットの後ろにふっと音もなく現れる影。

 そしてその後頭部に振り下ろされる、握られた拳。

 ゴッッと金属バットで叩いたような鈍い音がしたかと思うと、その衝撃に耐え切れずエリオットはよろめいた。


「いてぇ!!」


 クリスはただエリオットの背後に釘付けになる。

 エリオットは何事か、と後ろを振り返ってから硬直し、先程の発言を撤回することとなった。


「な……」


 そう、あの銀髪の青年が突然現れたのだ。

 肩にぎりぎり掛からない程度にストレートに伸ばされた銀髪に赤と緑のオッドアイ。

 ラフな皮の上着を着て、その下には白いシャツ。

 シャツの丈は彼の身長に合わないのか、ズボンとシャツの間に形の良いおへそがちらりと見えていたりする。

 しかし、彼の特徴は何と言ってもその頭の上のツノだろう。

 クリスの変化時のツノとは違う、悪魔というよりは鬼のような一本角。


「さ、先程はどうもありがとうございました」


 とりあえずクリスは慌てて彼に御礼をした。

 その会釈に合わせて、銀髪の青年も会釈をし言葉を続ける。


「礼を言うのは私のほうだ。だがとりあえず、貴方の名前が知りたい」


 ぶっきらぼうな物言いのはずなのに、何故か敬いを感じられる音。

 何となく悪い気はせず、素直にクリスは返答した。


「あ……私はクリスです、そこの人はエリオットさんです」

「そっちの男はどうでもいいな」


 どキッパリと放たれた青年の言葉に、マントの下で頭を抑えていたエリオットがピクリと反応する。


「お前な、俺のこといきなり殴ったかと思えばその扱い、失礼にも程があるぞ!」

「先にクリス様を馬鹿にしたのはお前だ」

「ちょ、いきなりそっちのガキは様付けで、俺の扱いはコレかよ!」


 何やら討論を続ける、大の大人二人。

 それらを無視して、クリスは手元の槍を再度確認した。

 確かに手にある槍は、今はただの槍でしか無い気がする。

 先ほどまでは武器でありながら存在だけで威圧を感じていた槍は、その威圧感がそのままあの銀髪の青年に移動してしまっていた。

 一通り槍を確認し終えた後、大人げない二人に声をかけるクリス。


「とりあえず、進みませんか?」

「私は構わない、が、私を呼んだ理由は? まだ何も指示されていない。この男をどうにかすればいいのであれば、今すぐこなすが」

「持ち主に似て一言多いなオイ!!」


 日差しなんて気にする余裕も無いくらい憤慨している彼は、頭に被っていたマントを銀髪の青年に振り回して怒っていた。

 冷めた目であしらっている分、銀髪の青年の方が大人かも知れない。

 とにかく、理由もなく呼んでしまったことを詫びなければならない。


「すみません、呼んで出るのか試しただけなのです。特別用事はありません、ありがとうございました」


 クリスの言葉に少し引っかかったような素振りを見せる銀髪の青年。

 少し首をかしげてから、言葉を紡ぎ始めた。


「……まさかと思うが、何も知らずに私を手にしているのか?」


 問いかけに、クリスは無言で頷く。

 その反応を受けて、何から説明するのか悩んだ風に宙を見上げたかと思うと、彼は実に簡潔に説明をしてくれた。


「私はその槍の精霊だ」


 とても分かりやすく、それでいて不満足。

 クリスの表情からそれだけでは足りないことを察してくれたらしい。

 その後に言葉が続く。


「持ち主が適合者であれば、私は持ち主の力を吸って力を出せる」


 クリスとしっかり目を合わせながら肘を軽く折り、拳を握る彼。

 なるほど、この精霊は私が持たないと力を出せないのか……じゃあ今放したらどうなるのかな、と思ったけれど、それで彼が消えてしまっても困るのでそれは一旦心の中に仕舞っておくクリス。


「この様に人型として具現化したり、具現化していなければ槍本体に精霊としての力を宿せる」

「あー、だから今この槍に力のようなものを感じないんですね」

「その通りだ」


 槍と彼とを見比べて、改めてその言葉の意味を頭で受け止めた。

 エリオットもそーっと覗くようにクリスの手元の槍を見つめて、でも精霊に対しては顔を向けたくないのだろう、そちらは横目で見やるだけで視線を流している。

 そんな視線に少し気付いたらしい精霊は、エリオットと同じように、顔はクリスに向けているにも関わらず視線だけエリオットにちらりと向け、


「ただ、こうして具現化している間は常に貴方の力を外へ向けて出しているわけであまりオススメはしない。緊急時のみがいいだろう」


 そう言うと精霊は振り向き様にエリオットの頭をポカッと叩いてから槍の中へと姿を消した。


「何しやがんだ! 出て来い!!」


 勿論怒らないわけがない。

 叩かれた頭を撫でながらクリスの持つ槍に向かって吼えるエリオット。


「何で叩いたりするんですか?」


 そっと槍に声をかけてみると、返事はクリスの頭の中に直接響くように聞こえた。


『その男とは気が合いそうにない』


 物凄く、先が思いやられる返答。

 気が合わないという理由でさらっと手が出てしまう槍の精霊に、大人げない王子と、これから一時的とはいえ行動しなくてはいけないのかと思うとクリスは正直げんなりした。

 エリオットは実体化していない彼の声を聞こえないようで、諦めたように槍に背を向ける。

 クリスは、スッと腹の奥に力を込め、


「とりあえず……どうにか砂漠を抜けましょうか」

「おい! ずるいぞ!!」


 エリオットの怒声を無視し、変化して黒い翼を広げた。

 そんな自身を睨みつけている緑髪の王子に、笑顔を作って見せるクリス。


「ちゃんと運んであげますよ、方角だけ教えて貰っていいですか」

「ん、それならまぁ……陽の高さ的に太陽の反対方向が北だろう」

「ありがとうございます」


 身長の高い彼を運ぶには、彼の胸に両手を回し掴む形を取るのがいいだろう。

 ちょっとだけ浮いて彼の体を掴み、


「落としてしまったらすみません」


 クリスは一応先に謝っておいた。


「すみませんで済むか!!」


 何やら腕の中で喚いているが、無視してふわりと飛び立ち一気に高くまで昇るクリス。

 見渡す限り、砂の地平線。


「とりあえずまたフィルまで戻りますよー」

「おう、頼む」


 返事を聞くや否や、クリスはフィルめがけてその黒い翼で猛飛行したのだった。


【第一部第二章 女神の遺産 ~凸凹な二人の素性~ 完】

章末 オマケ四コマ↓

挿絵(By みてみん)

上画像をクリックしてみてみんに移動し、

そちらでもう1度画像をクリックすると原寸まで見やすく拡大されます。

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