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この箱庭よりも大切な人に  作者: 蒼山
第二部 第四章
49/138

決闘 ~愛は強くして死の如く~ Ⅱ

   ◇◇◇   ◇◇◇


「あーもう! またですかっ!!」

「それはこっちの台詞だ」


 あれから城からライトの家に戻ってきたクリスは、日課のボードゲームをプレイしていたところである。

 叫び声が、分かりやすいくらいに勝敗を示す。

 ベッドを椅子代わりにしていたクリスは頭をぐしゃぐしゃと両手で掻き毟って、苛々する気持ちを自分の髪にぶつけていた。

 目の前のチェスの盤面には、まだ然程駒が減っていないにも関わらずチェックメイトされた白のキング。

 そう、有利なはずの先手でありながら、中盤にやっと差し掛かろうかという時点でクリスは負けたのだ。

 水色の髪の少女は盤面をひっくり返してやりたい気持ちを堪えながら、しょんぼりと駒を片付け始める。


「やめるのか?」

「チェスは私には無理です」


 こんな読み合いはクリスには向いていない。


「クリスはもう、ゲームが無理だよね」


 部屋のドアを修理させられながら、遠目でしか盤面を見ていないフォウが茶々を入れる。

 盤面を跨いでクリスの目の前に居たライトは、駒を片付け終えると口元を僅かに引き上げて言った。


「明日の洗濯当番頼んだぞ」

「今日も昨日も一昨日もだったんですけどね」


 ゲームに負けた者は次の日の洗濯当番を担う。

 おかげでここに滞在している時は百パーセントと言う素晴らしい確率で洗濯をしているクリスだった。


「そろそろ取り込まないと……」


 もう空は暗くなる直前。

 出かける前に干した洗濯物は間違いなく乾いているはずだ。

 取り込むまではいいのだが、たたむのだけは好きになれない。

 何にも楽しくない。

 そこへ肩にトトトッと駆け上がってくる小さな白いねずみ。

 ニールは基本的に普段はねずみの形のままで、獣人の形に変化することによって会話が可能になる。

 普段からずっと変化していないのは、ねずみの形状で居る方が疲れないからだそうだ。

 実を言うとねずみの形のままではニールとダインの区別はクリスには付かないのだが、こうやって傍に良く寄ってくるのはニールなのでそれで判断されている。


「行きましょうか」


 肩にニールを乗せたまま、クリスは洗濯物が干してある裏口の外へ向かった。

 少し大きめのかごを持って外に出ると、本当に外は暗くなる直前。

 手早く洗濯物を取ってかごに放り込んでいく。

 もう全て取り込み終わる……と言うところで、見慣れた顔が街角を曲がってクリスの元へ歩いてきた。


「あれ、どうしたんですかこんな時間に」


 それはエリオット。

 何やら両手一杯に荷物を持っていて、昼間に受けたはずの顔の痣はもう無く、布で頭を巻いてその緑の長い髪をうまく纏め上げている。


挿絵(By みてみん)


「ちょっと抜け出してきた……」

「え、いいんですか?」

「すぐ戻るから平気だろ……」


 相変わらず抜け出すのが簡単な城だ。

 警備がぬるいのか、それとも抜け出すのが上手なのか。

 彼はとぼとぼと裏口から入って行った。

 クリスも洗濯物を取り込み終わったので、その後に着いて行く。


「何ですかその荷物」

「ライトどこ?」


 質問には答えずに、逆に聞いてくるとは本当に失礼な男だ。


「さっきまで私の部屋でしたけど、今はダイニングルームじゃないですかねぇ。そろそろ夕飯でしょうから」

「うぃ」


 その背中は酷く落ち込んでいるようで、多分あれからレイアと一悶着あったのだろうとクリスにも想像出来る。

 クリスは洗濯物が残っているので、途中で彼を追う道から外れた。

 洗濯物を片付けた後ダイニングルームへ向かうと、最初に目についたのはテーブルに並べられているいくつもの本。

 皆でそれを回し見ている。


「何見てるんです?」


 クリスの声掛けに、レフトがにっこりと笑って答えた。


「エリオット様の縁談相手の釣書ですわ~」

「ははぁ」


 しかし冊数は尋常では無い。

 何でこんな物を夜になった今、ここへ持ってきて開いて見ているのだろうか。

 首を傾げてその様子を見ていると、ライトが釣書に視線を落としたまま説明を付け加えた。


「一人で見ていたら気が狂いそうになったらしい」

「何ですかそれ」

「近い将来にこの写真の相手に拘束され続けるのかと思うと嫌にもなるだろ!?」


 左手で頭を抱えながら、それでも釣書から目は離さない。

 いつもなら適当に流し見ているはずの彼だが、それをしないのはどんな心境の変化なのだろうとクリスは不思議に思う。


「この人可愛いよー」


 フォウが写真を開いてエリオットに見せている。


「……いや、これは流石に無いだろ」


 クリスも近づいてその写真を一緒に見てみると、確かに可愛いのだが女性というよりは少女で、写真に添えられている文を読むとそこには十歳と言う、目を疑う年齢が書かれていた。

 エリオットに完全否定されて、その少女の写真を再度見ながらぶつぶつ言うフォウ。

 どうも彼とエリオットの女性の趣味には結構な差があるらしい。


「父上が母上に全く頭が上がらない様子を見ていると、夢も何も無くなるってもんだ」

「王妃様って影の支配者ー! って感じですもんね」


 確かにエリオットの言いたいことは分からないでも無い。

 だが、彼は何だかんだで尻に敷かれるのが似合いそうだとクリスはぼんやり考えていた。


「だったらそういうことにならなさそうなタイプを選べばいいだけではないのか?」


 ライトの提案に、即首を横に振る王子。


「大人しすぎるのも好みじゃなくてなぁ」

「我侭な……」


 眼鏡のずれを直して、呆れたと言わんばかりに溜め息を吐く。

 そして一冊の釣書をエリオットに手渡した。


「じゃあこれなんかどうだ?」


 手渡された釣書を開くと、エリオットは顔を引きつらせて叫ぶ。


「お前もか!!」


 放り投げられた釣書を手に取ってクリスも写真を拝見させて貰った。

 品のある美しい女性で客観的に見る分には悪くなさそうだが、年を見ると十五。


「年は離れているが見た目はそこまで幼くもなかろう」

「そういう問題じゃねえええええ」


挿絵(By みてみん)


 この調子だと、全部結局ダメ出しをして選べなさそうだ。

 頑張って選ぼうとしている姿勢は伝わってくるが、文句ばかりで結局今までと変わらない。


「じゃあまず見た目関係無しに年齢で省いていったら選びやすくなるんじゃないですかね。十八歳以上くらいでいいですか?」


 クリスは次々にそれらを仕分けする。

 三分の二くらいが一気に除外された。

 勿体無いと言いたそうな目でライトとフォウがそちらを見ていて、一般的には若い女性の方が好まれるんだろうなぁと以前レイアに言われたことをクリスは思い出す。

 早めにしないとお嫁に行き遅れる、と。


「うヴぁー」


 テーブルに顎をついて腕を伸ばし、だらけた姿勢で仕分けられた釣書を見始めたエリオット。

 否、その緑の瞳は写真を見ているようで見ていない。

 焦点が合っていない。


「しかし、どうして急に本腰を入れて縁談相手を選んでいるんだ」


 ライトがもっともなことを尋ねる。


「そこは触れないでくれ……とにかく早急に選んでから次の公務に向かうことになる……」

「で、戻ってきてから顔合わせか。決まったら……どうするんだ?」


 怪訝な表情を見せる白髪の獣人。


「とりあえずは婚約して、でも当初貰った五年の期間はやりたいことやらせて貰うさ」


 もうあと一年も無い、ローズのやりたかったことを成し遂げる期間。

 遺物を集めていることはクリスも知っているが、どれくらい集まったのか、そして揃えて何があるのかは全く知らない……

 聞いてもエリオット自身が本当に分からない素振りを見せていたので、それ以上強くは聞かずにいたからだ。

 レフトが気を利かせてお茶を入れて運んでくる。

 彼ら同様にクリスも椅子に座ってその場に腰を落ち着かせた。


「フォウから聞いた。期間内に終わらせられそうなのか?」

「多分……」

「終わらなかったら引き継いでやるからこっそりブツを回せ」

「無茶言いやがるなぁ」


 二人の会話を聞いて、少し引っかかったクリスはその会話に割り込んだ。


「姉さんのやりたかったこと、分かったんですか?」


 カップに両手を添えながら問いかけると、エリオットはゆっくりと写真を置いて、だらけていた姿勢を整える。


「あぁ。ようやくな」

「おおー」


 感嘆の声が思わず洩れた。

 随分長い期間を経て、やっと分かったのだから。


「何だったんです結局」


 当然クリスはその結論を聞きたくて尋ねる。

 姉の考えていたことに、少しでも触れたいのだろう。

 けれどエリオットはあっち向いてホイ、と顔を背けてしまう。

 では、既に知っているようなライトやフォウは? とクリスはそちらにも視線を送るが、彼らも何故か答えない。


「俺は言ってもいいと思うんだけど、俺の口から言うことでも無いし……」


 フォウはそう言ってエリオットをちらりと見た。

 気まずそうなエリオットは、それに対して投げやりに言う。


「俺が居なくなってから、後でお前が言っておいてくれよ」

「……何で今教えてくれないんです?」


 そんなに言いにくいことなのか。

 彼らが口を閉ざす理由がクリスには全く思い当たらなかった。


「照れなくてもいいのに。この四年間やってきたことは全部クリスの為でしたよーって言ってやんなよ」

「だああああ!! てめえ本ッッ当お喋りだな!! 一生黙ってろ!!」


 フォウのぼやきに、エリオットがその場で絶叫。

 つまり、エリオットはクリスの為にやっているという事実が照れくさかったのだ。


「私の為、ですか?」


 ようやく事実を知ったクリスは一先ず整理する。

 姉がやってきたことをなぞっていたこの四年。

 最近ようやくその目的がつかめた、と。

 そしてそれは自分の為だった。


「……ええぇ?」


 まとめたけれどさっぱり分からない。

 遺物を集めて自分の為になるとは、どういうことなのか。

 クリスは眉を顰めてエリオットをもう一度見る。

 一切視線を合わせようとしない彼はたまたま視線の先に居たレフトを見ていて、レフトはその熱い視線に「あらあら」と困ったような反応を示していた。


「全然分かりませんよ、集めていた女神の遺産が私の為になるってどういうことです?」


 全然答えないので少し強く問いただすと、エリオットに言わせることを諦めたようにライトが口を割る。


「……昨日お前の中から精霊を二体取り出しただろう?」

「え? えぇ」

「それがどうも更にもう一体居るらしい。しかもそれは最近ではなく昔からお前の中に居るもので、少なくとも俺やフォウには感じ取れないくらいお前に同化している」


 クリスにとって寝耳に水。

 ニールやダインが自分の中に入っていたのは、後から聞けば何となく心当たりはあったが、それよりも前からもう一体居るだなんて流石に心当たりが無い。

 驚いているクリスにライトが続けた。


「で、ローズはそれを元に戻してやろうと、それに必要な遺物を集めていた……というわけだ」

「姉さんが、そんなことを……」


 ローズは、離れ離れになった後もそこまでクリスのことを考えていたのだ。

 盗賊なんて行為に走らせてしまったのが、実は自分が理由なのかと思うと申し訳ないが、それよりもクリスは嬉しさが先に立つ。

 そこへフォウが若干余計な補足をする。


「だから王子様はずっとクリスの為に頑張ってきたことになるよね」

「あー……」


 元々遺言でクリスのお守りを頼まれていたエリオットだが、ローズの行動をなぞっていたらそれがまた更にクリスの為だったと。


「事実を知っていればやらなかったであろう結果で災難でしたね」


 エリオットはクリスの言葉を聞いて、少し不貞腐れたような表情を見せた。

 視線はクリスには向けず、レフトのほうのままで。


「そうだな、これだけ頑張ってたのにそれがお前の為ってんじゃあ俺も報われないわ」


 やり取りは普段通り、悪態へと変わる。

 本心が色で見えているフォウは呆れたように溜め息を吐いたが、見えていなくとも二人を傍で見守ってきていたことで心中を察しているライトは、不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。

 その視線の先はエリオット。

 縁談が流れたことで以前の忠告を忘れている友人に、ライトは普段よりも低い声色で言い放つ。


「……だったら今からでも俺が引き継いでやる」


 それは決してそこまで驚くほどの言葉では無かったはずなのに、エリオットは何故か必要以上の動揺をしていた。

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